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国盗り物語54

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:若菜 庄九郎は京から美濃への山河を、夜を日についで駈《か》けつづけている。まるで西遊記の孫悟空のように。妙なおとこだ。ほ
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若菜

 庄九郎は京から美濃への山河を、夜を日についで駈《か》けつづけている。まるで西遊記の孫悟空のように。
妙なおとこだ。
ほんじつ、京の山崎屋にいるかとおもえば、数日後には美濃の城にいる。中世のひとの交通感覚からいえば、神わざといっていい。この男の神わざのような行動性がかれを戦国の雄にしたのであろう。
できる早わざではない。
「健脚」
ということもある。「たしかに健脚でござる」と庄九郎はいうであろう、「京から美濃の加納(岐阜市南部)まで勘定して三十里三十二町ござるわさ」と、ほざくにちがいない。
が、健脚だけでは、こうは神出鬼没の往復はできない。
秘密がある。
京から美濃までに通過する国は、近江である。街道は、びわ湖の東岸の野を走っている。このゆたかな野は、多くの大名、豪族をそだて、それらが、それぞれ、城砦《じょうさい》、関所をかまえて、通行人をあらためているのだ。
京を出れば、南近江は、鎌倉《かまくら》以来の家系をほこる六角《ろっかく》氏の領土になる。ついで蒲生《がもう》氏、京極《きょうごく》氏、浅井氏といった諸豪が、街道に多くの関所を設け、柵《さく》をたかだかと組み上げ、番所をおき、番士を詰めさせ、
「待て」
をかけるのである。目的は、ぜに《・・》である。通行税をとり、領主の現金収入にしている。室町政治の悪弊で、たとえば伊勢の桑名から日《ひ》永《なが》までの三里たらずのあいだに、関所が六十カ所もあった。少々な小金をもっていても三里も歩けば、だんだんぜにが減ってきて、六十番目の関所を通りすぎたころにはすっからかんの乞食になってしまう。
余談から余談になるが、この有料関所ひとつとりあげても、庶民にとって、この時代がいかに住みづらく、いかに暮らしづらく、ついつい庶民が、
「現世とはなんといやなものか」
とおもい、悲しみ、死を考え、来世を欣《ごん》求《ぐ》し、死ねば極楽というものがあるとおもい、その気持を導き入れてくれる浄土真宗や時宗《じしゅう》というものが爆発的に流行したか、ということがわかるであろう。
要するに、室町幕府の悪政につづく、戦国割拠の弊である。
「世を直す者は出ぬか」
と、時代の底流は、あこがれきっていた。
天下を斬《き》りなびかせて世を統一し、世を直し、新政を打開する強力な英雄が必要であった。しかしその易姓《えきせい》革命のあこがれは、庄九郎の女婿である織田信長の出現を待たねば、ついに実現しない。信長は、関所を撤廃した。
さて、庄九郎。
かれは京・美濃の往復に、このおびただしい数の有料関所を、するすると通りすぎてゆく。なぜならば、かれは、ただの人間ではない。「油商山崎屋庄九郎」といえば、油座のある大山崎の離宮八幡宮の「神《じ》人《にん》」として登録されている。神人の手形さえあれば、諸国の関所は無料で通過することができた。さらに、京と美濃のあいだのおびただしい数の関所には、京の山崎屋から、平素、多額なわい《・・》ろ《・》が贈られている。
どの関所の番士も、庄九郎の顔をみれば、
「あ、これは山崎屋の」
といんぎんに通してくれるし、日没後、関所の門がとじても、
「京の山崎屋でござりまする」
とさけんでたたけば、
「おや、山崎屋か、夜旅はご苦労だな」
と門をあけ、通してくれる。
むろんこれらの関所の番士どもは、この油あきんどが、じつは美濃の守護代(小守護)であり、稲葉山城の城主であり、四隣にその武威を怖《おそ》れられている武将であろうとは、つゆ知らない。
「神わざのような」
という庄九郎の、美濃の往還の秘密はそこにある。
庄九郎は、往還せねば美濃は奪《と》れぬ。山崎屋の巨大な現金を美濃に流しこむことによって、着々とその地歩をきずいてきた。なににしても、諸事、独創的なおとこである。

美濃へとびかえった庄九郎は、鷺山《さぎやま》(現在の岐阜市西郊)のあたりの百姓家に入って潜伏し、耳次を放って、稲葉山城包囲中の敵軍の様子を偵察《ていさつ》させた。
耳次はすぐ駈けもどってきて、
「敵の人数は、三千。そのうち織田信秀の軍は二千、小次郎(守護職頼芸の嫡子《ちゃくし》)がかきあつめた美濃兵は千。——それらが城下の井ノ口を焼きはらって、ひたひたと山麓《さんろく》をおしつつんでおりまする」
稲葉山城にこもっている庄九郎の留守部隊は、五百しかない。
「勝てますか」
と、耳次はさすがに真青になっていた。第一、大将の庄九郎は、城にさえ入れないではないか。
「心配するな」
と、庄九郎は、夜間に行動を開始するため、百姓家の納屋《なや》をかりて、横になった。身は、百姓姿にやつしている。
もっとも、ただ寝たわけではない。考えてもわかるであろう、大将ひとりで納屋で寝ておれば、この家《や》の百姓がどういう悪心《・・》をおこして、敵に通ぜぬともかぎらない。敵がやってきて納屋を包囲し、庄九郎は虫のように殺されてしまう。
だから寝る前に、百姓の老《ろう》爺《や》に、
「だまっておれよ」
と、懐中にしていた銀と永楽銭のすべてをあたえ、さらに、「そこに娘がいるな、名はなんという」ときいた。
「若菜と申しておりまする」
「よい名だ。ゆくすえわるいようにはせぬゆえ、納屋でわしの伽《とぎ》をさせよ」
とやさしく説いた。が本心はべつに優しくもない。密告防止のための人質である。
老爺としては、しかたがない。相手がいかに身一つの落人《おちゅうど》めかしい姿になっていても、この国の小守護さまであり、剣と槍《やり》の腕では国中におよぶ者がなく、かつ大軍を動かしては負けたことがないという男なのだ。それが猫《ねこ》なで声で説いている。
「娘も仕合せに存じましょう」
と、半泣きになってうなずいた。しかし、一方では不安があった。もし庄九郎が負けた場合、かれの敵からこの老爺はこの成りあがりの小守護をかくまったというかど《・・》で、斬り殺されるにきまっている。
「じじい、かなしいか」
と庄九郎は、この老爺の心情を察してやった。「案ずることはない。このおれが戦さに負けた、という話をきいたことがあるか」となだめ、立ちあがった。ときにはすでに若菜の手を曳《ひ》いている。
納屋に入った。さいわい、わらが積みあげられていた。庄九郎はごろりと寝ころがって娘をひきよせ、
「娘、そちに言い交した若者はあるか」
と、耳もとできいてやった。娘はふるえている。ふるえながら、ございませぬ、といった。
「されば、きょうからおれの女《め》だ。乱がすめば城へ来い。——おお、わるくない。よい肌《はだ》をしている」
と、腰のくびれを撫《な》でた。しかし、娘のふるえはとまらない。
「男というものは、馴《な》れれば何のこわさもない生きものだ。みてみろ」
と、庄九郎はずるりと短袴《みじかばかま》をおろして、自分のおかしな突起をみせた。
「どうだ、みればみるほど、滑稽《こっけい》なかたちをしている。変哲もないものさ。さて、お前のはどうだ」
と、若菜があっというまもなく、すそをはぐって、へそまでまくりあげてしまった。
黒い、小さな隆起が、庄九郎の目の前にあらわれた。
「あっはは」と笑いながらその隆起をなで、「お前のも妙な形状《かたち》をしているな。若菜、おれとお前のとを見くらべてみろ、笑えてくる」
庄九郎は立ちあがって、若菜に自分の股《こ》間《かん》をありありとみせた。妙な男であった。勝つか負けるかという合戦の、いわば始まる寸前に、せっせと村娘を口説いた。
「な、面白《おもしろ》かろう。しかし、この変哲もないおかしなものが、善にもなり魔にもなる。人の運命を浮沈させたり、時には世をさわがせたりする。だから、人や世は楽しい」
庄九郎は、どっこらしょ《・・・・・・》、とわらの上に腰をおろした。
その様子がおかしかったのか、若菜ははじめて笑った。庄九郎は娘の気持がほぐれたところを機敏にとらえ、
「さて、その楽しみをはじめるか」
声はのんびりしていたが、行動はおっそろしく機敏だった。一瞬で娘のからだを裂き、あとはしずかに愛《あい》撫《ぶ》してやった。
日が暮れた。
「若菜、わしと夫婦という体《てい》につくって、大《おお》桑城《がじょう》まで行ってくれ」
大桑城は、守護職頼芸の居城である。庄九郎が、さまざまな理由をつけて川手の府城から長良川の河畔の枝広城に移し、さらにそこが洪水《こうずい》で崩れたのを幸い、美濃の中心から遠い大桑の山城にうつしてしまった。現在でいえば、長良橋から北方三里の山中である。
「さあ、行こう」
と、ふたりは、いかにも百姓くさいかっこうに装束を変え、夜道を歩きだした。庄九郎が若菜におしえたとおり、男女とは妙なもので、かれのいう「変哲もないもの」を見せあったり触れあったりした瞬間から、寄りそって歩く影の風《ふ》情《ぜい》までかわるらしい。
耳次は、軒さきでふたり《・・・》を見送りながら、
(あざやかなお人じゃ。まるで十年つれ添った夫婦のようじゃな)
と舌をまいて感心した。
大桑城につくと、庄九郎はすぐに装束をあらため、頼芸に拝謁《はいえつ》した。
頼芸は、庄九郎の突然の失踪《しっそう》と、だしぬけな出現に、すっかりおどろいてしまっていた。
「どこへ参っていた」
「京に」
と平然と答えたから、いよいよ驚き、京へなにをしにのぼったか、とたずねると、「ひさしぶりで、都の歌舞音曲を楽しんでまいりました」という。
「そちの風雅にもこまったものだ。わしの風雅も病いじゃが、そちのは癒《ゆ》しがたい重態じゃ。なんと、のんきにも城を抜けて、京で歌舞音曲を楽しんでいたというのか」
あきれながらも、だからこそこの庄九郎が好きなのだ、と絵と女色だけに憑《つ》かれているこの田舎貴族はあらためておもった。
「京のみやげばなしでもいたしましょう」
「待てまて。どこまでのんきな男だ。そちの留守中、大変なことになっておるぞ」
「まったく、そのとおりで」
と庄九郎は苦笑し、
「空巣をねらわれたおかげで、城へ帰れませず、ねぐらがないまま、夜道をうろついておりました」
「そちは才智もある、武勇もある、ただひとつの欠点は、のんきなことだ」
と、頼芸は、つまり頼芸ほどに遊芸淫蕩《いんとう》にふやけきった貴族が、庄九郎のふやけぶりを説教したのだから、よほど心魂にひびいてそう思っているのだろう。
「しかしお屋形さま。それがしをお嗤《わら》いあそばしまするが、お屋形さまもこれが最後でございまするな」
と、意外なことをいった。
「なぜだ」
「あきらかに、御嫡子小次郎さまのご謀《む》反《ほん》でございます」
庄九郎がいうまでもなく、頼芸もそう考えていたればこそ、
——あの男めは、どこへ行った。
とここ数日、庄九郎が舞いもどってくるのを、首を長くして待っていたのである。庄九郎にいわれるまでもなく、嫡子小次郎頼秀の突然の軍事行動は「謀反」としかおもえない。
「わしも、謀反とみている」
と、頼芸はいった。頼芸はかれが十八のころに生まれた小次郎という長男を、好んではいなかった。
「いや、油断のならぬことだ」
と頼芸が青ざめていったのは、大名の家では長男が父を追って自分が支配者の座につくというのは、よくある例であった。この時期よりややくだるが、甲斐《かい》の守護職武田家でそういう事件がおこっている。当主が、その長男に放逐された。「謀反」をおこした長男が、のちの武田信玄である。
「もしご謀反でないとしても」
と、庄九郎はいった。
「小次郎さまはすでに隣国の織田信秀に通じ、その兵を国内にひき入れておられまする。織田信秀はこれを機会に美濃に入りこみ、領土をしだいにかじりとり、ついにはこの国を奪うでありましょう。いまや、亡国の危機だと申したのは、そのことでござりまする」
「よき策はあるか」
「ござりませぬ」
と、庄九郎は薄情なことをいった。
「しかしお屋形さま。いまそれがしが申すたった一つの策を、御採用くだされば、なんのあれしきの敵勢、一日で攻めくずしてみせまする」
「どういうことか」
「小次郎頼秀さまを、即刻、ご廃嫡あそばし、ただの地下《じげ》人《にん》におくだしなされませ。それを小次郎さま加担の美濃人にも知らせ、同時に時を移さず美濃中に知らせ布告するのでございます」
「なんだ、それだけのことか」
「なされまするな」
「する」
と頼芸がうなずくや、庄九郎は頼芸の祐筆《ゆうひつ》(書記)をよびあつめ、百枚以上の軍令状をかかせた。軍令状には廃嫡の旨《むね》を認《したた》めさせ、かつ、戦さ支度をして大桑城にあつまるように命じてある。
その夜、それを持って百人以上の使者が大桑城から四方に飛んだ。
暁《あ》け方近くなると、動員《じんぶれ》をうけた近在の地侍がばらばらと集まってきて、陽《ひ》が昇ったころには、三百騎近くなった。徒士《かち》、足軽をふくめて、六百人はあろう。
敵は、三千。
「きょう一日待てば五千は集まろう」
と頼芸はいったが、庄九郎は「これだけで駈け入りまする」という。時を移せばかんじんの稲葉山城が陥《お》ちるかもしれないのだ。
「大丈夫か」
と頼芸は不安がったが、庄九郎は「ご安心を」と、たのもしげにこたえた。
庄九郎は具足をつけ、二頭波頭ののぼり《・・・》十本をひるがえし、馬上の人になるや、
「わしの采配《さいはい》には、神仏が宿っている」
と、全軍に伝えさせた。
「その証拠に一度といえども敗《ま》けたことがあるか。小勢ゆえ死力をつくして戦え。恩賞は働きのままであるぞ」
全軍どよめいた。なるほどそういわれれば、庄九郎は常勝の記録のもちぬしであった。戦さの巧拙はべつとして、運わるく敗軍の記録の多い大将のもとでは、士卒はふるわない。不安があるからである。
「駈けよっ」
と進発し、庄九郎は大将でありながらただ一騎、流星のごとく士卒のあいだを駈けぬけて先頭に出、さらに駈けた。
一同、たまらずにかける。三里を駈けぬいて包囲軍の背後に出るや、美濃人の陣屋々々にむかって、矢文を射込ませた。
矢文には、頼芸自署の花《か》押《おう》が入っている。
  小次郎はすでに廃嫡
加担人は謀反人とみとめる
改心せる者は、すぐわが陣に味方せよ。
 という旨の言葉が、激越な文章でつづられている。
たちまち、包囲軍のなかの美濃軍が動揺した。駈けこんで来る者が出てきた。
時を移さず。——
庄九郎は、敵の美濃兵には手をつけず、左翼に布陣している織田軍にすさまじい突撃をかけた。
(まずい、あの男が出てきたのか)
とみたのは、長良川の南岸に床几《しょうぎ》をすえていた織田信秀である。庄九郎を怖れただけではない。敵地での合戦は速戦即決がよく、長陣になると不利であることを知っている。無用に兵を損傷させることを避けようとした。
「退《ひ》き鉦《がね》を鳴らせ」
と命じ、隊を部署して退却態勢をとり、たくみに諸隊をくりさげくりさげしつつ、ついに木曾《きそ》川《がわ》のかなたに消えてしまった。
その戦略眼、退却のうまさ、凡庸な将ではない。庄九郎は、舌をまいた。
かれが、自分の敵たるべき相手がもはや国内にはおらず、むしろ、いま木曾川のかなたに去ったあの男こそ好敵手になるのではないかとおもったのは、このときである。
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