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国盗り物語53

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:紙屋川 戦いは、奇襲にかぎる。堂内の賊たちにとって、(あっ)というまの出来事だったろう。庄九郎の手足は電光のようにうごき
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紙屋川

 戦いは、奇襲にかぎる。
堂内の賊たちにとって、
(あっ)
というまの出来事だったろう。
庄九郎の手足は電光のようにうごき、大剣はきらきらと縦横に舞った。美濃で数千の兵を指揮して戦場を駈《か》けまわった庄九郎にとって、数人の草賊など物の数ではない。
一人は首をとばされ、一人は脳天をたたき割られ、一人はおどろいて立ちあがろうとしたところを、腹から背へ、串《くし》刺《ざ》しにされた。
残る二人は、堂のすみで竦《すく》みあがったまま声も出ず、身動きもできずにいる。
庄九郎はななめに剣をかまえるや、
「死ねっ」
とさけび、閃光《せんこう》を曳《ひ》いて斬《き》りあげ、首を飛ばすや、その太刀行きを逆にはねあげていま一人の首を刎《は》ねとばした。
「お万阿。——」
と、堂の中央で倒れている派手な小《こ》袖《そで》にちかづいたとき、その小袖が動いた。
だけでない。お万阿は宙空にはねあがり、わあっと叫び、その右手を天空につきあげ、白刃をふりかざし、
びいっ
と、庄九郎の脳天へ頭上からふりおろした。
「お万阿っ」
驚きのあまり、庄九郎はその白刃を受けるゆとりを失い、素っとんでころび、かろうじて第一撃を避けた。
が、避けきれず、右あごを二寸ばかり斬られ、血があごからのど《・・》へ流れた。
第二撃。
庄九郎は、とんぼがえりに堂のすみへ逃げ、かろうじて立とうとしたところを、目もとまらぬ早さで第三撃を受けた。
夢中で、数珠丸をあげた。
戞《かっ》と刃が鳴り、火花がとび、相手の太刀をようやくにして受けた。
「お万阿っ」
この瞬間ほど、生涯《しょうがい》のうちで庄九郎がおどろいたときはなかったであろう。
お万阿の首がない。
胴のまま、手足が動き、超人的な太刀わざで庄九郎に立ちむかってくるのである。
「お、おまあ。く、くびは、どうした」
「くびか」
と、剣をもつお万阿の声がありありといった。
「見たいか」
あっ、と小袖の胴から、お万阿の首が出現した。笑っている。能面のように。
「妖怪《あやかし》。——」
と叫んで、庄九郎は太刀を舞いあげた。が、そのまま腕が硬直した。斬れない。庄九郎はわかっている。相手はお万阿そのものではあるまい。木下闇《このしたやみ》の化身であろう。が、化身であろうと、お万阿の顔が、凄惨《せいさん》な微笑をうかべて迫ってくる。
斬れるものではない。
「木下闇。負けた」
剣をひき、隙《すき》だらけの身を露《あらわ》にした。庄九郎はそこは妙覚寺の修行僧くずれである。この切所《せっしょ》で、生死《しょうじ》の会《え》から一瞬離れた。仏家でいう、放《ほう》下《げ》といっていい。諸縁を放棄した。諸縁のモトになるおのれ《・・・》をも放棄した。
 南《な》無妙法蓮華経《むみょうほうれんげきょう》、無《む》有生《うしょう》死《じ》、若退若出《にゃくたいにゃくしゅつ》、亦《やく》無《む》在《ざい》世《せ》、及滅度者《ぎゅうめつどしゃ》、非《ひ》実《じつ》非虚《ひこ》、非《ひ》如《にょ》非異《ひい》、不《ふ》如三界《にょさんがい》、……。
 習《なら》い性《せい》になるとはおそろしいものだ。からだ中の血管が律動《リズム》を奏《かな》ではじめ、無声の法華経を誦《ず》しはじめたようだ。
庄九郎は無に化した。そこに仏具がある、仏具とおなじ物体に化した。そこに空気がある、空気に化した。
こういう相手を、斬れるものではない。
お万阿は、——いやお万阿の衣裳《いしょう》をかぶっている木下闇は、剣をふりあげたまま、ぶるぶる慄《ふる》えはじめた。
いやいや、と筆者はいう、この間の消息にながい説明を用いすぎた。双方にすれば、それもこれも、一瞬の心理の翳《かげ》にすぎない。
その次の瞬間、庄九郎の体腔《たいこう》のなかの法華経の律動は消えた。放下は去った。無が有に転じた。この男は、もとのなま《・・》のこの男にもどった。
もどったとたん、
「死ねっ」
と叫ぶや、大剣は天空に弧をえがき、目の前の女装の敵を、脳天から尻《しり》の穴まで真二つに斬り割るほどに斬りおろした。
どさっ、
と血みどろの肉塊がころがった。お万阿の顔が、縦に割れている。
面に、すぎない。
庄九郎は面を剥《は》ぎ、なま《・・》の顔をみた。薄あばたのある平凡な三十男の顔があらわれた。
(これが、木下闇か)
庄九郎は、燈明のあかりをたよりに、あたりを見まわした。
(どこにいるか)
——お万阿は、と、そこここを駈けまわってさがした。
須《しゅ》弥《み》壇《だん》の背後にまわった。
(おや)
暗い。のぞきこんで手をさし入れると、ずるずると人間の腕があがってきた。
「お万阿。——」
と、庄九郎は力をこめた。腕が、胴の重みをともなって引きあげられてきた。髪がさらさらと床を這《は》った。頭がある。足もあった。
全裸であった。
幸い、呼吸をしている。失神していた。庄九郎は、それを堂の中央にひき出し、仏前の燈明をおろしてきて、からだをしらべた。
皮膚に、傷が多い。さまざまの仕打ちのなかで抵抗《あらが》ったらしい。庄九郎はさらに燈明皿《とうみょうざら》を、お万阿の乳房から腹部へ移動し、さらにその下を照らした。
「お万阿、診て進ぜる」
と、庄九郎はやさしくつぶやいた。むろん、お万阿の意識は黒い天のかなたをさまよっているのであろう。
庄九郎は力をこめてふたつの脚をひらかせ、そのあいだに燈明皿をさし入れ、両脚のつけ根にある隆起と窪《くぼ》みに明りをあたえた。
宝冠のような品格がある。黒い鵞《が》毛《もう》を解きほぐしたようなやわらかい装飾が隆起をおおってその場所を荘厳《しょうごん》し、その下に濡《ぬ》れた褐色《かっしょく》の線が、下降している。庄九郎は幾百夜となく、この場所で随《ずい》喜《き》した。かれの京都時代の青春は、すべてこのなかにうずめられているといっていい。
かつてお万阿は、たわむれてこの場所を、
「のの《・・》さま」
とよんだ。仏さま、という意味の童女のことばである。庄九郎は、ふとそれをおもいだした。
念持仏が、むざんにこわされたようなおもいがした。かすかに、血がにじんでいる。男の、それもおびただしい体液が、そのあたりを濡らし、におっていた。
庄九郎は、お万阿を肩にかつぎ、堂のそとへ出、月の下を歩いた。寺の背後に、紙屋川が流れている。土手を降り、瀬のふちにお万阿を横たえた。
庄九郎は、当時まだめずらしかった「もめん」の布を一枚もっている。それを瀬にひたし、お万阿のその部分をたんねんに洗ってやった。
庄九郎は、洗う。
口に、経文をとなえている。「妙法蓮華経提《だい》婆《ば》達《だっ》多《た》品《ほん》第十二」のうち、女人を清浄にする、という功《く》徳《どく》の文言《もんごん》である。
庄九郎は経典の漢文を、訓読しながら、抑揚をつけ、哀《かな》しみをこめていう。
「女身は垢穢《くえ》にして、これ法器にあらず、いかにして能《よ》く無上の菩《ぼ》提《だい》を得ん。仏道ははるかなり。……女人の身にはなお五障《ごしょう》あり。一には梵天王《ぼんてんのう》になるを得ず。二には帝釈《たいしゃく》、三には魔王、四には転輪聖王《てんりんじょうおう》、五には仏身なり。いかにすれば女身、すみやかに仏になることを得ん。……」
 そこへ、土手の茂みがざわめいて、耳次がおりてきた。
庄九郎を、さがしまわっていたらしい。その耳次に、庄九郎は事情を説明せず、
「京へ走れ」
と命じた。走って山崎屋へゆき、お万阿の衣装いっさいを持って駈けもどって来い、といった。耳次はかしこまって、紙屋川の土手道を南にむかい、風のように駈けだした。
庄九郎は、自分の衣装をぬいでお万阿に着せ、十分に肌《はだ》をおおってから、背をかえし、力をこめて活を入れた。
「あっ」
とお万阿は目をひらき、顔を恐怖でひきつらせ、なにか叫ぼうとしたが、
「おれだ」
と、庄九郎は、お万阿の頬《ほお》を両掌《りょうて》にはさみ、のぞきこんで言いきかせ、かつ、お前は救われている、といった。
お万阿は、なお混乱した。まだ堂の中にいるものとおもい、叫び、狂乱し、庄九郎の努力にもかかわらずふたたび失神した。
やがて、耳次が、馬を駆ってもどってきたのを、庄九郎は土手の上で迎えた。
庄九郎は、お万阿に小袖を着せ、馬上で抱き、手綱を口にくわえ、曲芸のようにして馬を歩ませた。
「耳次、もう一つ用がある」
「なんでございましょう」
「狐《きつね》を六頭」
と、意外なことをいった。
「このあたりの猟師の家々を駈けまわって集めてきてくれ。死《し》骸《がい》でいい」

お万阿が、奈良屋の奥で完全に意識をとりもどしたのは翌日の午後になってからである。
その時分には、庄九郎は美濃へ駈けもどるべく旅装をととのえている。
お万阿に、多くを言わない。
「見ろ、庭を」
と、あごでしゃくった。
中庭がある。西《にし》陽《び》があたっている。山桃の木、槙《まき》の木、松、そして萩《はぎ》、それらの根方々々に、点々と狐の死骸がころがされていた。
「六頭いる。そなたをだましにきた。残らず退治てやったから、もはや何事もなかったこととおもえ」
「狐が。——?」
お万阿は、おどろいた。たしかに犯された記憶がある。何人も何人もの男が、お万阿の真っ暗闇《くらやみ》のなかで、お万阿のからだに衝撃をあたえた。あれが、狐だったというのか。
「狐さ」
庄九郎は、翳《かげ》のない顔で笑っている。
「でも、狐が、わたくしを」
「犯したというのか。幻覚よ。おれは妙覚寺で学問をしたから知っている。狐というのは男に化けたところで、人間のおなごとは交われぬという。世《せ》尊《そん》がそういっている」
「世尊が?」
釈《しゃ》迦《か》のことだ。もっともいかに饒舌《じょうぜつ》な釈迦でも、そんなことまで言ったはずはない。
「お万阿、申しておくが、そなたの体にはわしの法華経が、五《ご》臓六《ぞうろっ》腑《ぷ》にまでしみ入っている。人間はおろか狐狸《こり》妖怪《ようかい》といえども、そなたを犯すことはできぬ。よいか、わが身はなお清浄だとおもえ」
庄九郎の言葉はつねに、論理ではない。ふしぎの音楽である。たれに対してもそうだが、この場合お万阿も、
(そうだったのか)
とつい信じこんでしまった。
しかしそれにしても、自分をたぶらかした悪ぎつねどもを、たちまちのうちに退治てしまった庄九郎とは、鬼神ではあるまいか。
「旦《だん》那《な》さまは、ほんにお強い」
「おお、微笑《わら》ったな」
と、庄九郎はよろこび、お万阿の肩をだいて、口を吸ってやった。
「こんど帰るまで、堅固でいろよ」
「もう、美濃へ?」
お万阿は、心細そうにいった。また悪ぎつねがだましに来ては、こまるではないか。
「お万阿は、京は狐程度で、まだいい。美濃には、いのししが出る」
「いのしし?」
「幼名を亥《いの》子《こ》法《ほう》師《し》といった男で、ちかごろ年《とし》頃《ごろ》の若者になり、通称小次郎、名乗りは頼秀《よりひで》。いまでは、おれの真っ向からの敵になっている」
「何者でございます」
「美濃の国主(守護職)頼芸様のご嫡男《ちゃくなん》にまします」
「主筋ではございませぬか」
そのとおりである。美濃王頼芸の皇太子でゆくゆくは頼芸のあとをつぎ、美濃一国のぬしになる人物である。
「なるほど、世間の流儀でいえば主筋だ。しかしお万阿も心得ておけ、この庄九郎には、本来、主人などはない」
「うそ、うそ」
いかに町家の女房でも、庄九郎の理屈がおかしいことぐらいはわかる。
庄九郎は、美濃の小守護。
つまり、土岐家の家老で、守護職頼芸につかえる身だ。とりもなおさず、頼芸が主人ではないか。
「ちがうわさ」
「では、どなたが旦那さまの主人でございます」
「時代だ。時代というものよ。時代のみがわしの主人だ。時代がわしに命じている。その命ずるところに従って、わしは動く。時代とは、なにか。天と言いかえてもいい」
「天」
「そう。唐土《から》には、そんな思想がある。王家が古びて時代を担当する能力を欠くようになれば、天命革《あらた》まり、天は英雄豪傑を選んで風雲のなかに剣をもって起《た》たしめ、王家を倒して新しい政治を布《し》く。これを革命という。革命児には本来、主人はない。あるのは、ただ天のみ」
「旦那さまは、天の申し子でございますか」
「そう信じている。天の申し子であるわしの前途をはばむ者は、お屋形様(頼芸)のご嫡男小次郎頼秀どのといえども、討滅するのみだ」
実は、その小次郎頼秀。
かれは庄九郎こそ国を奪う者だと見、父の頼芸にしきりと、
「あの者を信頼あそばすな、やがてはわが土岐家をほろぼして国土を強奪してしまうことは、火を見るよりもあきらかでございます」
と献言している。
が、この当時の貴族社会の父子というのは通常つめたいもので、頼芸は決してその子の小次郎を愛してはいない。
小次郎が諫言《かんげん》するたびに、
「わしは、あの者を信じている。あの者が稲葉山城で四方の国々を睥睨《へいげい》しているかぎり、近江の浅井も尾張の織田も怖《おそ》れて攻め寄せては来ぬ。あの者をもし放逐すればどうなるか、浅井、織田は、怒《ど》濤《とう》のごとく美濃に攻めよせてきて分けどりをしてしまうだろう」
「父上、あなたはだまされているのでございます。古来、国内で権力を得ようとする策謀家は、ありもせぬ隣国からの侵略の危機をしきりと説き、国中に危機感をあおり、その国難を乗り切りうるのは乃公《だいこう》(われ)のみと吹《ふい》聴《ちょう》し、いつのまにか一国の中枢《ちゅうすう》にすわりこんでしまうものでございます。唐土にもその例《ためし》あり。いわば、古い手でございます。父上はあの者に、乗せられていらっしゃるのでございます」
「乗せられている?」
と、頼芸は色をなした。貴族なのである。子供のような自尊心をもち、決して乗せられている、といった不甲斐《ふがい》ない自分であるとは思っていない。
「小次郎、そちこそ隣国の織田信秀に乗せられているのではないか」
小次郎頼秀の秀《・》という字は、隣国尾張との友好関係をたもつために、とくに信秀を烏帽《えぼ》子《し》親《おや》にたのみ、信秀の秀をもらってつけたものだ。
その縁で、小次郎は、仮想敵国である尾張織田家とは親しく、ときどき個人的に尾張へあそびにもゆく。
その間、信秀から、
「斎藤秀竜(庄九郎)こそ国泥棒《くにどろぼう》だ。いまにして追わねば、大事に至りますぞ」
とさかんに吹きこまれた。庄九郎のいない美濃ならば攻めるにしても無人の野をゆくようなものだ。信秀は、権謀術数に長《た》けた男だから、隣国のあまい若殿をたきつけている。
それだけではない。
「あなたのお父上は」
頼芸の攻撃もしている。
「かの者におだてられて酒池肉林の生活にふけっている。あのようなことでは、とうてい国は保てませぬ。いかがです。あなたは美濃の嫡子にまします。軍兵《ぐんぴょう》、兵糧《ひょうろう》を貸しますから、頼芸殿を追っぱらってあなた様がその位置につけばいかがです」
父親追放のクーデターをやれ、というのだ。つまり、美濃にカイライ政権をたて、やがては織田家のものにしようというこんたんなのであろう。
これには小次郎も食指が動き、
(ひとつ、やるか)
小次郎はおもった。
かといって父をのっけから追うのは遠慮したが、織田家の軍勢を借りて稲葉山城を包囲し、せめて庄九郎を討ちとってしまおうということにきめた。
これが庄九郎の耳に入った。
(いつかは、小次郎どのが父の守護職の地位をうばうべく織田軍の先頭に立って攻めよせてくる、とおもっていた)
(ところが。——)
意外にその時機が早かったのである。
京への逗留《とうりゅう》中、美濃からもどってくる山崎屋の油行商が、
「稲葉山城を、織田家の軍がとりかこみました」
と、急報してきた。
「帰れば、わしの半生にとってもっとも大きな戦さが待っている」
と、庄九郎はお万阿にいった。
「が、案ずることはない、おれのことだ」
庄九郎は落ちついている。
「これを機会に、織田勢を蹴《け》ちらし、たたきつぶすほかに、ついでに内通者の小次郎頼秀どのをも、戦場の露にしてやる」
「さすれば美濃では旦那さまがご帰国なされたとたん合戦が待っているのでございますね」
庄九郎が美濃へ急行すべく京をあとにしたのは、その日の夜であった。
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