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国盗り物語73

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示: それを実習する日がきた。 織田家には、宗家がある。尾張清洲城にいる織田氏で、城は尾張随一の堅城だし、領地も多い。清洲を
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 それを実習する日がきた。
 織田家には、宗家がある。
尾張清洲城にいる織田氏で、城は尾張随一の堅城だし、領地も多い。
——清洲をとってやる。
というのは亡父信秀の念願だったが、ついに果たさずに死んだ。
清洲方も、
——なごや《・・・》の織田(信長)をつぶしてしまわねば自分の家があぶない。
とおもい、父の代から戦闘をくりかえしている。が、信長の代になって、当方も信秀が死に、先方も織田常祐《つねすけ》という当主が死んだため、一時休戦のかたちになっていた。
ここに、斯波《しば》氏というのがある。
尾張における足利《あしかが》大名で、美濃の土岐氏、三《み》河《かわ》の吉良《きら》氏にあたり、いまは実力はおとろえきっているとはいえ、国中では最高の貴人として尊崇されている。
当代は、義統《よしむね》といい、茶の湯と連歌のすきな温和な中年男だった。
趣味がおなじだったから、信長の亡父信秀とは親しく、信秀の死後もときどき、なごや《・・・》城にあそびにきて、
「ぶじにすごしておるかな」
と、信長にいうのが口ぐせになっていた。
信秀の遺児がたわけ《・・・》殿であるだけに、義統には気になるのであろう。
義統は、清洲の織田宗家の城内に屋敷をたててもらって住んでいる。というのは逆で、もともと清洲は斯波氏の居館であったのだが、数代前に家老の織田家にとってかわられ、いまではその城内の一隅《いちぐう》に斯波義統がほそぼそとくらしている、といったかっこうである。
その義統が、
「清洲織田家が、そなたを攻めほろぼす計画をもっている」
という容易ならぬ情報を信長の耳に入れてくれたのは、信長が道三と聖徳寺で会見する前後だった。
その後、親切にもしばしば、情報を送ってくれた。信長がたのんだわけではないが、義統にすれば信長がたわけ《・・・》のゆえに身をほろぼすのがあわれであったのであろう。閑人《ひまじん》の道楽のようなものであった。
ところが、
「どうも城内の様子が、信長に洩《も》れているらしい」
と清洲織田家がかんづきはじめ、それとなく義統の挙動を監視しはじめた。
清洲織田家は、常祐の死後、彦五郎という養子が相続し、それを家老の織田三位入道《さんみにゅうどう》、坂井大膳《だいぜん》、河尻《かわじり》左馬《さま》の三人がたすけているが、この三家老が、
「武《ぶ》衛《えい》(斯波家の通称)は、なごや《・・・》信長に通じておられること、あきらかです。いまのうちに、誅戮《ちゅうりく》すべきでしょう」
と献言し、ひそかに準備をすすめていた。
たまたま義統の屋敷が、かれの嫡子《ちゃくし》岩竜丸が狩りに出て無《ぶ》人《にん》だった日がある。天文二十二年七月——信長が道三と会見してから三月目のことである。
清洲織田勢がどっと乱入し、義統を刺し、おもだった家来三十余をことごとく殺した。
狩りに出ていた岩竜丸はこれを知り、そのまま、なごや《・・・》城に走り、信長に救いを求めた。
岩竜丸の訴えをききながら、
(ここだな)
と信長はおもった。いまこそ道三学を実地におこなうべきときがきた、と思ったのだ。
「当城で遊んでいなされ」
と岩竜丸にはそれだけを言い、機をうつさず陣貝を吹かせ、兵をあつめ、
「敵は清洲ぞ」
と、家老の柴《しば》田《た》勝家ら七将に兵をさずけてゆるゆると清洲にむかって行軍させ、別に使者を美濃へむかって走らせ、道三に、
「兵千人ばかり拝借したい」
といわせた。
「なにに使う」
とも道三はきかず、
「おうさ、ほかならぬ婿《むこ》どのの無心じゃ。千が二千でももって行かれい」
さっそく美濃衆二千ばかりをととのえ、尾張へ駈《か》けさせた。
信長はその美濃部隊を城内に入れ、すでに清洲攻めにむかっている柴田勝家らの戦況を待った。
 清洲城では、雀躍《こおど》りした、というより家老の坂井大膳などは、城外にあらわれた柴田らの軍勢をみてげらげら笑った。
「あれをみよ、やはりたわけ《・・・》殿のやることはよ」
あわれなほど小《こ》勢《ぜい》なのである。
その小勢が、数隊にわかれ、そこここのあぜ道をつたいながら城にむかって近づいてくるが、気勢のあがらぬことおびただしい。
「城攻めには寄せ手は三倍以上の人数が要るものだ」
と、尾張きってのいくさ上手といわれる坂井大膳がいった。
「であるのに、あの寄せ手をみよ、われわれ城方の三分の一もない」
坂井大膳は、これが信長の出兵能力のぎりぎりであり、これ以上の人数は繰り出せぬ、と踏んだ。
かれの献策で野外決戦をとることになり、清洲方は城門をひらいてどっと打って出た。
まず、鉄砲、弓を射ちあい、やがて田のあぜ、ねぎ畑のなか、池の堤、くぬぎの林などで格闘がはじまった。
そのころ、なごや《・・・》城内では信長が、
「みな、出いっ」
と、するどい声をあげていた。
さらに、奥にいる濃姫を表の広間へよび、
「お濃、わしにかわって留守を宰領せよ」
といった。
みなおどろいた。
要するに信長は、城内にいる織田兵を一兵のこらず連れて行こうというのである。あとに残るのは美濃兵だけではないか。
ばかげている。
戦国の世の常識として、城内に他家の者をわずかでも入れるのをきらう。蜂《ほう》起《き》して城を乗っ取られるのにきまっているからだ。げんに亡父信秀は、連歌の客となって友人の城へゆき、仮病をつかって城内で寝こみ、ある夜、人の寝しずまったところを見はからって自分の手まわりの家来とともに城内を斬《き》りまくってとうとう城をとった。そんな例がある。
いま、相手は美濃衆である。その方面では蝮といわれる道三の手の者たちではないか。盗賊に家の留守をたのむようなものであろう。
ところが信長は意に介せぬふうで、さっさと出てしまった。
(やはりたわけ《・・・》殿じゃ)
と、道三から兵をさずけられてこの城内にきている春日《かすが》丹波守《たんばのかみ》が、あきれた。
春日は城壁に立ち、砂《さ》塵《じん》をたてて遠ざかってゆく信長とその部隊を見送っている。
「城門を閉めろ」
と、春日が一令すれば、もはや織田部隊はこの城には帰れなくなる。
(なんと、無邪気な男だ)
と、春日はおもった。春日は自分の主人の斎藤道三が、いかにおそるべき男かを知っている。その道三をやすやすと信じて、あの若者ははたち《・・・》にもなって、城をからにして駈け出したのだ。
(この旨《むね》、美濃へ報《し》らせるかな)
とおもい、広間に入り、家来をよんで何事かを言いふくめていたとき、濃姫が立ちあらわれた。
筋金の入った鉢巻《はちまき》を締め、薙刀《なぎなた》を持ち、広間の正面にあらわれ、侍女に床几《しょうぎ》をすえさせた。
「丹波」
と、濃姫はよんだ。
「その者をどこへやるのです」
「美濃のお父君のおんもとへやりまする」
「なりませぬ」
と言った。あとはかるく、
「この城は、上総介《かずさのすけ》殿がおかえりあそばすまでわたくしが宰領しているのですから」
といった。
そのあと濃姫は侍女にすごろく《・・・・》をもって来させて、広間で興じはじめたのである。
(まだ子供だ)
と春日丹波守はおもい、濃姫の目のとどかぬ場所に指揮所をうつそうとして、
「お邪魔でございましょうから、われら別の棟《むね》に」
と言いかけると、濃姫は顔をあげ、
「いいのです。丹波は夜もここにおりますように」
とすかさず命じた。
夜ふけになって、信長はほこりまみれになって帰ってきた。
広間に入ってくるなり、例の憂鬱《ゆううつ》そうな貌《かお》つきで、
「お濃、湯漬《ゆづ》けだ」
と命じた。濃姫の甲斐々々《かいがい》しい武装すがたなど、いっこうに眼にもとまらない様子なのである。
児《こ》小姓《ごしょう》に具足をぬがせながら、
「丹波、あすもたのむぞ」
とそこに平伏している舅《しゅうと》の侍大将になんの翳《かげ》もなくいった。
(貴族のうまれなればこそだ)
と、春日はおもい、やや威にうたれるような思いがした。うまれつきの大名なればこそこうもすらりと言えるのであろう。
「いくさは勝った」
と、信長がいったのは、それからしばらくしたあと、広間の正面にあぐらをかいて湯漬けを掻《か》っこんでいるときである。
「それは祝着《しゅうちゃく》しごくでござりまする」
「そちのおかげでもある」
信長はめしを噛《か》みながらいった。
「ただ、かんじんの彦五郎めや坂井大膳は城のなかに逃げこんでしまったため、討ちもらした。このため、ちょっと手間がかかる」
「まだ御人数は、清洲城をかこんでいるのでございますな」
「そうだ」
懸命にめしをかきこんでいる。どうみても遊びつかれて家に帰ってきた悪童としかみえない。
「丹波、舅《しゅうと》殿にこの旨を報らせる使いを出さねばならぬ」
「よくお気づきで」
「あたりまえだ。そちなどは、わしが出て行ったあと使者を出そうとした。ああいう使者は無用だ」
「えっ」
(馬鹿《ばか》ではない)
春日は腹が立った。信長は先刻からこの広間を動いていないから、濃姫からその報告をきいているはずがないのである。
「いや、じつは、お留守居ばかりではつまりませぬ、それがしも一手をひきうけて働きたいと存じ、その旨を山城《やましろ》入道様にお伺いをたてようとしたまででございます」
「それも無用だ」
信長は、箸《はし》をおいた。
「ここの大将はおれだ。わしの陣にいる以上わしを唯一無二の大将と思え。でなければ美濃へ追いかえすぞ」
 この戦闘は、謀略で信長が勝っている。
清洲織田方は信長の猛攻に閉口し、守山織田家という中立勢力に調停をたのんだ。
守山織田家の当主は、織田信光という。信光はすでに信長に通じていたから、
——いかがはからいましょう。
と相談してきた。
「だませ」
と、信長はいった。このため信光は、守山城にやってきた坂井大膳の兄大《おお》炊《い》を斬り、大膳を国外に追放した。
その直後、信長は清洲城をかこみ、火の出るように攻めたて、ついに陥《おと》して当主の彦五郎を、
「武衛様おんかたき」
として誅殺《ちゅうさつ》し、あっというまに清洲城をのっとり、これを居城とした。
これが、弘治元年四月。道三との会見から満二年目のことである。
尾張半国はほぼ、信長の手で征服された。ときに二十二歳。
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