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国盗り物語74

时间: 2020-05-25    进入日语论坛
核心提示:猿《さる》の話「清洲」というのは、繁昌《はんじょう》の城下である。城下のはずれ、街道に面する須賀《すが》口《ぐち》という
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猿《さる》の話

「清洲」
というのは、繁昌《はんじょう》の城下である。
城下のはずれ、街道に面する須賀《すが》口《ぐち》というところに、尾張第一の妓《ぎ》楼《ろう》の町がある。
そのころ、尾張のこどもたちは、
酒は酒屋に よい茶は茶屋に
女郎は清洲の須賀口に
と、うたって手まりなどをついたものだ。
信長も少年のころ村童たちとともに唄《うた》いあるいて、
(清洲とはよほどにぎやかな城下らしい)
と、いわば都をあこがれるような気持でこの町を想像していた。なにしろ、二百年ちかく尾張の国《こく》都《と》のような位置をつづけてきた町なのである。
信長はその清洲へ移る。
しかも草ぶかいなごや《・・・》からである。ついに田舎豪族が、国都のぬしになるのだ、というような昂奮《たかぶり》は、どういうわけか、この奇妙な若者のどこからも感じられない。
その前夜、にわかに侍屋敷に触れを出し、
「あすは清洲へ越すぞ」
と一声叫んだだけで、その朝には掻《か》きあつめただけの軍勢をひきいて、風のように家《や》移《うつ》りしてしまった。
「夜逃げか」とおもうほどの迅《はや》さである。
家財、武具、兵糧《ひょうろう》などは、なごや《・・・》城におき去りにしたままであった。それどころか、濃姫まで置きざられてしまった。
武士たちの家族も、そうはやばやとは移れず、結局、全員が移ったのは十日ほど経《た》ってからであった。
この報《し》らせを美濃鷺山《さぎやま》城できいた道三は、
「小僧、やるわい」
と、満足そうにつぶやき、「どうやらあの男はおれの鑑定《めきき》どおりだったようだ」といった。
そのとき道三は、
「清洲での婿殿の日常はどうじゃ」
と、尾張からかえってきた細作《さいさく》(間諜《かんちょう》)にきいた。
「相変らずでございます」
「とは?」
「毎日、お馬を責められます。馬のくびに顔を伏せてお馬場を狂うように駈けまわられ、かと思うと家来の者にいきなり角力《すもう》をいどまれたり、鷹《たか》野《の》(鷹狩り)をなされたり、日中は片時も畳の上におわすことはござりませぬ」
「例の姿か」
「いや、あれはどうやらおやめなされたようでございます。城下へ出て百姓家の柿《かき》をぬすんだり、水潜《みずくぐ》りをなされたりすることも、清洲ではききませぬ」
「大人になったのかな?」
と、道三はちょっと上眼で考えるふうをし、何か楽しそうであった。
 大人になったかどうか。
なるほど信長は、ひとりで城の外に出るようなことはなくなった。これは、清洲攻めという初仕事をし、自分が加害者になってみてはじめて人の世はうかつに一人歩きできぬ、という大名としてあたり前のことを知ったのだろう。
しかし、奇行はやまない。
前回《さき》に、胴丸の話をかいた。道三がとどけてくれて、信長がためし、足軽用の官給具足として大量にこしらえたあれ《・・》である。
その胴丸にちなむ奇妙ばなしがある。
話の場所はとぶ。駿《すん》府《ぷ》今川家の被官で、遠州浜松付近の久能《くの》という村に城館をもつ松下嘉兵衛《かへえ》という武士がいる。ここに小者《やっこ》として奉公していた小男がいる。
尾張中村在のうまれだというが、少年時代食うやくわずの放浪をし、途中、盗賊のむれに入ったこともあるらしい。
「猿」
と、よばれていた。自分では名を、藤吉とか藤吉郎とか、つけているようだが、名をよばれるほどの分際ではない。
ある日、嘉兵衛はその藤吉郎を庭へよび、縁の上から、
「そちは尾張生れであったな」
と念を押した。
「左様でござります」
「尾張はここらあたりとちがい、諸事、物の道具がすすんでいる。ちかごろ織田家の足軽具足に胴丸というものがあるときくが、そちは見たことがあるか」
「ございますとも、便利なものでござりまする。あれが出ると、もはや桶皮胴《おけがわどう》などは廃《すた》れまするな。——なにしろ」
と、藤吉郎は自分の両脇《りょうわき》へ手をやり、
「ここで四枚の鉄板を、二カ所にて結び止めてありますゆえ、具足胴が伸び縮みし、体をかがめることも自在でござります。あれはまことに便利なものでござります」
「ほう」
「なんならこの猿めが尾張へ行って、二つばかり買いもとめて参りましょうか」
「そうだな」
と嘉兵衛は言い、黄金を何枚かあたえ、すぐ旅立たせた。
藤吉郎はその金をふところに入れ、さっさと街道をあるいて尾張清洲の城下に入り、宿をとって数日滞在した。
そのうち、かれがかつて尾張中村にいたころ、「たわけ《・・・》殿」といわれていた信長が、いま日の出の勢いであることを知った。
猿は、利口な男だ。
ひとの話をたくみに聞く。清洲攻めのやり方などを聞けば聞くほど、
(この大将こそ、将来、尾張はおろか隣国を切りとるほどの人になりなさるにちがいない)
と、直感した。
人の運命は、身を託す人によってひらけもすれば縮みもする、そんなことをこの小者は身についた智恵で知っている。第一、足軽にすべて胴丸を着用させているということだけでも容易ならぬ大将ではないか。
(えい、胴丸買いなどはやめた)
と思い、その金で小ましな古着、脇差などを買い、信長の外出を見はからって、
——おねがいつかまつりまする。一生のお願いでござりまする。
と路傍に身を投げ、平伏し、顔を土にこすりつけ、泣き声を出し、懇願し、ついに織田家の小者としてかかえられた。
その後、城の雑用をしている。

そんな男がいる、というのを信長はすっかり忘れていた。
ある日、信長は、奪《と》ってほどもない城内を悪童づらでうろついているうちに、この城で「松ノ木門」と通称している門のそばへきた。かや《・・》ぶきで、低い二階だてである。
(あの二階になにがあるのか)
と思い、のぼってみると、変哲もない二十畳敷ほどの板敷である。
(なんじゃ、これだけか)
と、矢狭間《やざま》からそとをのぞいてみた。なるほどすこし高いだけあって、そこここの景色がよくみえた。
むこうから、人がやってくる。竹箒《たけぼうき》をもった小男である。
「人カト思ヘバ猿、サルカト思ヘバ人也《なり》」
と、のちの伝記作者にかかれたほどの奇相を、この小男はもっていた。
(ああ、あいつか)
信長はおもいだし、そのまじめくさった猿づらが、ばかばかしいほどに、かれは気に入った。
(奇態のやつじゃ)
と、おもうと、矢もたてもたまらず、なにかしてやりたくなった。やむなく半袴《はんばかま》をたくしあげて、男根をとり出した。
うまいぐあいに、腰板にフシ穴があいている。そこへ男根をもってゆき、そのままそとにむかってさしこみ、びいっ、と小便をとばした。
それが、真っこうから猿のつら《・・》にしぶきをあげてかかった。
猿は、
「あっ」
と、とびあがり、腕《かいな》で顔の水をかなぐりすてつつ、小便のくる方向を見さだめると、目の前の腰板に男根が一つ出ている。
「おのれ、なにやつじゃ」
と猿はとびあがり、門の梯子《はしご》をつかむや、腰を波うたせて掻きあがった。そこになんと織田上総介《かずさのすけ》信長がいた。
「ゆるせ」
と、またぐらへ仕舞いこみつつ、眉《まゆ》にたてじわを寄せ、いつものにがい顔で立っている。
猿は平伏もせず、片膝《かたひざ》を立てたまま、胸をかきむしるようにして、
「殿様なりともゆるせませぬぞ」
と、顔を真赤にしてどなった。
「男のつらに尿《ゆばり》をふりかけるなどは法外なことじゃ。お手討にあうとも、これはかんべんなりませぬぞ」
この剣幕には信長も手がつけられず、ただむやみと顔をにがっぽくつくり、
「汝《ナンジ》ガ心ヲ見ントテ、シタル事也」
と、「祖父物語」を筆うつしにすればそんなことを言った。
「心を見るために、小便をおかけあそばしたのでござりまするか」
「おれはいつもその手だ」
「しかし、掛けられた者の身にもなってくださりませ」
「わかった」
信長は和《わ》睦《ぼく》のしるしとして、
「あすからおれの草履をとれ」
といった。おなじ小者でも、大将の草履取りともなれば出世の機会はいかほどでもあるだろう。
「それならば、堪忍《かんにん》つかまつりまする」
と藤吉郎は言い、信長がおもわず吊《つ》りこまれて笑いだしたほどのうれしそうな笑顔をみせた。
(これは、楽しみがふえた。この猿を毎日からかってやると、さぞおもしろいことになるだろう)
と、信長はもとの憂鬱《ゆううつ》げな顔にもどりながら、内心そうおもった。
要するに、清洲城主となった信長は、あいかわらずそんなことをやって暮らしているのである。
 この清洲移転の当座、事件が多かった。
尾張春日《かすが》井《い》郡守山(現名古屋市東北郊、同市守山区)という土地がある。
土地は矢田川と玉野川にはさまれた野で、ひくい丘陵があり、竜泉寺山につながっている。そのひくい丘陵に城がある。
守山城という。織田家の同族で、信長からは叔父にあたる孫十郎信次が、付近の小領主として在城している。
(いずれ機会があれば守山城も当方におさめねばならぬ)
と信長はおもっていた。
ここに、信長がかわいがって清洲に住まわせている弟がある。喜六郎といい、まだ前髪のとれぬ少年で、容貌《ようぼう》は国中ですでに伝説化しているほど美しい。美男美女の家系といわれる信長のきょうだいのなかでも、喜六郎だけは格段にすぐれていた。
ひどく、おとなしい少年だが、ただひとつ信長に共通したところがある。馬がすきなことと、ひとりで城外に出たがることである。
信長の清洲移転から二カ月目の六月二十六日、喜六郎は単騎、城外へ出た。
馬を駈けさせ、ときに休み、ときに水馬を試みたりして楽しんでいたが、竜泉寺山の下の松川渡しというあたりまできたとき、さっと流れに馬を乗り入れた。
やや下流に、柳の巨樹がある、その下で川狩りをしていたのが、守山城主織田孫十郎信次と、その家来数人だった。
「あ、ばかめ、乗り打ちをやりおったわ」
と、かれらは流れを乱されたためにふんがいし、しかも遠目のため相手が喜六郎であることがわからず、「成敗《せいばい》してくれる」と、須賀才蔵という者が堤に駈けあがって弓矢をとって来、矢をつがえ、ひきしぼって矢《や》頃《ごろ》を見はからううちに頃合到来し、ひょう、と放った。
矢は十間を飛び、喜六郎の胸に突きささった。喜六郎、声もなく落馬し、水中に落ちたときは息がたえていた。
「殿、仕止め申した」
と侍どもは歓声をあげ、どっと瀬に入って喜六郎の死体に近づき、抱きおこしてみるとかくれもない織田の公子である。
「わっ、これは喜六郎ではないか」
と、織田孫十郎信次はおどろき、すぐこの死体の兄貴の信長の激怒を想《おも》った。
孫十郎信次は堤をかけあがり、すぐそばの居城守山城に入ると、
「汝《わい》らは勝手にさらせ。おれは逃げるぞ」
と、馬をひきだしてきてとびのるなり、国外にむかって逐電《ちくでん》してしまった。このままこの男の消息はついに知れない。
こうも叔父をして恐怖せしめたほど、信長という男の性格は激烈なものがあった。
信長は、喜六郎が殺された、という報告をきくや、広間正面から駈け出し、家来どもの頭上をとびこえ、玄関をとびだし、
「馬あ——っ」
と叫びながら徒歩で走り、口取りがあわてて手綱をひきつつ駈け寄ってくるや、ものもいわずに鞍上《あんじょう》の人となって駈けだした。
守山まで三里ある。
信長は、すさまじい速度で駈けさせた。あとに、二騎、五騎、二十騎とつづいてくるが、とうてい追っつかない。
馬も良い。
それに毎日この男は責めている。馬の息がつづくのである。侍どもの馬は、素質がわるいうえに平素厩《うまや》で飼いつめ置きの馬だから、一里も走れば動かなくなるのもあり、山田治郎左衛門という近習《きんじゅう》の馬など、前脚を折り、首をのばして絶命した。
信長は、守山口の矢田川のほとりまでくると河原へおりて馬の口を洗わせ、さらに堤へはねあがったとき、近在の郷士犬飼《いぬかい》内蔵《くら》という者が城のほうから走ってきて、
「申しあげます」
と、馬前に伏した。
「なんだ」
「御敵《おんてき》はおりませぬ」
「どけっ」
と蹴散《けち》らそうとしたが、犬飼は身をかわして口輪をおさえ、
「孫十郎様は、事の大事に気づかれるや、いずれともなく駈け落ちなされてござります。その他ご家来衆も逐電いたし、城はあき城になっております」
と、いううちに、信長の家来たちが駈けあつまってきたので、城内を検分させると、なるほどひとりもいないという。
「帰る」
と、信長は馬首をめぐらし、いま駈けてきた道をこんどはゆっくりと打たせはじめた。
 この話も、道三はきいた。
「あの小僧は、よほど国中の者から怖《おそ》れられているものとみえる」
と、道三は、信長のうわさばなしのなかでこの話をもっとも興ぶかくきいた様子だった。
「まるで鬼《き》神《じん》だ」
と、微笑《わら》いながら、堀田道空にいった。
「狂人でございましょう」
堀田道空は相変らず信長に好意をもっていない。
「激情を発するとなにをするかわからぬところがございます。憎しみがはなはだしく、とくに自分に従わぬ者は、近臣なりとも手討にしかねまじいところがございます」
「それがよいのだ」
と、道三の尺度はちがうようであった。道三にすれば、人君たる者は怖れられねばならぬ、と思っている。懐《なつか》れてしかも威があるというのは万将に一人の器で、普通のうまれつきでは期しがたいものだ。それよりも、一言の号令が万雷のように部下に降《くだ》りおちるという将のほうがこの乱世では実用的である。
(あいつも、どうやら蝮《まむし》だな)
と道三はおもい、なにやら愛《まな》弟子《でし》の成長をみるような心地がして、わるい気がしなかったのである。
「つぎに何がおこるか、婿殿はわしを楽しませてくれる」
言いながらも、道三は信長を警戒し、その身辺や清洲城下、尾張領内におびただしい数の間諜《かんちょう》をはなってある。
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