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千里眼01

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:発端 岬美由紀は二十五年前の六月三十日、神奈川県藤沢市のごくふつうの家庭に生まれた。父は会社員、母は専業主婦。幼少のころ
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発端

 岬美由紀は二十五年前の六月三十日、神奈川県藤沢市のごくふつうの家庭に生まれた。
父は会社員、母は専業主婦。
幼少のころは虚弱体質。小食で痩《や》せすぎだったことから何度か救急車で運ばれ、栄養失調の診断を受けている。
幼稚園入園では、私立へのいわゆる�お受験�に失敗、以降地元の公立に通うことになる。
小学校に入学後は、意識的に食事をとり身体を動かすことで徐々に正常な発育へと近づき、十歳のころには心身ともにきわめて健康という診断記録が残っている。
しかしながらこの時期、岬は学級においてほかの児童との協調性に欠け、しだいに孤立を深めていったと担任教師の報告にある。
同世代よりも大人びた本を読み、哲学的な思考を好むところがあるため、級友とはものの考え方に差異が生じていたようだ。
人格面で子供らしさに欠けている一方、学業の成績はさほど誉《ほ》められたものでもなかった。授業中にぼうっと窓の外を眺めていることも多く、各教科の教師からは注意力散漫とみなされていた。
中学でようやく私立女子校に入学を果たすと、人並みに友達をつくったり男性アイドル歌手に熱をあげるなど、年齢相応の生活態度をしめしはじめる。
ただし、学業についてはあいかわらずで、かろうじて私立に入るだけの学力は発揮できたものの、授業の進みぐあいについていけず第一学年の成績は散々なものに終わる。
ところが二年の半ばから成績は急激に上昇し、高校入学時には学年のほぼトップの順位に位置するようになった。
急に勉学に打ちこむようになった理由については諸説あるが、おそらくは近くの男子校に通っていた同年齢の生徒、上坂孝行《うえさかたかゆき》を意識するようになったからと推察される。
控えめで優男風、その一方でスポーツ万能という上坂は、岬の通う女子校の生徒たちにとって花形ともいえる存在だった。彼と同じ大学に入学するため、受験勉強に追いこみをかけたというのが有力な見方だ。
ふたりの恋愛感情は深まっていったようだが、上坂の父は防衛庁に勤務する官僚だったため、高校卒業後は息子が防衛大学校に進学することを希望していた。
岬は両親の反対を押しきり、防衛大の数少ない女子学生として入学を決めてしまう。
なお、防衛大が幹部自衛官を養成するための教育機関であることや、卒業後の任官が前提であることなど、当時の岬はなにもわかっていなかったと考えられる。
彼女の頭のなかにあったのは、上坂との仲を深めたい、彼に自分を認めさせたいという一心だけだったようだ。
結局、上坂はほかの女子学生との交際を始めてしまい、岬はここでも孤立する。
だが、そもそも孤独を愛するところのある岬は、厳格かつ規律正しい全寮制の学校生活は性に合っていたようで、第一学年の半ばには学業の面で女子学生のトップに立つと同時に、校友会のあらゆる部活をかけもちして国体レベルの技能を発揮する。
学業においても防衛学の国防論、戦略、統率・戦史いずれも優良で、語学においては必須《ひつす》となっている英語プラスその他の外国語のほか、選択可能な言語のすべてを自主的に学習し、いずれも試験で上々の成績を残している。
やがて航空自衛隊への入隊を希望、空自の幹部候補生学校に進学するが、このとき岬の人生に最大の試練が訪れる。
両親の突然の死だった。
交通事故によって両親が即死したことを告げられた岬は激しく動揺し、一時は除隊を願いでるが、上官に引き留められて思いとどまる。
しかし、死というものを強く意識した後遺症からか、岬はそれまで期待されていた初の女性自衛官の戦闘機パイロットという進路を捨て、ヘリコプター救難隊への編入を希望するようになる。
岬美由紀二等空尉の成績が優秀であることに変わりはなく、人事は覆らなかった。岬は百里基地の第七航空団第二〇四飛行隊に配属され、岸元涼平《きしもとりようへい》二尉とコンビを組んでF15DJイーグルを操縦、これまでに数多くの領空侵犯措置としてのスクランブル発進を経験している。
パイロットとしての岬の活動内容は防衛大時代と同じく優秀なものだったが、心理面には絶えず葛藤《かつとう》が生じていたものと思われる。
攻撃機に乗ることを拒み、救難のみを職務としたいと考えた岬の姿勢は、ある意味で幹部自衛官の資質を問われるものである。
本日、実質的な査問会議といえるこの席上で、最も注視すべきはこの一点であろう──。
 薄暗いホール内でスクリーンに映しだされたプライベート写真の数々は、まるで披露宴での新婦の人生を振りかえるイベントのようだった。
あどけない幼女が、可簾《かれん》な少女となり、自衛官の制服に身を包んでりりしく成長するさまを、数分の解説とともに見せつけられた。そんな気分だ。
だが場内に照明が戻るころには、防衛省内部部局の人事教育局長、尾道隆二《おのみちりゆうじ》はこの場所に祝祭のムードなどいっさい存在しないことを再認識していた。事実上の査問会議だ、主役は祝福されることなどなく、ただ糾弾を一身に受ける立場となるだけだろう。
それにしても、と尾道は、巨大な円卓状の会議テーブルの中央にたたずむ岬美由紀の姿を見やった。
すらりとした痩身《そうしん》、まだ幼さの残る童顔。その外見からは女性自衛官で初めて戦闘機を乗りこなした有能なパイロットという印象をうかがい知ることはできない。
聞けば、過去の教官全員が、いったい彼女のどこに苛烈《かれつ》なGに耐えうる力が潜んでいるのか、分析の結論をだせずにいるという。類《たぐ》い稀《まれ》な記憶力と動体視力、反射神経と運動神経の持ち主。防衛大を首席卒業して以降、めざましい功績に彩られた彼女の経歴と、いま目の前にいる岬美由紀の外見とのあいだに、なおも大きなギャップを感じざるをえない。
岬美由紀二等空尉、二十五歳。身長百六十五センチ、体重はわずか三十九キロだという。防衛大の入学時には基準を満たすだけの体重があったが、その後|痩《や》せたらしい。ほっそりとした抜群のプロポーション、褐色の髪にふちどられた小顔にはフランス人形のように大きな瞳《ひとみ》が見開かれ、鼻すじは通っていて、薄い唇が横一文字に結ばれている。化粧っけはないが、そのぶんだけ端整な素顔であることに疑いの余地もない。
「尾道局長」若い男の声が飛んだ。「なにか気になることでも?」
ふと我にかえり、尾道は周囲を見渡した。列席者の官房長や局長らの視線がいっせいにこちらに注いでいる。
「いや」尾道は咳《せき》ばらいをして、質問をした男を見かえした。「特にないが。どうして私に意見を求めたのかね?」
その男はスーツの上に白衣をまとい、スクリーンの脇に立っていた。
いままでスライドの画像をしめしながら岬美由紀の人生をかいつまんで説明していた、その嘱託医の顔。尾道はきょう初めて直視した。
名前はたしか笹島雄介《ささじまゆうすけ》、まだ二十九歳の若さながら、航空機パイロットや乗務員の心理分析において各界から一目置かれているという。
岬美由紀ほどではないが、笹島という男もずいぶん痩せた身体つきに見える。この百里基地に足を踏みいれてから、若者といえば屈強な猪首《いくび》の自衛官ばかりを目にしているせいもあるのだろう。笹島はテニスプレイヤーとピアノの演奏家を足して二で割ったような、爽《さわ》やかさと繊細さを兼ね備えたタイプの男だった。内部部局の職員を含めたこの会議室内でも、やや浮いた存在に思える。
笹島は尾道を見つめて、落ち着いた声でいった。「岬二尉にじっと見いっておいでだったので、なにかお気づきのことでもあったのか、と思いまして」
「いいや。さっきその画面に映っていた赤ん坊が、こうまで美人に成長したのかと、ひそかに感心していた。それだけのことだよ」
列席者が一様に含み笑いを漏らす。
美由紀はしかし、表情を硬くしたままだった。
笹島も笑ってはいなかった。「彼女の過去を説明したのは、それによって今回の事態を引き起こした心理の背景があきらかになるのではと思ったからです。一見、有能かつ順風満帆にみえた岬美由紀二尉の昨今の日常に、二年前の両親の死という暗い影がおちていることを、皆様にお伝えしたかったからです」
尾道はちらと美由紀を見た。美由紀の表情が、わずかに蔭《かげ》ったようにみえた。
「笹島君」発言したのは長官政務官だった。「岬二尉が命令を無視して被災地の楚樫呂《そかしろ》島に救難ヘリを飛ばしたのは、彼女の両親の事故死に起因している。それが精神科の医者としての見解かね?」
「そうです。……ああ、私の仕事は正確にはただの精神科医ではなく、リエゾン精神科医というものです。単純な医療行為のみならず、心理学や脳神経学まであらゆる学問を網羅し、多角的に分析し、カウンセリングまでを専門とし……」
「きみの優秀さには疑問をさしはさむつもりはない。過去の航空機事故に関するパイロットの精神的疾患について、事故調査委員会に提出されたきみの報告書は完璧《かんぺき》なものだったし、今回の分析にも同様の科学的視点を期待している。われわれが知りたいのは一点だけだ。岬二尉は正気だったか否か。正常だったのか、それとも異常だったのか」
しんと静まりかえった会議室内、もの音ひとつしない。美由紀の視線が少し下がったようにみえた。
「お言葉ですが」笹島は冷静な声でいった。「精神面、心理面いずれも、正常か異常かという単純な二極化によって区別できるものではありません。私の見立てでは、岬二尉は両親の死が一種のトラウマに似た心理状態を引き起こし……」
「トラウマ?」
だしぬけに、美由紀がつぶやきかえした。
張り詰めた空気のなかで、尾道はきいた。「岬二尉。発言があれば聞こう」
美由紀は笹島を見つめ、喉《のど》に絡む低い声できいた。「トラウマというのは、幼少のころの体験が元になることじゃないんですか?」
「そうとも限らない」笹島は美由紀を見つめかえした。「俗にいうトラウマは心的外傷、つまり強い肉体的あるいは精神的ショックを受けたことで精神面にダメージを受け、その記憶や感情が無意識下に抑圧され、なんらかの影響を与えることを指す。岬二尉、あなたの場合、楚樫呂島が大地震と津波で甚大な被害を受けたと聞き、かつての両親の死以降ずっと抑圧されていた感情が表出した。救えなかった両親への罪悪感から逃れるため、なんとしても被災者を救いたいという思いが募り、救難ヘリUH60Jを無断で操縦、現地での救助活動に参加した」
「いえ……。わたしのなかに、抑圧された感情などというものは存在しません。両親の死は悲しい出来事でしたが、もう過去のことです。わたしはそれを乗り越えました」
「無意識の働きは、表意識ではとらえられないものです。あなた自身は認識していないが、実際に抑圧の影響は受けていた」
「わたしが認識していないって……? わたし自身にわからないことが、先生にはおわかりになるんでしょうか」
笹島はため息をつき、書記係に向き直った。「岬二尉の履歴についてのテキストを、プリントアウトしてくれないか。直接、彼女に読んでもらうことで納得がいくだろう」
書記係はパソコンを操作した。
が、プリンターはいっこうに作動するようすがない。書記係に焦燥のいろがみえだした。あわただしくあちこちのボタンを押しているが、印字は開始されなかった。
「どうしたんだ」笹島はじれったそうにつぶやいて、書記係に歩み寄った。ふたりでプリンターをいじりまわす。それでもいっこうに事態は改善されない。
側面のパネルを開けて機械部分に手をいれた笹島が、ふいに叫び声をあげた。「あち!」
手際の悪さに列席者たちの表情が曇りだした。
と、そのとき、美由紀がつかつかと笹島に近づいていった。
ハンカチを取りだし、机上のビンから水を注いで濡《ぬ》らす。美由紀は笹島の手をとり、火傷《やけど》しただろう指先にそっとあてがった。
呆然《ぼうぜん》とした顔の笹島の前で、美由紀はボールペンをプリンターの内部に突っこんだ。「カートリッジからどうやってインクが噴出するのか、ご存じですか。ノズル内のヒーターでインクを瞬間沸騰させて、泡がはじける勢いでインクを射出させるんです。だから内部はとても熱くなってます。ヒーターとカートリッジのあいだに埃《ほこり》が溜《た》まって、インクの熱伝導が悪くなってるみたいですね。……これでいいでしょう」
美由紀が側面のパネルをぱたんと閉じたとたん、プリンターはモーター音を唸《うな》らせながら印字を開始した。
気まずそうに立ちつくす笹島をあとにして、美由紀は元の位置に戻って正面に向き直った。
「どうも」笹島は口ごもりながらいった。「まあ、そのう、岬二尉が博学多才だということは、いまさら議論するまでもありません。しかしながら、心理学においては専門というわけでもないでしょう」
「おっしゃることがよくわからないんですが」美由紀は笹島にいった。「わたしがこうだと思っていることが、真実ではないということですか。無意識なるものが認知の真理を捻《ね》じ曲げていて、正しくないかたちにわたしに錯覚させていると」
「ある意味ではそうです。しかし、問題はあなたひとりだけの気の迷いに起因していないのです。あなたの上官だった板村久蔵三佐が故意に見逃すことがなければ、あなたはUH60Jのエンジンを始動させることも、百里基地を離陸することもなかったはずです」
美由紀の顔にあきらかな動揺のいろが浮かんだ。
尾道は円卓を囲む列席者のなか、制服組のひとりに目を向けた。
頭に白いものが混じった四十代後半の板村三佐は、自衛官のなかでは温和そうな外見で、実際に控えめな性格の男だった。いまも同僚たちの険しい視線にさらされ、困惑ぎみに目を伏せている。
そのさまは、不意の糾弾に驚いたというよりは、事前からこの事態を予測していたことをうかがわせた。来るべきときが来た、そんなふうに覚悟をきめている。尾道の目にはそう映った。
笹島がいった。「板村三佐は岬二尉の命令違反を知りながら、これを黙殺し、のみならず、岬二尉が一時的に救難部隊に編入されたという嘘の事後報告を捏造《ねつぞう》し問題の隠蔽《いんぺい》を図りました。当時の救難活動を取り仕切る立場でありながら、これは重大な組織への背信行為です」
「お待ちください」美由紀があわてたようすで口をさしはさんだ。「板村三佐はわたしを引き留めようとしましたが、わたしが無理に離陸を企てたんです。板村三佐はけっしてわたしに同調されたわけでも、共感されたわけでもありません」
上官をかばっているな、と尾道は思った。
実際には笹島の言うとおり、板村が救難機の運用を許可しないかぎり、岬美由紀の謀反は実現しなかった。美由紀がUH60Jに乗りこんだ直後に、板村が離陸を手助けするかのように管制塔にヘリの発進を命じた記録も残っているのだ。
「それで」尾道は笹島にきいた。「板村三佐の規則違反の原因については、どう分析する?」
「板村三佐の精神鑑定、心理分析はすでに完了しています。結果、板村三佐の場合も過去の経験に基づくトラウマが判断の誤りを引き起こしたものと推察されます。十四年前、CH47を操縦中にオイル系統の異常のため墜落、当時は一尉だった板村三佐を除く乗員全員が死亡しました。みずからも重傷を負った板村三佐は以後、地上勤務となり、緊急時にたびたび業務の手順を失念するなどミスが報告されています。こうしたことから、板村三佐の場合も過去の事故の記憶が無意識の抑圧となって残り、切羽詰まった事態において冷静な対処法をとることができないなどの弊害をもたらしていると考えられます」
「トラウマを持つ者どうしが共感しあって、一致協力して命令違反を働いたというのか?」
「そうとも言えますが、事情は岬二尉より板村三佐についてより深刻です。TATなどの心理検査の結果、板村三佐は人の生死に関わる重大な決定を迫られた際、ひどく落ち着きがなくなり集中力を欠くことがあきらかになっています。岬二尉のほうはやや独善的という難点はあるものの、更生の余地があります。けれども板村三佐の場合は……」
「幹部自衛官として命令を下す立場としては、問題がある。そういうことだな」
沈黙が降りてきた。冷ややかな視線が板村に降り注ぐ。板村は押し黙り、両目を閉じていた。
「やむをえん」尾道は列席者に向けていった。「いまの報告を踏まえ、人事教育局長としては、上官である板村三佐の責任のほうを重く見ざるをえない。岬二尉についてはしばらく謹慎処分とするが、板村三佐はその任を解くことが妥当と思われるが、如何《いかが》だろう」
厳しい処分については、逆にあいまいな物言いでも充分にその意味は伝わる。実際、列席者たちは一様にうなずいて同意をしめした。
だがそのとき、美由紀が発言した。「なぜですか。あのとき救難部隊のパイロットはトラブルで到着が遅れ、ヘリは準備を完了しながらも離陸できずにいました。その一方で、楚樫呂島の被災者は一刻も早い救難活動を必要としていました。規則に背いたことは事実ですが、そのおかげで救われた命も数多くあったのです。緊急時における命令系統について見直しこそすれ、板村三佐を解任するなんて納得がいきません」
「審議はもう終わった」
「いいえ!」美由紀はかすかに潤んだ目で尾道を見据えた。「これは審議とは言えません。精神鑑定、心理分析の名のもとに、嘱託医の独断によって裁定が下されたも同然じゃないですか。トラウマだなんて……。嘱託医の報告にどれだけの科学的裏づけがあるのか、検討の必要があるはずです」
笹島がため息をついた。「ずいぶんな言い方だね。僕もそれなりに、この道では人を認めさせるだけの仕事をしてきたつもりだよ」
尾道は苛立《いらだ》ちを抑えながら美由紀に告げた。「嘱託医の笹島君の報告がすべてではない。私は長官に今回の人事的裁断のいっさいを任されているし、あらゆる事情を踏まえたうえで結論をだすつもりだ」
美由紀のまなざしに敵愾心《てきがいしん》が浮かびあがった。「もし板村三佐を解雇することがあるなら、わたしも除隊します」
列席者が面食らったようすで、驚きの声をあげる。ざわめく会議室で、尾道も衝撃を受けていた。
「正気か」尾道は吐き捨てた。「幹部自衛官としての言葉の重さを承知したうえでの発言だろうな、岬二尉?」
「無論です」美由紀は静かにいった。「北朝鮮の不審船を見逃しつづける昨今の防空体制にも不満は募っていました。除隊の意志があることを、仙堂芳則空将にはすでにお伝えしてあります」
制服組がいっせいに立ちあがり、大声でなにかを怒鳴り散らした。内部部局の職員らも同様に身を乗りだして発言しはじめたせいで、会議は混乱の様相を呈してきた。当分、収拾がつきそうにもない。
喧騒《けんそう》のなかに険しい表情でたたずむ岬美由紀を、尾道はじっと見つめていた。
彼女の言っていることは正しい。だが、世は正しければすべてがまかり通るというものではない。
幹部自衛官としては潔癖すぎたか。十年早かった。彼女がではなく、組織がだ。自衛隊はまだ、そこまで成熟し洗練された集団とはなりえていない。
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