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千里眼07

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:エリーゼのために 羽田空港に預けてあったランボルギーニ・ガヤルドで渋谷区代々木のマンションに戻ったとき、もう日は暮れてい
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エリーゼのために

 羽田空港に預けてあったランボルギーニ・ガヤルドで渋谷区代々木のマンションに戻ったとき、もう日は暮れていた。
美由紀は地下駐車場にクルマを駐《と》めて、階段を昇った。エレベーターは使わないようにしている。自衛隊を辞めてから身体がなまって仕方がない。少しでも機会があれば動かしたほうがいい。
一階の廊下にでると、ちょうど管理人室の扉が開いて、額の禿《は》げあがった中年男が姿を現した。
「あ、こんばんは。管理人さん」美由紀は声をかけた。
マンションの大家はこの一帯すべての土地を所有する地主で、彼は雇われ人にすぎない。しかし、一階の部屋に住みこみで働いていることから、しょっちゅう顔を合わせる。
管理人はなぜかびくついたようすだったが、すぐに向き直って笑顔を浮かべた。「ああ、三〇一の岬さんか。おかえり」
「どうかされたんですか? なにか気になることでも……」
「いや。ただ、そのう。このあたりでゆうべ、通り魔事件があってね」
「ああ。けさ警察がきてましたね。女子大生が刺されて重傷とか」
「そう、だから見回りに出ようと思ってね」
「こんな時間にご苦労さまです。なにかお手伝いできることがありましたら……」
と、管理人は苦笑に似た笑いを浮かべ、視線を逸《そ》らしてつぶやいた。いや、ひとりでだいじょうぶだよ。
美由紀の胸に、なにかひっかかるものがあった。
この苦笑いは自然なものではない。どんな意味があったのだろうかと美由紀は考えた。わたしのような女がひとり加わっても、さほど有力な支援にはならないという見下した感情だろうか。しかし、もし軽蔑《けいべつ》しているのなら、顎《あご》は上がって下唇が突きだされる。唇の端がひきつり、わずかに吊《つ》りあがる。管理人の顔にそれはない。
大頬骨《だいきようこつ》筋と眼輪筋が同時に収縮していることから、喜びを感じたうえでの笑いであることは疑いの余地がない。作り笑いでは、眼輪筋を縮めることはまず不可能だからだ。けれども、そのことがかえって違和感の理由になる。苦笑に似た笑いだったが、じつは本当に笑っていた、そういうことだろうか。奇妙な感情に思える。
「なにか?」と管理人はきいてきた。
「いえ、べつに……」美由紀は軽くおじぎをして、その場を去ることにした。
階段を昇りながらため息を漏らす。他人の表すささいな感情の不自然さすら、いちいち気になって仕方がない。あの表情の読み方のトレーニングを試みた人間は全員、こんなストレスを感じるのだろうか。
三階に昇って廊下の突き当たりに向かう。すると、隣の三〇二号室のドアが開いた。
顔見知りで、美由紀と同じ歳の湯河屋鏡子《ゆがやきようこ》が声をかけてくる。「あ、いたいた。待ってたのよ、美由紀さん」
いつもスーツ姿で早朝にあわただしく出かけ、帰宅は夜遅くになってからという日課の鏡子が、わたしを待っているなんて珍しい。表情にも不安が表れているようだ。
美由紀はいった。「ひょっとして、通り魔事件で怖くなったとか?」
「それどころじゃないのよ」鏡子は美由紀の手をひき、彼女の部屋のなかに連れこんだ。
「見てよ、これ」
その部屋は美由紀の三〇一と違って、1LDKの狭い間取りになっていた。洋服やバッグなど、雑多なものが散らかり、床を埋め尽くしている。メロディ電報や写真立てまでがぶちまけられていた。
鏡子が泣きそうな声で告げてきた。「さっき帰ってきたら、こんなふうになってたのよ」
「もとは、きれいに整頓《せいとん》してあったの?」
「まあ、そのう、きれいってわけでもないけど……。でもタンスの中身を外にだしたりしてないわ。誰かが入って荒らしていったのよ」
反射的に目が窓辺に向く。ブラインドは壊されたようすもない。表通りに面していることから、あそこから入ったとは考えにくい。
廊下にでてドアの外側を眺める。鍵穴《かぎあな》の周囲に傷はない。ピッキングもサムターン回しも試みられた形跡がなかった。
「もし入った人間がいたとしたら、合鍵を持っていたとしか考えられないわね」
「そんなの、あるわけないわよ。この部屋に越してきてから、付きあってる男もいないし。あ、美由紀さん。ひょっとしてわたしを嘘つきだと思ってる?」
「いいえ」美由紀はあっさりといった。「本当のことを喋《しやべ》ってるってことは、顔を見ればわかるから」
鏡子は妙な顔をしたが、すぐに不安な表情に戻った。「ねえ、どうしよう? 警察にも電話したけど、近くの派出所の者が暇なときにうかがいますからって、ずいぶん馬鹿にした対応なの。通り魔事件の捜査とパトロールで忙しいからって。同じ犯人の可能性もないわけじゃないってのにさ。不安で寝られないよ、こんなの」
「部屋のなかにいるときには、施錠のつまみを九十度まで回しきらないで、四十五度の位置にしておいて」
「斜めにするの?」
「そう。その場所でつまみが止まらないのなら、ビニールテープで固定すればいいわ。そうすれば、たとえ合鍵を持っている人でも差しこむことができないし、開錠できない」
「へえ……知らなかった。でも、出かけてるときは?」
「そうね……」美由紀の脳裏にもやが渦巻いた。
合鍵を持っている人間。管理人としか思えない。あの不自然な笑い。近所の通り魔事件の発生の翌日に、このマンションでの空き巣。無関係とは考えにくかった。
美由紀は鏡子の部屋に入り、床からメロディ電報を拾った。「これは誰からの電報?」
「職場の友達から引っ越し祝いにもらったの。……怪しい人じゃないわよ」
「ええ。この送り手を疑ってるわけじゃないの」美由紀は二つ折りの電報を開いた。
�エリーゼのために�が電子音で奏でられる。耳を傾けながら美由紀はいった。「でも、この電報は役に立ちそう」
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  面接
 晴れた日の正午すぎ、美由紀は本郷の日本臨床心理士資格認定協会にほど近いオフィスビルの食堂にいた。
どのテーブルも埋まっているが、雑談を交わす者は少なく、ひどく静かだった。そのようすは試験前の大学の学生食堂を思わせる。ラーメンや定食など簡単なメニューを選んで、さっさと腹ごしらえを済ませて、手にしたテキストに見いる。DSMの原著が多い。ここにいるのは、午後に口述面接試験を控えた臨床心理士候補ばかりだ。大学院生ぐらいにみえる若者から、中高年まで年齢層も広い。
午前の筆記試験で知り合いになった朝比奈宏美という同世代の女は、美由紀の向かいに座って憂鬱《ゆううつ》そうに頬杖《ほおづえ》をついていた。
「あーあ」朝比奈は愚痴っぽくいった。「いまの審査って厳しいね。B審査が廃止される前なら書類の提出だけで済む可能性もあったのに」
美由紀が名前を知らない、朝比奈の連れの男はカレーライスをかきこみながら告げた。
「しょうがないだろ。俺たち凡人は努力してナンボだ。研修証明書とかスーパービジョン証明書、事例報告書なんて揃えてくれるコネもないしな」
無口にならざるをえない。美由紀にはそれらを用意してくれた恩人がいる。
ただし、防衛大の首席卒業という経歴から特例を認められた身としては、さほど優遇されているわけではない。やはり書類審査のみならず、筆記試験も面接も必要とされているからだ。
「だけどさ」朝比奈は箸《はし》で麺《めん》を上げ下げしながら吐き捨てた。「せっかく審査に通っても、IDカードの有効期限が五年だなんてさ。臨床や研修の成果がないと失効しちゃうなんて。医師や弁護士なら永久にその肩書きを得られるのに」
美由紀は笑って、コショウのビンを手にとり、朝比奈のラーメンにふりかけた。連れの男にもソースのビンを押しやる。「免許じゃなく資格なんだから、しょうがないわね」
と、朝比奈は麺を口もとから垂らしたまま手をとめ、呆然《ぼうぜん》として美由紀を見た。連れの男も同様に、眉《まゆ》をひそめていた。
「どうかした?」と美由紀はきいた。
「なんでわかったの?」朝比奈はきいてきた。「シナチクと鳴門《なると》を避《よ》けて、スープにだけ混ざるように三回ほどコショウを振った。いまそうしようと思ったところだったのよ。わたしにとっての適量をどうして知ってるの?」
「俺もだ」と男が目を丸くした。「味が薄いからソースをかけようと考えたところだ」
ふたりがなぜ驚くのか、美由紀にはぴんとこなかった。
戸惑いながら美由紀は笑みを浮かべてみせた。「そりゃ、わかるでしょ。食べ物を口にいれたと同時に、少し上唇があがって、左右非対称になった。食事を味わった瞬間に嫌悪を感じて、それから調味料を求めて視線がさまよった。箸で具と麺を片側に寄せたのは、スープに直接ふりかけてコショウをとけこませようとしたから」
男は衝撃を受けたようすでいった。「まるで表情の読み方ビデオのレポートみたいだ!」
朝比奈も目を見張っていた。「それも、何十回と繰りかえし観てようやく仕上がるレポートの文面みたい。一瞬でわかったっていうの? まさか……偶然でしょ?」
「ま、まあね」美由紀はふたりのリアクションに怖《お》じ気《け》づき、なんとか平穏な状況を保とうと取り繕った。「もっともらしく言ってみただけ。ただの偶然。驚かせてごめんね」
そうよね。朝比奈は心底ほっとしたようにつぶやいて、またラーメンをすすった。
それでもまだ、ふたりはどこか警戒するような視線をときおり向けてくる。美由紀を油断ならない存在とみなしはじめたようだった。
まいったな、と美由紀は心のなかでつぶやいた。なぜそこまで大仰に反応するのだろう。朝比奈たちのほうがずっと、この分野での学習は先をいっているはずだろうに。
 面接は、がらんとした会議室で五人の面接官を前におこなわれた。いずれも中年から初老の臨床心理士だったが、美由紀に質疑をしてくるのは資格認定協会の専務理事という立場の人物だけだった。
頭髪が薄く、眼鏡をかけ、痩《や》せ細ったその男は、いかにも学者という威厳をまとっていた。専務理事は美由紀にたずねてきた。「スミスとグラスのメタ分析で、任意の治療効果尺度について効果量を算出するとき、その計算方法は?」
美由紀は彼らと向かいあわせに椅子に腰かけていた。幹部自衛官という職業を経ている以上、こういう場で緊張を感じることはない。
思いつくままに美由紀は応じた。「治療群の平均値から、未治療統制群の平均値を引き、未治療統制群の標準偏差で割ったものです」
「よろしい。DSMの最新版にしめされる妄想性人格障害の疫学は?」
「有病率が〇・五から二・五パーセントで、少数民族、海外移住者で高いとされています。統合失調症や妄想性障害の人の家族にも発生する可能性が高く、女性よりも男性に多くみられます」
「おおいに結構」専務理事は手もとの書類に目を落とした。「きみの指導をおこなっている舎利弗氏によると、表情の読み方テストで優秀な成績を持っているとか」
「恐縮です。でも、人並みと思います」
「臨床心理士に必須《ひつす》の技能ではないが、相談者の感情を正しく察知できることは大きな強みになる」専務理事はそういって、ノートパソコンの画面を美由紀に向け、キーを叩《たた》いた。
画面に人の顔が大写しになる。これまで学習したソフトで見たことのない人物の表情だった。面接試験用に用意されたものだろう。
「この人の感情は?」専務理事がきいた。
「口角が下がり両頬が持ちあがっているので悲しみの感情に類するものですが、無力感や絶望感を伴っていることから、うつ気質と思われます」
五人の面接官は一様に顔をあげ、驚きのいろを浮かべた。
まただ。どうしてこんな反応を受けるのだろう。わたしは舎利弗に言われたとおりのトレーニングを実践し、学習しただけだというのに。
専務理事がどこかあわてたようすでキーを叩いた。「じゃ、これは?」
「脅《おび》えています。上まぶたが上がり、口が開いた状態で唇の左右が水平に伸びています。それでも理性が保たれているようですから、身の危険を感じる類《たぐ》いの恐怖ではなく、社会的な不安に関わることのようです」
「すごいな……」専務理事がつぶやく。「この画像は、驚いた顔と錯覚されがちだ。驚きと脅えの感情の違いを正しく読みとるのはきわめて困難だ。……もうひとつだけテストしたい。これはどうかね?」
また専務理事がキーを叩き、画面が切り替わる。目を輝かせ、微笑を浮かべた男の顔だった。
ところが、美由紀は困惑せざるをえなかった。「あのう……。笑顔であるということは、それなりに喜びを感じているのだと思いますが……。どうにも少し、わかりません。なんていうか……共感を覚えたことのない感情です」
ふむ。専務理事はまた理知的な態度に戻り、列席者に冷静に告げた。「ターゲル検査ソフト、Dの一九四のA三については観察しづらいようだ。もっとも、臨床の場では読みとる必要のない感情なので、特に減点の理由にはならないが」
面接官たちが落ち着きを取り戻すのとは逆に、美由紀のほうは心拍が速まるのを感じていた。
意識のずれを感じる。同じ学問の道を歩んでいるというのに、どうして表情の読み取りについてのみ、こんなに驚かれるのだろう。褒められると同時に、奇異な目つきで見られる。この疎外感はなぜ生じるのだろう。
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