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千里眼10

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:クロースアップ 試験の合否の発表を待つ数週間、美由紀の心は沈んでいく一方だった。通り魔で空き巣だったマンション管理人を捕
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クロースアップ

 試験の合否の発表を待つ数週間、美由紀の心は沈んでいく一方だった。
通り魔で空き巣だったマンション管理人を捕まえた美由紀のうわさは街じゅうを駆けめぐり、どうやら岬美由紀は人と目を合わせただけで心のなかを見抜いてしまうらしい、そんなふうに喧伝《けんでん》されていた。
渋谷区代々木という、都会にほど近い住宅街においては、主婦どうしの井戸端会議的なコミュニケーションは希薄で、もっぱら店の従業員や出入りする業者を介してうわさが広まっていく。
おかげで美由紀は、コンビニエンスストアに入ってもガソリンスタンドに立ち寄っても、目を合わせてもらえない状況に陥った。お釣りを渡しながらも店員は、無理に顔を隠そうとする。しだいに美由紀は、自分の立ち寄る店の従業員にかぎってサングラスやマスクの着用率が増えていることに気づきはじめた。
資格試験の会場で知り合った朝比奈宏美らに電話をかけても、やけによそよそしい態度をとられるばかりだった。試験の結果発表を待つ同志という態度は希薄で、会って話をしようという誘いにも応じてくれない。
「いろいろ忙しいしさ」と朝比奈は、せっかちな早口で告げてきた。「あと、そのう、美由紀さんは絶対合格するよ。わたしじゃ難しいし、ほかの職業探さなきゃね。じゃ、また」
返事をする暇もなく、電話は切れた。やたら裏声でしゃべっていたのは、声のトーンから心理を読まれると警戒していたからかもしれない。顔を合わせたがらないのも、心を読まれたくないからだろう。
朝比奈を恨む気にはなれなかった。人として当然のことだった。わたしだって、誰かに心を見透かされるのを好ましいこととは思わない。
美由紀は暗い気分で部屋に引き籠《こ》もった。リビングルームのソファでうずくまり、ひとりテレビのニュースを見やる。正午すぎだというのに、すべきことはそれだけだった。
キャスターは告げていた。けさ、成田空港に入国しようとした中国人女性が、ヘロインの密輸の疑いで逮捕されました。税関の調べによりますと、この女性は着ている衣服およびバッグのなかにおさめていた布製品などに、一・四四キログラムの水で溶かしたヘロインを染みこませ、密輸しようとしたということです。なおこの女性は、容疑を否認しているということです。
容疑を否認、か。思わずため息が漏れる。
わたしがこの容疑者と対面すれば、その真偽はすぐあきらかになる。
ただし、事実を知るのはわたしひとりだけだ。他の誰にも理解されることはない。彼女の容疑を裏づけるためには結局、わたしの証言など決定的な証拠にはならず、ほかに物証が必要とされるにちがいない。
なんのための能力なのだろう。かつての上官の名誉を取り戻すために臨床心理学を学んだのに、その目的は果たせず、人と会えない苦しみだけを背負うことになった。
そのとき、キャスターが緊迫した声でいった。「いま入りましたニュースです。東京都目黒区の大崎民間飛行場で、管制施設の入ったビルの屋上に飛び降り自殺を図ろうとしている男性の姿がみとめられるということで、警察や消防が地上に待機し、説得を試みようとしています。現場から中継いたします」
画面が切り替わる。滑走路とおぼしき開けた場所で、女性記者がマイク片手にまくしたてていた。「こちら大崎民間飛行場です。ここは業務用の小型飛行機などが離着陸する、短い滑走路が一本あるのみの小規模な施設ですが、現在は騒然としています。飛び降りようとしている男性の身元は、いまのところ不明で、この施設の職員ではないとのことですが……」
六階建てのビルが映しだされた。その屋上の手すりの外側に、スーツ姿の男性が立っているのがわかる。前のめりになって、いまにも空中に身を投げだしそうだった。
ズームレンズで男の顔が大写しになった。年齢は四十代半ばから後半、どこにでもいるサラリーマン風の男だ。不精ひげをはやし、ネクタイをだらしなく緩めている。自殺を思い立ったものの躊躇《ちゆうちよ》しているのか、怯《おび》えたような顔で目をしばたたかせている。
だが、美由紀は瞬時にその感情を読みとった。
真意、意志、目的。一瞬のクロースアップで、なにもかもが明白になった。
キャスターの声はつづいていた。「精神科医や臨床心理士が現場に集められ、この男性の精神状態を推し量るとともに、救出を支援しようとしていますが、男性が屋上の扉に鍵《かぎ》をかけてしまっているため、対話がおこなえずにいます。警察は、このままでは扉を破る強硬手段にでることもありうるとして……」
「だめよ」美由紀はつぶやいた。「その人を追い詰めちゃいけない」
こうしてはいられない。美由紀は立ちあがった。クルマのキーをひったくって玄関に向かう。
あの男性の気持ちを理解できているのは、おそらくわたしひとりだ。それなら、わたしが出向かねばならない。いかなる心理学のプロでも、正攻法のアプローチでは彼を説き伏せることはできない。かえって死を早めるだけだ。
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