ひと晩がかりで、美由紀は好摩という男についての世間の評判をインターネットから入手した。ほぼ由愛香が語ったとおりの人物像だった。それでもフリーランスだけに謎の多い男のようだ。唐突にテロ計画の情報を入手することも、ないわけではない。
翌朝十時、美由紀は写真週刊誌の版元を訪ねた。出版社といっても雑居ビルのワンフロア、部署も編集部しかない小規模な会社だった。
応接室もなく、雑然とデスクの並ぶ部屋のなかで、どこか軽薄そうな印象の中年の男が出迎えた。「これはどうも、編集長の朝霧です。いやあ、岬美由紀さんがおいでになるなんて……。たまに取材をお受けになるときにも、大手ばかりじゃないですか。今度は角川書店とお付き合いされているとか? 引く手あまたですな。うちみたいなちっぽけな会社に連絡をとってくださるなんて」
朝霧の目は喜びに輝いている。好奇心半分、あとの半分は売り上げにつながる話を期待してのことだろう。あいにく、わたしは記事になるニュースの売りこみに来たわけではない。
「好摩という人の件で、おうかがいしたいことがあって……」
予想どおり、朝霧の表情は曇った。「ああ、彼のことですか。いい加減反響も期待できないんで、載せるかどうか迷ったんですがね。結局、掲載したのはうちぐらいでしたな」
「旅客機墜落という重大な情報は無視できないと思うんですけど、どのていど信憑《しんぴよう》性があると思われてますか?」
「信憑性……ねえ。いや、それはべつに……。こういうことを言いだした人間がいる、とその事実を伝えているだけですからな」
「でも、報道である以上は、それなりに裏づけがあると考えて掲載したわけでしょう?」
面白半分に記事を載せたことを非難される予兆を感じ取ったのか、朝霧はそわそわしはじめた。両手をポケットに突っこんで、さかんに目を逸《そ》らす。
「担当の記者がいまここにいないので……」と、朝霧がいったそのとき、携帯電話が鳴った。朝霧はポケットから携帯をとりだし、耳に当てた。「……はい、朝霧です。ああ、先日はどうも。はい、わかりました。すぐにうかがいます」
美由紀は朝霧の態度に苛立《いらだ》ちを覚えた。次にどんな言葉が飛びだすか、おおむね予測もつく。
朝霧は携帯をしまいながらいった。「申しわけありませんな。急用が入りまして……」
「もうひとつ聞きたいんですけど」美由紀はあえて冷ややかに朝霧を見つめた。「人を追い払うときにはいつもそうしているんですか?」
「……なんの話です?」
「ポケットに手をいれて、携帯電話を111とプッシュした。NTTドコモの着信試験の番号よね。しばらく間をおいて呼び出し音が鳴るから、電話にでたフリをして会話の芝居を始めるには好都合」
あっさりと真実を見抜かれ、朝霧はあわてたらしい。「ど、どうしてそれを……」
「表情を見てればわかるの。曲がりなりにも編集長ともあろう人が、あんまりかっこいいやり方じゃないと思うけど」
周囲のデスクで働いている編集者たちがしんと静まりかえる。ふだんからあまり部下に信頼されていないのか、軽蔑《けいべつ》のこもったまなざしが朝霧に向けられていた。
額に脂汗を浮かべながら、朝霧は美由紀に顔を近づけてささやいてきた。「いったい、なにがお望みですか」
「フリーライターの好摩さんに会わせて。できるだけすぐに」
「すぐにって? どうしてです?」
「彼の発言がほんとなら、飛行機が落ちるまであと二日しかないから」
「まさか。なぜ好摩の言葉を信じるっていうんですか」
「それはね」美由紀はため息とともにいった。「わたしには真実が見えるからよ。もちろん間違っていてほしいけどね。でも無理。外れたためしがないから」
翌朝十時、美由紀は写真週刊誌の版元を訪ねた。出版社といっても雑居ビルのワンフロア、部署も編集部しかない小規模な会社だった。
応接室もなく、雑然とデスクの並ぶ部屋のなかで、どこか軽薄そうな印象の中年の男が出迎えた。「これはどうも、編集長の朝霧です。いやあ、岬美由紀さんがおいでになるなんて……。たまに取材をお受けになるときにも、大手ばかりじゃないですか。今度は角川書店とお付き合いされているとか? 引く手あまたですな。うちみたいなちっぽけな会社に連絡をとってくださるなんて」
朝霧の目は喜びに輝いている。好奇心半分、あとの半分は売り上げにつながる話を期待してのことだろう。あいにく、わたしは記事になるニュースの売りこみに来たわけではない。
「好摩という人の件で、おうかがいしたいことがあって……」
予想どおり、朝霧の表情は曇った。「ああ、彼のことですか。いい加減反響も期待できないんで、載せるかどうか迷ったんですがね。結局、掲載したのはうちぐらいでしたな」
「旅客機墜落という重大な情報は無視できないと思うんですけど、どのていど信憑《しんぴよう》性があると思われてますか?」
「信憑性……ねえ。いや、それはべつに……。こういうことを言いだした人間がいる、とその事実を伝えているだけですからな」
「でも、報道である以上は、それなりに裏づけがあると考えて掲載したわけでしょう?」
面白半分に記事を載せたことを非難される予兆を感じ取ったのか、朝霧はそわそわしはじめた。両手をポケットに突っこんで、さかんに目を逸《そ》らす。
「担当の記者がいまここにいないので……」と、朝霧がいったそのとき、携帯電話が鳴った。朝霧はポケットから携帯をとりだし、耳に当てた。「……はい、朝霧です。ああ、先日はどうも。はい、わかりました。すぐにうかがいます」
美由紀は朝霧の態度に苛立《いらだ》ちを覚えた。次にどんな言葉が飛びだすか、おおむね予測もつく。
朝霧は携帯をしまいながらいった。「申しわけありませんな。急用が入りまして……」
「もうひとつ聞きたいんですけど」美由紀はあえて冷ややかに朝霧を見つめた。「人を追い払うときにはいつもそうしているんですか?」
「……なんの話です?」
「ポケットに手をいれて、携帯電話を111とプッシュした。NTTドコモの着信試験の番号よね。しばらく間をおいて呼び出し音が鳴るから、電話にでたフリをして会話の芝居を始めるには好都合」
あっさりと真実を見抜かれ、朝霧はあわてたらしい。「ど、どうしてそれを……」
「表情を見てればわかるの。曲がりなりにも編集長ともあろう人が、あんまりかっこいいやり方じゃないと思うけど」
周囲のデスクで働いている編集者たちがしんと静まりかえる。ふだんからあまり部下に信頼されていないのか、軽蔑《けいべつ》のこもったまなざしが朝霧に向けられていた。
額に脂汗を浮かべながら、朝霧は美由紀に顔を近づけてささやいてきた。「いったい、なにがお望みですか」
「フリーライターの好摩さんに会わせて。できるだけすぐに」
「すぐにって? どうしてです?」
「彼の発言がほんとなら、飛行機が落ちるまであと二日しかないから」
「まさか。なぜ好摩の言葉を信じるっていうんですか」
「それはね」美由紀はため息とともにいった。「わたしには真実が見えるからよ。もちろん間違っていてほしいけどね。でも無理。外れたためしがないから」