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千里眼18

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:歌舞伎町 昼下がりの新宿歌舞伎町、区役所通りに美由紀はメルセデスを乗りいれた。路上駐車やタクシーの列のわずかな隙間を縫っ
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歌舞伎町

 昼下がりの新宿歌舞伎町、区役所通りに美由紀はメルセデスを乗りいれた。路上駐車やタクシーの列のわずかな隙間を縫って前進する。そのあいだも目を左右に走らせ、通行人の動きに気を配った。路上周辺のすべての動きを把握していれば、減速せずとも安全は保てる。美由紀の特技のひとつだった。
笹島が助手席でいった。「ずいぶん飛ばすね。F15に乗ってた身からすれば、これでもノロノロ運転ってことかい?」
「空と地上じゃ状況もちがうわよ。けど、これでもまだずいぶん抑えているほうなの」
「おっかないね。……いまは誰かと付きあってるのかい?」
「なんでそんなこときくの」
「いや。この運転に同乗する男がいるなら、どんなタイプだろうかなと思ってね」
「おしゃべりに集中力をまわしている暇はないの。旅客機の墜落が二日後といっても、朝の便だったりしたらもう四十八時間は確実に切ってる」
「なのに、どうして僕たちは歌舞伎町に向かってるんだ」
「好摩さんが最近、手をつけていた取材は中華料理店の泥棒被害なの」
「ずいぶんしょぼいな。そんなところから調べるしかないのか?」
「ええ。彼が旅客機について取材したって話はどこにもない。それなら、無関係そうでも記録に残っている仕事について調べるしかない。とっても細い線だけどね」
ステアリングをぐいとまわしてコマ劇場の裏につづく路地に入った。業者のトラックの脇にぎりぎり通れる幅がある。それを見切った瞬間、アクセルとともに突進してすり抜けた。
ひやりとしたようすの笹島が苦言を呈しかけた。「クルマの陰から人が飛びだす可能性も……」
「地上の影と周囲の窓ガラスに映る状況も見てる。少しでも死角を感じれば減速するけど、いまのところはないわね」
「このところ欧米じゃ飛行機恐怖症が増えてるってきくが、この調子じゃ僕は明日にでもクルマ恐怖症だ」
「飛行機恐怖症が増加してるの? いまごろテロの影響?」
「そうなんだ。同時多発テロから時が経つにつれて、そのときの機内のようすが公開されることが増えた。その報道の影響もあるんだろう」
「過去にも旅客機の爆破や墜落から五年や十年も経つと、生存者の証言や無線通信の内容は報じられてきたはずだけど。それで飛行機恐怖症が増えたって話はきかないわ」
「昔の事故や事件との違いは、テロリストが旅客機を乗っ取ってから、長い時間をかけて悲劇の運命に至ったというその経緯にある。一瞬の惨劇ではなく、永遠とも思える恐怖があり、絶望の度合いが高まっていく。それは突然の墜落よりも、一般の人々に想像しやすく、かつ生々しく思えるんだ。アメリカ精神医学会はまだ正式な名をつけていないが、僕はなんらかの事態に巻きこまれた人の恐怖を感じる時間が長ければ長いほど、世間に与える恐怖症の度合いは増すと考えてる」
「アメリカに先んじて研究発表したいわけ? でも、DSMが改訂されたらまた、そっちの内容のほうが優先されるんでしょ」
「いや。僕はもう権力にはなびかない。自分で正しいと思った道を研究していくだけだよ」
美由紀は笹島の顔を見ようとした。どういうつもりでその言葉を口にしたか知りたかったからだ。だが、ちょうどパーキングに乗りいれる瞬間だったため、表情の観察に至らなかった。
クルマを停めてから笹島に目を向けた。
笹島は穏やかな表情ながらも、決意のこもった目で美由紀を見つめた。「二度と学会の理論に振りまわされたりしないよ」
「……そう。その考えが貫けることを祈ってるわ」
クルマを降りながら、美由紀はほのかな温かさを胸に抱いていた。笹島が真意を告げているのはあきらかだった。嘘をつくときに生じる、うしろめたさを伴う悪意の感情は一片たりとも感じられない。彼はたしかに、正しくあろうとする決意だけを抱いている。
少しぐらいなら信用してもいいだろうか。クルマから降り立つ笹島の横顔を眺めながら、美由紀は思った。
しかし、どうにもわからないことがある。彼の揺らぐことのない決意は、なにに支えられたものだろう。そのあたりの感情がいまひとつ読みとれない。悪意や奸智《かんち》、敵愾心《てきがいしん》ではないことはあきらかなのだが。
そのとき、携帯が鳴った。美由紀が携帯の液晶板を見ると、友人の由愛香の名があった。
「はい」と美由紀は歩きながら電話にでた。
「美由紀?」由愛香のうんざりしたような声がした。「どこにいるの。きょうヒルズで食事することになってたじゃない」
「ああ……そうだった。ごめん」
「しっかりしてよ」と、由愛香は声をひそめた。「彼も来てるのに」
「そっか……。けど、ちょっといまから行くのは無理っぽいの」
「無理ってどういうこと? 大事なときなのに……」
「まってよ。わたしに期待してくれるのは嬉《うれ》しいけど、由愛香の彼の気持ちはたぶん、わたしにもわからないと思うの」
「どうしてよ、千里眼。いつもわたしが背中のどのあたりを痒《かゆ》がってるかさえ言い当てるのに、なんで彼の気持ちはわからないっての」
「だからさ、それは……」
笹島が近づいてきた。「どうかしたの?」
じれったさを覚えながら、美由紀は笹島にいった。「友達なんだけどね。彼氏に好かれてるかどうか、正確なところをわたしに見抜いてもらいたがってるの」
「きみにわからないのかい?」
「男性が女性を好きになる心理は、自分のこととして体験してないの。だから実感できない」
「だけど、長いこと男と付きあっていれば、わかってくることもあるだろ?」
「それは……そのう」
「ああ、そうか。恋愛の経験もほとんどなくて、いまもたぶん付きあっている人がいない、そういうことだな」
「……だったらなによ」美由紀は、笹島が口もとを歪《ゆが》めたのが気にいらなかった。
「なんで笑ってるの?」
「いや、失礼。きみがまだひとりでいるってのが嬉しくて」
「なにそれ。そんなことより……」
「そうだな。彼女にいってくれないか。携帯のカメラで彼氏の顔を撮って、メールで送ってくれって」
「写真を撮るの?」
「そうだよ。きみみたいに瞬時の観察とはいかなくても、静止画なら僕もじっくり観察して感情を読むことができる。僕なら男の恋愛感情もわかるしね」
困惑を覚えたが、議論などしているときではない。美由紀は携帯電話にいった。「由愛香。悪いんだけど、彼の顔写して送ってよ」
「はあ? それでわたしを好きか嫌いかわかるの?」
「できるだけ、すなおにあなたを見つめている写真にして。事前に構えさせずに、不意打ちを食らわせて撮るのよ」
「不意打ちって、美由紀。そんなの、彼怒っちゃうじゃない」
「かっこよかったから思わず撮っちゃったとか、なんとかごまかしてよ。じゃ、待ってるから」美由紀はそういうと、返事もきかずに電話を切った。
ふむ、と笹島は澄ました顔でいった。「初めて役に立てそうかな」
「由愛香のね。わたしじゃないわ」
歩きだしながら、美由紀は奇妙な感覚を覚えた。わたしはどうしてこんなに、笹島に苛立《いらだ》つのだろう。過去の恨みのせいではない。なぜそわそわしてしまうのだろう。
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