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千里眼23

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:グリム童話 クラブ・ケインは大仰な看板のわりには、入り口の扉はまるで通用口のようにこぢんまりとしていた。その脇には屈強そ
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グリム童話

 クラブ・ケインは大仰な看板のわりには、入り口の扉はまるで通用口のようにこぢんまりとしていた。その脇には屈強そうな猪首《いくび》の黒服が立つ。
美由紀が近づいていくと、黒服は無愛想に告げてきた。「猫」
「オケン」と美由紀は答えた。
黒服は無表情のまま、扉をノックした。扉はすんなりと開けられた。
ひそかに安堵《あんど》を覚える。やはり、きめてあったのは合い言葉そのものではなく、ルールだ。ローマ字で逆さに読むのがその答え方だった。赤、額賀君、音、秋本美香、すべてローマ字にすると回文になり、同じ答えを返すだけでいいが、ときおり変則的な問いかけがある。そのようにして、聞き耳を立てているよそ者の侵入を食いとめるのだろう。
入ったとたん、異様な匂いが鼻をついた。酸味と甘味が渾然《こんぜん》一体となったふしぎな香りだ。薄暗い通路は黒い壁紙に覆われ、赤い照明が足もとを照らしている。
スキンヘッドの男が近づいてきた。美由紀は黙ってリュックを開けて差しだした。
中身を一瞥した男が、美由紀をじろりと見てたずねる。「どこからだ?」
「植物管理センター」
「律子は?」
「わたしは彼女の代理よ」
ふんと鼻を鳴らし、男は遠ざかっていった。通路には美由紀ひとりが残された。
しばらくたたずんでいると、通路の先からぐつぐつと鍋《なべ》が煮立つような音がしているのに気づいた。
美由紀は足音をしのばせて歩を進めていった。行く手は黒いカーテンに覆われている。それを開けた。
強烈な悪臭とともに、熱風が押し寄せてくる。その向こうには煮えたぎる大きな釜《かま》があった。沸騰する液体のなかに植物の葉が浮かんでみえる。ケシだ。灰いろの湯気がたちこめ、周囲には、綿のジャケットやシャツがクリーニング店のように吊《つ》るしてある。
麻薬を精製し、衣服のなかに染みこませて持ちだすのか。国内、それもこんな繁華街で製造しているとは。警察にとっては灯台もと暗しだろう。
ふいに、美由紀はうなじにちくりと鋭い痛みを感じた。あわてて前方に身をかがめ、膝《ひざ》立ちになって振りかえる。
外科医のような白マスクに白衣の男がすぐ背後に立っていた。手には注射器を持っている。
美由紀はすかさず立ちあがって反撃にでようとしたが、とたんにめまいを起こし、ふらついた。
身体がいうことをきかない。手足も痺《しび》れて感覚を失い、力が入らない。
ややしわがれた女の声がした。「おかしなのが入ってきたと思ったら、よく見てみれば噂の女ね。千里眼だっけ」
顔をあげて、その女の姿を見ようとしたが、目がかすみだしている。ぼやける視界に浮かんだのは、太りぎみの身体を装飾過多の光り輝くドレスに包み、線香のように細長いタバコをくわえた、化粧の濃い女だった。
かろうじて声を絞りだす。「あなたは……?」
「迷惑な話ね」女は書類の束をかざした。「捜し物は麻薬じゃなくて、これでしょ? 主人が二年がかりでようやく収集できた情報。C4爆薬を旅客機のどこに仕掛けたらいいか、そしてその起爆装置の構造はどうすべきか。見積もりを見てびっくりしたわ。ぜんぶ揃えるのに四億円もかかるなんて。まあ、ここの収益を取り崩せば、どうってことないけど」
美由紀は手を伸ばしたが、肩にも指先にも力は入らなかった。女は書類を後ろ手にまわして隠した。
朦朧《もうろう》とする意識のなかで美由紀はいった。「麻薬を売って稼いだお金で、爆弾と起爆装置を購入するの?」
「当初、主人はそのつもりでね」
「ご主人はどこ?」
「とぼけないでよ!」女は目をむいて怒鳴った。「あなたのせいで……主人は……あんなことに!」
潤んだ女の目を見つめながら、美由紀は気づいた。好摩には内縁の妻がいるときいた。この女がそうだ。夫婦そろって麻薬の密造と密売に手を染めていた。それが好摩のサイドビジネスだったのだ。
だが、この女は思い違いをしている。好摩が首を吊ったのはわたしのせいではない。
「首謀者は夫でしょ」美由紀はいった。「ひとり残されたあなたが、事業をつづける必要はあるの?」
「グリム童話に悪い男は五人しか出てこないけど、悪女は山ほど出てくるのよ。夫は爆発物一式について、すでに業者に支払いを済ませているの。損失は補填《ほてん》しなきゃね。それで生産を急ぐ羽目になったのよ」
旅客機を落とそうとしているのは好摩ひとりだけだった。それも利益につながらないことだという。業者に発注を済ませてから、みずから週刊誌に暴露した。いったいなぜなのか。
汚名返上のためか。ありうる、と美由紀は思った。好摩は金には困っていなかった。ゆえに、四億もの大金をはたいて旅客機墜落を実現し、表の顔であるフリーライターとしての名誉回復を追求したのだろう。
意識が遠のきそうになり、脚が痙攣《けいれん》を起こす。美由紀は女を見あげた。「なにを注射したの」
「高純度のヘロイン。ジェットハイポって知ってる? 従来より細い注射針で、〇・五秒で大量の薬品を注入できるの。あなたは上等の顧客四、五人ぶんに相当するヘロインを摂取したのよ。耳を揃えて支払ってもらいたいけど、サービスしとくわ。代わりに命を差しだすならね」
白衣の男がケシを運んできては、沸騰する鍋に投げこんでいる。その手に美由紀が持ちこんだリュックサックがあった。男はその中身を鍋にぶちまけた。
美由紀は女にいった。「こんなことをしても無駄よ。わたしが戻らなければ、この場所はすぐに通報される」
「生意気な口ね」女はそういうと、ハイヒールのつま先で美由紀の頬をしたたかに蹴《け》った。
それから腹を何度も蹴り、踵《かかと》で踏みにじった。美由紀は激しい痛みとともに呼吸困難に陥り、激しくむせた。
「ぜんぶあなたのせいよ!」女は蹴ることをやめなかった。「あなたのせいで主人はわたしを遠ざけるようになった。わたしはひとりになった! どうしてくれるの!」
内臓をえぐるような痛みと、嘔吐《おうと》感に耐えながら、美由紀は思った。この女の本心が見えない。燃えあがるような憤りと嫉妬《しつと》心に満たされ、その先が浮かんでこない。
わたしが好摩になにをしたと思いこんでいるのだろう。あるいは、わたしの知らないなんらかの事情があったのか。間接的にでも、わたしは好摩の死に関与しているというのか。
女はかがんで、美由紀の首を両手でつかみ、絞めあげた。
ためらいは感じられない。このまま絞め殺すつもりだ。息ができない。
そのときだった。耳をつんざく轟音《ごうおん》とともに、釜の液体が爆発した。
間欠泉のように断続的に熱湯を噴きあげ、周囲に降りかかる。白衣の男が悲鳴をあげて逃げまどった。
女も美由紀の喉《のど》もとから手を放し、マグマの噴火のような熱湯から逃れようと身をちぢこませた。
辺りに湯気がたちこめ、視界は霧に包まれたように真っ白になった。けたたましいベルが鳴る。火災報知機のスイッチが入ったようだ。
インクカートリッジ内の小さな部品を、ケシとともに大量にリュックのなかに入れておいた。瞬間沸騰で泡がはじけ、インクを射出するそれらの部品は、熱すると化学反応を起こして爆発する。アヘン精製のために熱するだろうと想定し、仕込んでおいたものだった。
この隙に脱出せねば。そう思ったが、身体はもう動かなかった。麻痺《まひ》は全身に達し、ときおり意志とは無関係にひきつるだけだ。美由紀は横たわったまま、意識が朦朧とするにまかせるしかなかった。
「暮子《くれこ》ママ」黒服が駆けてきて、女に告げた。「やばいです。表に野次馬が集まりだしてます。消防が来ますよ」
好摩の妻は暮子という名らしい。暮子は苛立《いらだ》たしげにいった。「撤収するわ。金庫からお金をだして。ボートを用意してちょうだい」
「ブツは? 明日の受け取りですが」
「誰かひとり行かせて。品川駅の改札出口、朝七時よ」
判然としない意識のなかで、美由紀はなんとか視線を上に向けた。暮子はこちらに背を向けていて、後ろにまわした書類が見えている。
必死で目を凝らし、表のなかに記載された数値らしきものを読みとった。100=1001・2。200=989・5。300=……。
確認できたのはそこまでだった。白衣の男が美由紀の髪をつかみ、ぐいと引きあげた。
激痛はすぐに痺れとなり、頭部の麻痺へとつながった。美由紀は自分が失神していくのを感じ、闇のなかにおちていった。
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