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千里眼28

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:七年 午後一時十三分。暮子は濃いいろのサングラスを通して辺りに目を配った。狭いシティホテルのロビーは、状況が把握しやすい
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七年

 午後一時十三分。
暮子は濃いいろのサングラスを通して辺りに目を配った。狭いシティホテルのロビーは、状況が把握しやすい。ポーターのほかには、ラウンジでコーヒーを飲んでいるビジネスマン風の二人連れがいるのみ。私服警官らしき姿はなかった。
ほっとすると同時に、連絡もなく姿を消した部下に対し憤りを感じずにはいられなかった。またしてもへまをしでかした。ろくでなしを雇わねばならない職種であることは百も承知だが、こうまで忠誠心の薄い輩《やから》どもの裏切りが連続すると、組織人事を根本的に見直したくなる。
もともと夫の考えた組織の構成だ、夫がいなくなったとあっては手綱が緩むのは避けられないことだった。
チェックインカウンターの脇にあるクロークに近づく。従業員がにっこりと微笑んで応対した。「なんでしょう」
「荷物を預けてあるの。ヴィトンのバッグ。名前はこれよ」と暮子はメモを渡した。
「お待ちください」従業員は奥にひっこむと、ほどなく目当てのバッグを重そうに掲げて戻ってきた。「こちらですね」
「そうよ。どうもありがとう」暮子はバッグを受けとった。腕にずしりとくる重みがある。
念のため、ファスナーを開いて中身をたしかめた。間違いない。暮子は微笑を漏らした。閉じるのももどかしい。まずはこの場を去ることが最優先だ。
ロビーを足ばやに歩きながら、暮子は思った。今後はできるだけ、わたしが自分で動いたほうがいいかもしれない。しょせん人など、信用できない動物にすぎない。わたしが信じられるのは金と自分と、このバッグの中身だけだ。
と、そのときだった。暮子の歩は静止した。意識せずとも止まっていた。
目の前に信じられない光景があったからだった。
いるはずのない人間がいる。出会うはずのない場所で、その女は不敵にたたずんでいる。
「こんにちは。暮子ママ」岬美由紀が油断なくいった。
 美由紀は、帽子とサングラスで可能な限り顔を隠そうとした暮子と向き合っていた。
変装した状況にありながら、派手なエルメスのスカーフを首に巻き、ひと目をひくオレンジいろのスーツに淡いグリーンのハイヒールといういでたちだ。酔狂というより、こういうファッション以外の服装を知らない女なのだろう。
「盲点だったわね」美由紀はつぶやいた。「コインロッカーのほかにも駅で荷物を預けられる場所がある。正確には、駅に直結したシティホテルのクローク。宿泊客しか使えないと思われがちだけど、そうでもないのよね」
「岬……美由紀」暮子はなおも呆然《ぼうぜん》としていた。「どうして……。死んだはずなのに」
「まさかね。あなたを野放しにしたまま溺《おぼ》れ死ぬとでも思った?」
暮子はしばらくのあいだ美由紀を眺めていたが、窮地に立たされたと悟ったらしい、ふいに背を向けて走りだそうとした。
「待って!」美由紀は即座に飛びかかった。暮子をその場で押し倒す。
悲鳴をあげながら、暮子は前につんのめった。バッグがその手から離れ、どさりと音をたてて床に落ちた。
ところが、ファスナーの開いたままになっていたバッグから転がりでたのは、美由紀が想像していたものとは違っていた。
それは白い粉の入った無数のビニール袋だった。
美由紀は愕然《がくぜん》としながら身体を起こした。バッグに這《は》って近づき、ひったくるように取りあげた。
中身をすべてぶちまけ、バッグを裏がえして調べたが、爆弾も起爆装置もなかった。おさまっていたのは白い粉の袋のみ。ほかにはなにもない。
「爆弾はどこ?」美由紀は暮子にきいた。
ロビーは水をうったように静まりかえっていた。ポーターもラウンジの客も身じろぎひとつせず、突然の事態を固唾《かたず》を呑んで見守っている。
そんな視線に晒《さら》されながら、暮子はゆっくりと上半身を起こした。
「爆弾ですって?」暮子はふてぶてしくいった。「なんの冗談よ」
「とぼけないで」美由紀は暮子の胸ぐらをつかんだ。「けさブツの受け取りがあるって、あなた自身が言ってたじゃない」
「ブツはこれよ。衣服に染みこませてあったヘロインを復元してもらったの。外注業者の仕事だけど、こちらでもいくらかさばくために仕入れたのよ」
「……するとあなたは、旅客機の爆破を意図していなかったの?」
ふんと鼻で笑って、暮子は告げてきた。「あなた、きのうのわたしの話、聞いてなかったの? 一円の得にもならない爆破テロなんて、わたしにはどうでもいいことよ。主人が望んだから仕方なく手伝ったけど、それも過去の話ね」
「けど、得にならないのなら、いったい好摩はなんのために爆破を……」
「好摩? ああ、あのフリーライター? あいつはケシを貢いできて小銭に与《あずか》るだけじゃない。主人があんな小者に、大事な仕事をまかせるわけないでしょ」
「ど……どういうことなの? あなたは好摩の内縁の妻じゃなかったの?」
暮子の顔はみるみるうちに怒りのいろに染まった。「愚弄《ぐろう》するのもいい加減にしてくれる? 主人はあなたのせいで色香に迷った。あなたがわたしから主人を奪ったのよ!」
美由紀は言葉を失った。
暮子の胸ぐらをつかんだ手に、馴染《なじ》みのある肌触りを感じる。スーツの裏地に、保温性に優れたフリースが使われていた。藍《あい》いろのフリース。
はっとして、美由紀は自分の襟もとに手を伸ばした。マフラーに触れる。
まるっきり同じ触感だった。ポリエステル百パーセントでも、製造工程によって違いがでるはずなのに……。
旅客機爆破をたくらむ暮子の夫。好摩ではなかった。そして、暮子の主張に該当する人間は、ただひとりだった。
「笹島さん……」美由紀は自分のつぶやきを耳にした。「笹島さんが、あなたの夫……?」
 床に座りこんだまま、暮子は軽蔑《けいべつ》のまなざしを美由紀に向けてきた。「知らなかったとでもいうの? 夫をさんざんたぶらかして、わたしとの縁を切らせておいて……。あなたなんか死ねばよかったのよ。どうして海から生還できたっていうの。つくづく悪運ばかり強い女ね」
クラブ・ケインで暮子がいきなりわたしを抹殺しにかかったのは、必ずしもわたしを犯罪の邪魔になるとみなしたためではなかった。嫉妬《しつと》心からわたしを殺そうとしたのだ。
それでも、にわかには信じがたい。いや、信じろというほうが無理だ。
「……ありえないわ」美由紀はつぶやいた。「笹島さんは両親の死から旅客機事故を憎んだ。この世から事故を追放すべく活動し、パイロットの心理を研究する精神科医として名を馳《は》せた」
「雄介さんはね」暮子は笹島をそう呼んだ。「事故そのものじゃなく、航空会社を恨んだのよ。ひいては航空業界全体を憎んだの。遺族補償も充分にせず、隠蔽《いんぺい》体質がいっこうに改善されないあの業界にね。彼は業界そのものを潰《つぶ》すために爆破を計画した。原因不明の墜落事故が発生し、航空会社がその説明責任を果たせないとなれば、責任を問われるのは必至だからよ。今回いちど限りじゃない、何度だろうと空から飛行機が消える日までおこなおうとしていた」
「そんなの……無理よ」美由紀は震える声でいった。「だいいち、そんなことで両親の死が報われるとでも思ってるの? 大勢の人々が犠牲になるのに……」
暮子はじっと美由紀を見つめてきた。
「あの子はね、甘えんぼだったのよ。だからずっと年上のわたしと結婚した。母親がわりになる妻がほしかったんでしょうね。麻薬事業はわたしの仕事だったけど、雄介さんはその仕事の実態を知る前に、わたしの富を欲した。爆破テロのための活動資金だってことは、彼が打ち明けてくれたわ。お金目当ての結婚ってことはわかってたけど、彼、可愛いし、誠実で、かっこいいでしょう? 一緒になってもいいかな、と思ったわけよ」
耳をふさぎたくなる話だった。いまに至ってもなお、信じたがっていない自分がいる。
だが、これで状況に伴う不自然さの謎が解けた。
品川駅で会った暮子の手下がすんなりと口を割ったのは、美由紀を恐れてのことではなかった。笹島の声を聞きつけた瞬間、彼は心変わりしたのだ。暮子と一緒に麻薬密造の指導者だった笹島。連中が逆らえないのも無理はなかった。
美由紀が海に沈められた直後、笹島が現れて救助した。暮子を見張り、追跡するのは彼にとって造作もないことだったろう。あれはわたしをめぐる夫婦|喧嘩《げんか》だったのか……。
ふんと暮子は鼻を鳴らした。「そのマフラー、雄介さんの手製ね? わたしも同じのをプレゼントされたわ」
「いつから」美由紀は喉《のど》にからむ声できいた。「結婚を……?」
「もう七年になるわ」暮子の敵愾心《てきがいしん》のこもった目に涙が浮かびだした。「親を失って意気消沈していた雄介さんを慰め、立ち直らせてきたのはこのわたしよ。それが三年ぐらい前、あなたと会って、雄介さんは変わっちゃったのよ。自分と同じ境遇の娘《こ》がいる、彼女のことが忘れられない、って……。寝ても覚《さ》めてもあなたの話ばかり。ほんの数日前になって、彼はついに離婚届を突きつけてきた。まんまと彼を奪ったわね。あなたなんか地獄に落ちたらいいのよ!」
衝撃に、すべてが静止しているようにみえる。
滞った時間の流れのなかで、美由紀はただ呆然としていた。
彼に悪意ある欺瞞《ぎまん》は感じられなかった。犯罪者に特有の感情を読みとれなかった。その理由はひとつだけだった。
彼にそんな感情は存在していなかった。一途《いちず》にわたしを愛し、正しい行いをしていると信じていた。わたしがその正義に疑いを持つ可能性があることにさえ、気づかずに。笹島雄介の素顔とは、そういうものだった。
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