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千里眼32

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:脱走 笹島は世田谷《せたがや》の自宅の地下室で荷造りに追われていた。作業がはかどらないのは、片目、それも利き目でないほう
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脱走

 笹島は世田谷《せたがや》の自宅の地下室で荷造りに追われていた。
作業がはかどらないのは、片目、それも利き目でないほうの左目のみの視覚に頼っているせいでもある。右目は眼帯をしていた。
目を悪くしたわけではない。万一のための、いや、遅かれ早かれやってくる者に対しての保険だ。
三つのトランクに書籍や論文、着替え、パソコンと周辺機器を詰めこんでいく。すべてを持っていくわけにはいかない。クルマに載せる以上、重量にもあるていど制限がある。どれも思い入れのあるものばかりだ、品定めに時間がかかった。
本来なら、いまごろはリビングでくつろぎながら、デジタルハイビジョンのテレビで旅客機墜落のニュースをザッピングしつつ、ブランデーグラスでも傾けていられただろう。
それがかなわなくなったのは、岬美由紀があの旅客機に乗ったからだった。すでに墜落の時刻から二時間以上が過ぎているだろうが、美由紀はそれ以前に、機長とかけあって羽田の管制に事情を伝えているだろう。笹島雄介の名前もだしているにちがいなかった。
むろん、どうあってもJAI783便が墜落をまぬがれていることはない。高度六百メートル以下に降りられないと知って、羽田と小松の中間でむなしく旋回をつづけた挙げ句、標高六百メートル以上の山腹に激突して爆発、炎上と相成るだろう。
それでも、美由紀が先んじて連絡をおこなっていたのなら、実行犯として笹島の名が警察に伝わり、旅客機から逃亡したこともあきらかになっているだろう。
計画どおりにはいかなかったが、これで終わりではない。国を変えて計画を実行することもできる。暮子との結婚でせしめた資金もまだ潤沢にある。いまはまずここから退避することだ。
ラジオだけでも点《つ》けようかと思ったが、断念した。いまは聴覚も研ぎ澄ましておかねばならない。連中が来れば、音で判明する。
そう思ったとき、かすかにチャイムの音が聞こえた。
来た。チャイムはしだいにあわただしさを増す。それから、ノックの音。笹島さん。男の低い声が呼びかけている。
法律には詳しくない。家宅捜索が可能になるのか否か、笹島にはわからなかった。だが、家に踏みこんでくることは充分ありうる。少なくとも、これで玄関から出ることはできなくなった。
なにかが裂ける音がした。それから靴音。複数の人間が玄関からなかに入った。
来たか。笹島はため息をついた。予想より早かった。
地下室への階段はすぐに見つかるだろう。笹島がそう感じたとおりに、靴音は階段を降り、しだいに大きくなっていく。
笹島は扉から離れた。トランクをバリケードがわりに部屋の真ん中に並べ、容易にこちらに挑みかかれないようにしておく。
扉は、乱暴に開け放たれた。見かけた顔だった。好摩の首|吊《つ》り現場を捜査した本庁捜査一課の七瀬卓郎警部補が、ほかにも大勢のいかめしい面構えの男たちを引き連れて入室してきた。
「笹島さん」七瀬は硬い顔のままいった。「旅行にでもお出かけで?」
「まあね。そちらは?」
「私の同僚と、国土交通省のかたです。知ってのとおり、あなたも離陸直前まで乗っていたJAI783便の件でうかがいました」
「玄関の鍵《かぎ》を壊して踏みこむ権限もおありなのかな」
七瀬は懐から折りたたまれた紙片をとりだした。「家宅捜索の令状なら、このとおり」
やはり許可が下りたか。国と航空業界の権威が失墜するかどうかの瀬戸際だ、役人どもは法解釈ぐらいいくらでも曲げることだろう。
「すると、私を逮捕するのかな」
「まずは任意で事情を聞きます」
「事情、ね。まあ、それもよかろう」
笹島はそう告げた瞬間、壁のスイッチを切った。
地下室は真っ暗になった。七瀬たちの動揺する声がきこえる。
すかさず笹島は眼帯を外して利き目を解放した。狙いどおり、暗闇に目を慣らしておいたおかげで、光を失った室内がおぼろげにでも視認できる。
警官と役人らはパニックさながらに怒鳴りあっていた。懐中電灯。スイッチを探せ、早く。誰もが虚《むな》しく手で空を掻《か》きむしっているのがわかる。気の毒に、明るいところから踏みこんだばかりの彼らには、現状は真の闇以外のなにものでもない。
笹島は奥にあるもうひとつの扉を開けて、ワインの貯蔵室を突っ切り、ハシゴを昇った。天窓から差しこむ光はない。もう日は没している。
天窓を開け、外にでる。ここは家の裏庭だった。風が強く、しかも妙に騒々しい。だが笹島は、すぐにはその騒音の正体を判別できなかった。まずは逃げだすのが先だ、その思いにばかりとらわれていた。
けれども、地上に立った瞬間、その音がなんであるかを知った。
まばゆいサーチライトが夜空に走り、笹島に舞台の照明のごとく向けられる。その目に痛い光源の向こう、けたたましい爆音とともに、UH60Jヘリのシルエットが浮かんでいた。
自衛隊の救難ヘリ。そこから一本のロープが地上に垂れ下がっている。
ロープから降下したのだろう、何者かが笹島の家の裏庭にたたずんでいた。こちらをまっすぐに見つめている。
サーチライトが逸《そ》れて、ヘリがわずかに遠ざかった。そのとき、笹島は向かいあっているのが何者か知り、心臓が口から飛びだすほどの衝撃を味わった。
「美由紀……」笹島は思わずつぶやいた。
頭上のヘリの飛行がもたらす断続的な突風のなかで、髪を泳がせながら、美由紀はそこに立っていた。冷ややかな目。どれほど図太い神経の持ち主でもたちまち不安にさせてしまうような、鋭く射るような視線。それが笹島に向けられていた。
「なぜ……」笹島が口にできるのはそれだけだった。「どうして……」
「墜落したとでも思った? おあいにくさまね。旅客機は無事に空港の滑走路に着陸、けが人はゼロ。あなたの負けね」
「だ、だが……。高度を下げたら、起爆装置が……」
「ええ、高度六百メートル以下には降りられない。だから行き先を変更したの。あなたって、標的にした機体と航空路ばかりに気をとられて、それ以外に目を向けることがなかったのね。JAI783便は行き先を変更した。長野の松本空港に」
「松本空港……?」
「標高六百五十七メートル、国内でいちばん高いところにある空港。気づいてみれば簡単な話だったわ」
頭を殴られたようなショックが笹島を襲った。
そんな方法があったなんて。七年ものあいだ準備して、そこまで単純な見落としがあったなんて。
「あきらめることね」美由紀は静かにつぶやいた。「運命はあなたに味方しなかったのよ」
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