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千里眼33

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:分析 美由紀はサーチライトに照らしだされる笹島の姿を眺めていた。自宅の裏庭で呆然《ぼうぜん》とたたずむ男、それだけだった
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分析

 美由紀はサーチライトに照らしだされる笹島の姿を眺めていた。
自宅の裏庭で呆然《ぼうぜん》とたたずむ男、それだけだった。表情から窺《うかが》える感情は、虚無と憤り、そして悲しみの入り混じったもの。いたずらをして、逃げだそうとして捕まり、いじけてみせる子供。その表情と、なんら変わるところがない。
こんな男に、一時でも惹《ひ》かれた気分になった自分が腹立たしい。感情を読みとったからといって、思考のすべてがわかるわけではない、そのことを思い知った。笹島にとっての善意は、わたしにとっての悪意にほかならなかった。しかもいまは、笹島は彼自身がよかれと思った心情すら失っている。
乾いた声で美由紀はいった。「愛してるといった直後に、その対象を爆弾とともに置き去りにして逃走。おかげでやっとあなたの真意が測れたわ」
「それは、だな」笹島はまくしたててきた。「誤解だよ。あの場はああするしか……」
「なんのことよ。乗客を恐怖に陥れて墜落に向かわせる。それもあなたが自分の溜飲《りゆういん》を下げたいばかりに実行する、身勝手な犯行。結局あなたは、恐怖で人を屈服させることでしか自分の力を誇示できない。ただの愚劣な犯罪者よ」
笹島は泣きそうな顔になり、うわずった声でいった。「わかってくれないかな。同じ境遇、両親を失ったきみならわかるはずだよ……。僕はね、境界例なんだ。境界性人格障害に近いかもしれない。親が僕を溺愛《できあい》しすぎて、子離れしなかった。僕の分離不安を煽《あお》ったがゆえに、僕も両親に依存心を持ちすぎた。その親を失ったんだ、僕の心には当然のごとく復讐《ふくしゆう》心が燃えあがり……」
美由紀はかっとなって怒鳴った。「馬鹿いわないでよ!」
その剣幕に圧《お》されたかのように、笹島は表情を凍りつかせた。
「境界例?」美由紀は憤りとともにいった。「境界性人格障害? なるほど、トラウマ論がなくなったあと、自分の愚考を両親のせいにする好都合はそのあたりの症例に求められるのね。あなたも精神科医なら、それらの症状に本当に苦しんでいる人たちに失礼だと思わないの。あなたの欲求というのは、ぜんぶ子供のそれと同じ。力まかせで手に入らなければ、いっそのこと失わせてやる、その欲望と反発の繰りかえしね。女が思いどおりにならなかったら殺害する、つまり稚拙で未成熟な感情の発露。反社会性人格障害とみなす向きもあるだろうけど、わたしはそうは思わない。あなたはまともでありながら、ただ権威に対する劣等感の克服のためだけに無差別な暴力を行使しようとした。責任能力も充分にあった。真っ当な裁きを受けて反省することね」
「そんな」笹島は子供のように顔を真っ赤にして泣きだした。「そんなのってないよ! 人を……屈服させるのがいけないってのかい。現にきみもいまそうしてるじゃないか。両親を……俺の親を奪った奴らが、口先だけで同情をしめしながら、なにもしてくれやしない。俺を子供だと思って、わずかな金で手なずけようとした」
「あの航空会社はあなたに充分な補償をおこなった。それでも悲しみが癒《い》やされることはないだろうけど、世間で問題視されている補償の不足から比べたら、あなたはずっと優遇されてる。それでも相手の善意を信じられないなんて……」
「善意なんか、あるものか! 善意なんか……。人はわかりあうことなんかできない。欺いたり、嘘をついたり、自分を守るためにあれこれ謀《はかりごと》ばかりに思考を費やしてるのが人間だ。それがうまくいってれば心が浄化され、支障があって滞ればストレスが溜《た》まって不安定になる。精神科医になって確信した。人間はただそれだけの利己的な生き物なんだ」
美由紀は、自分でも意外に思うほど穏やかな声で告げた。「それは違うわ」
笹島は黙りこくって美由紀を見つめてきた。
「わたしにはわかるの」美由紀はいった。「人の感情が見えるようになって、わたしにはわかる。人の本質はそんなに闇にばかり閉ざされてはいない。誰もが信頼を求めてる。信じられる前に、まず信じようと努力してる。疑心暗鬼は、信頼に至るまでの道のりの途中でしかない。あなたはその第一歩すら、踏みだしてこなかった」
ヘリの爆音だけが響く。いつの間にか、夜の住宅街に赤い明滅があった。パトランプだった。家の周囲に、無数の警察車両が駆けつけている。
七瀬警部補らが、家の外側をまわって走ってきた。制服警官も続々と裏庭に踏みこんでくる。
嵐のように吹き荒れていた風が、ぴたりとやんだ。それと同時に、笹島は膝《ひざ》をつき、両手で顔を覆った。肩を震わせて泣き、涙のしずくは手からとめどなく零《こぼ》れおちていた。
その涙が本物かどうか、彼みずからが判断を下さねばならないだろう。そう、彼の精神科医としての最後の仕事は、彼自身の精神分析だった。
笹島に詰め寄っていく警官隊の流れに逆らって、美由紀はひとり遠ざかった。
孤独感と虚《むな》しさが、ひさしぶりに胸にこみあげてくる。そう感じた。人はわかりあえる関係になれる。でもわたしは、その範疇《はんちゆう》から外れている。わたしは一方的に、人の感情を読んでしまう。相手がわたしの心をたしかめることさえないうちに。
視界が涙にぼやけそうになるのを堪《こら》えて、美由紀は歩きつづけた。泣くことは簡単だ、それで感情が解き放たれるのだから。笹島がそうだった。しかしわたしは、あんなふうになりたくはない。
自分の感情は秘めておけばいい。そうでなければ、誰がわたしを信じてくれるというのだろう。泣いているだけの女に、誰が救いを求めてくれるだろう。
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