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千里眼36

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:千里眼の女 シベリアの港町ナホトカは、思いがけなく手に入った珍しい物、という意味のロシア語にその名を由来している。そんな
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千里眼の女

 シベリアの港町ナホトカは、思いがけなく手に入った珍しい物、という意味のロシア語にその名を由来している。
そんなナホトカにはいまも、金に糸目をつけず珍品をほしがる連中がいる。ベルデンニコフ一家などその典型だ。
とはいえ、ロシアン・マフィアとして名高い彼らの求めるものは物騒きわまりない。軍の横流しの武器に密輸された骨董《こつとう》品、麻薬、賞金のかかった逃亡者の首、そして情報。
世間には取るに足らないことであっても、闇の世界でなんらかのビジネスに手を染めている彼らにとっては是が非でも得たい、価値ある情報。
ワディム・アサエフは情報屋稼業二十六年のベテランだったが、そんな彼にあっても、この依頼人には苦手意識があった。ナホトカの日本人墓地にほど近いチハオケアンスカヤ駅で列車を降りたとき、寒気に思わず身を震わせる。
市街地を覆いつくす白い雪のせいばかりではない。ベルデンニコフ一家の依頼を引き受けた以上、その行き着くところはふたつしかない。札束、もしくは死だ。
どんよりと曇った灰色の空の下、レーニン通りに歩を進めて、酒場の看板のある角を折れて路地裏に入る。
尾行がないことを確認して、一見、老朽化したアパート風のビルの地下へつづく階段を降りていった。
カビの匂いのただよう地階の扉。しかしアサエフは、それが見せかけにすぎないことを知っていた。
帽子をとって扉の上部を見あげる。この古風なエクステリアに似つかわしくない、真新しい赤外線暗視カメラのレンズに目を合わせる。
このバイオメトリクス認証が、虹彩《こうさい》のみを判別しているのか、それとも顔全体を識別しているのか、システムの詳細はあきらかではない。だが、レスポンスは瞬時だった。短いブザーの音、そして扉の開錠する音が響いた。
扉を開けて足を踏みいれると、ふいに西欧風のシンプルモダンな内装が広がっていた。近年モスクワにできたアメリカ資本のナイトクラブのように、黒の壁紙で統一された装飾のない通路は、ブラックライトで妖《あや》しく照らしだされていた。
通路の先にはスキンヘッドの巨漢がいた。黒スーツは特注で仕立てたものだろうが、三人ぶんの生地を必要としたに相違ない。依頼を受けたときにも会った男だ。
アサエフは声をかけた。「|ご機嫌いかがかな《カーク・ヴイ・パジヴアーイエチエ》、ボブロフ」
だがボブロフは黙って、部屋のなかに顎《あご》をしゃくるだけだった。
あいかわらず社交的な男だ。アサエフは心のなかで皮肉った。番犬は主人のいるところでは、沈黙しているものだ。
ボブロフの雇い主でもあり、現在のベルデンニコフ一家における最大の実力者、ベレゾフスキー・ベルデンニコフは、二階まで吹き抜けになったホールで、黒革張りのソファにおさまっていた。
彼が見つめているのは、映画館のように巨大なプロジェクター・スクリーンだ。映像はアメリカのCNNが伝える株式情報だった。
アサエフはその近くに立った。「ベレゾフスキーさん」
年齢は五十すぎ、額は禿《は》げあがり、銀髪を短く刈りあげた馬面の男。淡い青いろをした目が、暗視カメラでも仕こまれているかのように鋭く光る。
「アサエフか」ベルデンニコフは無表情につぶやいた。「二日遅れたな」
「申しわけありません。日本からの出国に手間取りまして、結局、稚内《わつかない》からコルサコフへの船便を……」
「情報は?」
口をつぐまざるをえない。無駄な会話を嫌う男だ。彼の機嫌を損ねることは賢明ではない。
懐から取りだしたディスクを、アサエフはしめした。「ここに」
「見せろ」とベルデンニコフはスクリーンに目を戻した。
緊張とともに、アサエフはAV機器が集中するコンソールに歩み寄った。ディスクを挿入して映像を切り替える。
画面に映しだされたのは、モノクロの映像だった。中央に井戸がある。薄気味悪いBGMが奏でられていた。
その井戸のなかから白い手があらわれる。髪の長い、げっそりと痩《や》せた日本人の女が這《は》いだしてきた。
ベルデンニコフが眉《まゆ》をひそめて、アサエフを見た。
苦笑してみせながら、アサエフは彼に近づいた。「お探しの女です。正確には、その娘ですがね。日本ではサダコと呼ばれて有名になってます」
静寂があった。ベルデンニコフの目はもういちどスクリーンに向き、またアサエフを見つめた。その口もとがわずかにゆがんだ。
と、その直後、ベルデンニコフの両腕が蛇のように猛然と襲いかかり、アサエフの胸ぐらをつかんだ。その痩身《そうしん》からは想像もできない握力と腕力。直後、背が床に叩《たた》きつけられた。
一瞬のできごとだった。気づいたときには、アサエフは天井を見つめていた。
呆然《ぼうぜん》としていると、ベルデンニコフの靴底がアサエフの喉《のど》もとに食いこんできた。
息ができない。アサエフは苦しくなってむせた。
「私はホラー映画がきらいでね」見下ろすベルデンニコフの顔に殺意のいろが浮かんでいる。「くだらん冗談で時間を浪費したがる輩《やから》は、もっときらいだ」
「お……お待ちを」アサエフは必死で声を絞りだした。「これは冗談ではなく……、御船千鶴子《みふねちずこ》という�千里眼の女�は近年、この映画で日本人全般に知られるようになったんです。それまでは明治時代に透視能力を非科学的と断じられ、歴史の闇に葬られたも同然となっていました」
喉を圧迫する力が、わずかに弱まった。
ベルデンニコフは靴を遠ざけていった。「聞こう」
アサエフは乱れた呼吸を整えながら身体を起こし、立ちあがった。
「そのう……こういう大衆向けのホラー映画の題材になっているように、千里眼の御船千鶴子については日本でも、その生涯をまじめに振りかえる向きはないようです」
「しかし実際には偉大な功績を遺《のこ》している。三井財閥の依頼を受けて海底炭坑、万田《まんだ》坑を発見しているのだからな」
「そうです。明治三十七年、千鶴子が十八歳のときに海底の図面を見て、石炭の埋蔵量が最も多い採掘ポイントを一瞬で探しあてたといいます。ただしその後、千鶴子が茶筒のなかのメモ用紙の文字を透視するなどの実験に失敗し、千里眼がいかさま呼ばわりされるに至り、三井財閥もこれを社史に記録することをためらったようです」
ふんとベルデンニコフは鼻を鳴らした。「のちのユリ・ゲラーもどきの透視実験など眉唾《まゆつば》だが、海底炭坑を発見した事実は大きい。熊本の漁村で、一介の漢方医院の娘として育っただけの女に、なぜそんな芸当が可能だったのか。知りたいのはそこだ」
「記録では、義理の兄の催眠によって彼女の能力が芽生えだしたとか……」
「催眠とオカルトを結びつけるのはナンセンスだ。催眠はただ、言葉の誘導によって人為的なトランス状態を発生させるだけのことだからな」
「しかし……。埋まってる石炭を見つけだす超能力なんて……」
「その言い方は気にいらんな。私は超常現象の信奉者ではない。現実主義者だ。科学を超越したように見える現象でも、この世で起きたことは実際には科学で説明できるはずだ。私はその奇跡の秘密を知りたいと願ってる」
「難しいですな」アサエフは頭をかいた。「御船千鶴子は世間にペテン師と見なされたことを苦にして、二十四歳の若さでみずからの命を絶ったんです。奇跡の秘密も彼女ひとりが抱きかかえて、墓に持っていっちまったんでしょう」
ベルデンニコフの目が、また不吉ないろを帯びはじめた。
「それがおまえの知りえたすべてか?」とベルデンニコフはきいた。
アサエフはあわててリモコンに手を伸ばした。「御船千鶴子と関係があるかどうか……。詳細は不明ですが、現代の日本で�千里眼の女�と称されているのは、岬美由紀《みさきみゆき》です」
ボタンを押すと、映像が切り換わった。
「ほう」とベルデンニコフがつぶやいた。
スクリーンに大きく映しだされたのは、フライトジャケットを身につけ、ヘルメットを携えて滑走路に歩を進めるひとりの女の姿だった。
髪を後ろで結わえ、颯爽《さつそう》と歩くその姿は、アジア人であることを除けばハリウッドの娯楽映画のワンシーンのようだった。
あどけなさの残る小さな顔に、人形のように大きな瞳《ひとみ》、すっきりと通った鼻すじ、りりしく結ばれた口もと。モデルのごとく抜群のプロポーションを誇るその身体の動きはしなやかで、足どりは豹《ひよう》を連想させる。
その女が格納庫前のエプロンに待機している戦闘機に向かっていく。ベルデンニコフがかすかに驚きの響きを帯びた声を発した。「F15か」
「そうです」アサエフはうなずいた。「岬美由紀、現在は二十八歳。二年前まで、航空自衛隊第七航空団第二〇四飛行隊に属し、女性自衛官としては唯一の戦闘機乗りでした。ロシア空軍にも記録が残っています。冷やかしの領空侵犯を試みたミグに、アメリカ空軍でいうトップガン級の驚異的な機動力で対処してきた自衛隊のF15がいると。退去を呼びかけてきたそのパイロットの声は、若い女だったそうです」
「二年前まで、といったな」
「ええ。その腕前にもかかわらず彼女自身は戦闘機部隊を好まず、救難隊への編入を希望したんですが、断られたようです。それがきっかけで除隊して臨床心理士の資格を取得、すなわちカウンセラーとなりました」
「この岬美由紀が、現代日本における千里眼の女か」
「ですが……。彼女がそう呼ばれたきっかけは、対面した人の顔を見て、瞬時にその感情を見抜いてしまうという特技にあるようです。カウンセラーは大なり小なり、相手の表情筋の動きで内面の感情を判断する知識を有しているそうですが、岬美由紀はその知識と、パイロット時代に培われた動体視力が結びついたことで、驚異的なほどの感情の読み取り能力を身につけるに至った……そういわれています」
「となれば、岬美由紀の千里眼が見抜けるのは、他人の感情だけということか」
アサエフは肩をすくめてみせた。「御船千鶴子にできたことが、岬美由紀にも可能だという裏づけは、率直にいってどこにもありません」
ふうん。ベルデンニコフは唸《うな》りながら立ちあがり、スクリーンに近づいた。
「だが」ベルデンニコフはつぶやいた。「近代日本に、海底炭坑発見という奇跡をなしとげた千里眼の女がいて、いまもまた千里眼の女と呼ばれる者がいる。きわめて興味深い」
そのとき、無言を貫いていたボブロフが、ふいに口をきいた。「リストに加えますか」
ベルデンニコフはしばし考える素振りをした。「そうだな、悪くない。早速、接触することにしよう」
「とはいえ」ボブロフは低い声でいった。「岬美由紀が本当に相手の表情から感情を読みとれるとなると、こちらの意図に気づくのでは……」
「そこは心配いらん。モスクワの人脈を使って間接的に働きかけるからな。事情を知らない人間を会いに行かせればいい」
ふたりの会話は、アサエフにとっては意味のわからないものだった。知りたいとも思わない。
自分はただ、ベルデンニコフの所望していた千里眼の女の情報を届けたにすぎない。そして、仕事は終わった。
「よろしければ」アサエフはいった。「いただくものをいただいて、この場から去りたいと思うんですが」
ベルデンニコフはこちらを一瞥《いちべつ》した。「よかろう。ここから去ることを許可する。ボブロフ、払ってやれ」
思わず安堵《あんど》のため息が漏れる。無事に報酬を得ることができそうだ。これほど心臓に悪い依頼人はいない。
だが、ベルデンニコフからボブロフに視線を移したとき、アサエフは凍りついた。
ボブロフの手にはオートマチック式の拳銃《けんじゆう》が握られていた。その銃口がアサエフに差し向けられる。
アサエフが一歩も動けないうちに、耳をつんざく銃声が轟《とどろ》いた。
引き金は引かれた。それがアサエフの最期の認識だった。
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