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千里眼38

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:ストップ安 美由紀は結局、クルマの運転のしやすいTシャツにジーパン、スニーカーというカジュアルな服装で出かけた。由愛香は
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ストップ安

 美由紀は結局、クルマの運転のしやすいTシャツにジーパン、スニーカーというカジュアルな服装で出かけた。由愛香はそんな恰好《かつこう》では男と運は逃げると言ったが、美由紀は迷信に振りまわされるほうではなかった。
由愛香を助手席に乗せ、メルセデス・ベンツCLS550のステアリングを切って朝の銀座通りを駆け抜けた。
銀座四丁目の交差点に近づくと、和光の向かいの角を先頭にして歩道に長い列が伸びているのがわかった。
クルマを車道の脇のパーキングスペースに向かわせながら、美由紀はいった。「すごい。九時すぎだってのに、もうこんなに並んでる」
「だから言ったでしょ。のんびり構えてたら抽選券もなくなるって」
駐車してすぐに車外に降り立つ。駆けだした由愛香のあとを追った。
列は角を折れてからも歩道に沿って延々と伸びていて、先頭から四、五百メートルほどの距離にある証券会社のビルの前で、ようやく最後尾に行き着いた。
由愛香が息を切らしながらいった。「八十メートルを徒歩一分とする不動産屋の計算方法は常々納得がいかなかったけど、その気になればまずまずの速さで移動できるものね」
美由紀はこれぐらいの運動では、呼吸ひとつ乱れなかった。「コンサート会場はどこ?」
「全国十箇所のツアーっていうから、来日アーティストとしてはチャンスがあるほうだと思うよ。メンバーがドーム球場とかを嫌ったから、そうなったんだってさ。狙い目は名古屋のレインボーホールとか、静岡市民文化会館あたりじゃない?」
「静岡かぁ……。チケットがとれても、都内で仕事が入ったら行けないかもね」美由紀はつぶやきながら辺りを見まわした。
そのとき、証券会社のショーウィンドウのなかの電光掲示板が目に入った。
奇妙なことに、国内のあらゆる有名企業の株価がいっせいに値を下げている。それも、下げ幅が尋常ではない。まるでバブル崩壊、株価大暴落だ。
ところがそれは、日本企業にのみ限られているらしい。外資系の企業は逆にどこも急激な値上げに転じている。
画面が切り換わり、ニューヨーク市場の昨日の終値がでた。
こちらも、重工業を中心にあらゆる業種が高値をつけていた。アメリカに限らず、ヨーロッパ諸国や日本以外のアジア各国の企業がすべて軒並み高騰している。
「ね、由愛香。あれ、ヘンだと思わない?」
「え? なにが?」
「製造業関連の日本の主要企業が株価を下げて、同じ業種の諸外国の企業がどこも上がってる。まるで投資家が揃って国内企業の株を売り、海外企業に乗り換えたみたい」
「トヨタ株を売ってゼネラルモーターズ株を買うとか? そんな物好きいるの?」
「ええ。市場全般にそういう動きがあったとしか思えない。クルマ関連だと、シトロエンやボルボ、南アフリカのバーキンまで値上がりしてるのに、国内は日産からマツダ、スバルまで早くもストップ安。市場が開いたばかりだってのに、あの急落ぶりは異常よ」
「まあたしかに、そうかもね……。また不況になるのかな。飲食店のお客が減るのだけはかんべんしてもらいたいね。けど、タクシーがつかまりやすくなるのはいいかも。最近、また六本木あたりの運転手の態度が横柄になってきてたから」
「由愛香……。本気で心配してる?」
「してないよ、株は買ってないし。不況でも儲《もう》かってた店はあったしね」
セブン・エレメンツのチケット抽選を前にして、希望に心を奪われているからだろう、由愛香の返答はいい加減なものに思えた。瞳孔《どうこう》も開いて、瞬《まばた》きも少ない。自律神経系の交感神経が優位な状態になっている。つまり、夢中になりすぎて半ばトランス状態の境地に達しつつあるということだ。
美由紀は逆に、あれだけ欲しがっていたチケットについてほとんど考えなくなっていた。
経済界の不穏な動向ばかりが気になる。
どうして世界の投資家が日本企業から離れていくのだろう。まるで一国が戦争に突入する前夜のような値動きだ。
そのとき、プレイガイドの従業員らしき男が、数百枚のカードを扇状にひろげて歩み寄ってきた。
「抽選前の整理券です」と男はいった。「お探しのアーティスト名の券を、お一人様一枚お取りください」
無数のアーティスト名が並んでいたが、美由紀はすかさずそのなかからセブン・エレメンツの名をふたつ見つけだし、二枚の整理券を抜きとった。
従業員は澄ました顔で、背を向けながらつぶやいた。「セブン・エレメンツ以外なら、抽選なしで即購買できるのに。売れないものは売れないな」
前方を見やると、当然のことながら誰もがセブン・エレメンツの整理券ばかりを手にしている。販売側としては、この機に乗じてほかのチケットを買わせたいところなのだろう。
由愛香がなぜか驚きの表情を向けてきた。「美由紀。いまの、すごくない?」
「なにが?」
「あんなにたくさんのアーティスト名のなかから、よくセブン・エレメンツを瞬間的に見つけられたわね」
「ああ……。心理学でいう選択的注意よ」
「なにそれ?」
「好きなアーティストの名前が頭に焼きついていると、ぼうっと新聞を眺めわたしただけでも、ふしぎと注意が喚起されたりするでしょ。それでよく目を凝らしてみると、そのアーティスト名が書いてあったりする。そういう経験、ない?」
「あるよ。最近じゃハマりすぎたせいか、セブンとだけ書いてあっても注目しちゃうし」
「それが選択的注意っていうものなの。無意識的に起きる心理作用だけど、うまく利用すれば、探し物をするときにいちはやく発見できるのよ」
「へー。千里眼」
「じゃないって。見えてないものは、見えないわけだし……」
携帯電話が鳴ったので、講釈は中断せざるをえなかった。美由紀は携帯を取りだした。
「もしもし」と美由紀は携帯に告げた。
「ああ、美由紀」多少うわずったような男の声。臨床心理士会の舎利弗浩輔だった。「すまないんだけど、いまから事務局に来られないかな」
「きょうは遅番だったはずだけど……」
「そうなんだけどさ。どうしてもきみに面会したいって人が来てるから」
「ほかの人に替われない?」
「それが、カウンセリングの相談者《クライアント》じゃないんだ。ロシア大使館の人らしくてね。カタコトの日本語で、きみに会いたがっているということだけはわかったんだけど……。きみ、ロシア語は?」
ロシア。
日本海を確信犯的に領空侵犯して挑発行為をするミグ機が、いまでも真っ先に頭に浮かぶ。彼らを追い払うために、あるていどのロシア語は習得せざるをえなかった。
「少しは話せると思うけど」と美由紀はいった。
「そりゃいい、頼むよ。僕の知ってるロシア語はピロシキぐらいのものだからさ」
「わかった……。じゃ、すぐ行くから」美由紀は電話を切った。
由愛香が迷惑そうな顔をした。「なんなの? またどこかに爆弾が仕掛けられたとか?」
「そうじゃないけど……。ごめん、仕事に行かなきゃ」
ため息とともに由愛香はつぶやいた。「この国が滅びそうだって話なら少しはわかるけどさ。あなたの専門って悩み相談でしょ? そのうちわたしの愚痴も聞いてもらいたいんだけど」
「ほんとにごめん。抽選、わたしのぶんもやっておいて。あとでまた電話する」
美由紀はそういって列を離れ、クルマへと足ばやに急いだ。
気になって、株価の電光掲示板をちらと振りかえる。国内企業の銘柄に、ストップ安の表示が次々と点灯していく。
親友の由愛香は、本当に深刻な事態は国家の滅亡のみ、そういう趣旨のことを口にした。
だがあの株価を見る限り、それは架空の話とは思えない。この国になにが起きているのだろう。なにが資本主義国家の事態を急変させているのだろう。
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