洋館のアトリエにはやはり四人ほどの外国人たちがいて、それぞれキャンバスに絵を描いていた。
さっきとはメンバーが替わっている。以前にここにいた連中はこの章をクリヤーしたか、もしくはドロップアウトしたかのいずれかだろう。
美由紀が入室すると、ベレー帽を被《かぶ》った長身の男が声をかけてきた。「失礼。お手もとの機械を拝見できますかな」
ゲーム機を見せろということらしい。美由紀は液晶画面を男にしめした。
「よろしい」男は微笑した。「そちらのキャンバスと絵の具をお使いください。お連れのかたは、椅子にお掛けになって、ご一緒されて結構ですよ」
「あの窓の外の風景を描くの?」美由紀はきいた。
「その通りです」
「タッチは自由?」
「あるていどは。ただし、キュビスムやフォーヴィスムのように芸術的な技巧を凝らすことは、ここでは評価の対象になりません。できるだけ現実をありのままに写しとっていただきたいのです」
「写実主義ってことか。いかにも二世紀前の北欧ね」
「そういうことです」と男は笑った。
周りの男女らは黙々と絵を描きつづけている。美由紀は空いている席に座り、真新しいキャンバスを目の前に立てかけた。
香苗が隣に座ってたずねてきた。「岬先生は美術も得意なの?」
「そうでもないけど、絵を描くのは好きよ。この風景にはあまりそそられないけどね」
鉛筆を手にとって、下描きのデッサンを始める。
窓の外を描くということは、あらかじめ構図は決められている。窓枠によってトリミングされているようなものだ。
構成要素は峡谷の向こうに建つ教会と、銀いろのドーム、パラボラアンテナ。どう見てもちぐはぐで、よい作品にはなりえない気がする。
それに、あの鐘塔。現実に鐘が下がっていないのだが、風景を知らずに絵のみを鑑賞した人には、単に鐘を描き忘れたかのように思われてしまうだろう。
待てよ。
心のなかに違和感が湧き起こる。
穏やかな午後の陽射しに包まれた窓の外の風景、上空の風は強いのか、雲が流れて地上にときおり影を落とし、明暗の落差をつくる。
ぼんやりと浮かびあがってきた思考は、たちまちひとつの結論にまとまりだした。
そうだったのか。美由紀は唇を噛《か》んだ。
と、そのとき、近くにいた女が自分のキャンバスを手にして立ちあがった。
絵を描き終えたらしい。それを持って、ベレー帽の男のところに向かう。
ベレー帽の男はその絵をしげしげと眺めたが、やがてにやりとして女を見た。「いい絵ですね。構図もしっかりしていて、ミレーやクールベを思わせる現実的で繊細な筆致。感服しました。……が、失格です」
「え?」女は信じられないという顔をした。「それってどういうことよ!?」
「どうもこうもありません。退出してください」
サイレンが鳴り響く。あわただしく踏みこんでくる複数の靴の音。ドアは乱暴に開け放たれ、憲兵隊が姿を現す。
呆然《ぼうぜん》とたたずむ女を、憲兵隊は両脇を抱えるようにしてひきずっていった。
ふたたび静寂が戻ると、ベレー帽の男は告げた。「さあみなさん、しっかり描いてください。早い人は第二章や第三章でも合格を貰《もら》っているんですよ。この第四章はいわばボーナスステージです」
その説明は美由紀の確信を裏づけるものだった。美由紀は鉛筆でおおまかな下描きを終えると、筆を握り、まずは下地づくりにとりかかった。
香苗がきいてきた。「どうかしたの、岬先生? なんだか、猛然と描き始めたって感じだけど……」
「ええ」と美由紀はうなずいた。「作品の主題が見つかったから」
さっきとはメンバーが替わっている。以前にここにいた連中はこの章をクリヤーしたか、もしくはドロップアウトしたかのいずれかだろう。
美由紀が入室すると、ベレー帽を被《かぶ》った長身の男が声をかけてきた。「失礼。お手もとの機械を拝見できますかな」
ゲーム機を見せろということらしい。美由紀は液晶画面を男にしめした。
「よろしい」男は微笑した。「そちらのキャンバスと絵の具をお使いください。お連れのかたは、椅子にお掛けになって、ご一緒されて結構ですよ」
「あの窓の外の風景を描くの?」美由紀はきいた。
「その通りです」
「タッチは自由?」
「あるていどは。ただし、キュビスムやフォーヴィスムのように芸術的な技巧を凝らすことは、ここでは評価の対象になりません。できるだけ現実をありのままに写しとっていただきたいのです」
「写実主義ってことか。いかにも二世紀前の北欧ね」
「そういうことです」と男は笑った。
周りの男女らは黙々と絵を描きつづけている。美由紀は空いている席に座り、真新しいキャンバスを目の前に立てかけた。
香苗が隣に座ってたずねてきた。「岬先生は美術も得意なの?」
「そうでもないけど、絵を描くのは好きよ。この風景にはあまりそそられないけどね」
鉛筆を手にとって、下描きのデッサンを始める。
窓の外を描くということは、あらかじめ構図は決められている。窓枠によってトリミングされているようなものだ。
構成要素は峡谷の向こうに建つ教会と、銀いろのドーム、パラボラアンテナ。どう見てもちぐはぐで、よい作品にはなりえない気がする。
それに、あの鐘塔。現実に鐘が下がっていないのだが、風景を知らずに絵のみを鑑賞した人には、単に鐘を描き忘れたかのように思われてしまうだろう。
待てよ。
心のなかに違和感が湧き起こる。
穏やかな午後の陽射しに包まれた窓の外の風景、上空の風は強いのか、雲が流れて地上にときおり影を落とし、明暗の落差をつくる。
ぼんやりと浮かびあがってきた思考は、たちまちひとつの結論にまとまりだした。
そうだったのか。美由紀は唇を噛《か》んだ。
と、そのとき、近くにいた女が自分のキャンバスを手にして立ちあがった。
絵を描き終えたらしい。それを持って、ベレー帽の男のところに向かう。
ベレー帽の男はその絵をしげしげと眺めたが、やがてにやりとして女を見た。「いい絵ですね。構図もしっかりしていて、ミレーやクールベを思わせる現実的で繊細な筆致。感服しました。……が、失格です」
「え?」女は信じられないという顔をした。「それってどういうことよ!?」
「どうもこうもありません。退出してください」
サイレンが鳴り響く。あわただしく踏みこんでくる複数の靴の音。ドアは乱暴に開け放たれ、憲兵隊が姿を現す。
呆然《ぼうぜん》とたたずむ女を、憲兵隊は両脇を抱えるようにしてひきずっていった。
ふたたび静寂が戻ると、ベレー帽の男は告げた。「さあみなさん、しっかり描いてください。早い人は第二章や第三章でも合格を貰《もら》っているんですよ。この第四章はいわばボーナスステージです」
その説明は美由紀の確信を裏づけるものだった。美由紀は鉛筆でおおまかな下描きを終えると、筆を握り、まずは下地づくりにとりかかった。
香苗がきいてきた。「どうかしたの、岬先生? なんだか、猛然と描き始めたって感じだけど……」
「ええ」と美由紀はうなずいた。「作品の主題が見つかったから」