鐘塔の内部にはエレベーターがあった。ベルデンニコフとその一味に連れられ、美由紀はユベール、ラドックとともにエレベーターに乗った。
上昇するあいだ、誰も口をきかなかった。とりわけラドックは額の汗をしきりに拭《ぬぐ》いながら、そ知らぬ顔をつとめていた。
恐怖を覚えているようだ、と美由紀はラドックについて思った。
ベルデンニコフというマフィアの名は聞いたことがないが、ラドックの態度から察するに、ロシアのみならず西欧社会にも影響を与えるだけの力を有するファミリーなのだろう。
これで無事に帰れる確率は限りなくゼロに近づいた、美由紀はそう感じた。
エレベーターの扉が開き、風が吹きこんできた。黄昏《たそがれ》どきの空が視界に広がる。
鐘塔の頂上部分だった。かなりの高さだった。潮の香りもする。眼下には森林が広がり、銀のドーム屋根や、彼方《かなた》には海も見えていた。
本来ならここには鐘がぶら下がり、辺り一帯にその音色を響かせるところだ。いまは何もない。
いや、そうではない。
目には見えないが、たしかに存在する。
近づいてみて、ようやくわかるていどだ。空中にひずみが生じているようにも見える。
テレビの走査線のように網がかかっているようにも見えるが、それらは極細フレキシブル・ペリスコープの端の隙間だろう。映像としても、これほど微細な解像度を誇るモニターはまだ存在しない。
ユベールが手を伸ばし、その見えない物体に触れた。
頭上を仰ぎ見ながら、ユベールは叫んだ。「なんてことだ! まさしく、見えない柱が立ってる」
美由紀もその表面に手を近づけた。
感触は柔らかい。だが、無数の突起の集合体に感じられる。ブラシの先に触れたときに近い。それら繊維の先に、物体を迂回した向こうの景色が映っているのだろう。
目の焦点を強制的に手前に移すことで、物体の存在はなんとか視認できる。しかし、本来は虚空に思えるその位置に焦点を合わせる人間はいない。ゆえに、なにも見えない。目と鼻の先にあるはずの高さ五メートル、直径五十センチの円筒が捉《とら》えられない。
奇跡としか思えない。自然の摂理を打ち破った大発明だ。
ベルデンニコフは得意げにいった。「われわれは|見えない外皮《インヴイジブル・インベストメント》と呼んでる。耐熱性のグラスファイバーで、柔軟性がある。幅二・六七メートルの翼にもぴったりフィットし、その稼動を妨げない」
美由紀はベルデンニコフに皮肉をこめて告げた。「ロケットブースターを切り離したとき、後部の噴射口付近が焦げなければいいんだけど」
「心配はいらんよ。飛行実験はすでに済んでいる。垂直発射管から発射して着水までに破損するフレキシブル・ペリスコープ繊維は、全体の二・六四パーセント以下だった。そのていどでは飛行中の物体として視認できる状態にはならん」
「おい」ユベールが目を丸くしていった。「待てよ。僕たちは、これが見えるかどうかのテストに連れてこられたってのか? ただそれだけのためにかい?」
「そうとも」ベルデンニコフはうなずいた。「莫大《ばくだい》な巨費を投じてようやくインヴィジブル・インベストメントは完成した。これにトマホークや発射用設備を加えてセットで納品するわけだが、私のクライアントは慎重でね。あらゆる条件が整っても、まだ不測の事態が起きるんじゃないかと神経を尖《とが》らせている。巨額の経費だけに支払いを渋る気もわからないではない。私としては、報酬を得るためにクライアントを納得させるだけの保証になるデータを揃える必要があった」
「ふうん」美由紀は腕組みをした。「超能力者にはこれが見えるんじゃないかって、そこまで心配したわけね」
「その通りだ。レーダーに熱探知、目視、あらゆる方法で見えないと立証されても、常人の力を超える人間にとってはどうなのか、そこまで確かめたいというんだな。クライアントは超常現象を信じてるわけではなさそうだし、私も同様だ。それでも、たとえば五感が異常に発達しているとか、直観力や分析力に秀でているとか、そういう人間は存在する可能性もある。そこでクライアントと証明の方法を話し合った。それが、ここでの試みだ。現在は無人島となったこの島に監視設備を導入したうえで、世界じゅうから透視力を持つといわれる人間を集める。合計、七十九人だった」
「で、この鐘塔に物体を置いて、峡谷ごしに何人気づくかをテストしたわけね。それも、被験者らの心理状態を変化させることによって、どのような状態のときに気づく可能性があるかも確かめようとした。第一章ではとりあえず、優美な風景のなかでリラクゼーションを味わっている状況下で、なにも知らされずにいる状態。第二章は電話で故郷の知人と会話させてさらなる安堵《あんど》を与え、第三章では逆に追われる者の緊張と恐怖を味わわせた。その後も、財宝探しという目的を与えることで探査意欲を与えたり、絵を描くという名目で窓ごしに見える教会の風景をじっくりと観察させたりした」
「そう。きみの場合はようやくその段階で気づきおおせたということだな。しかし、それでもたいしたものだよ。第四章で絵にこの物体を描くことができた者はほかにいない。どうやって見定めた?」
「認知的不協和よ」
「なに?」
「受動的に注意集中することで、視覚の常識にそぐわない違和感を感じとることができる。空という普遍的な空間に生じたわずかな歪《ひず》みは、そういう心理作用で察知できるの。必要なのはリラクゼーションを保つことと、心理学の知識、それから視力の良さぐらいのものね」
「なるほど……認知的不協和。ロシア大使館員の伝言で知ったよ。御船千鶴子が海底炭坑を発見したのと同じ技能ということだな。日本の千里眼の女、か。私の目に狂いはなかった。しかもこれがトマホーク用のカバーであることまで見抜くとは……」
「そうでもないわ。わたし、事前に多少の情報を得ていたのよ。前の職場がらみでね」
「ほう」ベルデンニコフの目が険しくなった。「……そうだったか。防衛省はもう、噂を聞きつけていたか」
「だから、ほんとの合格者はふたりだけってことかしら」
「そういうことになるな。透視能力で名高い七十九人中、たったのふたりだ。これならクライアントも納得するだろう」
「少なくともわたしを含めて三人は、今後飛んできたミサイルが見える可能性があるってことね」
「たしかに。ゆえに、その危惧《きぐ》は払拭《ふつしよく》せねばならん」
風が鐘塔のなかを吹き抜けた。
日没とともに、気温が急速に下がる。肌に感じる冷たさが辺りを包んだ。
ラドックが震える声でいった。「待ってくれ。危惧を払拭だと……。私はなにも見ていない。どこへ行こうと、ここでの出来事を公言する気はない」
しかし、ベルデンニコフは冷ややかにラドックを見据えた。「いまさらどうにもならんよ。あなたは事実を看破したからこそ、ここにいる。否定はできんはずだ」
「待て。違うんだ。私は……気づいてなんかいなかった。カネを払ったんだ。いつもそうしてきた。ここでも、運営側の人間にカネを渡して……紹介してもらったんだよ、そこにいるウェルダンってのを」
ウェルダンの顔が硬直した。ベルデンニコフがウェルダンをにらみつけた。
「でたらめだ」ウェルダンはあわてたようすでわめいた。「俺は……こんな奴とは、顔を合わせてません。言いつけどおり、出歩くときにはマスクを被《かぶ》ってたし……」
「ああ」ラドックはまくしたてた。「たしかに鶏のマスクで顔を隠してたな。だが店の従業員の紹介で、おまえは俺に会ってくれたじゃないか。合格すれば報奨金が出ると言ってたくせに。よくも騙《だま》したな」
「誤解です!」ウェルダンはベルデンニコフに泣きついた。「あいつはいんちき超能力者です。信じないでください」
ベルデンニコフは冷静にいった。「そのようだな」
ウェルダンは凍りついたように押し黙り、ベルデンニコフの顔を見あげた。
しばらく無言で立ちつくしていたベルデンニコフが、指をぱちんと鳴らした。
ボブロフが進みでて、ウェルダンの喉《のど》もとを絞めあげた。ウェルダンはじたばたと抵抗したが、ボブロフはその身体を難なく持ちあげて、そのままラドックのほうに向かっていく。
「やめろ。やめてくれ!」ラドックは逃げ惑ったが、すぐにボブロフのもうひとつの手の餌食《えじき》になった。
ふたりの男を絞めあげ、両腕で高々と掲げながら、ボブロフは鐘塔の縁《へり》に向かっていった。
脅しではない、本気だ。美由紀はあわててボブロフに駆け寄った。「やめて!」
だが間に合わなかった。ボブロフは両手を突き放した。ふたりは悲鳴とともに、地上へ落下していった。
ユベールが衝撃を受けたようすで頭を抱えた。「なんてこった……」
美由紀は呆然《ぼうぜん》と、眼下を見おろした。ふたりははるか遠くの地上の石畳に叩《たた》きつけられ、ぴくりとも動かなくなった。
ひどいことを……。
あのふたりが告白したことは真実だった。表情を見ればわかる。ラドックはウェルダンを買収して、解答を得ただけだったのだろう。
積み重ねてきた嘘に対する最後の告白は、彼らにとって功を奏さなかった。教会での罪の告白だというのに、神に受けいれられなかった。
だしぬけに、ボブロフの手が美由紀の髪をつかんだ。激しい痛みとともに、美由紀は後方へと引っ張られ、その場に背中から倒れこんだ。
痺《しび》れるような苦痛が全身を駆けめぐる。それを堪《こら》えながら起きあがろうとしたとき、ベルデンニコフが近づいてきて見おろした。
「さてと。千里眼」ベルデンニコフは低くいった。「彼同様、きみも生かして帰すわけにはいかんな。解答がフェアだったかどうかに関わらず、きみは合格者なのでね。合格者とはすなわち、存在してはならない人間のことなんだよ」
上昇するあいだ、誰も口をきかなかった。とりわけラドックは額の汗をしきりに拭《ぬぐ》いながら、そ知らぬ顔をつとめていた。
恐怖を覚えているようだ、と美由紀はラドックについて思った。
ベルデンニコフというマフィアの名は聞いたことがないが、ラドックの態度から察するに、ロシアのみならず西欧社会にも影響を与えるだけの力を有するファミリーなのだろう。
これで無事に帰れる確率は限りなくゼロに近づいた、美由紀はそう感じた。
エレベーターの扉が開き、風が吹きこんできた。黄昏《たそがれ》どきの空が視界に広がる。
鐘塔の頂上部分だった。かなりの高さだった。潮の香りもする。眼下には森林が広がり、銀のドーム屋根や、彼方《かなた》には海も見えていた。
本来ならここには鐘がぶら下がり、辺り一帯にその音色を響かせるところだ。いまは何もない。
いや、そうではない。
目には見えないが、たしかに存在する。
近づいてみて、ようやくわかるていどだ。空中にひずみが生じているようにも見える。
テレビの走査線のように網がかかっているようにも見えるが、それらは極細フレキシブル・ペリスコープの端の隙間だろう。映像としても、これほど微細な解像度を誇るモニターはまだ存在しない。
ユベールが手を伸ばし、その見えない物体に触れた。
頭上を仰ぎ見ながら、ユベールは叫んだ。「なんてことだ! まさしく、見えない柱が立ってる」
美由紀もその表面に手を近づけた。
感触は柔らかい。だが、無数の突起の集合体に感じられる。ブラシの先に触れたときに近い。それら繊維の先に、物体を迂回した向こうの景色が映っているのだろう。
目の焦点を強制的に手前に移すことで、物体の存在はなんとか視認できる。しかし、本来は虚空に思えるその位置に焦点を合わせる人間はいない。ゆえに、なにも見えない。目と鼻の先にあるはずの高さ五メートル、直径五十センチの円筒が捉《とら》えられない。
奇跡としか思えない。自然の摂理を打ち破った大発明だ。
ベルデンニコフは得意げにいった。「われわれは|見えない外皮《インヴイジブル・インベストメント》と呼んでる。耐熱性のグラスファイバーで、柔軟性がある。幅二・六七メートルの翼にもぴったりフィットし、その稼動を妨げない」
美由紀はベルデンニコフに皮肉をこめて告げた。「ロケットブースターを切り離したとき、後部の噴射口付近が焦げなければいいんだけど」
「心配はいらんよ。飛行実験はすでに済んでいる。垂直発射管から発射して着水までに破損するフレキシブル・ペリスコープ繊維は、全体の二・六四パーセント以下だった。そのていどでは飛行中の物体として視認できる状態にはならん」
「おい」ユベールが目を丸くしていった。「待てよ。僕たちは、これが見えるかどうかのテストに連れてこられたってのか? ただそれだけのためにかい?」
「そうとも」ベルデンニコフはうなずいた。「莫大《ばくだい》な巨費を投じてようやくインヴィジブル・インベストメントは完成した。これにトマホークや発射用設備を加えてセットで納品するわけだが、私のクライアントは慎重でね。あらゆる条件が整っても、まだ不測の事態が起きるんじゃないかと神経を尖《とが》らせている。巨額の経費だけに支払いを渋る気もわからないではない。私としては、報酬を得るためにクライアントを納得させるだけの保証になるデータを揃える必要があった」
「ふうん」美由紀は腕組みをした。「超能力者にはこれが見えるんじゃないかって、そこまで心配したわけね」
「その通りだ。レーダーに熱探知、目視、あらゆる方法で見えないと立証されても、常人の力を超える人間にとってはどうなのか、そこまで確かめたいというんだな。クライアントは超常現象を信じてるわけではなさそうだし、私も同様だ。それでも、たとえば五感が異常に発達しているとか、直観力や分析力に秀でているとか、そういう人間は存在する可能性もある。そこでクライアントと証明の方法を話し合った。それが、ここでの試みだ。現在は無人島となったこの島に監視設備を導入したうえで、世界じゅうから透視力を持つといわれる人間を集める。合計、七十九人だった」
「で、この鐘塔に物体を置いて、峡谷ごしに何人気づくかをテストしたわけね。それも、被験者らの心理状態を変化させることによって、どのような状態のときに気づく可能性があるかも確かめようとした。第一章ではとりあえず、優美な風景のなかでリラクゼーションを味わっている状況下で、なにも知らされずにいる状態。第二章は電話で故郷の知人と会話させてさらなる安堵《あんど》を与え、第三章では逆に追われる者の緊張と恐怖を味わわせた。その後も、財宝探しという目的を与えることで探査意欲を与えたり、絵を描くという名目で窓ごしに見える教会の風景をじっくりと観察させたりした」
「そう。きみの場合はようやくその段階で気づきおおせたということだな。しかし、それでもたいしたものだよ。第四章で絵にこの物体を描くことができた者はほかにいない。どうやって見定めた?」
「認知的不協和よ」
「なに?」
「受動的に注意集中することで、視覚の常識にそぐわない違和感を感じとることができる。空という普遍的な空間に生じたわずかな歪《ひず》みは、そういう心理作用で察知できるの。必要なのはリラクゼーションを保つことと、心理学の知識、それから視力の良さぐらいのものね」
「なるほど……認知的不協和。ロシア大使館員の伝言で知ったよ。御船千鶴子が海底炭坑を発見したのと同じ技能ということだな。日本の千里眼の女、か。私の目に狂いはなかった。しかもこれがトマホーク用のカバーであることまで見抜くとは……」
「そうでもないわ。わたし、事前に多少の情報を得ていたのよ。前の職場がらみでね」
「ほう」ベルデンニコフの目が険しくなった。「……そうだったか。防衛省はもう、噂を聞きつけていたか」
「だから、ほんとの合格者はふたりだけってことかしら」
「そういうことになるな。透視能力で名高い七十九人中、たったのふたりだ。これならクライアントも納得するだろう」
「少なくともわたしを含めて三人は、今後飛んできたミサイルが見える可能性があるってことね」
「たしかに。ゆえに、その危惧《きぐ》は払拭《ふつしよく》せねばならん」
風が鐘塔のなかを吹き抜けた。
日没とともに、気温が急速に下がる。肌に感じる冷たさが辺りを包んだ。
ラドックが震える声でいった。「待ってくれ。危惧を払拭だと……。私はなにも見ていない。どこへ行こうと、ここでの出来事を公言する気はない」
しかし、ベルデンニコフは冷ややかにラドックを見据えた。「いまさらどうにもならんよ。あなたは事実を看破したからこそ、ここにいる。否定はできんはずだ」
「待て。違うんだ。私は……気づいてなんかいなかった。カネを払ったんだ。いつもそうしてきた。ここでも、運営側の人間にカネを渡して……紹介してもらったんだよ、そこにいるウェルダンってのを」
ウェルダンの顔が硬直した。ベルデンニコフがウェルダンをにらみつけた。
「でたらめだ」ウェルダンはあわてたようすでわめいた。「俺は……こんな奴とは、顔を合わせてません。言いつけどおり、出歩くときにはマスクを被《かぶ》ってたし……」
「ああ」ラドックはまくしたてた。「たしかに鶏のマスクで顔を隠してたな。だが店の従業員の紹介で、おまえは俺に会ってくれたじゃないか。合格すれば報奨金が出ると言ってたくせに。よくも騙《だま》したな」
「誤解です!」ウェルダンはベルデンニコフに泣きついた。「あいつはいんちき超能力者です。信じないでください」
ベルデンニコフは冷静にいった。「そのようだな」
ウェルダンは凍りついたように押し黙り、ベルデンニコフの顔を見あげた。
しばらく無言で立ちつくしていたベルデンニコフが、指をぱちんと鳴らした。
ボブロフが進みでて、ウェルダンの喉《のど》もとを絞めあげた。ウェルダンはじたばたと抵抗したが、ボブロフはその身体を難なく持ちあげて、そのままラドックのほうに向かっていく。
「やめろ。やめてくれ!」ラドックは逃げ惑ったが、すぐにボブロフのもうひとつの手の餌食《えじき》になった。
ふたりの男を絞めあげ、両腕で高々と掲げながら、ボブロフは鐘塔の縁《へり》に向かっていった。
脅しではない、本気だ。美由紀はあわててボブロフに駆け寄った。「やめて!」
だが間に合わなかった。ボブロフは両手を突き放した。ふたりは悲鳴とともに、地上へ落下していった。
ユベールが衝撃を受けたようすで頭を抱えた。「なんてこった……」
美由紀は呆然《ぼうぜん》と、眼下を見おろした。ふたりははるか遠くの地上の石畳に叩《たた》きつけられ、ぴくりとも動かなくなった。
ひどいことを……。
あのふたりが告白したことは真実だった。表情を見ればわかる。ラドックはウェルダンを買収して、解答を得ただけだったのだろう。
積み重ねてきた嘘に対する最後の告白は、彼らにとって功を奏さなかった。教会での罪の告白だというのに、神に受けいれられなかった。
だしぬけに、ボブロフの手が美由紀の髪をつかんだ。激しい痛みとともに、美由紀は後方へと引っ張られ、その場に背中から倒れこんだ。
痺《しび》れるような苦痛が全身を駆けめぐる。それを堪《こら》えながら起きあがろうとしたとき、ベルデンニコフが近づいてきて見おろした。
「さてと。千里眼」ベルデンニコフは低くいった。「彼同様、きみも生かして帰すわけにはいかんな。解答がフェアだったかどうかに関わらず、きみは合格者なのでね。合格者とはすなわち、存在してはならない人間のことなんだよ」