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千里眼53

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:ガス室 ゲームの進行中に憲兵隊を務めていたのは、ベルデンニコフ一家のマフィアたちのようだった。いまは黒スーツに着替えて、
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ガス室

 ゲームの進行中に憲兵隊を務めていたのは、ベルデンニコフ一家のマフィアたちのようだった。いまは黒スーツに着替えて、それぞれの手にオートマチック式の拳銃《けんじゆう》をぶら下げている。
十数人のマフィアらに威嚇されながら、美由紀はユベールとともに教会から銀いろのドームへとつづく道を歩かされた。
クルマの通行が可能らしく、舗装してある。ジープやトラックも何台か見かけた。この辺りは、あのゲーム用の街に物資を運ぶためのバックヤードでもあったのだろう。
森林のなかにそびえるドームは直径百メートルほどもある巨大なもので、一見プラネタリウムの施設にも思える。建物の入り口をくぐったとき、美由紀は息を呑《の》んだ。
ドームに見えたのは手前の半円だけで、向こう側は大きく刳《く》り貫《ぬ》かれている。内部はそこかしこにヘリやセスナ機、輸送機が点在する格納庫だった。丸天井の埋め込み式の照明が、それぞれの機体を照らしだしている。
滑走路ははるか彼方《かなた》へと伸び、その向こうには海がひろがっているのがわかる。
設備そのものは、それほど新しくはない。ベルデンニコフ一家の建設によるものではなく、以前にソビエト政府によって建造されたものだろう。
美由紀はきいた。「勝手に政府所有の島を占拠したんじゃ、立場がまずくならない?」
ベルデンニコフは表情ひとつ変えなかった。「買い取ったんだよ。ソビエト時代と違って、いまの政府は財政難からあらゆるものを放出してくれる。核弾頭でさえ、英国車のベントレーより安い値段で取り引きされてる」
「トマホークに搭載可能な小型軽量の核弾頭となると、そう安くもないでしょ。巡航ミサイルならロシア製のAS15あたりを使えばいいのに。なんでトマホークなの?」
「詳しいな。拝金主義に腐敗しきった軍部といえど、さすがに防衛に不可欠な最新兵器は手放す気はないらしくてね。その点、西欧諸国の資本主義経済のほうが自由な取り引きができる。軍需産業が商品を出品する武器マーケットが公明正大に開かれているぐらいだからな。トマホーク一発なら、奮発して新品を購入したほうが早いよ」
「一発って? 日本以外の工業国の株を買い占めたのもあなたたちでしょ? たった一発じゃ日本の製造業を壊滅させることはできないんじゃなくて?」
「ところがな。そうでもないんだ」ベルデンニコフはまた指を鳴らした。「百発百中ではなく一発必中。それが現代のビジネスってものだよ」
格納庫内に存在する立方体のコンクリート製の建造物に、マフィアの何人かが駆けていく。鍵《かぎ》を開錠し、分厚いドアを押し開ける。
「入れ」とボブロフが命じた。
四方から銃口が狙いすます状態では、どうしようもない。
美由紀は先に立ってドアのなかに入った。
そこは事務机がひとつだけ置いてある殺風景な部屋で、奥には全面ガラス張りのもうひとつの部屋がある。
その扉は側面にあった。スクリュー式のロックがついた密閉式の扉だ。
室内を眺めているあいだに、ユベールもなかに連れこまれてきた。後方でかちゃんと音がする。
振りかえると、壁の収納棚に無数の鍵がぶらさがっているのがわかった。マフィアのひとりが、いま入ってきたドアの鍵をそこに掛けたらしい。
気づくのが遅れた。美由紀は自分の失策を呪った。
どの鍵だったのかをしっかり見定めておく必要があったのに、これでは脱出を試みる際に途方もない時間がかかってしまう。
と、美由紀はユベールのそわそわした態度に気づいた。
ユベールも美由紀を見かえした。ついさっきまでなかった感情がそこにある。秘めごとがある人間に特有の、緊張したまなざし。
鍵が戻された位置を見たのか。それを周囲に悟られまいとしている、そうに違いない。忘れないでいてほしい。重要な記憶だ。
「さて」ベルデンニコフが告げてきた。「このガラスの部屋に入ってもらう。多少窮屈だが、ふたりならだいじょうぶだろう」
「なんの部屋なの?」
「スターリン時代の置き土産。ガス室だな。この島はウラジオストック南方海域にあるが、日本の領海もすぐ近く、目と鼻の先でね。冷戦時代には在日米軍とにらみ合う前線基地のひとつだった。あの古きよき時代、軍事施設に粛清のための設備は不可欠だった」
「ナチと同じね」
「そのナチと同盟関係にあったのはきみの祖国だろう、岬美由紀。ナチス・ドイツに虐げられていたフランスの若者と一緒に天に召されるとは運命の皮肉だな」
「待てよ」ユベールが顔を真っ青にしてまくしたてた。「僕はなにも知っちゃいない。トマホークとか、核弾頭とか、なんのことかさっぱりだ」
「だがいまは知る身になっているわけだ。消えてもらわねばならん。クライアントは神経質なのでね」
「いやだ!」ユベールは逃げだそうとした。「冗談じゃない。外に出してくれ!」
だが、巨漢のボブロフがユベールの胸ぐらをわしづかみにして、洗濯物でも投げこむかのように扉のなかに放りこんだ。
ボブロフは美由紀に向き直り、両手を突きだしてきた。
「入るわよ」美由紀は告げて、さっさとガラスの部屋に足を踏みいれた。
ベルデンニコフがボブロフにいう。「ここに残れ。私たちは先に輸送機で飛ぶ。いつもどおり、撮影をしておけ。あとで楽しみたいからな」
「やめてくれ」ユベールはすがるように扉へと這《は》っていったが、間に合わなかった。ボブロフはその分厚い扉を閉じた。
スクリュー式ロックのハンドルが回され、扉は密閉状態に近づいていく。
だが、まだ外の声が漏れ聞こえる。
マフィアのひとりがベルデンニコフに駆け寄って話しかけた。真珠湾[#「真珠湾」に傍点]の垂直発射装置は予定より早く工事を完了できるようです。
美由紀はガラス越しに、その報告をした男の顔を見た。緊張や警戒のいろは感じられない。嘘をついているとは考えにくい。
そのとき、ユベールが床にうずくまって泣きだした。
「どうしてだよ」ユベールは肩を震わせていた。「僕、リヨンのちっぽけな会社に勤務してた、ただのしがない配管工だよ。探しものの達人だなんて言われて、地元のローカルテレビの取材を受けたりするうちに、話がでっかくなっちゃって、超能力かもなんて騒がれて……。そりゃ、人気者になるのは悪くなかったから否定しなかったけど、ほんとはただ勘が鋭かっただけなんだよ。それがこんなとこに連れてこられて……」
「落ち着いて」美由紀はユベールの近くにひざまずいた。「勘が鋭かった、って?」
「ああ……。散らかってる事務所で、上司がなくしたって騒いでた物を瞬間的に見つけたのが始まりでね。ふしぎと、目に飛びこんでくるんだよ。地図でも探している地名とか、顧客名簿のなかの名前とか、すぐ見つけられるんだ。同僚は気味悪がって、超能力かなんて言いだしてたけど、そんなことはない。僕はふつうの人間だよ」
「ユベール……。ねえ、わたしにはわかるわ。あなたの言うとおりよ。誰でも持っている選択的注意っていう心理作用が、あなたの場合は他人より強く働く。その特性があるだけなのよ」
「……選択的注意?」
「ええ。だから、わたしはあなたを超能力者だなんて見なしてないわ」
「きみは、どうなんだい? 千里眼だなんて呼ばれてたけど……」
美由紀は首を横に振った。「あいにく、わたしもただの人間なの」
「おしまいだ」ユベールは両手で顔を覆った。「もう絶望だ。生きてここを出ることはない」
「諦《あきら》めないで。まだ希望はあるわ。ユベール、さっき外側のドアの鍵、どこに戻されたか見たでしょ?」
「見たけど……このガラス部屋の扉が開かないことには、意味ないじゃないか」
「そんなことはない。情報はあればあるほどいいの。教えて」
「……あの収納棚に架かってる鍵の右から二列め、下から四つめ」
確認しようと美由紀は顔をあげた。
そのとき、ガラス越しにボブロフの姿が目に入った。ボブロフはにやつきながら、ガラスの前に三脚を立て、HDDカメラを据えている。
ユベールがつぶやいた。「なにしてるんだろ?」
「わたしたちが死ぬさまを録画するつもりでしょ」
「なんだって!? そんなの撮ってどうするつもりだい」
クライアントに観せるのだろう。見えないものを見ることができた合格者たちを一掃した、その証拠の品を作りたがっているに違いない。
ボブロフは壁に向かい、スイッチを入れた。
美由紀の頭上から、シューという気体の噴出する音が聞こえてくる。
見あげると、高い天井の通気口から、怪しげな白い煙が吹きこんでくる。
「息を吸わないで」美由紀はユベールにいった。
「え……」天井を仰ぎ見たユベールが、ふいにごほごほとむせだした。喉《のど》をかきむしり、床を転げまわった。
呼吸しなくても、わずかずつでも吸引してしまっているのか、美由紀も胸に締めつけるような激痛を覚えた。嘔吐《おうと》感とともに全身が痺《しび》れだす。力が入らなくなり、その場に突っ伏しそうになった。
目に痛みを感じ、涙がにじみでてくる。どんな種類の毒ガスかはわからないが、即効性がある。意識も遠のきだしている。ガラスを叩《たた》いたが、びくともしない。特殊強化ガラスに違いなかった。
ガラスの向こうで、ボブロフが満面の笑いを浮かべているのが見える。
憤りが美由紀のなかにこみあげた。こんなところで惨めな死に様をさらす気などない。
ポケットをまさぐり、厳島咲子から奪いとった宝石類を床にぶちまける。そのなかから、白く輝くダイヤモンドを選んで、ガラスにこすりつける。
だが、それはガラスに傷ひとつつけるどころか、反対に宝石のほうが砕けてしまい、粉末状になってこぼれ落ちた。
ニセモノか。せこい占い師だ。別のダイヤをとって再度試みる。またもや、削られたのは宝石のほうだった。
不審な動きに気づいたらしく、ボブロフの顔から笑いが消えた。拳銃《けんじゆう》をかまえてこちらに近づいてくる。
まだ発砲できるはずがない。そうなればガラスが割れて、こちらの脱出の助けになってしまう。飛びだした瞬間が勝負だ。
ようやく本物のダイヤの指輪を見つけた。ガラスに大きくX印を書く。さすがに自然界で最強の硬度を誇る鉱物。ガラスには深い傷が刻みこまれた。それから二重丸を描く。衝撃が放射状に走ったとき、砕けやすくするためだ。
美由紀は起きあがり、反対側の壁にまで後退してから、全力疾走でガラスに体当たりした。
けたたましい音とともに、弾《はじ》けるようにガラスが割れた。
破片が降り注ぐなか、銃を身構えたボブロフに突進して、下から巻きこむようにその腕をつかむ。捻《ひね》りあげて銃口を天井に逸《そ》らさせた。銃声が一発|轟《とどろ》いた。だが、弾丸は天井に命中し、コンクリートの欠片《かけら》を降らせただけだった。
ボブロフは猛然と反撃にでてきた。美由紀を身体ごとつかみあげると、壁に投げた。背中に衝撃が走り、それから痛みを感じる。美由紀は床につんのめった。
そのとき、同時に床の上に散らばるものがあった。無数の鍵《かぎ》だ。収納棚に背を打ちつけてしまったらしい。
体勢を立て直すのが遅れた、そう悟ったが、ボブロフが近づいてくる気配はなかった。
顔をあげると、ボブロフは両手で胸部を押さえて咳《せ》きこんでいた。
ガスを吸いこんだらしい。こちらの息も長くは保《も》たない。美由紀は飛び起きてボブロフに駆けていった。
勢いにまかせて身体をひねり、敵に背を向けた状態から後ろ足を跳ねあげ後旋腿《こうせんたい》のまわし蹴《げ》りを放った。踵《かかと》に衝撃が走る。ボブロフはもんどりうって床に崩れ落ち、うつ伏せたままぴくりとも動かなくなった。
ガラスの壁面にあいた大穴から、ユベールがむせながら這いだしてきた。
美由紀は駆け寄ってユベールを助け起こし、ガス室からできるだけ引き離した。
そこには、次なる問題が待ち受けていた。床に散乱した無数の鍵。
だがよくみると、その種類はまちまちで、形状も大きさもそれぞれに異なっている。
「ユベール」美由紀はいった。「悪いんだけど……どの鍵かわかる?」
苦しそうに咳きこみながらユベールは首を横に振った。「無理だよ……。こんなにしちゃって。もうだめだ」
「そんなことはないの。あなたはいちどその鍵を見てる。選択的注意が得意なはずでしょ。よく見て」
「だから……わかんないって……」
「お願い。本来なら深呼吸してリラックスしてほしいけど、いまの状態じゃ不可能だわ。だから、せめて心だけ落ち着けて。これらの鍵を眺め渡すの。受け身の状態で注意集中するって難しいことだけど、あなたはそれができたはず。目の焦点だけははっきりと合わせて、臆測《おくそく》は働かせずに、漠然と眺めるのよ。やってみて」
ユベールは困惑したようすだったが、やがて咳《せき》をこらえるように目を固くつむってから、ゆっくりと開眼した。鍵の散らばった床の隅々を眺めまわす。
その手が床に伸びた。
真鍮《しんちゆう》製の鍵をユベールの指がつかみとった。「これだ」
限界が近づいている。再度試してみたところで、ユベールの集中力はつづかない。わたしのほうも、立ちあがる体力さえ残されていないありさまだ。
美由紀は転がるようにドアに近づいて、鍵穴に鍵を差しこんだ。
回らない。と思えたのは一瞬のことで、ガチャンという音とともに鍵は半回転した。ノブを引くと、扉は開いた。
「ユベール。しっかり」美由紀はフランス人青年の腕をとり、肩にかけて抱き起こした。そのまま前のめりになって、ドアの外に駆けだした。
薄暗い格納庫につんのめって、うつぶせに這《は》った。
潮の香りが心地よい。苦しげな呼吸音が自分のものだと気づいた。まだ痛みの残る肺に少しずつ酸素を送りこんでいく。
視線をあげてみると、格納庫には誰もいなかった。
輸送機がなくなっている。ベルデンニコフ一家はすでに退散したらしい。
香苗や、ほかの囚《とら》われた人々は無事に帰還しただろうか。いかにロシアン・マフィアでも、重要な作戦を前にして大規模な殺生をおこなうとは考えにくい。当局の監視の目が厳しくなるからだ。
いずれにしても、まだ島に残っている人間がいるかどうか、空から確かめるのがいちばん早い。
セスナ機が滑走路に引きだされている。セスナ172Nだった。
残ったボブロフのために用意されていた機体だろう。少なくともロシア領土内に戻るだけの燃料は積んであるということだ。
ウラジオストック南方海域なら、二等空尉だったころによく飛んだ。潮の流れを見ただけで、どのあたりの上空かほぼ把握できる。
ここからまっすぐに南下すれば日本列島に辿《たど》り着く。
「歩ける?」美由紀はユベールに声をかけた。「あのセスナに乗っていくわよ」
ユベールはきょとんとしていった。「賛成だけど……誰が操縦するんだい?」
「わたしよ」と美由紀はいった。「人の感情を読むよりずっと、そっちのほうが得意なの」
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