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千里眼56

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:カウンセラー 香苗は父親の住むマンションの名を、カーサ小山台といっていた。同名のマンションを、美由紀はカーナビの探索で見
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カウンセラー

 香苗は父親の住むマンションの名を、カーサ小山台といっていた。
同名のマンションを、美由紀はカーナビの探索で見つけた。商店街からかなり離れた、住宅地の奥深くに位置している。
クルマをそのマンションの脇に停めて、美由紀は外に降り立った。
まだ日は暮れたばかりだが、辺りは静寂に包まれている。人通りもなければ、往来するクルマもほとんど見かけない。
美由紀は由愛香とともに、マンションのエントランスに歩み寄っていった。
マンションは三階建てで、築二十年ぐらいは経っていそうだった。単身者向けではなく、ファミリータイプらしい。それぞれのフロアに六つずつ部屋があるようだ。
古い建物のせいかエントランスにオートロックはなかった。郵便受けを見ると、306に水落雄一という表札があった。
香苗の父だろう。
父はずっとここで独り暮らしをしている、香苗はそう告げていた。香苗が幼少のころ、部屋のなかで暴行を受けたという。少なくとも彼女は、それをはっきり記憶していると主張していた。
階段を三階まで上り、いちばん奥にある306号室の前に立った。
呼び鈴を押してほどなく、鍵《かぎ》が開く音がして、扉はそろそろと開いた。
年齢は五十代から六十歳ぐらい、見た目は温厚そうな男性が顔をのぞかせた。
ワイシャツの喉《のど》もとのボタンをはずし、ほどいたネクタイが首からぶらさがっている。勤務先から帰ったばかりなのかもしれない。
美由紀はきいた。「水落雄一さん、ですか?」
「そうですが」水落は控えめな口調でいった。「どちらさまでしょうか?」
「わたし、香苗さんから相談を受けた臨床心理士で、岬……」
「ああ……。娘のことかね。悪いんだが、もう一緒に住んではいないんだ」
「お会いになってもいないんでしょうか?」
「いや。会ったよ。……ついさっきのことだが」
「さっき? 香苗さんはここに訪ねてきたんですか?」
水落は疲れきったかのようにため息をつき、扉を閉めにかかった。「すまないが、家庭内のことなので……」
だが、美由紀はとっさに扉をつかんでいった。「そうはいきません。香苗さんの精神状態が著しく不安定になることがあって、彼女がそれに苦しんでいることはご承知でしょう? わたしは彼女の苦悩を和らげてあげたいんです」
そのとき、水落の顔にかすかな憤りのいろが浮かんだ。「だからといって、娘の戯言《ざれごと》を鵜呑《うの》みにした人間と話さなきゃならない道理はないはずだ」
「戯言……?」
「いいかね。私は妻とも離婚したし、香苗にとってよい父親だったとは思っていない。だが、わが子に対する愛情だけは揺らいだことがない。私は香苗に手をあげたことさえないんだ。ましてや……」
「暴行なんて身に覚えがない、そうおっしゃるんですね」
「……信じようと信じまいと自由だ。きみは警察じゃないんだろ? 家のなかのことに口出しせんでもらいたい」
「警察が来たら捜査には応じるってことですか?」
「いや」
「どうしてですか。潔白を証明されたほうが、あなたのためでもあるでしょう?」
「きみ。……警察がもし動くことになったら、それは娘の証言を真に受けてのことだろう。きみも香苗には会っただろうが、私に暴行されたと信じてる。……さっきもここで泣きわめいてたよ。ここに来てみて、はっきり思いだしたとか、そんなことを言ってた。間違いなくこの部屋で暴行を受けた、お父さんに乱暴された、とね。香苗がそう言っているんだ、私がなにを主張しようが、無駄ってもんだろう……」
「……香苗さんはその後、どこへ?」
「カウンセラーに相談に行くとか言ってたよ。きみのところじゃないのかね」
「いえ。わたしのところには連絡もないですし」
「そうかね。厳島……とか言ってたかな。とにかく、その人のカウンセリングを受けて、トラウマを思いだしたそうだ」
「……水落さん。あなたは、香苗さんが誰かに暴行されたことがあったかどうか、記憶してますか?」
「あるとも。四歳のころだったと思う……。妻のほうの家に帰ってきた香苗は、ひどい混乱状態に陥っていて、怯《おび》えきっていたそうだ。すでに妻と私は離婚していたが、そのときだけは呼ばれて、駆けつけたよ。香苗の身体のあちこちに、傷ができていた」
「警察に届けは……」
「出すべきだったかもしれないが、妻と相談して、秘密にすることにした……。娘の将来を考えると、表沙汰《おもてざた》にしたくなかったし、娘もいずれ忘れてくれるだろうと思ってた。だが、違ったんだな。娘はそれを引きずってた。しかも私に暴行されたと思いこんでいる。表面上は安定を取り戻したように見えたのに、心の奥底ではそうではなかったってことだろう」
「その話を、香苗さんになさいましたか?」
「言ったとも。さっき娘が抗議して怒鳴りこんできたときにね。でも娘は聞く耳を持たなかった。私のことを、死ぬまで恨むと言っていたよ。……死ぬまで恨む、か。嫌われたもんだ」
視線を落とし、黙りこくった水落雄一の顔を、美由紀はしばし見つめていた。
「水落さん」と美由紀はいった。「わたしには、あなたが嘘をついていないとわかっていますから」
妙な顔をして水落は見かえしてきた。「なぜ?」
「理由はともかく、わたしにはわかるんです。今晩はここにいてください。真実は、わたしが証明します」
美由紀はそれだけいうと、頭をさげて水落に背を向けた。
廊下を足ばやに歩く美由紀を、由愛香は追ってきた。「どういうことよ。さっきの人は、香苗さんって子の父親で、暴行魔ってこと?」
「ちがう。あの人じゃないわ。表情を見ればわかる。あの人は、嘘をついていない」
「でも香苗さんは、そういう事実があったと記憶してるんでしょ?」
「ねえ由愛香。あなたのお店って有名人とか、芸能人のお客さんも多いんでしょ? 厳島咲子がどこに住んでいるか知らない?」
「スピリチュアル・カウンセラーの厳島咲子? まあ、うちの店はああいう胡散臭《うさんくさ》いのはあまり来ないけど、たしか白金台《しろかねだい》にお店を持ってる友人が親しいって言ってたわ。たぶん住所も、その友人に聞けばわかると思う」
「いますぐ知りたいんだけど……」
「いいわ。まかせて」由愛香は歩きながら、携帯電話を操作しはじめた。
美由紀は階段を駆け降りた。二階の踊り場で、近くの部屋からテレビの音が漏れ聞こえてくる。野球中継らしい。実況アナウンサーが告げていた。東京ドームからお送りしております、巨人・中日戦。三回表の中日の攻撃は……。
それぞれの家に、それぞれの暮らしがある。人生がある。日本全土を震撼《しんかん》させる危機も、家族の絆《きずな》が崩壊する危険も、当事者にとっては等しく絶望的な窮地にほかならない。わたしはどちらも無視できない。いずれの事態も解決する。そうでなくては、他人の感情が読めるという特殊な技能を持つに至ったわたしが、この世に存在する意義はない。
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