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千里眼65

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:バラード ついにこの日が来た。岬美由紀は高鳴る胸を抑えながら、代々木体育館のS席におさまった。位置は中央寄りでステージも
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バラード

 ついにこの日が来た。
岬美由紀は高鳴る胸を抑えながら、代々木体育館のS席におさまった。位置は中央寄りでステージも近い。ほぼベストポジションだ。
午後六時半の開演まで、あと十五分。もう座席はほとんど埋まっている。
ステージはまだ暗いが、人工の霧が漂う場内にはスポットライトの光線が交差し、幻想的なシンセサイザーのBGMも徐々に高鳴っていく。
もう間もなく、夢にまで見たセブン・エレメンツのステージを体験できる。
藍がはしゃいだ声をあげた。「すごい! こんなに近いなんて」
「ラッキーよね」由愛香も満面の笑みだった。「台風で流れたチケットの振り替えが東京、しかもこんなにいい席だなんて!」
「やっぱわたしの日ごろのおこないがいいからでしょ」
「ちがうよ。美由紀がお偉いさんのコネ使ってくれたおかげ。そうでしょ?」
「え……」美由紀は言葉に詰まった。「さあ、ね。振り替えの手配したのはわたしだけど……。いいじゃない、べつに」
静岡のコンサート中止から一か月が過ぎていた。
美由紀はまたも防衛省に呼びだされて、いつものごとく会議室で絞られたが、今度ばかりは広門空将の説教もあっさりとしたものだった。
教官として臨時復帰していただけの美由紀はクビを申し渡されることもなく、逆に二等空尉への正式な復職を求められるありさまだった。
総理も感激している、と広門空将は上機嫌で告げてきた。防衛省長官から直々に賞賛を受けて、私も鼻が高い、そうもいった。美由紀はしらけた気分で聞き流した。手柄は空将および防衛省の関係者のものにすればいい。
臨床心理士としての日常に復帰できれば、それがなによりの報酬だと心から思った。
だが、美由紀はひとつだけわがままを聞いてもらっても、ばちは当たらないだろうとも感じた。セブン・エレメンツの東京公演のチケットが三枚欲しいと告げたところ、翌日には書留で郵送されてきた。ご丁寧に、防衛省の封筒だった。政府関係者の招待枠を分けてくれたらしい。
「来月新曲出るって」由愛香は入場の際に渡されたチラシを眺めていった。「あとはコンサートDVDの案内と……ほかのチラシはスポンサーの宣伝ばかりだね。いらないね」
差しだされたチラシを、美由紀は苦笑しながら受けとった。その文面をちらと見たとき、注意が喚起された。
|ジャパン・エア・インターナショナル(JAI)の国際線、アジアの新しい航路についての宣伝だった。日付はきょうだ。今夜から第一便が就航するらしい。
その行き先を見たとき、かすかな感触が美由紀のなかに走った。
「香苗さん……」と美由紀はつぶやいた。
「え? なに?」由愛香がきいた。「水落香苗さん? 彼女がその後、どうかした?」
「いいえ。認知療法ですっかりよくなって、最近は連絡も来ないけど……」
「なら、心配することないじゃない」
それはそうだ。しかし、彼女は近いうち四川省にいる母のもとに帰るといっていた。それも、可能な限り早く旅立つという。
場内が暗転した。ステージが白く浮かびあがる。
観客がいっせいに沸いて、立ちあがった。まだアーティストは姿を見せていないが、黄色い声援があちこちから飛んでいる。
「ごめん」美由紀は由愛香に告げた。「行かなきゃ」
「は? なによ。いまからってときに……」
「わたしのぶんまで楽しんで。じゃ、後で電話するね」
後ろ髪をひかれるという言葉の意味を、これほど痛感したことはかつてない。
それでも、じっとしてはいられなかった。コンサートはまた観られる。人の心の支えになるチャンスは、決してやり直しのきくものではない。
 湾岸線にクルマを飛ばし、成田空港の国際線ターミナルに着いたとき、八時発の中国・康定空港行きの便はすでに搭乗手続きを開始していた。
美由紀は混雑するロビーの人混みを抜けて、出発ロビー前の手荷物検査に並んでいる香苗の姿に目をとめた。
「香苗さん」美由紀は声をかけて近づいていった。
こちらに目を向けたのは、香苗と父親の水落雄一だった。ふたりとも驚いた顔をしている。香苗は、父を列に残して、美由紀のほうに走ってきた。
「どうしたの、美由紀さん」香苗は目を丸くしていた。「よくこの便だってわかったね」
「四川省康定市に新しい民間空港ができて、JAIの成田からの直行便が今夜から就航するって知ったから……。できるだけ早く旅立ちたいって言ってたでしょ。第一便に乗るにちがいないって、そう思ったの」
香苗は微笑した。「あいかわらず、なんでもお見通しね、美由紀さん……。でもきょうはたしか、コンサート観にいってるはずじゃなかった?」
「ああ、あれ? べつにいいのよ。……そっか。そういえば以前に電話で、きょうの予定を尋ねてたね」
「うん。美由紀さんの邪魔しちゃ悪いなと思って……」
「黙って日本を去ろうとしたの? そんな気遣いしないで。なにがあっても駆けつけるから。友達なんだし」
「ありがとう、美由紀さん。わたし、美由紀さんのおかげですっかり元気になれた。それだけじゃないの。大事なことも、たくさん教わったし」
「そう? どんなこと?」
「勇気とか、人を信じることとか……。数えあげればきりがないけど、なにより重要だったのは、自分が愛情を持たないかぎり、相手の愛情には気づきえないってこと……。まずこちらから信頼してこそ、相手の信頼を感じとることができるってことかな」
「それ、お父さんとのこと?」
「そう。それに、お母さんとのことでもあるの……。お父さんは一緒に中国に行こうって言ってくれた。向こうで暮らそうって……。夢みたい。心から望んでいたのに、叶《かな》わない夢だなって諦《あきら》めてたのに」
「よかったね、香苗さん。困ったことがあったら、いつでも連絡してきてね。どこへでも飛んでくから」
香苗はふっと笑った。「飛んでく……って、無茶だけはしないでね、美由紀さん。ちゃんと旅客機で来てね」
「もちろんそのつもりだけど」美由紀は笑いかえした。「でも友達のことだから、場合によってはまた規則を無視しちゃうかも」
「美由紀さん……」
「冗談だってば。じゃあ、香苗さん。気をつけてね。よい旅を」
「本当にありがとう、美由紀さん。あなたに会えてよかった。またね」
笑顔で手を振って、香苗は走り去っていく。父と合流し、微笑を交わしあう。水落雄一も、美由紀に会釈してきた。
美由紀が軽く頭をさげたとき、列が動きだした。香苗は父と手をつないで、ゲートへと進んでいく。
いつか見た夢が、ふたたびぼんやりと美由紀の目の前に浮かんだ。
幼少のころの美由紀には、両親の背はとても高く思えた。手を伸ばすと、父は笑顔でその手を握ってくれた。両親と手をつないだ。父が右手、母が左手。
香苗の姿が見えなくなると、美由紀は振りかえって歩きだした。観ることができなかったコンサート、おそらくいまごろはわたしの大好きなバラードを演奏していることだろう。
そのメロディを口ずさみながら、美由紀は胸の奥に宿るほのかな温かさを感じていた。
わたしは独りではない。いつも両親とともにいる。
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