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千里眼68

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:フライト 午後一時すぎ。百里基地、格納庫前の特設ステージの脇で、美由紀は出番を待っていた。演壇の前に大勢の人が群がってい
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フライト

 午後一時すぎ。
百里基地、格納庫前の特設ステージの脇で、美由紀は出番を待っていた。
演壇の前に大勢の人が群がっている。広報は上機嫌で、マイクを通じて声を会場に響かせた。「今回、このお方をゲストとしてお迎えできるのは、私ども百里基地の各部隊の大きな誇りです。防衛大学校を首席卒業、幹部候補生学校でも極めて優秀な成績を残し、第七航空団第二〇四飛行隊で女性自衛官初の戦闘機パイロットとしてF15DJを操縦。その後除隊し、臨床心理士に転職されてからはこれまた著名な存在となり……」
近くにいた藍がささやいてきた。「女の人で史上初だったの? やっぱ美由紀さんって凄《すご》い人だったんだね」
「おおげさに言ってるだけよ。なんか、除隊ってさらりと言ってるけど、その前後は戦争みたいな騒ぎだったし。それにはいっさい触れてないし」
「へえ。騒ぎって? やめないでくれって偉い人たちから泣きつかれたとか?」
ぶらりと寄ってきた伊吹が小声で告げた。「逆だよ。自衛隊がめちゃめちゃになるから早く消えてくれって、満場一致で追いだした」
美由紀はむっとした。「ぶん殴られたいの?」
藍がまた目を見張る。「そんな言葉づかいすんの? 美由紀さん」
「こ、ここでだけよ……。ごめん、ちょっと昔の気分に戻っちゃって」
伊吹が愉快そうに笑ったとき、広報の声が響いた。「それではお迎えしましょう、岬美由紀元二等空尉です」
拍手が沸き起こる。美由紀はやや緊張しながら、演壇につづく短い階段をあがっていった。
見渡すと、百人以上の人々が集まっている。戦闘機に群がるマニアっぽい観衆とは違って、素朴そうな基地周辺の住民らがほとんどだった。
安堵《あんど》を覚えながら美由紀はいった。「みなさん、初めまして。早速ですが、この基地に離着陸する飛行機の操縦者たちについてご説明申しあげます。パイロットは、総じて動体視力について向上のための訓練を受けます。音速を超えて飛ぶジェット機の操縦|桿《かん》を握るとき、この動体視力は無くてはならない能力で……」
美由紀は言葉を切った。
視界の端に、気になる姿をとらえたからだった。
板村久蔵元三佐だ。こちらを見ることなく、聴衆の後ろを歩いていく。せかせかとした足どり。横顔はなぜかこわばっている。
それが不安のいろであることに美由紀は気づいた。ひどく動揺し、神経質になっている。どうしたというのだろう。現役時代にも温和な人格で知られていた彼が、あんなにぴりぴりした空気を漂わせているなんて。
「すみません、ちょっと失礼します」美由紀はマイクに告げて、演壇を降りた。
人々がざわつくなか、板村を追おうと歩を進める。すでにその姿は雑踏のなかに消えていた。
伊吹が追いかけてきた。「どうした、美由紀。もうスピーチ終わりか?」
「板村三佐がいたの」
「ああ……きみの元上官か」
「なにか思い詰めているようすで……」
「おいおい。だとしても、演説を放りだすことはないだろう」
たしかにそうだ。わたしはなにを気にかけているのだろう。
いや。無視はできない。板村はたしかに、穏やかならぬ心境にある。彼は現役を退き、基地はいま祝祭のなかにある。そんな状況で、なぜあれほどの緊張感に包まれていたのか。
そのとき、ふいにサイレンが鳴った。
緊急事態を告げる警報。ひさしぶりに聞いた。
「アップルジャック」スピーカーから基地じゅうに声が響き渡った。「繰り返す、アップルジャック。上級幹部は速やかに三波石《さんばせき》前に集合せよ」
美由紀は伊吹を見た。伊吹も美由紀を見つめかえした。
有事法制以降、米軍の警報をこの基地でも採用している。警戒警報の�レモンジュース�を上まわる緊急事態。防空警報に等しい切迫した危機を伝える報《しら》せだった。
すぐさま美由紀は駆けだした。意識せずともそうしている。伊吹と競うかのように、猛然と演壇のわきを駆け抜けた。
「どうしたっていうの、美由紀さん!」藍の声が背に届く。
だが、振り返る暇もなかった。この警報には無条件で身体を突き動かされる。ほかに優先すべきものなどなにもない。平和が破られる前触れにほかならないからだ。
 三波石は、第七航空団司令部庁舎の傍らにある青い色をした板状の岩だ。この基地の庭園造成時に設置された庭石で、以来記念碑のように扱われているらしい。
美由紀が伊吹とともに駆けつけたとき、すでに幹部自衛官らはその前に群がっていた。
漂う緊迫した空気に、心臓の鼓動が速くなる。美由紀は歩を緩め、慎重に近づいていった。
彼らが目をおとす地面を見たとき、美由紀は愕然《がくぜん》とした。
「これは……」と美由紀はつぶやいた。
伊吹も美由紀の横でいった。「とんでもないしろものだな。生きてんのか?」
「ええ」と補給本部の一等空尉がうなずいた。「見る限りでは稼働中です。タイマーによれば、あと七分少々で……」
全身に寒気が襲う。予想しえなかった事態だ。
段ボールの小箱に横たわった、直径十センチ、長さ四十センチ弱の円筒形の物体。アルミとチタンの合金を外郭とし、一部に透明プラスチックの窓がある。そこから点滅するLEDランプと、液晶のタイマー表示が覗《のぞ》ける構造だ。
写真は、防衛大の授業で何度も目にした。実物を見るのは初めてだ。
美由紀はささやく自分の声をきいた。「パキスタン製小型戦略核爆弾、ヒジュラX5……」
「なんてこった」伊吹がつぶやく。「非核三原則の国の自衛隊基地で拝むことになるとはな。止められないのか?」
「無理です」技術者らしき男の声は震えていた。「容器は溶接されていて、壊すことは不可能です。これが本物なら、七分後には基地は壊滅します」
基地だけではない。弾道ミサイルにも採用されているヒジュラX5の破壊力は一メガトン、TNT爆薬の百万トンに相当する。茨城県中部は一瞬の閃光《せんこう》とともに消滅し、死の灰は県全域に降り注ぐだろう。
一等空尉が早口にまくしたてた。「止められないのなら、どこか安全な場所に移動させるしかない。動かすこと自体は起爆に繋《つな》がらないのだから……」
伊吹がすかさずいった。「馬鹿いえ。七分でどこに運べるってんだ? 超音速機で飛んでも関東一円から抜けだせないぞ」
そのとおりだ。美由紀は激しく動揺していた。これはあまりにも唐突に襲った、揺らぎようのない確実な危機だ。運命はもはや定まっている。七分、それ以上の未来はない。
だが、最後まであきらめるべきではない。
めまぐるしく回転した思考が、正確なものであるという保証はどこにもない。たしかめている時間はなかった。美由紀はほとんど反射的に、ヒジュラX5の円筒形をつかみあげると、それを脇に抱え、走りだした。
「おい美由紀!」伊吹の驚いた声が響く。「なにをしようってんだ!?」
美由紀は答えなかった。核爆弾をラグビーボールのごとく抱えたまま突進した。庁舎の前に停めてある七五〇ccのバイクに、キーが刺しっぱなしになっているのを目にとらえる。すかさずそのバイクに飛び乗り、キーをひねってエンジンをかけた。
スロットルを全開にし、美由紀は片手でハンドルを操りながら庁舎前を駆け抜けた。狭い通路に飛びこみ、通行人をかわして、格納庫から滑走路方面へと猛然と走らせる。
航空祭の会場になっている滑走路全域は、恐ろしく混んでいた。エンジン音の接近を聞きつけた人々が左右に飛びのいて避ける。美由紀もハンドルを細かく切り、次々と障害物をかわしながら全速力で突き進んだ。
目当ての機体は、すぐ視界に入った。ミグ25。見物人は警備員によって後退させられている。デモンストレーション・フライトに備えているのだろう。
バイクを安全に停めている暇すらない。美由紀はわざと機体の下でバイクを横滑りに転倒させ、地面に転がった。
アスファルトにこすりつけられ、あちこち擦りむけたらしく痛みが走る。それを堪えながら、美由紀はヒジュラX5を保持して起きあがった。
ロシア人パイロットが妙な顔をした。「|どうしたんだ《フ・チヨム・ジエーラ》? |なにかあったのか《シトー・スルチーラス》?」
美由紀は答えなかった。観衆らが目をぱちくりさせているなかで、ミグの機体に駆け寄ると、下部の大気圏外遺灰発射装置に手を伸ばす。直径十七センチの水平発射管のバルブを外し、ヒジュラX5をおさめようとしたが、直径十センチの円筒では余裕がありすぎる。上着を脱いで、ヒジュラX5に巻きつけてボリュームを出す。それを発射管に押しこんだ。
「|ちょっと待て《ミヌータチクウ》」整備士が怒鳴る。「|なんでこんなことを《ドリヤ・チエヴオー》……」
「|ごめん《イズヴイニーチエ》」美由紀はロシア語でかえした。「|緊急のことなの《エータ・スローチナエ・ヂエーラ》。|もう行かなきゃ《ヤ・スイチヤース・ダルジユナ》」
すぐに美由紀はハシゴを昇りだした。コクピットのなかに身を躍らせる。F15よりも若干狭い。前部が操縦席の複座だった。珍しい改造型のようだ。その操縦席に身を沈める。
「|許可を得ているのか《エータ・ラズリシヤーエツア》!?」パイロットが激怒したようすでハシゴを昇ってくる。
ところがそのとき、ジープのエンジン音がした。近くに急停車したその車両から、伊吹が飛びだしてきた。
伊吹はロシア人パイロットの背をつかみ、ハシゴからひきずり降ろした。転倒したパイロットを尻目《しりめ》に、伊吹はハシゴを昇った。「悪いな。日露親善ってことであきらめてくれ」
美由紀はすでにエンジンマスタースイッチをオンにし、スロットルのエンジン接続スイッチを引いていた。甲高いキーンという音が辺りにこだまし、嵐のように風が吹き荒れる。人々が叫びをあげて逃げまどった。
後部座席に伊吹がおさまる。「あいかわらず無茶する女だ。あれ以上つきあわなくて正解だった」
エンジンの回転数を見極めながら、美由紀はいった。「なにしに来たの?」
「ミグに乗りたくってさ」
「邪魔しないでくれる? 射出するわよ」
「よせよ。慣れない戦闘機だ、ナビゲーターぐらい必要だろ」
たしかに計器類は読みづらい。配列も表示もいちいち異なる。燃料流量計、排気温度計。数値の基準もどれぐらいなのか、はっきりしたことはわからない。
「油圧ってどれだと思う?」美由紀はきいた。
肩越しに伊吹が告げてきた。「そのスロットルの横の赤い目盛りじゃねえか? じゃ、上を閉めるぞ」
「ええ」
キャノピーがガタンと音をたてて閉じられる。密閉状態になった。マイク内蔵の酸素マスクを装着して、ひと呼吸する。無線、高度計、姿勢指示器をセットし、レーダースコープをオンにした。表示はロシア語だった。
スロットルの点火ボタンを押し、エンジンに火をいれる。轟音《ごうおん》とともに、機体は前に滑りだした。速度は二十ノットといったところか。
まるで怪獣に襲われた町のように、航空祭の客が逃げ惑う。制止しようと手を振る自衛隊員もいるが、かまわず機体を前進させていくと、誰もが脇に飛びのいた。
「時間は?」と美由紀は伊吹にたずねた。
「あと五分三十秒ってとこだ。行こうぜ、打ち上げのカウントダウンは必要ないだろ」
「そうね」美由紀は、前方の滑走路が開けていることを確認した。「覚悟はできてる?」
「聞くまでもないだろ。おまえと運命を共にするなんてな。つくづく女運にゃ恵まれてねえよ」
「いまに始まったことじゃないでしょ」美由紀はエンジンに点火した。
発進時の轟音というより、それは爆発音に近かった。
推力と呼ぶよりも爆風に飛ばされる感覚に近い。F15がアフターバーナーの点火に伴って五段階に加速するのに対して、このミグ25の加速力は唐突かつ突然に発生するものだった。コントロールする間もなく、強制的に押しだされる自分がいる。たちまち前方に滑走路の終点が迫った。
「美由紀!」伊吹が怒鳴った。「ぐずぐずするな。操縦|桿《かん》を引け!」
F15とはなにもかも違う。操縦桿は固定されているかのように動かない。満身の力をこめてそれをぐいと引く。機首がいきなり上がり、視界に空が広がった。
身体が浮きあがる。しかしそれは、上昇という生易しいものではなかった。まさしくロケットの打ち上げにほかならない。昇降計によれば上昇ピッチは九十度に近いが、推進力はいささかも衰えなかった。重力に対し強引に抗《あらが》う推進力。発生するGもすさまじいものがあった。
伊吹の声が聞こえる。「さすがに利くねえ、こいつは」
あの伊吹が歯を食いしばっているのがわかる。わたしも限界ぎりぎりだと美由紀は思った。目の前に雲が迫ったと思った直後、青い稲妻とともに突き抜けた。まばゆい太陽を正面にとらえながら、ミグはなおも加速していく。
かつて経験したことのないGの圧迫感に苦しめられながらも、美由紀は正気を保とうと努力した。スロットルを全開にしたまま、操縦桿をぶれさせまいと腕に力をこめる。わずかに勘がつかめてきた、そんな気がした。
「酸素マスクのベルト、少し緩めておいて」と美由紀はいった。
「どうしてだ? 外れちまうぞ」
「対流圏を抜けて成層圏まで達したら、空気が薄くなる。頭に血が昇って顔が膨れるそうだから……」
「マジかよ。頬がこけてねえとサングラスが似合わなくなるんだがな」
「昔よりは太ったでしょ? あいかわらず肉ばかり食べてるの? メタボリック症候群になるわよ」
「俺の身、心配してくれてんの? 可愛いところあるよな、美由紀は」
「自衛官らしく岬って呼んで」
「わかったよ。だが、生きて帰れたら、美由紀って呼んでもいいだろ」
「……そうね。帰れたら、ね」
マスクのインターコムを通じて会話することも困難になりつつあった。轟音は耳鳴りを通り越して、鼓膜を破るかのような激痛を及ぼす。振動も酷《ひど》かった。あのF15の乗り心地をさらに下回るとは、並大抵ではない。嘔吐《おうと》の衝動が断続的に襲い、涙で視界がぼやける。
と、目もくらむような太陽の光が、いきなり薄らいできた。
たしかに正面に存在する太陽、しかし周りは暗くなりつつある。
美由紀はきいた。「高度は?」
「二万七千メートル……。おい、信じられるか? エンジンの推力を落としてみろ。操縦桿を前に倒して水平飛行に移れ」
「でも……」
「だいじょうぶだ。エンジンを緩めても速度は落ちない」
伊吹が断言する理由はわからなかったが、疑っている暇もなかった。スロットルを絞りこむ。操縦桿を前方に押した。
ふつうなら、プラスGをマイナスGに変換することに伴う苦痛が全身を支配するはずだ。ところが、いまはなにもなかった。
速度は維持したままで、機体はふわりと向きを変えた。まるでシートの動かないシミュレーターに乗っているかのようだ。
眼下を眺めたとき、美由紀は息を呑《の》んだ。
青く、丸い地球。それが足もとにひろがっている。
F15の飛行でも、地平線を丸いと感じることはある。しかし、ここまではっきりと球体の大地を見たことはなかった。辺りは暗い。夕闇のようでもあった。星は瞬いてはいなかった。
成層圏。まだ重力圏内だというのに、意外にも重力と大気の影響をほとんど受けず、ミグは飛んでいた。闇のなかを切り裂くように飛んだ。
それは、上昇よりもずっと激しい生理的嫌悪感を伴うものだった。上下の感覚すら喪失し、静止しているかのような錯覚が生じる。
「美由紀」伊吹が鋭くいった。「成層圏の上のほうでは季節風が吹いてるそうじゃねえか。大気圏を離脱する前に爆発したら、核物質が広範囲に降り注ぐぞ」
「そうね。けれど、重い物体のぶんだけ遠くに射出できる可能性もある。電磁場の影響のほうが深刻かもしれないけどね。人工衛星のいくつかは使い物にならなくなるかも」
「やってみなきゃわからんってことだな。あと三十秒を切った。ヒジュラX5を射出しろ」
「わかった。でも……」
「なんだ?」
「大気圏外遺灰発射装置のスイッチは? わからないんだけど」
「ば、馬鹿。どうしてあのロシア人らに聞いておかなかった」
「教えてくれるようには思わなかったし。ええと、あ、これかな」
「間違ってもシートの射出スイッチは押すなよ。織姫と彦星になるのは御免だからな」
「それ、永遠の愛は誓えないって意味に解釈していい?」
「どうとでもご自由に」
「よかった。これで安心して死ねる」そういいながら、美由紀はマスターアームスイッチとおぼしきボタンの横に、明滅するボタンを見つけた。
成層圏に入ってから点滅が始まった。このボタンに違いない。
ぐいと操縦桿を引いて機首を上げた。この先は中間圏、熱圏、外気圏だ。射出後、核爆弾が少なくとも高度五百キロの外気圏に達してくれなければ、核物質は地上に降り注いでしまう。
運は天に任せた。
果てしない宇宙に向かってボタンを押した。
弾《はじ》けるような音とともに機体が揺れる。青い球体の上に広がる無限の暗黒空間に、円筒形の金属物が放出された。
「高度を下げろ!」と伊吹がいった。「爆発まであと数秒だ。早く潜れ。早く!」
操縦桿を前に倒し、スロットルを全開にする。その瞬間、美由紀は過ちを悟った。
重力の影響をまともに受けて、速度が上がった。機内の温度が急激に上昇しはじめた。翼が真っ赤に染まっているのを美由紀は見た。
また操縦桿を引いて上昇させる。地球が遠のいた。
「なにをやってる!?」伊吹の声はさすがに慌てていた。「宇宙に戻る気かよ?」
「成層圏を降下する角度がわからないのよ。宇宙船も誤った侵入角度じゃ摩擦熱で翼が燃え尽きるっていうけど……。たぶん、もう機体外部は三百度以上になってる」
「このクソ暑さはそのせいかよ。こいつの機体はチタニウムじゃなくニッケル銅だ、自由《フリー》落下《フオール》になったら摩擦であの世逝きかもな。それより若干浅い角度で降下するしかねえな」
「簡単にいってくれるわね」
「やるしかねえんだよ。核爆発が起きるぞ。早く!」
勘にすべてを託すしかない。成層圏から対流圏へ、操縦|桿《かん》の微妙な調整で突入位置を決める。ほんの数秒で答えはでる。
操縦桿を押して、機首を地球に向けた。資料映像で観たままの青い地球、その一部が拡大されて視界にひろがる。エンジンの推力をあげた。ミグの機体は真っ赤に染まりながら、大気の渦へと突入していった。
頭上に閃光《せんこう》が走ったのは、その瞬間だった。
宇宙では爆発音は轟《とどろ》かない。だが、完全な真空ではなかったのだろう。衝撃波が機体の後方に到達し、激しい揺れが襲った。一瞬遅れて、耳をつんざく爆発音に似た轟音《ごうおん》。爆風がミグの機体を地上に押し戻す。錐《きり》もみ状態になって墜落が始まった。
「立て直せ!」と伊吹の声が飛んだ。
「わかってるわよ」美由紀はロールに身をまかせながら推力を調整し、操縦桿を引きあげた。
下降はなおもしばらくつづいた。まるで見えない力に吸い寄せられるかのようだ。重力に抗い、機体の腹部に空気をあてて機首を上昇させる。そんな簡単なことが、いまは不可能に近い。
しかし、それもわずかの時間だった。周りがふいに明るくなった。太陽光線が大気のなかの水分を乱反射させて、青い空をつくる。その馴染んだ光景がキャノピーの外にひろがる。
眼下に雲、そして海、陸地。それがはっきりと視認できる位置にまで高度がさがったとき、大気の影響を感じた。上昇気流がある。
ミグの機体が押しあげられた。水平飛行に移る。まばゆい陽の光の下、青空に浮かぶ雲とともに、美由紀の機体は漂っていた。
巡航速度まで落として、酸素マスクを外す。ようやく息を胸いっぱいに吸いこんだ。
伊吹もそうしたらしい。ぜいぜいという呼吸音がきこえる。
「美由紀」伊吹は疲れきった声でつぶやいた。「地球へようこそ」
思わず苦笑が漏れる。そう、たしかに帰ってきた実感はある。あの真っ暗な無の世界から、有の世界に。
なにもかもが存在している。そこにいられるというだけで喜びがある。それが、地球が宇宙と異なるところなのだろう。生きていてよかった。美由紀は、心のなかでつぶやいた。
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