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千里眼70

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:開店準備 岬美由紀はカウンター・テーブルに座りながら、中指のビー・ゼロワンのはめ具合を気にかけていた。また痩《や》せたら
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開店準備

 岬美由紀はカウンター・テーブルに座りながら、中指のビー・ゼロワンのはめ具合を気にかけていた。
また痩《や》せたらしい。手を強く振るとリングが抜けて、飛んでいってしまいそうだ。ブレスレットのほうも同様だった。カルティエのラブリングはドライバーでネジを開けないかぎり外せない構造だというのに、いまはそれなりに頑張れば抜くことができそうだった。
隣に座っている雪村藍がいきなり顔を近づけてきた。「どうしたの、美由紀さん? せっかくの日曜だってのに、またなにをブルーになってんの? 青いのはこのエルメスのバッグだけで充分じゃん?」
美由紀は苦笑した。「べつに悩んでるわけじゃないの。でも、昨日のことが……」
「ああ。成層圏まで飛んだんだもんね。疲れてるのも当然かな」
「藍。その件は口外しちゃいけないって……」
「だいじょうぶ。誰も聞いてないし。由愛香さんも本気にはしないだろうしね」
そのとき、由愛香が近づいてきて、硬い顔でいった。「なにか言った?」
藍は顔をしかめた。「べつにー」
「美由紀も藍も、黙って座ってる気? まだオープンしてないんだけど。手伝いに来てくれたんじゃないの? 非常識ね」
「非常識?」藍がいった。「由愛香さんに言われたかないよね」
「わたしはね。あなたのそのずうずうしい態度に腹を立ててるの」由愛香の視線がふいに、藍の肩越しに向こうを見つめてとまった。「ねえ、ちょっと。その壁紙はそこじゃないの。こっちよ」
由愛香が足早に立ち去っていく。その行く手には内装業者がいた。
東京ミッドタウンのガーデンテラス内にオープンする、由愛香の都内十五番目の店。それがここだった。店名はマルジョレーヌ。フランス料理の専門店だ。
内装はこれまでの由愛香の店同様、彼女が自分で図面を書き、デザインも細部にまでこだわっている。ベル・エポック調の華やかな店内は、十九世紀末のパリの街角を思わせる瀟洒《しようしや》なつくりで、すでに完成間近だった。
従業員の女性が由愛香に近づいて話しかけた。「菓子職人《パテイシエ》から電話です。ケーキの材料の搬入はオープン前日でかまわないかって……」
「いいえ。当日の朝にしてもらって。もちろん、その日に工場から出荷された材料よ」
「それはちょっと……。朝の出荷ぶんだと、昼どきの搬入に間に合わないのでは……」
「時間はぎりぎりだけど、なんとかしてもらわないと。運送業者をあたってみて。保冷室のついたトラックを、あらかじめ押さえとくのよ」
藍が美由紀にささやいてきた。「なんだか由愛香さん、気が立ってるね」
「そりゃ、ここの出店は勝負を賭《か》けてるって言ってたし……。家賃もすごく高いだろうしね」
「そうじゃなくてさ。美由紀さん。まさか、由愛香さんがライバル心燃やしてるのに気づいてないわけないよね?」
「ライバル心?」
「由愛香さんって、ほんとに負けずぎらいじゃん。美由紀さんみたいに完全無欠な人と友達づきあいしてるのは、実はそれが自分の価値を高めると思ってるからなんだよね。本心じゃ美由紀さんにイライラしてる。っていうか、美由紀さんに勝てない自分に苛立《いらだ》ってるっていうか……」
美由紀は面食らった。「な……なにを言ってるの? わたしたちは友達でしょ?」
「ほんとにそう? 美由紀さんってさ、由愛香さんの本心も見抜けてるでしょ。由愛香さんって少し、男みたいな考え方をするんだよね。男って、ボス猿見つけたら刃向かわずに、むしろ従ってその一派に加わる道を選ぶっていうじゃん。由愛香さんもそんな感じ。美由紀さんにはかなわないと端《はな》から諦《あきら》めてるから、仲良くしておこうとする。けど、ほんとは鬱憤《うつぷん》が溜《た》まってるんだよね。お店を大きくしたり、さらなる成功をおさめてなんとか優位に立って、美由紀さんに羨《うらや》ましがってほしいと思ってるわけよ」
「……藍。なんでそんな話をするの?」
「べつに。ただの会話」
平然とした面持ちでレモンスカッシュを飲む藍の横顔を、美由紀は黙って見つめた。
藍の感情はとっくに見抜けている。彼女のなかに悪意はない。大頬骨筋《だいきようこつきん》と眼輪筋が一緒に収縮しているということは、すましているように見えても、じつは楽しい気分だとわかる。眼輪筋は、つくり笑顔では縮めることはできない。本当に楽しさや喜びを感じていないかぎり、収縮することはない。
彼女はここにいられることだけで嬉《うれ》しいのだろう。自分の甘えを受けとめてくれる由愛香や、美由紀のような年上の存在を、家族のように思っている。藍がいちど生命の危機に陥るまで、両親とはあまり口をきいていなかったという事実を美由紀は知っていた。親子のあいだに断絶とまではいかないが、深い溝が刻みこまれていたのはあきらかだった。それが解消されたいまも、藍にとって心を許せるのは家庭よりも、この三人が集う場のようだった。
いつも別れて帰ろうとすると、藍はとても寂しそうな顔をする。それも藍の感情を裏づけていると美由紀は思った。
ただし、由愛香のほうの感情はよく知らなかった。わからないわけではない。わかるのを拒んできたからだ。
由愛香のなかに、藍が指摘したようなライバル心が炎となって燃えたぎっているかどうか、たしかめたことはなかった。もちろん表情を読めば一瞬で見抜けてしまう。理解したくなくても判明してしまう。だから目を合わさない。故意に表情を直視するのを、なるべく避けてきた自分がいる。
それは、そうしていても交友関係がつづけられるという、特殊な性格どうしだったがゆえに友達になりえたという発端のせいでもある。
他人の感情が読めるようになってから、美由紀は人と親交を深めることは事実上、不可能になった。心を通わせあいたいと思っても、向こうはこちらの心を読めないし、反対に美由紀のほうは相手の心を読めすぎる。裏切りに遭ったと感じたことも何度もあった。
二枚舌、嘘、ほら話、詐欺まがいの言いぐさ。すべてが一瞬で見抜けるせいで、人間不信に陥った。
そんななかで、由愛香だけは美由紀の心に踏みこんではこなかった。
よく考えてみると、由愛香のほうも心を閉ざし、相互不可侵のルールを遵守しているように思える。仲良くするのではなく、張り合おうとする男性的な価値観のせいか。由愛香は、絶えずブランド品やビジネスでの成功を見せびらかすためだけに美由紀に連絡をとってきて、その目的を果たすとさっさと立ち去っていく。常にそんな態度に終始していた。
「ねえ、美由紀さん」藍がいった。「由愛香さんが美由紀さんをどう思ってるか、表情をしっかり観察してみたら? わたしのいってることが正しいってわかるよ、きっと」
「なんでそんなふうに……」
「嫉妬《しつと》してるよ。由愛香さんは才色兼備な美由紀さんに」
藍はふいに口をつぐんで、ストローをすすりだした。由愛香が戻ってきたからだった。
由愛香がきいた。「なにをヒソヒソ話してたの?」
すると、藍はあっさりといった。「由愛香さんのこと。美由紀さんが由愛香さんの本心、わかってるかどうかって」
美由紀は戸惑いながらつぶやいた。「藍……」
「ああ」由愛香は微笑を浮かべた。「まだわかってないんじゃない? 美由紀、本気になってないみたいだし」
「本気って?」と藍が眉《まゆ》をひそめた。
「美由紀はね、真剣に相手の感情を読もうとするとき、眼科でもらった目薬を指すのよ」
「えー!? それほんと?」
ため息をつき、美由紀も笑ってみせた。「ええ。でもそれって、パイロットだったころもそうだったのよ。離陸前には点眼したの」
「なんで? ドライアイなの?」
「瞬《まばた》きの回数をできるだけ減らしたいから。ほんの〇・一秒の瞬きも、重要な瞬間を見逃したりする原因になるかもしれないし……」
由愛香は肩をすくめた。「いまのところ、わたしとふたりきりでいるときに目薬をさしたことはないからさ。わたしも安心してるってわけよ」
歩き去っていく由愛香を眺めながら、美由紀は複雑な思いにとらわれた。
由愛香の表情を、初めて意識的に観察した。点眼などなくても、そのほんの一瞬の観察だけで充分だった。
彼女は、たしかにわたしに嫉妬に似た感情を抱いている。心の奥底ではむしろ、嫌悪しているのかもしれない。
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