返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

千里眼73

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:ハリウッド 美由紀は国税局に世話になったこともないし、なんの感情も抱いてはいない。又吉という人物が税金を過少申告している
(单词翻译:双击或拖选)
ハリウッド

 美由紀は国税局に世話になったこともないし、なんの感情も抱いてはいない。又吉という人物が税金を過少申告しているかどうかも興味はない。
ただし、個人がある種の権力から追及を受けるにあたって、むりやり精神病もしくは人格障害扱いにされてしまうのを見過ごすわけにはいかない。又吉と面接することにした理由は、それだけだった。
洗面所に行き、ハンドバッグから目薬を取りだして点眼した。成分はただの人工涙液だが、少しは目が潤った感覚を得られる。
由愛香が指摘したとおり、誰かの感情を読もうとするのなら、この点眼は欠かせない。表情の変化の観察では、〇・一秒の瞬《まばた》きさえ惜しくなる。
それから面接室へと歩を進めた。徳永と小平は、隣の診察室で待っている。ここでは又吉とふたりきりだ。
又吉光春は、髪を短く刈りあげた小柄の臆病《おくびよう》そうな男だった。身を硬くして座りながら、びくついたような目で美由紀を見た。「あんた、誰?」
「臨床心理士の岬美由紀。よろしくね」と美由紀は、向かいの椅子に腰をおろした。
「岬……どこかで聞いたことあるな。有名人?」
「さあ。わたしのほうは、あなたのことはきょう知ったばかりなの。なんでも、収入について尋ねられると、あやふやなことしか仰《おつしや》らないとか……」
「あやふやだなんて。とんでもないよ。僕は常に本当のことを喋《しやべ》ってる」
「ふうん……。じゃあ、悪いけど、初めから聞かせて。あなたはミッドタウンタワーで働いているのよね?」
「そう。地下二階にある郵便集配室勤務。三十一階が担当でね」
「担当って?」
「三十一階にはモリスンっていう健康機器の会社の営業部があって、ワンフロアすべてモリスンが借り切っててね。でもどのフロアもセキュリティ・システムが入っているから、外部の郵便局員は出入りできない。だから僕らが配達するんだよ」
「その仕事のお給料だけじゃ、いまの生活はできないって国税局の人は疑ってるみたいだけど」
「だからさ。僕は真実を告げてるんだよ。仕事は集配室勤務だけじゃない。俳優業も兼ねてるんだ」
「……俳優? 舞台とか、映画にでてるの?」
「映画だよ」
「どんな映画?」
「まだ公開されてないんだ。ハリウッド製作でね」
美由紀は口をつぐんだ。
なるほど、これではたしかに虚言を疑われても仕方がない。しかも目を輝かせているところを見ても、及び腰になっているようすはなく自信満々だ。妄想癖といわれれば、そう思えなくもない。
しかし、まだ結論をだすには早すぎる。
「ハリウッドって」美由紀は笑ってみせた。「すごいね」
「だろ? 向こうからオファーがあったんだよ」
「それで渡米したの? 時期はいつごろ?」
「いや。撮影は日本国内でおこなわれたんだ。僕のほうの都合を優先してくれてね。都内の撮影所に壮大なセットが組んであって、そこに連れていかれた」
「……又吉さんは劇団かなにかに所属してるの?」
「してないよ。去年までは素人だった。退屈な毎日を送る庶民だったよ」
「そのあなたに、突然ハリウッドから出演してくれって……」
「そうとも」
「映画の題名は? もう公開予定は決まってるの?」
「ええと……タイトルはわからない。なんか、長ったらしい英語の題名でね。僕は英語、得意じゃないし。それに全米での公開は来年以降らしいよ。CGに時間がかかるとかで……。あ、そうそう。日本公開は未定だって」
「へえ……。でもなぜ、俳優経験のなかったあなたに、映画製作者は目をとめたのかしら」
「それがさ」又吉は身を乗りだした。「去年、東京ミッドタウンでの仕事の求人広告を見て、赤坂《あかさか》の人材派遣会社に行ったんだよ。そこで集配室勤務を世話してもらったんだけど、会社から出たとき、突然外人が声をかけてきてね。映画プロデューサーのワン・ウーピンって言ってた」
「その名前からすると中国系ね」
「ああ、中国人だったよ。アメリカのコミックをハリウッドで映像化するので、出演者を探してる最中だと言ってね。清《しん》朝末期の上海を舞台にしたストーリーで、そのなかに出てくる日本人の鴨田《かもだ》という男の役に、僕がぴったりだというんだよ」
「それ、道端でいきなり話しかけてきたってこと? ずいぶん急ね」
「だろ? 僕も驚いたんだけど、ワンはその原作のコミックを見せてくれてさ。驚いたことに、コミックの登場人物のひとりが、僕そっくりだったんだよ。日本軍の軍服を着た、青年将校みたいなやつでね。出番もかなり多そうだった。どのページを開いても、最低ひとコマは描いてあったから。もっとも、英語のセリフは読めないから、話はわからなかったけど……」
「そのキャラクターにうりふたつの又吉さんを、たまたま見かけたプロデューサーが、唐突にスカウトしてきた……。そういうわけね」
「そうとも。で、撮影は何日かかるかわからないけど、参加してくれるかと聞いてきたんだ。当時はまだ東京ミッドタウンは建設中だったし、僕も仕事に就いてなかったしね。やりたいと言ったら、その場で手付金を渡してくれた。五十万円ぐらいだったかな」
「五十万……。現金でもらったの?」
「そう。封筒に入ってた」
「領収証にサインした覚え、ある?」
「……いや。ないね。その後の出演でも、ギャラは一日ごとにもらえたけど、常に現金の取っ払いだったよ」
誰から受け取った金であるかを証明する手がかりは皆無ということだ。これでは国税局に睨《にら》まれても仕方がないだろう。
美由紀はきいた。「撮影期間はどれぐらいなの?」
「それがさ。最初ははっきりしなかったんだ。ワンは、こちらから連絡するから待っててくれと、そういい残して、数日はなにもない状況がつづいた。悪戯《いたずら》かなと思ったけど、五十万円もらってるし、待つしかないなと腹を決めた。すると、半年ほども経って、東京ミッドタウンで働きだしたころになって、まっ昼間に電話があってさ。これから迎えに行くっていうんだ。乃木《のぎ》曾館の裏の通りで待っててくれって」
「変わった場所で待ち合わせたのね。道も細いし、クルマも入りにくいと思うけど」
「でもどでかいワンボックスで迎えに来たよ。で、後部座席に乗りこんだら、窓の外が見えなくてさ。ふつう、ウィンドウ・フィルムってのは外から見えなくするためのものだと思うんだけど、あれは中からも見えなくなってた。ワンは、撮影所はすぐ近くだと、それしか言わなかったけどさ」
「じゃあ正確には、どこに連れていかれたかもわからないの?」
「そうなんだよ。クルマを降りたときには地下駐車場みたいなところで、そこからエレベーターで昇った。でも、ありゃびっくりしたな。上海のパーティー会場みたいなところが完璧《かんぺき》に再現されてたんだよ。本格的なセットを組んだってワンは言ってた。広々とした、西洋と東洋が混ざったエキゾチックなホールで、そこかしこにチャイナドレスの女がいてさ。カジノテーブルがあって、賭《か》けごとをしてるって設定みたいだった」
「それ、スタジオなの? 天井に照明器具とか下がってた?」
「……さあ。天井なんか見たっけな。でっかいシャンデリアはぶら下がってたよ。それから、柱に赤い龍が彫りこんであった。撮影スタッフとか、スタンド式の照明はもうあちこちにあった。ホールも本格的な建造物でさ」
「ってことは、スタジオじゃなくてロケじゃないの? セットの場合は、現場にいれば建物の内装は作りものとわかるはずだし」
「……そうなのかい? 詳しいことはわからないけど、ワンは映画のために建てたと言ってたよ。美術費に金がかかってるとも言ってたしな」
「セリフは英語だった? それとも日本語?」
「そこが僕も不安でさ。英語を喋れといわれたら、どうしようかと思ってたけど、心配なかったよ。鴨田ってキャラは寡黙なやつで、ほとんど喋らないから。表情も変えない。いつも仏頂面で腕組みしてばかりだ。あんなに楽な仕事はなかったな。でも、メイクは大変だった。外人のメイクアップアーティストが僕の顔に化粧を施すんだけど、これが時間がかかってね。とはいえ、衣装を着てみたら、コミックのなかの鴨田の生き写しでさ。監督もスタッフも大喜びだったよ。共演者も」
「共演者? 誰か知っている俳優はいた?」
「さあ。ワンに紹介はされたけど、名前は忘れちゃったよ。外人ばかりだったし、洋画はあまり観ないんで……」
「で、そんな調子で一日の撮影が終わって、また外の見えないクルマで帰されたってわけ」
「ああ。帰りぎわにクリップボードを渡されて、暗証番号を書いておいてくれというんだ。それがあれば、撮影施設にスムーズに入れるからと言ってた。なにしろキャストとスタッフで総勢二百人以上が働いているんで、メイクもせず、衣装も着ていない人間が関係者かどうか判別できないんだってさ」
「またおかしなチェックをするものね。暗証番号は毎回同じでいいの?」
「いいや。セキュリティの都合上、異なったものを書いてくれというんだよ。六ケタの数字だった。いつも撮影終了後に急に言われるから、数字を考えるのも大変でさ。次回までちゃんと覚えていられる数字じゃなきゃいけないんで」
「その暗証番号を書いて、取っ払いでギャラをもらって、一日の仕事は終わり、ってことね」
又吉はうなずいた。「封筒をもらって、びっくりしたよ。ずしりと重くて、こんなに分厚いんだよ。家に帰ってから開けてみたら、三百万もあった。一日の撮影だけで三百万だよ。撮影は六日つづいたけど、それだけでも千八百万だ」
「すごいわね。六日つづいたってことは、六日目が最終日だったってこと? なにか特別なことはあった?」
「それが」又吉の表情がふいに曇った。「いつもとなにも変わらなかったんだ。暗証を書いて、ギャラ受け取って、クルマで乃木曾館の裏に送られて。また明日、いつもの時間にとワンに言われて、家に帰った。けどさ……」
「次はなかった。そういうこと?」
「そうだよ。定時に待ち合わせの乃木曾館裏に行ったのに、ワンボックスは来なかった。ワンの電話番号は携帯に登録してあったから、かけてみたんだけど、つながらなかった。本当にそれきりだ。最後はあっけないものなんだな」
むろん、ハリウッドが俳優を突き放すような真似はしないだろう。にわかには信じがたい状況であることは間違いない。
美由紀はきいた。「ワンさんの名刺とか、台本とか、残ってない?」
「それがなにも……台本は英語だったし、もらってもしょうがないから受け取らなかった。向こうも渡したがってはいなかったし。名刺もないな。原作のコミックももらっておきゃよかったけど、いつでも手に入るものと思ってたから……。いつ公開になるか、情報ぐらいは知らせてほしいけどな」
ということは、俳優として働いたという証拠もなく、又吉の手元に千八百万円だけが残されているわけだ。
沈黙が降りてきた。美由紀は無言にならざるをえなかった。
あまりに突拍子がなさすぎる話のうえに、信憑《しんぴよう》性は皆無といっていい。だが……。
ノックの音がした。扉が開いて、小平と徳永が入室してきた。
「いかがですかな」小平が微笑していった。「狐につままれたような話でしょう?」
「たしかに……」美由紀はつぶやいた。
又吉は心外だというように目を見張った。「ぜんぶほんとのことなんだよ。そうじゃなきゃ、僕みたいな男がどうしてあんなに大金を稼げると思う?」
小平が腕組みをした。「だから、われわれとしてはぜひそれを打ち明けてほしいと思ってるんだがね」
「言っただろ。俳優としてのギャラだって」
「それが信じられないから真実を聞きたいと思ってる」
「まって」美由紀はいった。「小平さん。ひとつあきらかなことがあるの。又吉さんは嘘をついていないわ」
「……そりゃどういうことですか。まさかこの妄想じみた話が本当だとでも?」
「とにかく、又吉さんが本人にとっての真実を語っていることはあきらかです。嘘をつけば上|瞼《まぶた》が上がって下瞼が緊張するけど、その兆候はなかった。眉毛《まゆげ》もあがってない。目も泳がなかった。妄想性人格障害は話し相手に対し敵意をみせるという特徴があるけど、又吉さんの態度は終始友好的で、異常があるようには見えない」
「それが岬先生のお見立てですか……? 失礼ですが、表情以外に嘘でないという根拠は……」
「いまのところ、ないわ。ただ嘘ではないって判るだけ」
「それじゃあ裁判で通りませんよ」
「そうね。だけど、事実には違いないの」
感情を見抜く技能は、わたしにだけ備わっている。わたしだけが真実を見抜き、納得できる。しかし、それを他人に伝えたところで、了承してもらえるものではない。この能力について、いつも感じているジレンマだった。
わたしにできることは、真実だという前提で考え、なぜそうなったかという原因を探ることだ。美由紀は自分にそう言い聞かせた。
それにしても、どうも胸にひっかかることがある。美由紀はいった。「又吉さん。もうひとつ教えてほしいんだけど……。集配室での仕事、三十一階のモリスンって会社の出入りにセキュリティ・システムが存在してるって言ってたよね? どんなシステムなの?」
「ごく簡単なものだよ。暗証番号だ。六ケタの……」
そう告げながら、又吉は顔をこわばらせた。自分の言葉に衝撃を受けたらしい。
「六ケタ?」美由紀は又吉を見つめた。「最後の撮影になった日、どんな暗証番号を書いたか覚えてる?」
「あ……。だけど、そんな……。まさか、そんなことが……」
徳永が眉をひそめた。「なんだい? 話がみえないが」
美由紀は徳永にいった。「又吉さんが撮影に連れていかれたって話は真実だけど、すべてはフェイクだった可能性があるってことよ。何者かが三十一階の暗証番号を手にいれるために、巨額の費用をかけて又吉さんをだましおおせた」
小平が面食らったようすできいてきた。「なんですって? どういう意味です、それは」
「次回まで記憶しておかねばならない暗証番号、それも毎回変わるとなると、数字を考えるのもしだいに困難になるものよ。クレジットカードやキャッシュカードなどの暗証番号をぜんぶ統一している人もいるけど、それは覚えきれないからなの。撮影がいつ終わるともなくつづいて、毎回暗証番号を聞かれていれば、やがて記憶している既存の番号を使おうとする日がやってくる。たぶん撮影隊を装っていた連中は、毎晩のようにこのタワーの三十一階まで昇って暗証番号を試し、セキュリティが解除されなかったらその翌日も又吉さんを迎えにいく、そういう段取りを繰り返したのよ。最終的に六日目で又吉さんが三十一階の暗証番号を書いてくれたので、もう用済みとなって、彼らは姿を消した。そういうことね」
「たかが暗証番号を入手するために大金を払ったってことですか? なら札束を積んで、番号を教えてくれと頼むほうが早いと思いますが」
「それができない理由があるに違いないわ。暗証番号が漏れたという印象を誰にも与えないようにしたかったのね。たぶん、真犯人らの三十一階への出入りは現在もおこなわれているんでしょう」
「しかし、そのフロアにあるのは健康用品器具販売のモリスンだけですよ? なにか物品を持ちだすために侵入しているのだとしても、かかった金に見合うだけのものがあるとは思えませんが」
「盗みが目的とは限らない。なんにせよ、千八百万円ものお金を又吉さんに渡したのは、より巨額の収益を得られる計画が進行しているからとしか思えない。そして、そのお金について、税務署が動いたときのことまで彼らは想定していた。突拍子もない映画撮影という状況を作りだしたのは、すべてが妄想や嘘に思えるようにするためよ。こんな考え、よほどの策士じゃなきゃ浮かばないわね」
又吉は唖然《あぜん》としたようすでつぶやいた。「僕は、だまされてたってことかい……? あれが、ぜんぶでっちあげ……? そんな……」
「とにかく、三十一階を見てみないことには真相究明は難しいわね」美由紀はいった。「モリスンが気づいていないだけで、すでになんらかの被害を受けているのかもしれない」
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%