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千里眼79

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:テレスコープ・フォールプレイ 正午すぎに、美由紀は東京ミッドタウンのガーデンテラス、マルジョレーヌに向かった。きょうは内
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テレスコープ・フォールプレイ

 正午すぎに、美由紀は東京ミッドタウンのガーデンテラス、マルジョレーヌに向かった。
きょうは内装業者たちの姿はなかった。代わりに、作りかけの店内には藍がいた。カウンター・テーブルに座って、由愛香と談笑している。
藍の声が響き渡っていた。「えー。連れてってくれてもいいじゃん」
美由紀が入っていくと、由愛香の表情は曇った。藍のほうは対照的に、満面の笑みを浮かべた。
「あ、美由紀さん」藍ははしゃいだ声でいった。「聞いてよ。由愛香さんってゆうべもパーティーだったんだって。それにきょうも。でも独りで行くんだって。ぜったい嘘だよね。パートナーがいるに決まってんじゃん」
気まずそうに視線を逸《そ》らす由愛香を、美由紀はじっと見つめた。
「藍」美由紀はつぶやいた。「悪いけど、ちょっと外してくれる?」
「え……。いいけど」藍は戸惑いがちに席を立った。「外のベンチにいるね」
藍が立ち去っていくのを見届けてから、美由紀は由愛香にいった。「昨晩、中国大使館にいたわね」
由愛香は面食らった顔をした。「どうしてそれを……」
「ねえ、由愛香。着飾って、ロールスロイスのお迎えが来て、大使館に入っていくなんて。連日のパーティーって、いったいなにを目的としたものなの?」
「尾行したの? 物好きね」と由愛香は軽蔑《けいべつ》したようなまなざしで見かえしてきた。「わたしみたいな立場になると、つきあいも多いのよ。中華料理店も代々木《よよぎ》に一軒持ってるし」
「中華は関係ないでしょ。……いいわ。話す気がないのなら、わたしから指摘してあげる。ギャンブルに熱をあげるなんて、経営者としては失格よ」
ふいに由愛香は顔をひきつらせた。
「な、なにをいってるの?」由愛香はこわばった笑いを浮かべた。「ギャンブルなんて……。馬鹿馬鹿しい。わたしがお巡《まわ》りさんのお世話になるようなことをすると思う?」
「たしかに賭博《とばく》は刑法一八五条と一八六条で禁止されているけど、大使館のなかは別でしょ。大規模なカジノ・パーティーが催されていても、治外法権が障壁になって日本の警察は手がだせない。招待された日本人の富裕層が大使館のなかでギャンブルに興じても、海外旅行中にカジノで遊んだのと同じ扱いになり、捕まることはない。……どうしてそんなところに行ったりしたの?」
しばらく沈黙があった。開け放たれたエントランスの外、都心には珍しく鳥のさえずりが聞こえる。もの音はそれだけだった。
「招待があったのよ」と由愛香はぼそりとつぶやいた。「わたしのほかにも、いろんな人に招待状が送られてきたみたい。セレブっていう言い方は陳腐で嫌いだけど、富裕層の人たちがパーティーに招かれた。有名人とか、政治家も大勢いた。で、それがカジノ・パーティーだった。それだけのことよ。問題なんかないわ」
「ギャンブルに手をださなければね。でもあなたは……」
「ええ。……賭《か》けたわよ」
「由愛香。大使館があなたのようなお金持ちを招待した理由はただひとつ、合法的に日本円を稼ぐためよ。これは中国にとって重要な外貨獲得のチャンスになってる。治外法権と外交特権を隠れ蓑《みの》にした陰謀よ」
「そんなの……おおげさよ。わたしは一時的に負けがつづいたにすぎない。大儲《おおもう》けしている人もいるのよ? 先週だって、IT関連の若い社長が六千万も稼いだわ。ひと晩でね」
「六千万って……。そんな金額のやり取りが日常的におこなわれてるなんて、普通じゃないわ。東京はモナコのモンテカルロ区じゃないのよ」
「わたしにも運がめぐってきたところなの。昨晩はひさしぶりに勝ったわ。全体的にみれば、負けたぶんのいくらかを取り戻したにすぎないけど、まだまだこれからよ」
「……それ、何時ぐらいかわかる?」
「ツキはじめたのが? さあね。夜中の十二時を過ぎたころじゃなかったかな。連戦連勝でテーブルがおおいに沸いたのよ」
美由紀は重い気分になった。
岩国警部補の言葉が頭のなかに響いた。奴らが窓辺にそれを設置しようとしたとき、明かりをつけて確保しようとしたんです。時刻は、午前零時を少しまわったころでした。
「由愛香。テレスコープ・フォールプレイって知ってる?」
「はあ? なにそれ。また美由紀の知識のひけらかし?」
「十七世紀の初め、オランダの眼鏡職人が望遠鏡を発明した直後、ヨーロッパ全域で流行した賭博のイカサマのことよ。ポーカーなどのカードゲームで、相手の手札を協力者が遠方から望遠鏡で覗《のぞ》き見て、手旗信号で伝えてくるの。まだ望遠鏡が普及していなかったせいで、一時は絶対にばれないイカサマとして持てはやされた。その後、知識の広まりから下火になり、イアン・フレミングが小説に書いて発表したことから過去のものになった」
「それが何? 大使館にそんなことができるスペースなんかないのよ」
「すぐ近くには、でしょ? あなたは窓ごしに、ミッドタウンタワーが見える風景を背にして座っているんじゃなくて?」
「……だとしたら、どうだっていうの? タワーなんてずいぶん遠いわよ」
「技術が革新されれば、古いやり方がふたたび掘り起こされる。スーパー・リフレクティング・テレスコープが開発され販売されるようになった現在、かつてのテレスコープ・フォールプレイがまた実用的なイカサマになった。由愛香。どんなゲームをしてるか知らないけど、あなたの手の内はミッドタウンタワーの三十一階から覗かれて、胴元である大使館側に筒抜けになっていたのよ」
由愛香は愕然《がくぜん》とした面持ちで凍りついた。
「なんですって……。あれがぜんぶイカサマ……」
「午前零時すぎ、警察が三十一階で監視係を取り押さえたの。三人の男たちは全員、中国大使館の外交官だったそうよ。あなたにツキがめぐってきたというより、それ以降はイカサマが中断されて本来の勝負に戻ったというだけ」
「で、でも、監視してた人がいたとしても、手旗信号なんて見えるわけが……」
「当然よ。現代では無線ってものがあるでしょう。警部補の話だと、監視係は携帯電話でなんらかの数字を告げていたそうよ。その通話相手がまた大使館員で、暗号とか合図によってテーブルにいるディーラーに伝える。舞台が彼らの自由にできる大使館のなかである以上、どうとでもなるわよ」
由愛香の受けた衝撃はかなりのものらしかった。頭を抱えて、由愛香はうなだれた。
「あれがイカサマ……」由愛香はぶつぶつといった。「そんな馬鹿な。まさか……」
美由紀はいたたまれない気分になった。
「由愛香……。初めから話してくれてれば……」
ふいに由愛香は顔をあげた。憤りのこもった目で美由紀を見つめてくる。「初めから? 話を聞いたら、どうしてくれたっていうの。どうせ善人ぶって、そんなところへ行くなの一点張りでしょ。うんざりよ」
「……どうしたっていうの。ギャンブルが確率的に分の悪い勝負ってことは、よくわかってるでしょ?」
「馬鹿にしないでよ。理解できてるわよ、それぐらい。わたしね、あなたのそういうところが嫌いなの。絶対に言い返せない真っ当な理屈を持ちだしてきて、その意にそぐわないことは間違ってると糾弾してくる。こっちは黙りこむしかない」
「そんな……糾弾だなんて。そういうつもりで言ってるわけじゃ……」
「へえ、そう。よくわかってるわ、いつも正しい岬美由紀さん。欲望に負けた人を見下して楽しい? 世の中、理屈がすべてじゃないのよ。大使館に招かれて、パーティーに出席したことはある? 子供のころ、そういうパーティーを夢想したことはなかったの?」
「由愛香……」
「わたしにはあるわよ。今夜はパーティーとか言って、きれいに着飾って、馬車とか高級車で迎えられて、お城みたいな洋館に……。大人になって、本物のパーティーというのがどういう意図でおこなわれているか判ってからも、その夢想はなくならないものよ。取り引き相手のご機嫌を取るために、ホテルの広間を二時間ぐらい借り切って、レストランの残り物で飾られた立食パーティーを催す立場になってからも、わたしは夢に生きたかったの。ほんのひと晩でいいから、お姫様のように扱われてみたかったのよ。それのどこが悪いっていうの?」
「ひと晩では終わらなかったでしょ? 由愛香、あなたのことだから、パーティーに初めて出席した日からギャンブルに参加したとは思えない。何度か招かれるうちに、いちどぐらいはと手をだした……それがすべての始まりだったはず……」
「……ええ、そうね。始まりっていうか、終わりかもしれないけど。彼らがお金を巻きあげたがっていることぐらい、ちゃんと察しはついてたわよ。胴元が儲かるようにできているカジノっていう仕組みに、身銭を投じる必要がどこにあるのなんて、鼻で笑ったりしてた。でも……あの興奮っていうか、陶酔する感覚は、その場にいなければわからない。勝って、負けて、また勝って……繰り返すうちに、泥沼にはまってた。意識したときにはもう遅かった」
「お店の経営資金もつぎこんじゃったんでしょ? ぜんぶ閉店して、クルマを売って、ここの内装も予算を削らなきゃいけないほどに……。お願いだから、もう二度といかないで。ギャンブルなんかしないって誓って」
「そんなの……無理よ」
「どうして?」
「今晩も行くのよ。裏でどんな動きがあったにせよ、わたしは勝ち始めたんだし。その望遠鏡での覗き見がなくなったいま、勝ちどきだろうしね」
「なにをいってるの、由愛香? 昨夜は望遠鏡の監視も中断したけど、今夜以降はまた彼らは別のフロアに侵入して、望遠鏡を設置するはずよ。逮捕される心配のない外交特権がある以上、彼らは永遠にこのイカサマを繰り返す。あなたは巻きあげられるだけ……」
「もういいのよ!」由愛香は怒鳴った。「もういいの。……失うものなんかない。取り返さなきゃいけない、それだけなの。だから、行くしかないのよ」
「失うものがないって……?」
「……貯蓄はとっくにゼロになって、借金がかさんでいるの。それも返済に追われてる。取り立てのなかでも最も性急なのが、明日を期限にしてる三千万でね。用意できなかったら、わたしに残された最後の財産が取りあげられることになってる。乃木坂に借りてるマンションと、このマルジョレーヌ。そのなかにある家財道具一式……」
美由紀は言葉を失った。
そこまで追い詰められていたなんて。由愛香は、負債をギャンブルに勝って補おうとして、連日のように大使館に繰りだし、結局はなにもかも失っていた。わたしが制止する間もなく。
「由愛香。……その三千万なら、わたしが立て替えて……」
「ふざけないでよ。なんであなたがわたしのために、そこまでしてくれるの? 不自然でしょ。恩着せがましい」
「そんなこと……。いまわたしにできることをしたいの。それだけなのよ」
「だから、なんでわたしに救いの手を差し伸べようとしているのか、冷静に考えてみてくれる? あなたって、いつもそうなんじゃない? 困ってる人を助けるとか言いながら、自分が感謝されることを期待してる。みんながそれであなたを愛してくれるって? 冗談みたい。言ってるでしょ。わたしはあなたが嫌い」
「嫌いでもなんでも、この危機を乗り越えなきゃいけないでしょ。自己破産しても、ギャンブルが元でできた借金は救済措置の対象外で、帳消しにはならない。一生負債を背負って生きるつもりなの? 冷静によく考えて」
「三千万を立て替えてもらったところで、かろうじて明日がしのげるっていうだけよ。その翌日には別の取り立てがくるし、その翌日もそう。わたしの借金、いまどれぐらい膨れあがってるか想像もつかないでしょ? 美由紀の貯金すべてをはたいたって、到底わたしを助けることはできない。それぐらいの額ってことよ。さ、わかったらさっさと消えて。わたしのことに干渉しないでくれる? 友達ってわけじゃないんだし」
「……由愛香。それなら方法はひとつしかない。大使館のカジノ・パーティーにはわたしが同行する。向こうの不正を暴いて、由愛香のお金を取り戻す」
由愛香は嘲笑《ちようしよう》に似た笑いを浮かべた。「気は確か? 治外法権で警察も手がだせないのに、向こうがすなおに非を認めるわけないでしょ? 美由紀の古巣の自衛隊でも引き連れていくの? それこそ戦争になるんじゃない?」
「なら……気は進まないけど、ゲームに勝って取り戻すしかないわね」
「ほら。考え方はわたしと同じ。結局それしかないじゃない」
「わたしが一緒にいけば状況は変わるわ。わたしなら相手の感情を見抜ける。いつどのように合図を受け取っているかも……」
「もうたくさんよ!」由愛香は急に泣きだした。声を張りあげてわめき散らした。「なによ。また自慢が始まった。千里眼だって言いたいわけ? そう呼ばれるのが迷惑だなんて言って、じつは楽しんでるんでしょ? 自分だけの能力が発揮できる場に乗りこんでいって、気に食わない人は打ちのめして、弱者を助けて感謝されて、さぞ気持ちがいいんでしょうね。あなたは本当にすごい人、わたしはそうじゃない。格下の友達つくって、威張り散らしてりゃ、そりゃ毎日ストレスもたまらないでしょうね。どう? わたしになんて言ってほしいの? 助けて、美由紀……って? お助けいただいたら一生感謝しますって、そう言ってほしい? おあいにくさま。わたし、あなたに頭をさげるぐらいなら死んだほうがまし」
「……どうしてそこまでわたしを嫌うの?」
「どうしてって? 馬鹿ね。そもそもあなたとつきあってること自体、わたしにとっちゃ高級車を持ってるのと同じことだったの。クルマなんて走りゃいいけど、だからといって軽自動車じゃ世の中になめられるでしょ。岬美由紀と友人だってうそぶいて、ええ、ずいぶんと社交や取り引きで役に立ったわ。でも、本心ではあなたって人、嫌い。大嫌いよ。みんなにいつも感謝されて……非の打ちどころがなくて……本当に正しいことしか言わないから……だから嫌いよ……」
由愛香の声は、しだいに消え入りそうになるほど小さくなっていった。顔を真っ赤にして、幼児のように泣きじゃくっていた。
「……気は済んだ?」美由紀は静かにきいた。
しばしの沈黙のあと、由愛香はこくりとうなずいた。
「じゃ、出かける支度をして。マンションへは、わたしが送るわ」
静寂があった。
視線を逸《そ》らしたまま、由愛香は立ちあがった。エントランスに向かい、扉を閉める。
美由紀は、胸もとに突き刺さった言葉の棘《とげ》を無視した。
痛みなど感じなくていい。由愛香は、取り乱しているだけだ。彼女を助けられるのなら、わたしが傷ついたかどうかなど関係ない。
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