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千里眼80

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:アイシンギョロ 夜になった。ダッシュボードの時計に表示された時刻は午後十時七分。美由紀はガヤルドを旧テレビ朝日通りに走ら
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アイシンギョロ

 夜になった。ダッシュボードの時計に表示された時刻は午後十時七分。
美由紀はガヤルドを旧テレビ朝日通りに走らせながら、助手席の由愛香にきいた。「大使館のカジノ・パーティーには、どんなギャンブルがあるの?」
ふたりのあいだに漂う暗い雰囲気とは対照的に、派手《はで》なパーティードレスで着飾った由愛香は、小声でつぶやくようにいった。「普通よ。ルーレットにバカラにダイス」
「で、由愛香はどんなゲームに参加してるの?」
「アイシンギョロ。日本語では愛新覚羅《あいしんかくら》」
「ああ……。聞いたことある。ギャンブルとしてはあまりの中毒性の高さに、中華民国の時代に国民党が禁じたとか」
「いまも台湾じゃご法度らしいんだけど、中国本土ではふつうにおこなわれてるの」
「どういうゲームなの?」
「清《しん》朝皇帝のカードが赤と青、それぞれ十二枚あって……」由愛香はうんざりしたように言葉を切り、それからぼそりと告げてきた。「行けばわかるわよ」
もっともな意見だった。美由紀は口をつぐまざるをえなかった。
元麻布の住宅街に入る。この一帯の迷宮のような路地は、やはり走りにくい。各国の大使館や一流ホテルが軒を連ねると思えば、昔ながらの民家や商店街が渾然《こんぜん》一体となって姿を現す。カーナビはそれらの小道も指示するが、とうていガヤルドの車幅で乗りいれることはできない。迂回《うかい》を余儀なくされる。
隠れ里のような一角を抜けると、中国大使館の古風な洋館が見えてきた。
きょうもまた、門を出入りする高級車の列がある。パーティーは一日すら休むことなく催されているようだ。
近辺にはそこかしこに日本の警官が立っている。元麻布ではめずらしい光景ではないが、彼らも大使館の門番らに干渉する気配はない。
治外法権。それは恐ろしいほどの防御力を誇る見えない障壁だった。
クルマの列の最後尾につけて、美由紀はガヤルドを停車させた。行く手の門では、一台ずつ大使館員による入場者のチェックがおこなわれている。
美由紀は手鏡をだして、装いに不備がないかどうかたしかめた。フォーマルなワンピースのドレスを着るなんてひさしぶりだ。アクセサリー類もつけなれていない。
由愛香が咳《せき》ばらいした。「メイクや髪型はいいけどさ。そのパーティードレスなら靴はシルクとかエナメルとか、ドレスと共布にするべきでしょ。なんでヒールの低いベタ靴なの? 信じられない」
「このほうが歩きやすいし。っていうより走りやすくて、追いかけやすく逃げやすい。あらゆる状況を想定してのことよ」
「カジノで優雅に遊ぶ人が、そんなこと考えるわけないでしょ。足もとを見られた瞬間に怪しまれるわよ」
前のクルマが大使館の敷地に入っていった。門が近づいてくる。
「きた」由愛香がささやいた。「靴を見られないように注意してよ」
美由紀はウィンドウをさげた。「こんばんは」
昨夜とは違う門番が、微笑とともに近づいてきた。「こんばんは。ご招待状は?」
「あのう……」
そのとき、助手席の由愛香が封筒を差しだした。「これよ。もう何度も来てるから、招待状というより定期券のような扱いね」
門番は封筒を受け取り、すぐに会釈をした。「これはどうも、高遠由愛香様。お待ちしておりました。このお連れの方は……?」
「わたしの友達。岬美由紀」
「岬様ですか……? ご招待状を送らせていただいてはおりませんよね?」
クルマに同乗してきても、門前払いを食らわされるのだろうか。美由紀は緊張に身を固くした。
ふいに、門番の肩越しに男の声が飛んだ。「|※[#「にんべん+尓」、unicode4f60]做著什麼《なにをしている》?」
つかつかと歩み寄ってきたのは、あの丸いサングラスの男だった。
男は門番を押しのけて、車内を覗《のぞ》きこんできた。まず美由紀を、それから由愛香をじっと見つめた。
由愛香がいった。「こんばんは、|蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]世賓《チヤンシーピン》さん」
しばし無表情だった男は、かすかに口もとをゆがめて日本語でいった。「今夜はまた、お早いお着きですね、由愛香様。お美しいお連れ様がご同行のようで」
「ええ。美由紀は招待状、持っていないんだけど。かまわないかしら」
「もちろんですとも。由愛香様のご紹介であるなら、何人《なんぴと》だろうと歓迎ですよ。はじめまして。美由紀様」
美由紀は腑《ふ》に落ちないものを感じた。
この蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]世賓は、昨晩もわたしを見たはずだ。それなのに、はじめましてと告げてきた。こちらが向こうを覚えているであろうことは、先刻承知だろうに。
サングラスで目を隠しているせいで、蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]世賓の本心は読みづらい。それでもうっすらと、眼輪筋の収縮がわかる。
つくり笑いではなく、本心から喜びを感じているようだ。なにゆえの笑いだろう。獲物がひとり増えたことに対して、だろうか。
だとするのなら、なめられたものだと美由紀は思った。わたしは彼らの術中に嵌《はま》ったりしない。
「奥へどうぞ」と蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]はいった。「どうぞ今宵《こよい》も、心ゆくまでお楽しみください」
美由紀はゆっくりとガヤルドを発進させた。
いよいよ門をくぐるときがきた。この先は異国。自分を守ってきたあらゆる権利は、剥奪《はくだつ》されたも同然だ。
 大使館の本館ホールは、まさしく巨大にして絢爛《けんらん》豪華なカジノそのものと化していた。マカオのような俗っぽい猥雑《わいざつ》さはなく、もっと洗練された大人の社交場という雰囲気だ。モナコ公国のモンテカルロに近いが、そこを東洋人が埋め尽くした光景は、近代の上海にいくつも存在していた高級クラブのようでもあった。
ヨーロピアン・スタイルながら金箔《きんぱく》と漆芸に彩られた内装は、やはり中国特有の美的センスに思える。カジノ用の設備は簡易的なものではなく、実に本格的な仕様ばかりだった。ルーレットには人が群がり、カードテーブルはそこかしこにあり、ビリヤードやスロットマシンまでもが置いてある。大使館側の接客係はタキシードに蝶《ちよう》ネクタイ姿で、さながらカジノのディーラーのごとく振る舞っている。チャイナドレスの女性がカクテルグラスや軽食をトレイに載せて運んでいた。歓声やため息が断続的に聞こえてくる。賑《にぎ》やかさと静寂が同居する特異な場所。やはり日本国内とは思えなかった。
エンジいろの龍が柱に彫りこんであるのを見たとき、美由紀の歩は自然にとまった。
「どうかしたの?」と由愛香がきいてきた。
美由紀は天井を見あげた。まばゆいばかりに輝く水晶のシャンデリアがさがっている。
又吉という男の言葉を思いだした。でっかいシャンデリアはぶら下がってたよ。それから、柱に赤い龍が彫りこんであった……。
彼が撮影という名目で連れこまれたのはここか。やはりセットなどではなく、中国大使館のホールだったのだ。
すると、彼からミッドタウンタワー三十一階の暗証番号を聞きだしたのは、この大使館の組織ぐるみの計略ということか。
いよいよもって油断ならない状況だ。このカジノすべてがイカサマを背景に支えられている可能性がある。
黒服に通されたのは、ホールの一番奥にある部屋だった。
そこは扇状に横に伸びた空間で、いくつものカードテーブルが並んでいる。ゲームに興じている客の姿もあったが、バカラのテーブルとは違い、チェスの対極のように一対一が基本のようだ。そして、それらの客は全員が、全面ガラス張りの壁を背に向けている。
その窓の向こうに、美由紀の予想どおりの風景があった。ミッドタウンタワー。きらめくような赤坂のネオンとともに、そのガラスの塔がそびえ立っていた。
美由紀は由愛香に小声でささやいた。「いつものように座って。けっして背後を気にしちゃ駄目よ」
由愛香は意外そうにきいてきた。「え? でも、後ろから監視されてるんでしょ?」
「気づいていることを悟られないで。素振りも普段どおりにして」
「だけど、それじゃ負けちゃうじゃない」
「心配しないで。尻尾《しつぽ》をつかむためだから……」
黒服が近づいてきたので、美由紀は口をつぐんだ。
由愛香が椅子に腰を下ろすと、そのわきにも椅子が用意された。美由紀の席ということらしい。
テーブルの上には、カードが並べてあった。
赤い縁取りで、清朝歴代皇帝十二人の肖像画が一枚ずつ、計十二枚のカードになっている。それと並んで、青い縁取りの同じ肖像画のカードがやはり十二枚置いてあった。
これが愛新覚羅……。
美由紀は由愛香にきいた。「ルールは? どうやってやるの?」
そのとき、低い男の声が告げた。「私からご説明しましょう」
びくっとして辺りを見まわす。テーブルの周囲には、いつの間にか男たちが集まってきていた。
黒服たちのなかで声を発したのは、丸いサングラスの蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]世賓だった。蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]はいった。「その前に、まずご紹介させてください。特命全権大使、謝基偉《シエチーウエイ》です」
白髪に老眼鏡、どこか人のよさそうな初老の男が、礼装姿で進みでてきた。「謝です。このたびは、ようこそお越しくださいました」
初めてパーティーに出席した客に対するあいさつらしい。美由紀はあわてて立ちあがった。「いえ。こちらこそ……」
「愛新覚羅はわが国の伝統的なゲームですよ。存分にお楽しみになってください。ああ、くれぐれも熱くなりすぎずに」
「……心得てます。謝大使も、ギャンブルをなさるんですか?」
「いやいや。私は、賭《か》け事で運を使い果たすのを怖がるたちでしてな。しかし、きょうのゲームのお世話は、しっかり務めさせていただきますよ」
「お世話……?」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]がいった。「謝基偉大使は、このテーブルの審判人を務めてくださいます」
「さよう」と謝はうなずいた。「公正を期するために、ゲームの途中でカードを並べなおす役割を、その場所で最も位の高い者とその家族が務めるのが慣わしでしてな。といっても、一枚ずつ回収したカードを間違いなくその順序で並べるという、それだけの役割にすぎないんだが……。いちおう、大使としての名誉にかけて、しっかりと務めさせていただきます」
美由紀は、横に並んだテーブルを見やった。たしかにゲーム中のテーブルには、謝基偉大使と同じようにひとりずつ、寄り添うように立つ女性の姿がある。年配の女性と、若い娘がいた。
「私の妻と娘ですよ」と謝はいった。「あの得点表の審判人の欄に謝基偉的老婆《シエチーウエイタラオポー》と書いてあるのを見て、言葉を失うお客様が多くてね。老婆というのは家内という意味なんですが、日本人には誤解されるようで。娘という字も、中国では既婚女性か母親を表すんです」
「ええ、そうですね」美由紀はうなずいた。「看病が診察の意味になったりとか、中国語との違いは複雑ですね」
「ほう。あなたはわが国のことにお詳しいようですな。中国にお越しになられたことは?」
「ええ。一度だけですが……」
テーブルの向こうに腰掛けた蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が告げた。「それなら、これら清朝皇帝の名もご存じでしょうな?」
「……はい」美由紀は椅子に座りながらいった。「太祖ヌルハチ、太宗ホンタイジ、それから順治《じゆんち》帝、康煕《こうき》帝、雍正《ようせい》帝、乾隆《けんりゆう》帝、嘉慶《かけい》帝、道光《どうこう》帝、咸豊《かんぽう》帝、同治《どうち》帝、光緒《こうしよ》帝。そしてラストエンペラー溥儀《ふぎ》こと、宣統《せんとう》帝」
「そう。十二代。それぞれ赤と青の二種類ずつ、合計二十四枚が用いられます。中国政府が正式に発行している愛新覚羅用カードを使います。これらがそうですが、イカサマを禁止するために、ゲームごとに毎回、新しいカードを卸します」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]がぱちんと指を鳴らすと、黒服がテーブルの上のカードをすべて回収し、持ち去った。代わって、真新しいビニールの包装が施されたカードケースが置かれた。
「このように」と蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]はケースを取りあげた。「政府の検印入りシールで封がしてあります。これを破って新しいカードを取りだし、ゲームを開始するのです。ここまではよろしいですね?」
「ええ」
「結構」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は言葉どおりにシールを破り、ケースからカードを取りだした。さっきと同じように、赤と青に分けて十二枚ずつのカードを並べる。「このゲームは基本的に一対一です。親と子が交互に入れ替わりながらゲームをする。まず親がどちらになるかを決めねばなりません。それには、赤と青の宣統帝のカードを使うのが決まりです」
ラストエンペラーのカードが赤と青、一枚ずつ取りあげられた。
「これら二枚を裏にして、まず私がシャッフルします。それから」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が二枚を裏向きに押しやってきた。「お客様にもシャッフルしていただきます。これをお互いに納得がいくまで繰り返します」
由愛香がそれら二枚を取りあげて、裏向きにシャッフルする。慣れた手つきだった。カードはまた蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]のほうに渡される。蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が二枚を混ぜ、由愛香もそうする。しばらくそれがつづいた。
「さて」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は二枚をテーブルに裏向きに並べた。「どちらが赤かを当てたら親になります。私は、こちらかと」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は左のカードを表にかえした。赤だった。
由愛香が不安げな顔を美由紀に向けてきた。
美由紀は、動揺しないでと目で訴えかけた。ここまではまだイカサマが介入できる余地はない。由愛香が裏向きに混ぜたカードを、背後から判別できるはずもない。
青いカード十二枚が由愛香に渡された。蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は赤いカード十二枚を手にとった。
「ゲームは簡単です」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が告げた。「親が先攻、子が後攻です。まず親の私が、一枚のカードを選んで、テーブルの左端に置きます。私から見て左端ですがね」
一枚が裏向きに置かれた。
「このカードがなんであるかを推測し、子も自分から見て左端に、一枚のカードを裏向きに置くんです」
青いカードを持った由愛香が、そのなかから一枚を取り、テーブルに置いた。
「ここで」と蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]がいう。「子はチップを賭けることができます。当たっていると思えば多くの枚数を賭けられるし、自信がなければ賭けなくてもかまいません。親はそれに対し、同数のチップを賭けるか、降りるかしなければならないのです。このあたりは、ポーカーに似てます。そして……チップの賭けが終わったら、親だけがカードを表にします」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]はテーブルの上のカードを表にした。道光帝だった。
由愛香の顔がかすかに落胆のいろを漂わせたのを、美由紀は見てとった。彼女の推測は当たらなかったらしい。
「子のほうは、カードを表にする必要はありません。つづいて、親がまた裏向きにカードを一枚置きます。さっきのカードの右に置くんです。そして、子も一枚のカードを置く。チップを張って、それから親だけがカードを表向ける。……このように、親と子が交互に左端から順にカードを置いていくという、それだけのゲームです。ただ、親のカードは子のカードが置かれた直後に表に返されますから、子のほうは残りの親のカードがなんであるか、終盤が近づくにつれて推理しやすくなってくるんです。それで一発逆転を狙うもよし」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]と由愛香がカードを出しあっていく。蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]のカードが表向けられるたびに、由愛香が肩を落としているのがわかる。
互いに十二枚のカードを出し終わった。蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]の最後のカードが表向けられた。テーブル上は、蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]の赤いカードがすべて表向きに並び、由愛香の青いカードが全部裏向きに並んでいる。
謝大使が咳《せき》ばらいをした。「ここでようやく私の出番ですな。子のカードを左から一枚ずつ、慎重に回収して重ねていきます。そしてそれを、親のカードの列の下に、今度は右から順に表向きに配っていくんです。これで、いくつ一致したかがわかります」
美由紀はいった。「手間のかかる儀式ですね。最初から子が右から順に並べればいいのに」
「親と子がまったく同一の条件でゲームに臨むことが重要でしてね。左から順に並べるという行為も同じでなければ。ここでインチキがないように、私のような老齢の者が引っ張りだされて、責任を持っておこなえということですよ」
苦笑しながら謝は由愛香のカードをゆっくりと左から順に重ねて回収し、次にそれらを右から表向きに置いていった。
一連の動作は緩慢として、公明正大なものだった。カードの順序を入れ替えるなどの姑息《こそく》な方法は、決しておこないうるはずがなかった。美由紀ほどの動体視力の持ち主でなくとも、不正がないことは一目|瞭然《りようぜん》にちがいない。
二列に並べられた赤と青のカード、一致しているのはわずか三箇所だけだった。
謝がいった。「三箇所だけです。これらに子が賭けたチップは、倍返しになって儲《もう》かるわけですが、それ以外の外れたところのチップは、親の総取りになります。いまが本当の勝負なら、由愛香さんの負けでしょうね」
美由紀は唸《うな》った。「ずいぶん子に不利なゲームですね」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が首を横に振った。「そうでもありません。子の推測が六つ以上当たると、役がつきます。六つなら三倍、七つなら五倍、八つなら七倍……と、親は子に追い銭を払わねばならないんです。そして、十二枚ぜんぶ当たったら、『辛亥《しんがい》革命』という役がつきます。これは子が賭《か》けたチップの三十倍が親から支払われるという大逆転のチャンスです」
「そんなの、確率的にそう起きそうもないですね。子が親の手札を透視することでもできないかぎり」
その瞬間、美由紀は蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]の顔から目を放さなかった。一瞬の変化でもあれば見てとる、その腹づもりだった。
しかし蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は表情をかすかにこわばらせただけで、はっきりとした感情を浮かべなかった。
「ごもっとも」と蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は微笑した。「まあ、親と子は一ゲームごとに交代します。親のほうが有利でも、このシステムなら全体としては不公平ではないでしょう」
警戒されないよう、美由紀はテーブルの上に目を落とした。
肝が据わっている。たいしたポーカーフェイスだ。
今夜も従来どおり、ミッドタウンタワーを背にして客を座らせている。監視係が警察に捕まりそうになったことを知っているはずなのに、まったく同じイカサマをおこなうつもりだろうか。望遠鏡を別のフロアに設置すればだいじょうぶ、そう高をくくっているのだろうか。
だが、大使館側の意図はそうとばかりは限らない。
きょうになって急にテーブルの配置を変えたのでは、警察の動きを知る客がいたとすればイカサマがあった証拠と勘付かれてしまう。それであえて同じ位置関係を貫いているとも考えられる。
あるいは、イカサマの存在に気づいている客なら、タワーに背を向けて座るのを嫌がるにちがいない。そう思って客を秤《はかり》にかけているのかもしれない。警察の手入れを受けた直後なのだ、その可能性も充分にありうる。
気の抜けない状況だった。あらゆるものを探りつつ、こちらが猜疑《さいぎ》心を抱いていることを勘繰られないようにせねばならない。
「では」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]がテーブルの上で両手を広げた。「ゲームを開始したいと思いますが……。その前に由愛香様。チップを用意していただかなくてはなりません。失礼ですが、現金はお持ちで?」
由愛香が戸惑いがちに美由紀を見つめてきた。
美由紀はうなずいて、ハンドバッグを開けた。銀行から下ろしてきた札束を、テーブルの上に並べる。
四千万円。美由紀が預金していたほぼ全額だった。
「お友達のお金で?」と蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]がきいた。
「ええ」美由紀はいった。「あなたたちの大使館で、こんなに大勢の人たちが取り巻いている状況で、彼女ひとりじゃ不利でしょ。わたしが後見人になったの。スポンサーとしてね」
「面白い」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は笑った。まぎれもなく、喜びをたたえた笑いだった。「歓迎しますよ、岬美由紀様」
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