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千里眼83

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:本心 勝負が再開される前に、美由紀はカウンターに向かった。いつの間にか汗をかいているせいで、水分が不足しがちだ。スポーツ
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本心

 勝負が再開される前に、美由紀はカウンターに向かった。いつの間にか汗をかいているせいで、水分が不足しがちだ。スポーツドリンクに近いものをオーダーできるだろうか。
そのとき、カウンターの近くにいた正装姿の男が目にとまった。
彼が何者であるかを悟ったとき、美由紀は衝撃を受けた。
「板村さん!?」
はっとしたようすの板村久蔵が、こちらを見た。
表情には、あきらかに怯《おび》えのいろが浮かんでいる。体裁の悪さを感じ、腰も退《ひ》けていた。
美由紀にも、かつての上官と再会した喜びなどなかった。彼はいまやお尋ね者だ。航空祭からカウアディス攻撃ヘリを奪った。機体の行方は、依然として判明していない。
「ここでいったいなにを?」美由紀は油断なくきいた。
「なにって……ギャンブルさ。きみもこのパーティーに招かれたのか?」
「……板村さん。もし招待状があなたのもとに来たのなら、賭《か》けごとに手をださないで。ここは危険よ。お金だけじゃなくて、ゲストが職業上知りえている機密事項さえも担保にしてチップを借りさせ、それを巻きあげる段取りが……」
ふと美由紀は気になり、口をつぐんだ。
板村の額に無数の汗が浮かびあがっている。視線も落ち着かない。表情に不安が表れている。
直感とともに、美由紀はきいた。「まさか……もう被害に遭ったの? ……あのヘリの奪取は……」
「仕方なかったんだ」板村は声をひそめていった。「最初は軽い気持ちで手をだした。家族のために、生活費の足しになると思って……。だが、負け越してしまった。全財産をはたいて、借金もかさんでる」
「それで向こうから持ちかけられたの? 操縦の腕を生かして、航空祭から最新鋭ヘリを盗めって……」
「ほかに方法がなかったんだよ」板村は悲痛な表情で訴えてきた。「彼らはヘリを借りるだけだといってた。性能を分析して、また返すつもりだと……」
「そんな約束、反古《ほご》にされるにきまってるでしょう」
「ああ……。私が馬鹿だったよ。こんなことになるなんて、予想もしていなかった……」
「板村さん。ヘリはいまどこに……」
だが、ふいに黒服たちが割って入ってきた。板村は彼らに囲まれ、美由紀のもとから引き離された。
「待って」
美由紀は追おうとした。が、その目の前に蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が立ちふさがった。
「そろそろ勝負再開の時間です」蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]は無表情にいった。「あなたがいなくても、由愛香様はゲームを始めると思いますが、よろしいのですか?」
じれったさを噛《か》み締めながら、美由紀は蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]の肩越しに遠くを見やった。
板村の姿はもう見えない。彼は、蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]の一味の手のなかにあるのか。
人質になっているのなら、救出したい。けれども、ここで騒ぎを起こすことはできない。治外法権下では、いかなる訴えも退けられてしまう。
「……わかった」美由紀はつぶやいた。「テーブルに戻るわ」
重苦しい気分とともに、美由紀は歩きだした。
板村がここにいた。彼も目をつけられ、身ぐるみ剥《は》がれてしまっていた。フランスの攻撃ヘリを奪取し、譲渡するに至るなんて。
なにがそこまでゲストをギャンブルに駆り立てるのだろう。どうして追い詰められる前に罠《わな》だと気づき、逃れる道を選ぼうとしないのだろう。
 由愛香の勝負は一進一退だったが、それはつまり今夜に限っては大使館側のイカサマが効果をあげていないことを意味していた。カードを伏せたまま、タワーから見られないようにわずかに持ちあげて見るという単純な方法で、勝敗を五分五分に持ちこむことができた。
ただしそれは、美由紀の手の内すべてをばらすという代償を伴った。これで彼らは、昨晩のミッドタウンタワー三十一階の警察による待ち伏せと、今晩の美由紀の登場に因果関係があることに気づいた。
新しいイカサマが用意されるのでは、と美由紀は気が気ではなかったが、午前二時を過ぎたあたりから、由愛香は妙につきはじめた。
親として子の失敗につけこむかたちで儲《もう》けて、四時すぎには目的だった三千万円をほぼ丸ごと取り戻すことができた。
午前五時、パーティーはお開きになった。
誰もが無言のまま、疲れた顔で退散していく。客も、謝大使も、蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]も、も。
唯一の例外は由愛香だった。
 美由紀の運転するガヤルドの助手席で、由愛香は興奮ぎみに甲高い声で喋《しやべ》りつづけていた。「いやー、きょうはほんとにうまくいった。がんがん勝ち始めてさ。やったね! はい、これ、美由紀に借りたぶん。あと三千五百万ぐらい勝ちが残ってるし」
由愛香が無造作にダッシュボードの上に札束を投げだした。輪ゴムでとめられた一千万円の札束が四つ。前が見えなくなった。美由紀はあわててそれらをグローブボックスのなかに放りこんだ。
夜はしらじらと明け始めている。都心の朝は早い。もう通勤の人々が歩道にちらほらと見える。業者がコンビニエンス・ストアに商品を搬入していた。駅前に連なるタクシーの列も動きだしている。
一瞬も油断せずに警戒心を働かせていたせいもあって、美由紀の疲労はピークに達していた。
そんな美由紀のようすなどまるで意に介さないらしく、由愛香はまくしたてていた。
「やっぱりさ、そのタワーからの監視ってのがあったかどうかはわからないけど、慎重にやれば勝てるもんだよねぇ。三十八局めでさ、わたしが親になったとき、右から三番めに道光《どうこう》帝か乾隆《けんりゆう》帝のどちらを置こうか、迷ったんだよね。あのってやつ、やたらと乾隆帝狙いで来るからさ。で、道光帝にしておいて正解。あいつ、五十三万元もチップ賭けて当てに来て、みごとに外れてやがんの! いやー気分いいわ。この調子ならもっと……」
「だめよ」美由紀はぴしゃりといった。「きょう取り戻した三千万で、ひとまずは凌《しの》げるんでしょ? マルジョレーヌを閉店せずに、返済を迫られてるぶんを返せるんでしょ? もう充分じゃない。二度とカジノ・パーティーには行かないと誓って」
「……そりゃ、きょうは乗りきれるけどさ。また新しい取り立てが来るし……」
「いいの。そこから先は、真っ当な仕事で得た収入を返済にあてるのよ。ギャンブルで取り戻そうなんて思わないで。きょうは、向こうがわざと勝たせてくれたんだから」
「わざと?」
「あなたが稼いだのは親のときばかりだったでしょ? 子として親のカードを当てることができたわけじゃなかった。つまり、向こうが子のときに、故意に多額のチップを賭けて外してくれたのよ」
「あいつが外したのは、タワーからの覗《のぞ》き見ができなくなったからじゃないの?」
「もちろんそうだけど、それならチップを張る前に降りることもできるわけだし、賭けるにしても小額に留《とど》めておくこともできたはずよ。あのって人は間違いなく、手馴《てな》れたギャンブラーなんだわ。胴元の指示どおりに負けてみせた。あなたに、きょうの目的額のぶんだけ勝たせて、無事に帰させた。これは、わたしたちがイカサマを見破ったことに対する、彼らの口止め料と考えたほうがいいわ。口外せず、二度と姿をみせずにいてくれれば、この三千万は黙って進呈しよう。彼らはそんな無言の圧力をかけてきたのよ」
「そんな。考えすぎじゃないの? あいつらヤクザじゃないんだしさ。立派な政府筋の外交官なんだし……」
「でも、すべてを中国政府の指示でおこなっているかどうかは疑問よ。こんなイカサマ、発覚したら国際問題になるし、人民代表大会公認だなんてとても思えない。謝大使も、イカサマについては関知していないみたいだった」
「じゃあ何? あのサングラスかけた蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]って人たちが、本国に無断で勝手にカジノ・パーティーを主催しているってこと?」
「かもね。福祉目的の慈善事業だなんて大嘘。カジノの収益は一部のみを送金し、あとは蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]らの懐におさまる。彼らはそうやって巨額の日本円を稼ぐほかに、大功建設の総裁から第二東京タワーらしき図面を担保がわりに納めさせ、それを巻きあげたりしていた。客側には企業のトップや政治家も大勢いたでしょ? さんざん熱くさせたあげく、身ぐるみ剥いで、企業秘密や政府の機密情報を賭けさせる。蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]がどんな役職か知らないけど、それらの情報を中国政府に売っていることはたしかだと思う。日本からすれば、重大な損失よ」
「大げさね。たかがゲームなのに」
美由紀は急ブレーキを踏んだ。
由愛香が前のめりになった。停止した車内で、由愛香が驚いたようすで身を起こす。
「大げさじゃないわ」と美由紀はいった。「由愛香。あのカジノ・パーティーはこの国に深刻な打撃を与えつつある。ひいては国力の減退につながるのよ。彼らをこれ以上、儲けさせちゃいけない。もう二度と、あんな世界に関わらないで」
「美由紀。……わたしはね……」
「あなたが何を考えているかはわかる。いつも必死で頑張ってきたし、人生をギャンブルみたいなものだと捉《とら》えて、勝負を挑み、勝ちをおさめてきたわね。でも、あなたが仕事での業績を伸ばすことができたのは、ほかならぬあなたの努力と能力の賜物《たまもの》なのよ。決してツキなんかじゃないの。運試しだなんて軽い気持ちでギャンブルを始めたんだろうけど、もうわかったでしょ。待ってるのは地獄でしかない」
「けどさ……あなたがイカサマを見破ってくれたんだから、これからは公平な勝負が……」
「そんなの、期待できない。現にきょうも、タワーからの監視の目はあったんだし。ねえ、由愛香。あなたは経営者だし、数字には強いはずでしょ? よく考えてみて。ポーカーの役はワンペアかノーペアに終わる確率が九十七パーセント。ツーペア以上になると滅多《めつた》に出るはずもない。それなのに、役だけはとんでもなく希少な確率の組みあわせがいくつも設定されてる。ロイヤルフラッシュなんて六十五万分の一よ。どうしてだと思う? それは、カードゲームが運や確率だけで勝負されないことが前提になっているから。ありえないような役も、イカサマによって成立させられることが日常茶飯事だからよ。愛新覚羅もそうなの。六つ以上当てることなんて限りなく不可能に近いはずなのに、役が存在している。すでにきな臭い、権謀術数がうごめく世界なのよ」
「……わかった。美由紀。もう行かない」
「ほんと? 本当に二度とギャンブルをしない?」
「ええ。約束する。……今晩は、本当にありがとう。助けてくれて」
由愛香はそう告げると、ドアを開けにかかった。
美由紀はいった。「乃木坂のマンションまでは、まだ距離が……」
「いいの。歩くから。ひさしぶりに朝の散歩をしたい気分。じゃ、またね」
「ええ……。気をつけてね。おやすみなさい」
車外に降り立った由愛香がドアを閉め、歩き去っていく。
その背を見送りながら、美由紀は複雑な思いにとらわれていた。
友達を信じることができない自分が恨めしい。感情が読めなければ、わたしは由愛香の言葉を受けいれられただろう。それが友情の証《あかし》だからだ。
でもいまのわたしは、猜疑《さいぎ》心を募らせている。由愛香は本心を語っていなかった。眼輪筋の収縮しない空虚な笑み、左右がわずかに非対称になった表情筋。この状況下には、いずれも彼女がわたしに反感を抱いていることの表れだった。
由愛香が美由紀の意に沿わないことはあきらかだった。それでも、これ以上の説得は難しい。由愛香は、反発を強めるだけだ。
わたしはどうすればいいのだろう。美由紀は静かにその思いを噛《か》みしめた。
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