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千里眼87

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:カジノへの帰還 雨が降りだしたせいで、夜の都心の一般道はいっそう混みだした。やっとのことで中国大使館前に着いたとき、美由
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カジノへの帰還

 雨が降りだしたせいで、夜の都心の一般道はいっそう混みだした。
やっとのことで中国大使館前に着いたとき、美由紀はガヤルドの運転席で困惑を覚えた。
目の前ではいつものように、門番による入場者のチェックがおこなわれている。連なる高級車に、招待状の提示が求められている。
きょう、わたしはひとりだ。招待状は持ってはいない。服装もカジュアルなものだった。
ところが、美由紀の番がきたとき、タキシード姿の男はうやうやしく頭をさげた。「こんばんは、岬美由紀様。お待ちしておりました」
面食らいながらも美由紀はきいた。「由愛香は来てるの?」
「はい。今晩もお早い時間からおいでになりまして」
心音が耳に響いてくるようだった。美由紀はアクセルをふかし、ガヤルドを大使館のなかに乗りいれていった。
 きょうもカジノ・パーティーは盛況だった。本館ホールは、すでに本場マカオのカジノすら凌駕《りようが》した印象すら漂っている。富裕層とおぼしき招待客も数を増やしているようだった。
美由紀はそんな会場を突っ切り、奥の窓ぎわの部屋に急いだ。
愛新覚羅のテーブル。今晩もミッドタウンタワーを一望できる窓辺に用意されていた。
由愛香がいた。ゲーム中ではなかったが、テーブルについて突っ伏している。グラスは空になっていた。そして、傍らに積みあげられているはずのチップの山もなくなっていた。
「由愛香」と美由紀は声をかけた。
しばらく間があった。由愛香はゆっくりと身体を起こし、顔をあげた。
「ああ」由愛香は酔っ払い特有のぼんやりとした顔で応じた。「美由紀、か。遅かったわね」
「なに言ってるの? もうここへは来ないって約束したはずでしょ」
「約束だなんて……。美由紀、わたしの本心なんて、とっくに見抜いてたでしょ? 口ではそう言ってても、内心は違うものなの。承知のうえでそんなふうに言うなんてね。ずるいったらありゃしない」
「ねえ、由愛香……。あなたはまだ返済に追われる身でしょ。きのう取り戻した三千万円を返したら、残金はほとんど残っていなかったはずよ。そのなけなしのお金をギャンブルに充てようなんて、ふつう考えないわよ」
「三千万……。ああ、そうか。きょう返さなきゃいけなかったんだっけ……」
「ちょっと……。どういうこと? 返済したんじゃなかったの?」
「返済はぁ……してない。っていうか、三千万を返したって、すぐまた別の取り立てが来るし……。だからいまのうちに、手持ちのお金、増やしとこうかなって……」
「なんてことを。まさかきのうの勝ち分をぜんぶ賭《か》けたの? それで負けて失ったってこと?」
「っていうか……。ま、そうだね。そういう状況ってこと」
「由愛香。いったい何をしてるのよ。きょう返さなかったらマルジョレーヌも閉店しなきゃいけないって……」
「うるさいっての!」いきなり由愛香は大声を張りあげた。
周りのテーブルの客たちがこちらを振りかえる。
「ったく」由愛香は空のグラスを煽《あお》った。酒がなくなっていると気づいたらしく、近くの黒服に呼びかける。「ジントニック、もう一杯」
「駄目よ。もう飲んじゃいけない。家に帰るのよ」
「嫌よ。やだってば!」由愛香は泣きだした。「勝たなきゃ……。お金、取り戻さなきゃ……」
「だけど、もう全額失ってしまったんでしょ?」
「美由紀……助けてよ。もう一回でいいからさ。きのうみたいに助けて……」
思わず言葉を失い、押し黙るしかない。そんな自分がいた。
憤りよりも、情けなさで悲しくなる。仕事であれだけの手腕を発揮していた由愛香が、こんなふうに転落していくなんて。
そのとき、男の声が飛んだ。「無一文になったお客様にはお引き取り願っております。が、彼女は聞き分けがなくてね」
油断なく美由紀は振りかえった。丸いサングラスをかけた蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]世賓がそこにいた。
「ひどい人ね」美由紀は怒りをこめていった。「由愛香がこうなるとわかってて追いこんだんでしょ? 彼女が追い詰められた立場であることを知りながら、身ぐるみ剥《は》ぐまでゲームをつづけるなんて」
「勝負は由愛香様が望んだことです。お客様の要望には応《こた》えるのが、私どもの使命でして」
美由紀はホワイトボードの勝敗表を見やった。
最初から由愛香は多額のチップを賭けている。第三局ですでに二千万円を失い、それから小額の勝負に転じたが、負けがつづいてさらに一千万、第十局を終わるころには昨晩の純利益だった五百万も失って手持ちの金を無くした。
なぜかその後、三百万円ぶんのチップを借り受けて、もうひと勝負している。しかし、それも敗退したようだった。
疑問に思って、美由紀は由愛香にきいた。「全財産を失ったのに、なにを担保にしてチップを借りたの?」
蒋[#「くさかんむり/將」、unicode8523]が咳《せき》ばらいをした。「いかがですか、美由紀様。由愛香様の損失を取り戻してあげる意志はございませんか?」
「……わたしは、こんなふざけた勝負なんか……」
ところが、由愛香がふいにすがりついてきた。「お願い、美由紀。やってよ。千里眼でしょ」
「由愛香……」
「お願いだってば」由愛香は大粒の涙を流しながら、震える声で訴えてきた。「わたし、このままじゃ生きてられない……。友達だと思って助けてよ。あなたの千里眼で辛亥《しんがい》革命をだして。一発逆転してよ。お願いよ。お願い……」
由愛香が抱きついてきたせいで、美由紀はふらつき、ハンドバッグを取り落とした。
中身が床に散らばった。
「ああ、ごめんなさい、美由紀。ごめんなさい……」由愛香はあわてたように床に這《は》って、それらを掻《か》き集めた。
「いいのよ、由愛香」
「駄目。わたしがちゃんと戻すから。ほんとにごめんなさい」
美由紀はただ呆然《ぼうぜん》と、由愛香を見おろしていた。
人はこんなふうに壊れていくものなのだろうか。そしてわたしも、行きずりのように同じ運命を辿《たど》ってしまうのだろうか。
 大使館のなかは隅々まで豪華|絢爛《けんらん》たる装飾が施されている。洗面所すらも例外ではなかった。
洗面台と姿見が設置してあるだけのその小部屋は、金箔《きんぱく》と漆芸に彩られていた。毎晩のようにあれだけの金を客から巻きあげていれば、こんな内装も容易に可能になるのかもしれない。
美由紀は鏡の前で目薬を取りだし、天井を仰いで点眼した。
今夜も観察眼を働かせることに全力を費やさねばならないなんて。まるで予想していなかった。
柱にもたれかかった由愛香が、床に目を落としながらつぶやいた。「ほんとにごめんね。美由紀……」
少しは酔いが覚めてきたのか、行いについて反省を口にしている。とはいえ、それは彼女の本心ではない。これで救われたと、ほっと胸を撫《な》でおろしている。内心そんな心境に違いなかった。
鏡のなかの美由紀は、目薬が頬をつたって涙を流しているように見える。
なぜか不吉な報《しら》せのように感じる自分がいた。蛇口をひねり、水で顔を洗う。
タオルで拭《ぬぐ》ってから、ハンドバッグのなかのファンデーションを取りだす。
「ねえ、由愛香」美由紀は軽く化粧を施しながらきいた。「手札、ミッドタウンタワーから監視されないように注意した?」
「したわよ。……昨夜と同じく、テーブルに伏せたまま、カードの縁だけを持ちあげてちらっと表を確認したの。けど、きょうは駄目だった。それでもぜんぶ見抜かれてるみたいで……」
別のイカサマがあるのだろうか。いや、テーブルに仕掛けがあったようすはない。タワーからの監視であることは疑いの余地はない。
そこには非常策を講じた。わたしが勝負するためのものではない、由愛香が今晩もカジノ・パーティーに出かけたと聞いて、彼女を救うためにとった手段だ。けれども、それは間にあわなかった。
不本意だが、わたしがゲームに臨むしかない。
アイラインと口紅を引き終えると、美由紀はメイク用品をハンドバッグに仕舞いこんで、由愛香を振りかえった。「さ、行くわよ」
「ええ」由愛香は視線をさげたままだった。「心から申し訳なく思ってる……。美由紀」
その言葉がなぜか胸にひっかかった。
由愛香は罪悪感を覚えている。こんな状況になったのだ、それも当然のことだった。
ただ、いまの由愛香の表情は、そこになにか別の意味を含んでいるように思えてならなかった。
気のせいだ、と美由紀は思った。いまは戸惑っている場合ではない。勝負のことだけに集中すべきだ。
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