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千里眼109

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:襲撃午前八時、山手通りは朝のラッシュ時を迎えていたが、クルマの流れはわりとスムーズだった。降雨とは無縁の空模様のせいかも
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襲撃

午前八時、山手通りは朝のラッシュ時を迎えていたが、クルマの流れはわりとスムーズだった。降雨とは無縁の空模様のせいかもしれない。
早くも照りつける夏の陽射しの下、岬美由紀はフェラガモのサングラスをかけてランボルギーニ・ガヤルドのステアリングを切っていた。V10気筒の低く轟《とどろ》くエンジン音を背に、三つの車線を次々に変更して路上を縫うように駆け抜ける。
他人からすれば危なっかしい運転に見えるかもしれないが、戦闘機を操ることに比べれば他愛もなかった。サングラスも動体視力を減退させる理由にはならない。
きのう臨床心理士会の事務局前で牧野に頼まれたとおり、きょうは新宿のハローワークに詰めねばならない。彼が不安を覚えている京城麗香という女性に出会うまでは、当面はハローワーク勤務になるだろう。都内のほかのハローワークに現れたら、連絡がもらえるようにあらかじめ話をつけておこう。
ぼんやりとそう思ったとき、美由紀はミラーに映った後方視界に、気になるものを捉《とら》えた。
黒のクライスラー300Cセダンが、こちらと同じように車線変更しながら尾《つ》いてくる。
まだ尾行とは限らない。美由紀はEギアのセミオートマからマニュアルに切り替え、アクセルを踏みこんで唐突に加速した。
二台のトラックが縦列に走る、そのわずかな隙間にガヤルドを割りこませて、反対側に抜ける。もしこちらを意識していたのなら、慌てて追ってこようとするはずだ。
トラックの隙間を抜ける曲芸は困難だろうし、いったん速度を落としてゆっくり蛇行、こちらの位置をたしかめようとしてくるだろう。
ところが、その予測は外れた。
突如、トラックのクラクションが鳴り響いたと思うと、直後にセダンがガヤルドの後方に出現した。美由紀と同じく、トラックの縦列のなかを突っ切ってきたのだ。
反射的に美由紀は加速した。
セダンのドライバーが決死の覚悟で追ってきているのは間違いない。なら、その礼儀に答えてやるまでのことだ。
陸橋を昇りかけてから、いきなりステアリングを左に切って歩道に乗りあげ、さらに側道へとガヤルドを差し向ける。
一メートル近い高さからの落下、そして着地。弾《はじ》けるような音とともに、突き上げる衝撃が襲う。
わずかにステアリングを左右に揺らして、シャーシが壊れていないことをたしかめる。
ドイツの資本が入ったランボルギーニは、このていどのことでは壊れない。もしそんなに柔な車体だったら、あのミッドタウンタワー事件の夜に生きては帰れなかったはずだ。
古い商店が軒を連ねる、道幅の狭い路地を見つけた。
一方通行の表示がでている。
美由紀は通りすぎてからブレーキを踏みこんで停車し、急速にバックして、路地に後方から乗りいれた。
そのままバックで路地を猛進する。
道幅にほとんど余裕はない。それでも、ミラーを見ながら通行人や自転車を微妙なステアリングさばきで躱《かわ》していく。
セダンが路地に入ってきた。
向こうは当然、フロントから乗りいれてくる。猛スピードで後退する美由紀のガヤルドに、距離を詰めてきた。
おかげで、ドライバーが互いに顔を見合わせる図式になった。
ふいに携帯電話が鳴った。ブルートゥースで無線接続された電話は、ハンズフリーで通話可能になる。
美由紀は運転をつづけながらきいた。「誰?」
「あなたの目の前にいる者です」と男の声がスピーカーから流れでた。
前方に目を凝らすと、セダンの運転席にいる若い男が、片手でステアリングを操りながら、もう一方の手で携帯電話を耳に当てている。
「運転中の携帯電話の使用は違反なんだけど」と美由紀はいった。
「その速度で生活道路を後退するのも、どうかと思いますがね」
声の響きには、わずかに外国人らしき訛《なま》りが感じられる。けれども、アジア系ではないようだ。セダンのフロントガラスの向こうに見える男は、褐色がかった髪を刈りあげたスポーツマン風だった。
痩《や》せた精悍《せいかん》な顔つきではあるが、目は死んだように輝きがない。アングロ=サクソン系の白人に思えるが、詳しいことはわからなかった。
それより美由紀には気になることがあった。
「気のせいかしら。わたしがいま見つめている人は路地をかなりの速度で飛ばしていて、それなりの緊張が伴っているはずなのに、まぶたがとろんとしていて眠そうなんだけど」
「私のことですか? 居眠り運転の心配などありません。絶えず周囲に注意を払っていますから」
美由紀はミラーを一瞥《いちべつ》し、行く手が三叉《さんさ》路になっているのを見てとった。そのなかから、またいちばん狭そうな路地を選んで、ガヤルドをバックのまま走らせる。
散歩中の老婦人が子供の手をひいている。減速させることなく、反対側の壁面にぎりぎりまで車体を寄せてそれを避け、なおも後退しつづけた。
「ねえ」と美由紀はいった。「注意深く運転しているのなら自律神経系の交感神経が過敏になってると思うけど。どうしてそんなに表情筋が緩んでるの?」
「むろん、あなたに感情を読まれないようにと思ってのことです」
「セルフマインド・プロテクションって、ある特定の詐欺集団が身につけてる技法だったわよね、たしか」
「詐欺集団ではありませんよ。歴史の陰に暗躍して、心理的操作によって人類をあるべき方向へ導こうとする……」
「……ってのが大義名分のぺてん師の集まりでしょ」
「われわれを侮辱しておられるのでしょうか」男はなおも無表情だった。「お伺いしたい、岬美由紀さん。いまどちらへ行かれるところで?」
「臨床心理士としての通常業務でね。ハローワークに行って失業者の相談に乗るの」
「新宿のハローワークでしょうか」
「よく知ってるわね」
「ある特定の相談者に会おうとしているのではありませんか」
「さあ、どうかしら」
「京城麗香に会う予定はありますか?」
「……だったら何?」
「新宿に行かせるわけにはいきませんね」
「へえ。……そうね、気が変わったわ」
「ほう?」
「そんなに気乗りしない仕事だったんだけど、メフィスト・コンサルティングに妨害されたんじゃ、これは是非とも行ってみなくちゃって気分」
「……好ましくない返答ですね」
「外人さん。上|瞼《まぶた》が下がって下瞼が上がってるんだけど。もしかして、いま怒りの感情をうっかり露呈しちゃってない? メフィストの社員としちゃ減点対象よね?」
「ならば」セダンはいきなり速度を上げてきた。「失点を取り返すまでですよ、岬美由紀」
男がフロントバンパーを衝突させようとしているのはあきらかだった。
美由紀は素早くギアをシフトアップしてアクセルを踏みこみ、後退の速度をあげて躱《かわ》した。
路地の終点が見えた。環状七号線の高架線が近い。
ひとけのない高架下は金網で覆われていた。依然として付近の道路は狭く、取り回しには充分ではない。
それでも金網ぎりぎりまで下がった美由紀は、やっと後退から前進へと転じた。
敵をやり過ごして環状線に入らねばならない。
ところが、セダンはガヤルドからわずかに距離を置いて減速すると、側面をこちらに向けた。
窓が開き、男は黒いボールのようなものを地面に転がしてきた。
美由紀は、男の手にリング付きのピンが残されているのを瞬時に見て取った。
ステアリングを切ってエンジンをふかす。
そのあいだも、美由紀は転がってくる物体の位置と、物体の内部で作動しているメカの進行状況を十分の一秒刻みで把握していた。
スプリングが作動して撃鉄《ストライカー》が雷管を打つ。火花が散って延期薬に引火。発火薬に燃え移るまで、あと一・〇秒、〇・九秒、〇・八秒……。
一気に加速して距離を置く。
直後、美由紀の古巣で手投げ弾と呼ばれたそれは、ガヤルドの後方で耳をつんざく爆発音とともに火柱を噴きあげた。
アスファルトの破片と砂埃《すなぼこり》が辺りに飛散し、ガヤルドの車体に音をたてて降り注ぐ。
「いい反応ですね」と男の声がした。
まだ通話は保たれているようだ。
行く手はガードレールに阻まれていた。ブレーキを踏みこみながら素早くステアリングを切ってターンし、体勢を立て直す。
爆発で発生した煙と砂埃が濃霧のように漂い、視界は充分でなかった。
ギアを入れ替えながら美由紀は告げた。「|M67手榴弾《アツプル》を持参ってことは、どうあってもわたしを新宿に行かせないつもりね」
「行き着く先は天国ですよ、岬美由紀」
「地獄のほうが好みなんだけど」
そういいながら美由紀は、唯一の逃げ道を敵にふさがれたことを悟った。セダンは環状線に昇るためのスロープを占拠し停車している。
ちらと上方を見た。
ここでは、高架線の高さはそれほどでもない。地上からわずか三メートルというところだ。ならば、可能性はあるかもしれない。
その思いつきが、まともな神経によって発せられたものかどうか疑っている暇もなかった。美由紀はすぐさまアクセルを踏んでガヤルドをセダンに突進させていった。
男がまた手榴弾を投げてきた。
絶妙なコントロールだ、ガヤルドの前方で爆発を起こし、停車を試みようとしている。
だが、美由紀のとった行動は回避ではなかった。
地上に転がった手榴弾の上に、あえてガヤルドを滑りこませ、停車させた。
一瞬ののち、足もとですさまじい爆発音が轟《とどろ》き、身体が浮きあがった。
クルマごと爆風に飛ばされるというのは、常識で考えられるような事態ではなかった。千四百三十キログラム、このサイズのクルマとしては軽量の部類に入るガヤルドの車体は、横方向に回転しながら宙に舞った。
空中で美由紀は運転席の床を踏みしめ、抜けていないことを確認した。M67は硬質鉄線が飛び散って殺傷力を高める仕組みになっているが、それは人間に直接投げることを想定してのことだ、これだけ厚い鉄板を撃ちぬく効果はない。
いかに戦場でのドライバーとしての経験が豊富であっても、爆発で車体を垂直方向に飛ばせることには思いが及ばないに違いない。しかし、美由紀はパイロットだった。敵ミサイルが近接信管により機体周辺で爆発したときの爆風の影響、それを逆に利用して上下左右への移動力に変える直感的な操縦は身についていた。
いまもまさしく、その通りのことを地上で実践したにすぎなかった。中心よりもわずかに左舷《さげん》にずらした位置の下で爆発を発生させ、車体は右舷上方へと飛ばした。
激しく回転しながら、宙に舞ったガヤルドの車体が高架線に横から飛びこんでいく。
美由紀は強烈なGと嘔吐《おうと》感に堪えながら、着地の衝撃に備えた。
爆発よりもさらに強烈な縦揺れが襲い、背骨に激痛が走る。だが、あきらかに路面に接地したとわかった。
顔をあげたとき、前方には高架線の上、環状七号線の道路が伸びていた。
後方ではタクシーが急停車したのがミラーに映っている。
突如出現したガヤルドに、運転手が目をぱちくりさせていた。あまりの事態に、クラクションを鳴らすことさえない。
美由紀は、割りこみをしたときと同様にハザードランプを数回点灯させて、後続のクルマに感謝をつたえると、流れに乗ってガヤルドを走らせた。
エンジンのベアリングが損傷したのか、擦《こす》れるような音が聞こえるが、走行には支障なさそうだった。
当然ながら、後方にも追っ手のセダンはない。
「……お見事」男の声がスピーカーから聞こえてきた。「そんな手があるとは、予測もつきませんでした」
「歴史を作るとか言ってて、これぐらいのことすら予見できないの?」
「あなたは予測困難な不確定要素の塊ですよ、岬美由紀。気をつけることですね。あなたが歴史を狂わすことを、われわれは是としない」
通話は切れた。
ツー、ツーという音だけが車内に響く。
ステアリングを切りながら、美由紀はハンズフリーをオフにした。
わたしが歴史を狂わす。
どういう意味だ。わたしが京城麗香なる女性と会うことで、どのような影響が生じるというのだろう。
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