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千里眼111

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:パワーハラスメント麗香に連れられて幸太郎が足を踏みいれたのは、大久保駅と新大久保駅のほぼ中間にある五階建ての雑居ビルだっ
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パワーハラスメント

麗香に連れられて幸太郎が足を踏みいれたのは、大久保駅と新大久保駅のほぼ中間にある五階建ての雑居ビルだった。
その三階、外観の印象よりはずっと広いワンフロア。薄汚れてはいるが、改装したのはごく最近のようだ。床のフローリングは光沢を放っているし、壁紙も新しい。
「どう? ここ」麗香は軽快なステップで小躍りしながらいった。「いかにも風変わりで、事務所っぽくないでしょ。わたしが目指す斬新《ざんしん》な企業の拠点には、もってこいって感じ」
「斬新といえば斬新だけどさ……」幸太郎は戸惑いがちに、床を靴のつま先で叩いた。「ずいぶん堅い床だな。コンクリでも打ってあるのかな?」
「ダンススタジオとして改装したんだけど、さっぱり流行《はや》らなくて半年で潰《つぶ》れたんだって。おかげで防音も完備、カラオケとかにも最適。キッチンもバスもあるし、なんならここで暮らせるね」
埃《ほこり》っぽい倉庫同然のこの部屋をそこまで喜べるとは、オーナーもさぞ感激しているだろう。
「ここ、幾らだったんだ?」と幸太郎はきいた。
「幾らって? いまのところ|〇《ゼロ》円」
「〇円? でも契約は交わしたんだろ? 敷金とか、礼金とかは……」
「そんなのまだよ。ずっと借り手のつかない部屋だったから、わたしもお試し期間ありって条件で検討してあげるっていったの。だから最初の一週間は無料《ただ》」
「二週めからは金が派生するわけだろ?」
「そのころにはなんらかの事業収入があるでしょ。会社も軌道に乗りかけてるころだろうし」
「あのう……。頭だいじょうぶか? この室内を見てみなよ」
「なによ」
「机も椅子もない。電話もファックスもパソコンもない。それなりの事務所としての体裁を整えるのにも、時間もかかるし金もかかる。一週間で軌道に乗るなんて……」
麗香は苦々しい顔になった。「ったく。幸太郎。失業者が脳汁を最後の一滴まで絞りだしてみたところで、発想なんてそのていどってことね。それを肝に銘じておいたら?」
「……なにか思い違いをしてるってのか、俺が?」
「ええ。とんでもない勘違いね。一週間で芽の出ない会社なんて、いくらやってみたところで同じ。石の上にも三年とかほざく人とかいるけど、たいてい負け犬の遠吠《とおぼ》えよね。継続は力なりとか言って、万年ヒラの身分をごまかそうとするなんて、ほんと出世できない輩《やから》の典型的な物言いって感じ。スーツ着て、満員電車に揺られて、会社でコピーとって書類をどうにかするのがそんなに大変かしらね。何年つづけたって雑用係は雑用係。人間の屑《くず》。石の上なんてね、座ったら痛いじゃん。だからせいぜい三時間よ、三時間。石の上にも三時間」
防音が施されていてよかった。こんな声を漏れ聞いたら、世のサラリーマンのほとんどは麗香に殺意を燃やすことだろう。
幸太郎はきいた。「きみは三時間で利益をだせるとでもいうのか?」
すると、麗香はふいに真顔になって告げた。「だから経費をかけちゃいけないの。出てくお金を最小限に留《とど》めておけば、最初から黒字にできるわけじゃん。机や電話やパソコンなんて、必須じゃないでしょ? そんなものそろえて、会社ができましたって自分を納得させて自己満足。けどさ、実態は事務用品が並んでるだけのことよ。備品はそれなりに利益が膨らんできてから購入すりゃいいの」
「まあ……そうだけどさ。でも会社というからには……」
「何? 会社っていうからには、立派なオフィスが必要? それって敗北の人生の幕開けじゃん。来客があるなら、近くのホテルのラウンジで会えばいいでしょ。日本人って、とにかく見栄えのする豪華なパッケージを先に作りたがるんだよね。国の総力挙げて馬鹿でっかい戦艦大和一隻だけ作って勝てる気になったりとか、文庫本と同じ内容なのにハードカバーで高く売るとか、ソフトが出てもいないのに次世代DVDプレイヤーやらゲーム機やらの発売を騒いだりとか、気持ち悪い布カバーで家財道具一式なんでもくるみたがったりとか。大事なのはハードよりソフト、つまり中身でしょ。顧客に見せなきゃならない部分でどうしても金のかかることはあっても、事務所のなかなんて社員しか見ないところじゃん。ここには知恵というソフトウェアさえあればいいの。ハードウェアは二の次。わかった?」
「……けど、実務をするにはさ、いちおう椅子が……」
麗香は床に座りこんだ。「日本人でしょ、床で生活するのは慣れてるはずよ。こうして、広々とした無の空間で心を落ち着けて座ってると、ほら、なんでも可能になってくるって気がしない?」
まるで寺だ。
しかし、麗香に節約という発想があるのは意外だった。彼女がまくしたてた社会分析も、言葉づかいは悪いがそれなりに鋭い視点を持っていると感じられた。
いや、感心するなどもってのほかだ。麗香はひたすらに衝動にまかせて行動しているだけだ。奇行に見えてまともな考えが裏にあるのではと期待するのは、愚の骨頂というものだ。
そのとき、コンコンとドアをノックする音がした。
「あん?」麗香は立ちあがろうとしなかった。「誰よ。幸太郎、ちょっと見てきて」
ほとんど使用人扱いだった。幸太郎はため息をつきながら戸口に向かった。
扉を開けると、廊下にひとりの女が立っていた。
一見して、変わった雰囲気の女だった。年齢はまだ若く、二十代前半らしい。痩《や》せていて、ひきしまった身体つきをしている。黒髪はストレートに長く伸ばし、顔はまだ幼かった。
微笑を浮かべたその顔、東洋人でいながら、どこか日本人とは違う趣きだ。雰囲気は歌手のボアに似ているかもしれない。
すると、女がたどたどしい口調でいった。「初めまして。吉永沙織《よしながさおり》といいます」
幸太郎は呆気《あつけ》にとられた。舌足らずに聞こえるその言葉は、訛《なま》りだとわかる。
本当に、ボアと同じような言葉の響きだ。韓国人だろうか。
そう思ったとき、いきなり幸太郎は横方向に突き飛ばされた。
麗香が沙織に満面の笑みで詰め寄った。「ようこそ! 株式会社レイカへ。早かったね! わたしたちもいま来たところなの」
「は、はあ」沙織も麗香のテンションの高さに面食らったようすだった。「そうですか。それはどうも……」
幸太郎は麗香に聞いた。「知り合いかよ?」
「まさか。いま初めて会ったの。きのうの晩、社員急募の掲示板に書きこみしてくれたんじゃん。きょう採用の面接するから来てって、わたしも返事を書きこんだの。あなた、把握してなかったの?」
無茶をいう。俺がネット環境にいたのは漫画喫茶にいたあいだだけだ。
沙織は笑顔で幸太郎に会釈した。「よろしく」
これまた美形に微笑まれるのは悪い気はしない。だが、やはり気になることがある。
幸太郎は麗香の手を引いた。「ちょっと来てくれ」
「なによ。堂々と話せば?」
「馬鹿いえ」幸太郎は麗香に小声で告げた。「胡散《うさん》臭いと思わないか。あのボアそっくりの訛りで、吉永沙織だなんて。そういえば吉永|小百合《さゆり》と一字違いじゃないか」
「それがどうかした? 社員急募にすかさず反応するなんて、やましいところがある身の上に決まってんじゃん」
「不法就労者だったらどうするんだ。たぶん韓国系だと思うけど、北朝鮮からの密入国者だったりしたら……」
「ありうるわね。大久保|界隈《かいわい》に潜むのは賢明な手よね。手助けしてくれる人もたくさんいるだろうし」
「おい……」
「訳ありなら黙っていろんな仕事をこなしてくれるでしょ。賃金も安く済むだろうし、一石二鳥」
「そうはいっても、社員として電話を受けたりしたら、あの訛りはどう考えても不自然だぞ。いくらなんでも吉永さんなんて日本人名は……」
「それはそうね」麗香は沙織を見据えていった。「ねえ、キムチ食ってるのに吉永沙織はないんじゃん? 本名聞いてもしょうがないから、ポアって呼ばせてもらうけど、どう?」
幸太郎は寒気を覚えた。なんという思慮のない言い方だろう。沙織を名乗る韓国人女性は、きっと顔を真っ赤にして怒りだすか、泣きだすに違いない。
ところが、沙織の反応は、幸太郎の予測とは正反対だった。
「はい」とポアは明るく笑った。「社長に命名していただけるなんて、感激です。今後ともよろしくお願いします」
頭をハンマーで殴られたような衝撃とは、まさしくこのことだ。
幸太郎は言葉を失って立ち尽くした。麗香の提案を受けいれるなんて。それも明るく笑いながら。
いや、顔で笑って心で泣いてという心境ではないのか。きっとそうだ。
「やめろよ、ポアだなんて」幸太郎は麗香にいった。「きみは、沙織さんの気持ちがわかってるのか。きみが雇い主になる以上、彼女は嫌と思ってもすなおにそれを表すことができない。これはパワーハラスメントだろ」
「はあ? なにいってんの。ビートたけしはダンカンに当初、ふんころがしって名づけたのよ。それと比べてポアって名前のどこが問題なのよ。ねえ?」
ポアもにっこりと笑った。「可愛くて、いい名前だと思います」
幸太郎は絶句せざるをえなかった。ありえない。こんな会話が成り立つなんて。
少なくとも、この言葉が日本の犯罪史上どんな意味を持っていたのかぐらい、調べてから決めてほしい。
だが、麗香はもうその命名について再検討する意志はなさそうだった。「じゃあ、ポア。悪いんだけどさ、ここ掃除してくれる? それと、会社にふさわしい物がいくつか必要なんだけど。机とか、椅子とか、電話とか。大久保に住んでる韓国人を片っ端からあたって、不用品を引き取ってきてくれないかな」
「ええ」ポアは屈託のない笑いとともにうなずいた。「わかりました。喜んで」
「それと」麗香は幸太郎を見た。「あなた、クルマの運転ってできる?」
「まあ、いちおう、免許は持ってるけど……」
「そりゃよかった、少しは使えそうね。会社といえば社用車。事務所のなかは見せてまわるわけじゃないけど、社用車は人目につくものでしょ。しっかり社風を表す車種でないとね。それも高級車でないと。いまからクルマを探しに行くから、一緒に来て」
「クルマ? なあ、いったいなんの会社なんだ。そろそろ教えてくれないか」
「あなたの頭で理解しろっていうほうが無理な話よ。そうね、この世のあらゆる事業を超越した最高に魅力的な会社とでも言っておくわ」
答えになってない。ますます不安は募るばかりだ。
そんな幸太郎の腕をつかみ、麗香は戸口に向かった。「ポア、あとはまかせたわよ。戻ってくるころには、しっかり会社になってることを期待してるから」
「はい」ポアは深々と頭をさげた。「お気をつけて行ってらっしゃいませ、社長」
幸太郎は廊下に連れだされながら、脳天がくらくらするのを感じていた。
異常だ。さっぱり理解できない。
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