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千里眼112

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:アーティスト麗香のクルマ探しは、会社設立以上に理解不能な行動の連続だった。幸太郎は炎天下のなか、彼女に歩調をあわせてつい
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麗香のクルマ探しは、会社設立以上に理解不能な行動の連続だった。
幸太郎は炎天下のなか、彼女に歩調をあわせてついていくのが精一杯だった。
まず、都営地下鉄で向かった先は江戸川区にあるベンツの中古車専門店だった。
「やっぱ高級車っていえばベンツでしょ、ベンツ」と麗香は電車の車内でも甲高い声で連呼していた。
到着すると、麗香はまっすぐに店長のもとに向かい、事故車があったら買い取りたい、と告げた。
店長は、そんなものは置いていないと切り返したが、麗香は表情ひとつ変えずにいった。
パーツ取りのために裏にほったらかしてあるSクラスがあるじゃん。側面から衝突されてボコボコになってるやつ。ベンツがあんなに凹《へこ》むなんて、よっぽど大きな事故だよねぇ。ナンバー外してないから、まだクルマとして登録してあるんでしょ? 主だったパーツはほとんど引っ剥《ぱ》がしたみたいだし、わたしに所有権移せば引き取ってあげるけど?
正気かよ、と幸太郎は思った。
自走不可の車両、それもドアからワイパーブレードまで外されてしまったクルマだ、修理しようにも部品がなくてはどうにもならない。というより、走らせるためには莫大《ばくだい》な金がかかる。
店長の顔はひきつっていたが、たとえ無料で譲っても、処分費を払わなくて済むぶんだけ得になると踏んだらしい、名義変更と移転登録に同意した。
あとでレッカー車で取りに来るから、そのままにしといて。麗香はそういって店をでた。
無料とはいえ、ポンコツを手にいれて何になるのだろう。そんな幸太郎の素朴な疑問に答える素振りさえ見せず、麗香は今度はJRで千葉の幕張駅に向かうといいだした。
幕張メッセに着いたのは午後一時半。ちょうどモーターショーが開催されていて、大勢の人々で賑《にぎ》わっていた。
麗香はなんと、関係者用の通行証を持っていた。
それをエントランスで提示し、麗香はいった。「株式会社レイカ社長の京城です。こっちは部下の鳥沢幸太郎」
わざわざフルネームで紹介しなくてもいいだろうに。
受付嬢はこちらの業種をたずねることもなく、にっこりと笑った。ようこそいらっしゃいませ、そう告げた。
幸太郎は罪悪感とともに、会場に足を踏みいれた。
いくつものホールを借り切って催されている大規模な自動車メーカー各社の発表会、モーターショー。
そこでも麗香が目をつけたのは、メルセデス・ベンツの展示ブースだった。
黒山の人だかりのなか、光沢を放つ高級車がずらりと並んでいる。
どのクルマも、乗ってみることは可能だった。むろん、走らせることはできないが。
Sクラスは、ブースのいちばん目立つところに飾ってあった。いかにも大企業の社長が乗りそうなハイグレードなセダン。人気も一番のようだった。
なぜか麗香は、ディーラーの人間と話していた。すごいクルマですねぇー。どんなキー使うんですか?
しばしお待ちを、と言って、相手はカウンターに引きさがった。キーを持ってふたたび麗香に近づく。こちらでございます。
それはいわゆるスマートキーで、鍵《かぎ》の先端部は金属の突起ではなく、プラスチック製のケースにすべてがおさまっている。
鍵穴に差しこんだら内部から赤外線が照射され、イモビライザーで認証がおこなわれる仕組みである……。ディーラーの男はそのように説明していた。
「へえー。そうなんですか。エンブレムがついてて、素敵なキーですよねぇ」麗香はそういって、キーを相手に返した。
しばらく麗香はメルセデスのブース内をぶらぶらと歩きまわっていたが、またSクラスに戻ってくると、幸太郎にいった。「運転席に乗って」
「ああ……。いいけど」もう逆らっても始まらない。言われるままにすることにした。
ドアを開けて運転席に乗りこむ。
きめ細やかな造りの、リビングルームのような車内。革張りのシートも大きく、高級感|溢《あふ》れるものだった。
後部ドアが開いて、麗香が乗りこんだ。
後ろの席に乗るとは。俺は完全に運転手扱いか。
すると、麗香がなにかを放り投げてきた。
幸太郎はその物体に目を落とし、ぎょっとした。スマートキーだ。
「エンジンかけてみて」と麗香があっさりといった。
「ちょ、ちょっと。これはいったい……」
「いいから。それ、さっきの中古屋で買った事故車のキー。鍵穴に入れて、ひねってほしいだけ。それぐらいのこともできないの?」
「……イモビライザーついているから、エンジンがかかったりはしないよ」
そういいながらも、幸太郎は指示に従ってキーを挿し、ひねった。
ほら。と言いながら麗香を振り返る。幸太郎はそのつもりだった。
だが、そうはならなかった。
Sクラスは重低音を響かせながらエンジンを作動させ、メーターパネルのあらゆる表示に明かりが入った。
「な……なんだよ。こりゃいったい……」
当然、周囲の見物客たちは驚きのいろを浮かべている。
彼らが身を退《ひ》かせたと同時に、ディーラーの男たちや警備員らが血相を変えて駆け寄ってきた。
麗香は落ち着き払った声で告げてきた。「中央コンソール、あなたの左手の下あたり。南京錠の絵が描いてあるボタンがあるでしょ。それを押して」
「京城さん。これはどういう……」
「さっさと押して!」
びくつきながら目を落とすと、錠前の絵はすぐに見つかった。
そのボタンを押す。集中ロックだった。四枚のドアすべてが重苦しい音とともに施錠された。
ディーラー側の連中がドアを開けようと必死になっているが、不可能だった。
ひとりがスマートキーをこちらに向けてボタンを押している。リモコンで開錠しようというのだろう。
だが、無反応だった。ドアは固く閉ざされている。
まさか、そんな……。
幸太郎は背筋の凍る思いだった。
麗香は初めからそのつもりだったのか。事故車の車体などに用はなく、ただスマートキーを入手したいだけだったのだ。
外見上はまったく変わらないキーがひとつあれば、すりかえは容易に可能になる。
「幸太郎」麗香がぼそりといった。「サイドブレーキの解除は、右手のあたりにあるPのボタンを押すだけでいいから。それと、ウィンカーのレバーはステアリングの左についてる。右はチェンジレバー代わりのシフトレバーだから気をつけて」
「それどういうことだよ!? このまま走らせろとでも?」
「ほかに何があるの」
「冗談じゃない! 降りるよ。泥棒なんてまっぴらだ」
「あなた、ここに入るときに本名、名乗っちゃってるじゃん。それもわたしの部下として。いまさら言い逃れは聞かないんじゃない?」
名乗ってなんかいない。麗香が勝手に紹介しただけだろう。
心拍数があがる。心臓の鼓動は激しさを増し、いまにも張り裂けてしまいそうだ。
クルマの周りで見物客らが、携帯電話のカメラをこちらに向けている。フラッシュがひっきりなしに閃《ひらめ》く。
幸太郎は顔を隠そうとしたが、もう遅かった。何枚かは確実に撮られてしまったにちがいない。
さらに、人垣をかきわけて警備員たちも続々と押し寄せていた。その手には、窓ガラスを割るためのブレイクハンマーが握られている。
麗香は後部座席にくつろいだ姿勢でおさまり、低い声でいった。「幸太郎。一生負け犬で終わる? それとも人生を変えてみる?」
身体が震える。絶望、その二文字が脳裏《のうり》をよぎった。
まさしくここは崖《がけ》っぷちにほかならない。崩れ落ちそうな断崖《だんがい》絶壁の縁で斜めに傾いたクルマのなか。
「じ、自分で運転すればいいだろ」と幸太郎は麗香にいった。
「わたし、免許持ってないの。教習所にはいちど通ったんだけど、頭にきて辞めちゃったし。だから運転の仕方、わかんない」
わからないって……。
だが、議論している暇などなかった。追い詰められている。のるかそるか、選択肢はふたつしかない。
意を決した。腹をきめた、そうなってしまった。
Pを押してサイドブレーキを解除し、シフトレバーをDレンジに入れて、アクセルを踏みこんだ。
六千ccのSクラスにしては軽自動車のような滑りだしだが、直後にそれは電子制御でトルクが自制してあるだけだとわかった。
人々が飛びのいた空間に、クルマは猛スピードで飛びこんでいった。
横滑りは起きない。ステアリングを操る者の意志に従い、完璧《かんぺき》な運転が可能だ。
素晴らしい高級車だ。幸太郎はいつしか涙を流していた。これが最初で最後の運転になるだろう。メルセデス・ベンツ。憧《あこが》れのクルマ……。
涙に揺らいだ視界では、クルマを走らせるのは危険きわまりなかった。
通路を飛ばしていくと、通行している客らが左右に飛んで避ける。
レクサスにぶつかりそうになった。コンパニオンの女性が悲鳴をあげて逃げ惑う。
急ブレーキを踏んだが、オブジェをなぎ倒し、ブースの立て看板を破壊してしまった。
「左へ折れて」麗香の声はあくまで冷静だった。「車両の出入りが可能な通用口が開いてるから」
もはや俺は麗香の命令に従う忠実な僕《しもべ》とならざるをえない。
幸太郎は泣きながらステアリングを切った。
前方に通用口が見える。クラクションを鳴らして客をどけ、アクセルを踏みこんだ。
夏の午後の強烈な陽射しの下にでた。そこは幕張メッセの敷地内の私道だった。まっすぐに向かえば駐車場、そして外にでることができる。
ミラーに目をやると、警備員たちが全力疾走してクルマを追いかけてくるのがわかる。そのさまはまさしくマラソンのようだった。
麗香はいきなり、後部座席の窓を開けると、身を乗りだすようにしてクルマの後方を振りかえった。
「どうもありがとーう!」麗香は、コンサートを終えて立ち去るアーティストのように手を振り、大声で叫んだ。「みんなありがとう! 最後まで応援してくれて、麗香は幸せです!」
思わずひきつった笑いが顔に浮かぶ。俺はおかしくなっている。頭のおかしな女のせいで、その影響をもろに被ってしまった。
俺はもう窃盗犯だ。引き返す道などどこにもない……。
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