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千里眼114

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:ドップラー効果幸太郎にとって、麗香の命令に従わねばならない義理や義務などない。それでも、窃盗の共犯となった現状では、彼女
(单词翻译:双击或拖选)
ドップラー効果

幸太郎にとって、麗香の命令に従わねばならない義理や義務などない。
それでも、窃盗の共犯となった現状では、彼女に逆らうことは賢明ではなかった。
いや、不可能といっても過言ではない。
麗香のだす指示は気まぐれなように見えて、実は的確そのものだった。警察の検問のない一般道路を巧みに選びだして都内まで逃げのびたことは、揺るぎない事実だ。
もっとも、犯行そのものが気まぐれ以外のなにものでもない、とも思えるのだが……。
「幸太郎」助手席で麗香がいった。「その渋谷駅ハチ公前の交差点、左折して」
言われるままにするしかない。しがない失業者である俺には、警察の動きなど読めないばかりか、いま次の瞬間にもどうしたらいいかさっぱりわからない。
実家の両親のもとには、警察から連絡が入っているだろうか。ふたりとも腰を抜かすに違いない。あるいは、もうとっくに指名手配されていて、テレビで顔写真と名前が公表されているかもしれない。
なぜこんなことになっちまったんだ。時間を戻せるものなら戻したい。いまこそそんな夢想に身をゆだねたい。
オロチのステアリングを切り、交差点を左に折れると、正面に109が見えている。
かつてはギャル系ファッション好きの女子高生たちのメッカ。いまは客層も幅広くなったらしいが、幸太郎は秋葉原以外には詳しくなかった。渋谷系のファッションブランドなどチェックの対象外だ。
その109の正面は、スクランブル交差点に面し、仮設のステージ上ではイベントが催されている。
司会者とアイドル歌手らしき出演者が談笑していて、道行く人々も足をとめて見入っていた。
「あれに突っこんで」と麗香がいった。
「なんだって? もう勘弁してくれよ。だいいち、突っこむってどうやって……」
「左のスロープから自動車一台ぐらいなら上がれるようになってる。ステージ上で停車して。あとはわたしがやる」
「頼むから、冷静な判断を下してくれよ。いまは少しでも遠くに逃げたほうが……」
「やらなきゃクルマの外に叩《たた》きだす! さっさと言われたとおりにして!」
幸太郎はびくつきながら、アクセルを踏みこんだ。
己の情けなさに嫌気がさす。けれども、逆らえない。独りでは逃走する自信もない。頼るべき存在とは到底思えないのに、麗香に依存せざるをえない自分がいる。
クラクションを鳴らすと、ステージ周辺の客たちがあわてたようすで逃げ惑った。
幸太郎はオロチをそこに突っこませていった。
歩道からスロープ、そしてステージに達しようとしたとき、司会者とアイドル歌手が悲鳴とともに飛び降りた。
マイクスタンドをなぎ倒して、オロチをステージ上に停車させる。
助手席の麗香がドアを開け放ち、外に降り立った。
幸太郎の全身を寒気が襲った。
窓の外、ステージの下には大勢の観衆がいる。
誰もが唖然《あぜん》、呆然《ぼうぜん》としていた。
無理もない。このオロチというあまりにも奇異な形状のクルマで強引に乗りつけ、女がひとり姿を現した。それも人目を惹《ひ》く美人だ。なにが起きるか、誰にも予測できないに違いない。
麗香は臆《おく》したようすもなく、マイクを拾いあげると、まるで歌手のようにステージから観客に向かって語りかけた。
「みなさん、こんにちは。わたしは株式会社レイカ社長の京城麗香です。弊社がお取り引きさせていただくのは、この世のあらゆる常識を超越したクライアントに限らせていただきます。その条件に当てはまっていれば、基本的にどんなご依頼に対しても相談に乗らせていただきますが、そこいらの凡百な会社でも対応可能なことだけは持ちかけてこないでください。弊社は特殊かつ特別な存在であることに疑いの余地はないので」
社長にはなくても、世間の人々には大ありだろう。
幸太郎は冷や汗をかいていた。
観衆の目は麗香と、オロチの運転席にいる幸太郎をかわるがわる見つめている。
これがどんなオチの待つアトラクションかと訝《いぶか》しがっているのだろう。
残念ながら、この状況にオチはない。あるのは混乱と不条理だけだ。
会社の所在地と電話番号を告げてから、麗香は気取った口調でいった。「それでは、最後にわたしから歌のプレゼントです。聴いてください。浜崎あゆみのバラード、『SEASONS』」
歌いだした……。しかもアカペラで。それも、どういう選曲なんだろう。ずいぶん古い曲だが……。
音程は外しておらず、声量もそれなりにある。麗香の歌はわりとじょうずではあった。
だが、観衆の反応は感動とは程遠かった。しだいに人々の顔には、奇怪なものを目にしたような嫌悪のいろが浮かびだした。
それでも麗香はいっこうに意に介したようすもなく、ひたすら気分よさそうに歌いあげている。
そうこうするうちに、サイレンの音が沸いていることに幸太郎は気づいた。
パトカーの音。しだいに大きくなっている。
幸太郎は焦ったが、クルマの外にでる勇気はなかった。足がすくんで動かないといったほうが正解かもしれない。
サイドウィンドウをわずかに開けて、幸太郎は呼びかけた。「京城さん。もう行かないと。警察が来る」
しかし、麗香の歌はサビに入っていた。聞く耳を持たないようすで、ひときわ声を張りあげて歌いつづける。
やがて、感極まったかのように声を詰まらせたかと思うと、観客に手を振った。「どうもありがとう。みんな、聴いてくれてありがとう。株式会社レイカ、これからもよろしく。京城麗香でした」
そういうと、麗香は引退コンサートのようにマイクをステージにそっと置き、なおも無反応の観衆に手を振りながら、オロチの助手席に戻ってきた。
乗りこんでドアを閉めると、麗香は指先で涙をぬぐった。
まじかよ、と幸太郎は絶句した。嘘泣きかと思っていたら、本当に目を泣き腫《は》らしているではないか。
「き、京城さん。あのう、できるだけ早くここを去るべきかと……」
「あわてないでよ」麗香は静かにいった。「サイレンの音はしばらくするとまた遠ざかったように聞こえる。ドップラー効果で距離が近く思えるだけ。まだ到着まで七分ある。バックしてスロープを下ったら、道玄坂をのぼって」
幸太郎は指示に従った。クラクションで後方の野次馬をどかし、クルマを後退させて路上に戻した。
ふたたび道路を走りだしながら、幸太郎は麗香の横顔をちらと見た。
妙にさびしそうな表情。遠くを見つめる、虚無に満ちた目。
さっきまでとは、あきらかに違う。なにが彼女に変化をもたらしたのだろう。
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