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千里眼116

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:地震美由紀はガヤルドでレインボーブリッジを駆け抜けているところだった。湾岸線から都内方面、この先の浜崎橋《はまざきばし》
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地震

美由紀はガヤルドでレインボーブリッジを駆け抜けているところだった。
湾岸線から都内方面、この先の浜崎橋《はまざきばし》ジャンクションの渋滞もあまり延びてはいない。クルマの流れはスムーズだった。
ところが橋の中央付近に差し掛かったとき、ふいにハンドルをとられ、クルマの進路が大きくずれた。
突風、初めはそんな印象だった。だが、美由紀はすぐに原因が風ではないと気づいた。
満身の力をこめてブレーキペダルを踏み締める。前を走っているトラックも急停車していた。ぶつかりそうな寸前でステアリングを切り、わずかにペダルを戻してブレーキング・ドリフトの要領でクルマを傾け、衝突を逃れる。
激しい縦揺れ、耳をつんざく轟音、そして悲鳴。
驚いたことに、前方に見える赤坂方面の景色は斜めになっていた。まるで船底のように左右に揺れている。地面が傾いているのではない、橋が大きく揺らいでいるのだ。
衝突音がした。近くで追突が起きた。後続の何台かに玉突きが起き、ガラスの割れる音とともに破片が飛び散っている。
クルマを降りた人々が橋の上を走りだし、辺りはパニックになった。
母親に手をひかれている男の子が、転倒したのが目に入った。
次々に押し寄せる大人たちの足もとに転がったまま、起きあがれずにいる。母親も引き返すことができないありさまだ。
美由紀はガヤルドのドアを開け放ち、外にでた。
人を掻《か》き分けながら、男の子が倒れた場所に駆けていく。
突きあげる震動はなおも断続的につづき、そのたびに悲鳴やどよめきが響きわたる。混乱のなかを、美由紀は姿勢を低くして進んだ。
男の子はアスファルトの上に横たわり、うずくまって震えていた。
「だいじょうぶ?」と美由紀はきいた。
「怖い」男の子がつぶやくのが聞こえる。「死んじゃうよ。橋が落ちる……」
「いいえ。そんなことにはならない。街なかにいるより、ずっと安全よ」
「お母さん……」
「心配ないわ。すぐに会えるから。それまでわたしがお母さんだと思って。ほら、抱きついて」
美由紀がうながすと、男の子は泣きじゃくりながらすがりついてきた。
その小さな身体を抱きしめながら、美由紀は立ちあがった。
逃げ惑う人々がマラソンのように、車両の隙間を駆け抜けていく。
さっき見かけた母親を目で探したが、見当たらない。人の流れに押されて、遠ざかってしまったのだろうか。
震度六強、あるいは震度七に至っているかもしれない。強烈な揺れはしばらくつづいた。
橋梁《きようりよう》が唸《うな》るような音を立てていた。なにかが裂けるようなバリバリという音も聞こえる。
外灯などの倒れやすそうな物が付近にないことを確認してから、美由紀は男の子の頭部を抱きしめて保護し、その場にしゃがんだ。
激しい震動のなかで、無人のクルマが動きだし、ビリヤードの球のように互いに衝突を繰り返す。へたに走りまわったのでは、それらの車両に挟まれる可能性があった。
あろうことか、橋を吊《つ》り下げているワイヤーの何本かが切断されて宙に舞っている。アスファルトにも亀裂が入り、路面の一部が大きく隆起した。クルマが弾《はじ》き飛ばされて横転し、爆発音とともにボンネットから火柱があがった。
肌を焼くような熱風が押し寄せる。
しばらくして、ようやく揺れがおさまってきた。
美由紀がふたたび立ちあがったとき、女性の声がした。「隆志!」
「お母さん」男の子が叫びかえした。
美由紀は混雑する一帯を、男の子の身をかばいながらその母親のもとに駆け寄っていった。
ようやく美由紀がそこまで行き着くと、母親は男の子を抱きしめた。「隆志。よかった……」
「避難してください」美由紀はその母親にいった。「揺れがおさまるまで待って、この先のパーキングエリアへのスロープを下るんです」
母親は混乱ぎみのようすで、青ざめた顔でまくしたてた。「パーキングエリア? そんなの、どこにも出られない。地上に降りたいのよ。こんなところにはいたくない。橋なんてドカーンと落ちたり、高架線なんてバスーンと倒れたり……」
その声を聞きつけた周辺の人々に、恐怖が伝染したらしい。悲鳴はひときわ大きくなり、誰もが我先にと逃走しはじめた。
パニックを鎮めねば。
美由紀はとっさに声を張りあげた。「落ち着いて! みなさん、パーキングエリアで働く従業員がどうやって出勤してるか知ってますか!?」
いきなりの出題に、とりあえず先を聞こうという心理が起きたらしい。
集団は歩を緩めて振り返った。
群集のなかから声があがる。「さあ。クルマで来るんじゃないの?」
「まさか」と美由紀はいった。「それじゃ渋滞のときに不便でしょ? パーキングエリアには従業員用の裏口の階段があって、地上と行き来できるんです。たぶん、いまは解放されているでしょう」
そこまではよかった。だが、人々がおとなしくしているのもそれまでだった。
橋の向こうにあるパーキングエリアに脱出ルートがあると知り、被災者らはまたいっせいに駆けだした。
だが、その行く手ではトラックとバスが斜めになって停まっていて、通行できる隙間はわずかだった。そこに大勢が押し寄せたため、人々の流れは滞ったばかりか、さらに後方から殺到する群集のせいで将棋倒しが起きそうになった。
これでは避難は不可能だ。二次災害が起きる可能性もある。
「走らないで」美由紀は大声で呼びかけた。「危険です。それに、パーキングエリアは高架線の下だから安全とは言いきれません。余震が収まるまでは拓《ひら》けた場所にいるほうが……」
と、そのとき、美由紀をじっと見つめていた男性が声をあげた。「この人、岬美由紀さんだ!」
ざわっとしたどよめきが広がり、群集はまた立ちどまってこちらに目を向けた。
「岬美由紀さんって」女性の声が飛ぶ。「氏神高校事件を解決した人?」
「旅客機の墜落を防いだ人だよね?」と別の男性。
さらに別の男性の声。「いんちき占い師の厳島咲子《いつくしまさきこ》をやりこめた人だ」
あ、やばい……。美由紀は心のなかでつぶやいた。
直後、人々は避難することさえ忘れ、いっせいに美由紀に向かって押し寄せてきた。誰もが手を差し伸べながら、必死で訴えかけてくる。
助けてください、こんなときに頼りにできる人はあなただけです。テロじゃないですよね? もしそうだとしても、岬先生なら守ってくださいますよね? わたし、最近|鬱《うつ》になりがちで、ぜひ岬先生に相談したいんですけど。千里眼だそうですが、僕の考えてることわかります? 一緒に写真撮っていいですか。握手してくれませんか。うちの夫がなに考えてるか最近わからなくて、岬先生に見抜いてほしくて……。|Wii《ウイー》がまだ買えません、電気屋の抽選はインチキです、懲らしめてください。きょうは戦闘機乗らないんですか? 孫がファンなんでサイン貰《もら》っていいかね。
美由紀は殺到する人々に圧迫され身動きがとれなくなった。
困った人たちだ。まだ余震が起きるかもしれないというのに。
「すみません、みなさん。いまは避難が大事です。パーキングエリアに向かう人たちのために道を開けてください」
ところが、群集は誰ひとりとして動かなかった。どうやら、美由紀との面会を差し置いて避難しようという人間は皆無に等しいようだった。
やむをえない。状況を逆に利用して、避難誘導を円滑なものにしよう。それしかない。
美由紀はいった。「わかりました。こんな状況ですので、おひとりさま三秒以内の面会になりますが、順にお会いします。ご相談内容をお持ちの場合は、お名刺をくださるか、電話番号かメールアドレスをお伝えください。後日ご連絡いたします。では、こちらに並んでください。終わった人から、橋の向こうのパーキングエリアに向かってください」
人々はいっせいに動きだし、美由紀の前に列をつくりだした。
大地震の後でも略奪など起こさず、コンビニのレジにきちんと並ぶ世界でも唯一の国民。
その国民性がここでも発揮されつつあった。
パニックがおさまったのはさいわいだった。
美由紀は握手を求める人々に応じながら、余震に対する心構えを語りかけた。「エレベーターがあっても乗らないでくださいね。もし万が一乗ってしまった場合、余震が起きて閉じ込められても、非常停止ボタンを押すことで扉を手動で開けることができます。ゆりかもめの線路上にも絶対、降りないでください。感電する危険が大です」
どこかの祭りに出店していた業者が帰るところだったのだろう、ワゴンの荷台から、とうもろこしの屋台を下ろして列の脇に設置する者たちがいた。それを見ていた若者たちがシートを敷いて座り、品物を並べてフリーマーケットを始めた。
遠方に目を転じると、列の後方ではダフ屋らしき男たちまでうろついている。
美由紀は思わずため息をついた。
レインボーブリッジの上でイベントが催されつつある。非常識な行動をしでかした京城麗香の行方を追おうとしているのに、自分が非常識に染まりつつある。
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