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千里眼120

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:希望の星夜になった。株式会社レイカということになった雑居ビルの三階も、昼の陽射しのもとではみすぼらしさばかりが目立ったが
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希望の星

夜になった。
株式会社レイカということになった雑居ビルの三階も、昼の陽射しのもとではみすぼらしさばかりが目立ったが、蛍光灯の明かりの下ではさほどでもない。
幸太郎は事務所の隅にうずくまっていた。いろいろあって疲れた。立ちあがる気も起きない。
ただし、この事務所の主《あるじ》である麗香は、あいかわらず疲れ知らずのようすだった。いまも戸口に立ち、押しかける被災者らと押し問答を繰り返している。
「だからさ」麗香はきっぱりと言い放った。「あんたたちは招かれざる客だっての。ここは会社。取り引き相手以外は立ち入り禁止」
廊下には大勢の人々が詰めかけているようだ。
その先頭の男がいった。「地震でどこも停電してると言ってるだろう。このビルだけ明かりが点《つ》いているんだ、避難させてくれてもいいじゃないか」
別の男性がいう。「電車も停まってるし、電話も通じない。休もうにも、どの建物のなかも蒸し暑くて寝苦しい。ここだけが唯一の例外なんだよ。ああ、涼しい風が……」
「ちょっと」麗香はいった。「開け放たれたドアから流れだす冷気で、勝手に涼まないでくれる? この涼しさもうちの財産なんだし。たしかにさ、この事務所じゃ電気はもちろん、キッチンの水道も機能してるし、ガスも使えるからお風呂にも入れるし……」
人々のどよめきが響いてきた。
「水道!」女性の声がした。「どこも断水なのよ。どうしてこのビルだけ使えるっていうの」
「わたしに聞いてもわかんないわよ。どうしてもこのビルに入りたいってんなら、ほかのフロアに行ったら?」
「だから、さっきも言ったでしょ。ほかのフロアは満員なの。ここだけが最後の望みなのよ」
「そんなこと言われてもさー。拝み倒しただけで一夜の宿にありつこうなんて、ムシが良すぎない? 『田舎に泊まろう』じゃあるまいし」
一同はしんと静まりかえった。
「金をとろうってのか」男性が語気を荒くした。「こんなときに足元を見やがって……」
ところが、ほかの男性が声をあげた。「俺は払う」
女性の声がつづいた。「わたしも」
麗香は髪をかきあげながら告げた。「支払いは現金のみ、前払いで三万。領収書の求めには応じられないから。入浴料や水道代は別。払える人だけ、先着で……十人ぐらいだけ受け付けようかな」
人々は我先にと現金を取りだし、それを振りかざして支払いを申しでた。その剣幕たるや、築地《つきじ》の朝の競りさながらだった。
「まってよ」麗香は投げやりにいった。「多すぎるって。ちょっと間引きしなきゃね。ええと、佐藤さんって苗字《みようじ》の人……」
何人かが勢いよく手を挙げた。
「はい脱落」と麗香は無慈悲に告げた。
「おい!」男性が悲痛な声をあげる。「なんでだよ!」
「どっかの自費出版小説が当たって以来、間引きといえば佐藤さんじゃん。まとまった人数がいるから、一気に減らすのにちょうどいいんだよねー」
「ふざけんな! 中にいれろ」
だが、ほかの男性らはそれを阻む動きをみせた。「ルールを守れ。お前は脱落したんだろ」
「なんだと? この……」
廊下で人々は殴りあいを始めた。
麗香はそれを見ながら、甲高い声で笑い、飛び跳ねている。
見るに堪えない状況だ。
幸太郎は制止を呼びかけるために立ちあがろうとした。
と、ポアが近づいてきて、コーヒーカップを差しだしてきた。「どうぞ」
「あ……」幸太郎はそれを受けとりながらいった。「ありがとう。でも、あれをやめさせないと」
「無視したほうが賢明ですよ」
「だけど……」
「ここが京城麗香の会社であることは揺るぎない事実です。わたしもあなたも、彼女に雇用される身もしくはその候補ゆえに、ここにいることを許されている。廊下にいる彼らはそうではない。いまあの人たちと立場を入れ替わる気がありますか?」
幸太郎は困惑し、口をつぐんだ。
出て行けるはずがない。ライフラインも全滅した市街地、窓の外に見える景色は真っ暗だ。なにより、警察に追われる身だ。腰抜けといわれても、ここから外に歩を踏みだす勇気は、俺にはない。
ただし、外での出来事がまったく気にならないかといえば、そうではない。
そのとき、ポアが小声でいった。「ご心配なく。あなたのご両親は健在です。ご実家のある武蔵野《むさしの》市東大岩は震度五強でしたが、庭に干してあった洗濯物がさお竹ごと落下し、お母様がきわめて不機嫌になったほかには、なんの被害も発生していません」
「……俺の家を監視してるのかよ?」
「必要な情報収集ですから」ポアは幸太郎の隣りに並んで座りこんで、コーヒーをすすった。「ただし、ご両親の心のなかまで平穏無事かといえば、そうでもありません。あなたの身を案じてますから」
「ああ」幸太郎は頭を抱えた。「どうしよう。俺がお尋ね者になったなんて聞いたら、お袋は卒倒しちまう。こちらから連絡を……」
「いけません。暇な刑事がご実家付近に張りこんでいます」
「なら、どうすりゃいいんだよ」
「わたしたちにお任せください。幸太郎さん。大久保|界隈《かいわい》が大きな被害を受けたなか、どうしてここだけライフラインが生きていると思いますか?」
「メフィストのしわざかい?」
「そうです。今朝、京城麗香がこの物件への入居を決めてすぐ、特殊事業課の工事建築類工作班がビルにつながる電気、上下水道、ガス管、電話線、光ケーブルを補強しました。地震の発生する時間も揺れのメカニズムも判明しているのですから、対策は容易でした」
「もちろんそれらも、なんら物的証拠を残さないようにおこなったってんだろ? 地震とおなじく偶然に見せかけたってわけだ」
「……地震についての偽装は、残念ながら完璧《かんぺき》ではありません。武蔵野台地の沖積層が多い地域にのみ被害を与えるという計画目的は、自然に見せかけるにはあまりに不都合で、そのため遅かれ早かれ事実を見抜かれるでしょう」
「へえ。きみらにも不完全なことってのがあるんだな」
「極めて少ないのですが、皆無ではありません。まして日本の科学水準は世界的に見ても高く、地震国ゆえに地層の研究も進んでいます。アメリカ合衆国のエネルギー省から、人工地震の特徴を伝えるデータも届くでしょう。それでも人工地震については常人の想像を超える事態ゆえに、しばらくは憶測の域をでないでしょうが、そうした常識に惑わされない人間もいます」
「誰?」
「岬美由紀……」
幸太郎は意気消沈していく自分を感じていた。千里眼のヒロインは国民の圧倒的な支持を得ている。俺は、そのヒロインと対峙《たいじ》する敵側に加わってしまったわけか?
悪役かよ?
「ねえ」幸太郎はポアにいった。「どうして岬さんをそんなに目の仇《かたき》にする? 仲良くできないのかな」
と、ポアは殺意ともとれる憎悪のいろを浮かべて、幸太郎をにらみつけてきた。
「岬美由紀はメフィストの敵」ポアは低い声でつぶやいた。「全人類の敵」
「わ、わかった。けどさ、なぜ岬美由紀さんが嗅《か》ぎつけてくるとわかっていながら、京城麗香さんに加担する? きみは彼女の意に沿うままに周辺工作をおこなっているんだろ? たぶん、彼女があっさり法人登記できたのとか、こんな優良物件を見つけられたってのも、きみが関与してるからだよな?」
「ご明察です」
「そこまでして、どうして京城さんのご機嫌をうかがう必要があるんだい? なんで彼女を大事にしてる?」
「京城麗香は、岬美由紀と対等に渡り合える人類最後の切り札。メフィスト・コンサルティングの希望の星」
希望の星。
ようするにスカウトに来たということだろうか。野球にたとえると、これは西武ライオンズが使った禁じ手と同じ、接待というやつか?
まだぴんと来ない。それに、ここまで知った時点で、どうしても気にかかることがある。
「ポアさん。どうして俺に、そんな秘密を打ち明けたんだい? 人類が決して知るはずのない秘密と言っておきながら、一介の失業者の俺に……」
「あなたはもう失業者ではありません。京城麗香はあなたを雇用したつもりでいます。給料もそれなりに払う気でしょう。強いて言えば、あなたの現時点での立場はワーキングプア」
「……失業者よりは出世したわけか」
「幸太郎さん。あなたに対し、京城麗香は信頼を寄せています。だからあなたを漫画喫茶に誘い、法人設立時からビジネス・パートナーとして迎えようとした。彼女がどの時点でそう思ったのかは、あきらかではありません。けれども、彼女があなたを必要と感じているのはたしかでしょう。彼女がそう思うのなら、わたしたちはその意志を尊重する」
「はあ……。俺、京城さんに気に入られてる? そうは思えないんだけど……」
「事実ですよ。彼女はあなたとはうまくやっている。しかも彼女はあなたを手玉にとっていないし、あなたもそんな魔手にはかかっていない。男性としてはきわめて珍しい存在なんですよ、幸太郎さんは」
「え? なんだって? そりゃどういう意味?」
「いずれわかります。あなたが二度目の地震を生き延びたら」
「二度目の地震だって?」
「ええ」ポアはうなずいた。「一度きりの人工地震となると、合衆国のエネルギー省のマンメイド・アースクェイク計画のデータと照合して、すぐに震源が発覚してしまいますが、二度つづけてとなると誰も経験がありません。震源の位置をずらしてもういちど大規模な地震、それも今度は自然災害と同じ規模の被害をもたらす地震を起こせば、地層の分析も不可能になります。警察も防衛省も、人工地震であるという立証は難しくなるでしょう」
「ちょっと待ってよ。次は本格的な地震なの? 被害を必要以上に拡大しないのがきみらのモットーじゃないのかい?」
「いいえ。一度めの地震の破壊力を抑えたのは、京城麗香を無事確保するまではこの国の首都機能を生かしておく、グレート・ジェニファー・レイン女史がそうお決めになったからです。もともとレイン女史はこのアジアの小国を海に沈めることに、なんの躊躇《ちゆうちよ》も示してはおられません。過去にも壊滅を狙ったのですが、岬美由紀に阻止されました」
こちらに身を置くことは、もはや間違い以外のなにものでもない。狂気の集団はメフィスト・コンサルティング、正義の味方は岬美由紀だ。
ここから逃げだしたい衝動に駆られるが、それではおそらく無慈悲な悪人によって血祭りにあげられる気の毒な村人とか、そういうキャラの運命を辿《たど》るのが関の山だろう。そう、俺はまるっきり脇役だ。いつ死に絶えてもおかしくない村人A。生きるも死ぬも、主要キャラのポアたちしだい。
「だ……だけど、本気で国家存続が危うくなるほどの大地震を起こそうってわけじゃ……」
ぞっとするような鋭い目つきが、ふたたび幸太郎に向けられた。
ポアはいった。「関東大震災を上まわる大惨事となるでしょう」
「どうして? もう一度、被害の小さな地震を起こすだけじゃ駄目なのかい?」
「現代は貨幣経済社会であり、メフィスト・コンサルティングも当面は収益性を考慮せねばなりません。計画は常に対費用効果を算出しながら決定に至ります。人工地震発生のためのプランニング、工事、ベルティック・プラズマ爆弾の購入と国内搬入、設置などの費用は、当然ながら回収せねばなりません。レイン女史はあらかじめ、都内各地に保有する建築物のすべてに地震保険をかけております」
今度はまた、ずいぶんと生々しい金銭面の話だ。幸太郎はきいた。「保険の支払いを経費回収に充てようっての?」
「その通り。よって、都内を埋め尽くすあらゆるビルが倒壊するほどの巨大地震が必要なのです。よろしければ、遠方にでも旅行にいかれたほうがいいですよ」
幸太郎は絶句して凍りついた。
それ以上なにもいわず、ポアは立ちあがって歩き去った。
冷えた身体を温めるために、幸太郎はコーヒーをすすった。
人工地震に、歴史の改変に、国家の滅亡。常識を超越した勢力。警察すらあてにできない。逃げ隠れできるところは、どこにもない。
けれども……。
幸太郎は麗香を見つめた。
麗香は、商談が成立した客たちを室内に迎え入れようとしている。
「ポア」麗香が上機嫌にいう。「毛布をだして。あるだけでいいから。それと、この現金三十万、金庫に入れておいて」
俺はまだ、麗香のことを気にかけている。
なぜいつも、彼女の表情ばかり見つめているのだろう。
どうして彼女の言葉を、聞き漏らすまいと耳をそばだてるのだろう。
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