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千里眼122

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:ビジネス・パートナー幸太郎は麗香を連れて雑居ビル内の事務所に戻った。麗香はすぐさま幸太郎の手を振りほどくと、つかつかと室
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ビジネス・パートナー

幸太郎は麗香を連れて雑居ビル内の事務所に戻った。
麗香はすぐさま幸太郎の手を振りほどくと、つかつかと室内に歩を進めていった。
「みんな出てって!」麗香は怒鳴った。「ほら、さっさと荷物をまとめて出るのよ。チェックアウトの時間。二度と来ないで!」
ここで一夜を明かした十人の男女が、怯《おび》えたようすで起きあがり、まだ寝ぼけた顔のまま戸口に駆けていく。
外からは、あろうことか機関銃の音が響いていた。なにが起きているのか知りたいが、窓辺に近づくなといわれた。まるで中東の戦闘地域のような街角。ここが大久保通り付近だなんて信じられない。
廃墟のような室内で、麗香は疲れたように事務用机に寄りかかった。
「あのう」幸太郎はいった。「京城さん……」
「黙って!」
しんと静まりかえった室内。
依然として外からは、戦場のような騒音が流れこんでくる。
このまま沈黙しているわけにもいかなかった。
幸太郎は話しかけた。「西之原夕子ってのが、ほんとの名前なの?」
「……そうよ」と夕子はぼそりと告げた。
「どうして本名を名乗らないんだ?」
ふっと夕子は苦笑に似た笑いを浮かべた。「どうしてって? あなた西之原夕子って名前、知らないの? 新聞とか読まないわけ? 長いこと失業者だったんならしょうがないか。わたし、警察に指名手配くらってるの。詐欺とか窃盗、四十八の容疑で」
幸太郎は面食らった。「し、指名手配……」
「警察も馬鹿の集まりよね。たかがあれしきの地震で、わたしに逃走を許したまま追っても来ないなんて。西之原夕子だって知ったら、死んでも放さなかっただろうにね。もちろん警察官としての使命とかそんなもんじゃなく、手柄になるからっていう理由で」
「だけど……なぜなんだ? 顔と名前を変えたんなら、どこか遠くにでも逃げればいいじゃないか。国外に逃亡できるかどうかはわからないけど、東京にいるよりは……」
「外国になら行ったっての」夕子は机の引き出しを開けて、雑誌を取りだした。投げて寄越しながら、夕子は告げた。「それ、半年前の雑誌」
�タイム�誌、それも英語版だった。
表紙を飾っているのはパーティー・ドレス姿の男女だ。
男性のほうは、有名なハリウッドの二枚目俳優、トム・スレーターだった。
その彼に寄り添うように立つ女性のほうは……。
「まじかよ!?」幸太郎は愕然《がくぜん》とした。「これ、きみだよな?」
「そ。さっき外で話題になってたジェニファー・レインさんの紹介でさ。ビバリーヒルズにある彼の豪邸にも招待されたし、しばらくは付き合ってたっていえるのかな」
「すごいじゃないか」
「それが、そうでもないの。ハリウッドスターもさ、しょせん人よね。あの男、一緒に食事したとき、わたしの前で歯カスをほじりやがったの。酔っ払うと身勝手になるし、嘘もつくしね。インタビューのカメラの前でだけニコニコして、リハーサルですでにインタビュアーが喋《しやべ》ったことを、本番ではまるで初めて聞いたかのような顔をして、受け答えするわけよ」
「それはタレントとしては普通だと思うけどな……」
「トムはそれじゃ駄目なの。でもそのとき、思ったの。あー、わたしの思い描いていたトム・スレーターは、作られた幻想だったんだなって。この男が容姿を提供し、喋る言葉は誰か作家が考えて、衣装はスタイリストが、映画のイメージは製作者が……って感じで、大勢の人間が持ち寄ったものでひとつの架空のキャラこしらえて、世界じゅうの女を騙《だま》してるんだなって」
「まあ……わからないでもないけどね。だますというよりは仕事だろ? みんなに夢を売ってるわけだし……」
「その夢ってなによ? トムっていう、ありえない理想の男性がこの世にいると信じたうえで、彼といつかは結婚できるかもしれないっていう夢? 永遠にかなわないから、ファンは永久に離れないって? ふざけた話じゃん。このわたしの人生をどう思ってるっての? アメリカのハリウッド、あるいはビバリーヒルズに、本物の夢があると信じさせられてたわたしはどうすりゃいいっての? 詐欺じゃんか、そんなの」
「今度は韓流にでも乗り換えたら?」
「馬鹿にしないでよ。でもさー……気づいてみたら同じだったんだよね。あんな長髪にメガネ、マフラーを首に巻いてインチキくさい笑いを浮かべている韓国人男に惚《ほ》れて、キャーキャーいってるオバサンたちを、なんて愚かなんだろと蔑《さげす》んだ目で見てたけどさー。対象が距離的に遠いところにいるっていうだけで、騙されてるのは同じだったわけよ。金|儲《もう》けのために人々を欺くなんてね。許しがたい暴挙よ」
詐欺を許しがたい暴挙と夕子は断じた。だが彼女自身、山ほどの詐欺容疑で指名手配を受けているというではないか。
「ねえ、ええと、西之原さん」
「夕子って呼んでよ。あ、勘違いしないでよ。親しいからじゃないの。苗字《みようじ》で呼んでくるのは官憲の手先が多いからさ。思わずびくっとして、身構えちゃうから」
「わかったよ、じゃあ夕子さん。せっかくだから、もっと現実的に生きてみちゃどうかな。夢見がちな性格だってことはわかるんだけど……」
こういう物言いをすれば、夕子がまた怒りだすことは予測がついていた。
ふくれっ面をして、幸太郎を蔑むような言葉をまくしたてて、自分がいかに素晴らしいかを説き始めるに違いない。
そうわかっていても、幸太郎はあえて夕子にそうしてほしいと感じていた。彼女の暴言が平気になったわけではないが、いつもの彼女の調子を取り戻してほしかった。どこか落ちこんでいるような彼女は、彼女らしくない。
だが夕子の反応は静かなものだった。
夕子はつぶやくようにいった。「わたし、クルマの免許持っていないって話、したっけ」
「ああ。聞いたよ。教習所を辞めちゃったって」
「学科のほうは、単位をぜんぶ取得したんだけどね……。実習のほうはいちども受けなかった。シミュレーターで説明を受けて、次はいよいよ本当に配車を受けてクルマに乗るっていう状況で……。でもどうしても、授業を受ける気になれなかった」
「どうして?」
「クルマを運転するためには、自分が変わらなきゃいけないと気づかされたから。誰に言われたわけでもなく、わたし自身が悟ったことなんだけどね。路上にでたら、自分はこの世にたくさんある車両のひとつを操るだけの存在でしかないことを、意識しなければいけない。前を走るクルマや、後ろを走るクルマのドライバーと、まったく同じ立場。同等。みんなで作りだした流れを乱さないように走って、互いに間隔をとり、ゆずりあい、ルールを守って運転しなきゃならない……」
「そりゃそうだよ。無茶な運転をするより楽さ」
「あなたにとってはそうかもね。でもわたしには、衝撃的だったの。それまでわたしは、事実がどうだろうと、自分を中心にしてものを考えるのが当然と思ってた。わたしは他人に成り変わることはできないんだし、わたしの目で世界を見るっていう視点は一生変わらない。ものを考えるのもわたしだけ。他人が考えていることなんて、外側からしかわからない。だからすべては自分の主観、わたしひとりがまともな人間で、周りはすべて映像と同じだった。極端な話、自分だけが特別だと信じようと思えば、いくらでも信じられたのよ。自分がルールになってしまえば、批判することは誰にもできないんだから。自分ひとりだけは永遠に事故に遭わないとか、ひょっとしたら不老不死かもしれない、明日にでもハリウッドスターが自宅のドアを叩《たた》いて会いに来るもしれない、億万長者がいきなりわたしを名指しで相続人に選んでくれるかもしれない……なんて、いくらでも希望を持つことができた」
「それって、夢想の殻に閉じこもるってことじゃないのか?」
「さあ。なんとでも呼んでくれていいわよ。でも、クルマの免許を取りにいったとき、その考えを捨てなきゃならないとわかった。自分の観念だけを是とするルールでは、たちまち事故が起きる。それ以前に、クルマってものが自由に走ってくれない……。わたしに言わせれば、いうことをきいてくれないクルマのほうが駄目なのに、そういう考えじゃ運転は不可能。他人にも意志があって、自分はその大勢のなかのひとりでしかなくて、事故を起こす危険がいつもあって、そして死ぬ可能性もあると気づいて……。耐えられなくなった。だからわたし、クルマの運転ってもの自体、わたしの人生から閉めだすことにした。考えないことにしたの」
「けどさ、やっぱりそれは自分の心を世間から隔離しただけで、事実は何も変わってないわけだろ? この世にはクルマもあるし、運転って行為もあるわけだし。……きみひとりが逃げただけじゃないのか?」
「逃げたわけじゃないって。わたし、そういうのを認めないっていうだけ。自分が大勢のなかのひとりだなんて、そんなの受けいれられない。そんなの認めちゃったら……そこいらの人と同じように病気になることもあるし、事故に遭うこともあるし、死ぬこともあるってことでしょ? 将来に希望を持っていたのに、果たされずに終わることもあるってことでしょ?」
「それが事実なんだけど……」
「わたしにとっては違うの! 世の中はそんなふうに、わたしの個性を抹殺して集団にあわせることを強いてくる。だから反撃してやるだけのこと。目には目をってやつかもね。どうせろくでもない連中が、うたかたの人生にわずかな贅沢《ぜいたく》に興じるための金なんて、奪ったところでたいした罪にならない。わたしの癒《いや》されない気持ち、心の傷のほうがどんなに深いか。……どうせ誰にもわかりゃしないわ」
「……だから人を騙しても罪悪感がないってことかい? でもさ、きみはいちどトム・スレーターと付き合ったんだろう? そこにも失望が待ってたとはいえ、帰国してこんなふうに日常にどっぷり漬かった生活を送るよりはマシだったんじゃないか?」
「それは……そうだったんだよね。わたし、あとから失ったものに気づいた。トムのふがいなさに腹を立てて、勝手に豪邸を飛びだして、帰国しちゃったんだけど……。あっちの世界のほうがまだ可能性があったかな、って。ジェニファー・レインさんがわたしに何を望んでいたか、結局聞けずじまいだったけど、こんなつまんない国に帰ってくるよりは数段上だったんじゃないかなって……。でもそれ以降、向こうからの接触もない。だからわたし、行動を起こすことにしたの」
「それがこの会社ってわけか。この世のすべてを超越した取り引きをしたい、その言葉はジェニファーさんとやらに向けられたものだったんだな?」
「ええ、そうよ。向こうは世間の常識の通用しない領域にいる人たちだもの。そんじょそこいらの社会人らと接触を持ったところで、あの領域にはアプローチできないわよ」
「なら、なんらかの方法でメッセージだけ伝えればいいじゃないか。きみをジェニファーさんのところに戻してくれって、そこだけ訴えればいいだろ? なにも会社を作って、社長になることはなかったんじゃないか?」
「いいえ! ジェニファー・レインさんはたぶん何かの企業の社長か、それに類する立場にある人なの。やっぱさー、向こうにただ雇われるより、こっちも法人を持ってて、ビジネス・パートナーになったほうが対等って感じがするじゃん。っていうか、見下されるのは嫌なんだよね。いまさら出戻りみたいに扱われるのもむかつくし。だから部下を引き連れて、会社を組織したの。やっておいてよかった。あのポアがジェニファー・レインさんの手下だとはね。ついに接触してきた。地震が起きたときにそうだと思ったけど、これで確実になった。会社を作っておいてよかった!」
ようやく夕子は調子を取り戻した。だが幸太郎はただひたすら呆気《あつけ》にとられ、黙りこむしかなかった。
どこまでいっても、西之原夕子は自分が中心だ。彼女は、みずから学ぶ機会を蹴ってまで、自分の世界に固執している。
それゆえに、悪魔に魂を売ろうとしている。
あのメフィストという悪魔に。
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