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千里眼130

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:理解直後、轟音《ごうおん》とともに、水位が急激に低下した。それはまるで、奈落の底に引きずりこもうとする魔手にひとつかみさ
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理解

直後、轟音《ごうおん》とともに、水位が急激に低下した。
それはまるで、奈落の底に引きずりこもうとする魔手にひとつかみされたかのようだった。
竪穴のなかに激しい渦が巻き、美由紀は夕子とともに水面を激しく回転した。
出口は、みるみるうちに頭上に遠ざかっていく。
「どういうことよ!」夕子が怒鳴った。「正解したのに! なんで水が減っていくの!」
「夕子。お願い。聞いて」
「なんでなのよ! こんな……」
「聞いてよ、お願いだから!」美由紀は激しく渦巻く水流のなかで、夕子の両手を握った。「わたしの目を見つめて、決して逸《そ》らさないで。声をひとことも聞き漏らさないで」
「ど……どうしたっていうの? あなた、なにか変よ」
「違う。わたしのことなんか、どうでもいいの。それよりあなたのことよ、夕子。あなたはテストに合格した。メフィスト・コンサルティングに入ってしまう」
「なんで? 現にこうして出口が遠くなっていくのに……」
「水位が下がっているのはおそらく、わたしを外にださないためよ。メフィストはわたしを助けるつもりはない。そしてあなたも、自由にするつもりなんかないはず」
「なによそれ。約束と違うじゃん」
「メフィスト・コンサルティングに迎え入れられることで、あなたは現代文明に築かれたあらゆる約束事を超越することを望み、それが果たされることになった。警察も、政府も、もう恐れる必要がなくなる。彼らの約束する自由とは、そういう意味なの。一方で組織には従属を余儀なくされる。一生、普通の人間に戻ることは許されない」
夕子はただ呆然《ぼうぜん》と美由紀を見かえしていた。
どれだけわたしの言葉を理解してくれたか、わかるものではない。それでも、彼女に伝えておかねばならないことがある。
荒れ狂う嵐の海のような渦のなかで、美由紀は大声でいった。「自己愛性人格障害の症状に流されないで。立ち直ることができたら、メフィスト・コンサルティングの呪縛《じゆばく》から抜けだせる。彼らがあなたのその弱さに目をつけていることは、まず間違いないから」
「立ち直るだなんて。精神科の先生も誰も、わたしを治せなかった。あなただって……」
「聞いて。治療するんじゃなく、その人格を自分のものとして理解し、長所も短所も受けいれることよ。もし怒りに我を忘れることがあったとき、その時点で自己愛性人格障害だからと自分をなだめることはできない。でも、自分に異常が起きそうな状況をあらかじめ察知して、避けることはできる。そうしているうちに、冷静さのなかから自分を再発見していくことが可能になるの。わかった? だから症状をありのまま受けいれて」
「わ……わかった。よくわからないけど、とりあえず聞くことにする……」
「それでいいわ」美由紀は早口に、思いつくままにまくしたてた。「夕子。あなたは、内面はいつも不安定なのに、外見は正常にみえる。頭がよくて、仕事ができて、表現力があり、人づきあいがうまく、魅力的だったりもする。これらはすべて、自己愛性人格障害の特徴なの。当初は誰も人格障害だなんて思わないから、あなたが不適応行動を起こしたとき、周囲はただ驚き困惑するだけ」
「そうよ。……当たってる」
「でもあなたは、自分について素晴らしすぎる理想化された自己像を抱いていて、自分は他人より優れているとか、特別だなんて思いこんでる。うぬぼれ屋さんなの。その誇大的な自己像を現実のものにしようと、絶えず努力している。常に成功や名声、権力、富、そして美を追い求めつづけてる」
「そこもまあ、わかってはいるわよ。でもいちいち指摘してもらう必要なんか……」
「いいから聞いて。あなたは努力する反面、いつも深刻なほどの不安を抱え、頼りなさを露呈し、基本的には他者に依存するタイプのはずよ。自尊心を保つために、絶えず周りからの称賛を得て、好意を向けられ、特別な扱いを受けなきゃいけない」
「それが……どうしたっていうの? 誰だって上を求めるでしょ?」
「あなたの場合は健全な上昇志向じゃない。自己愛性人格障害の名声への依存は、つまるところ麻薬患者がクスリに依存するのと同じことなの。それがなきゃ自我が崩壊してしまう、そんな思いにいつも駆られているのよ。自分の力でそれが果たされないときには、自分が理想とするような権力や能力の持ち主に頼り、依存して、あたかも自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。経験があるはずよ。それに、嫉妬《しつと》心もとても強い。自分が所有したいと願うものを持っている人や、成し遂げたいと思っていることを実現している人に憎悪の感情を抱いたり、自分の不運を嘆いてわが身の不幸をかこつ。だから他人の失敗を喜ぶ」
「言いたいことを言ってくれるわね。わたしは自分に正直なだけよ」
「それを正直と感じるから人格障害なの。あなたは褒めちぎられるだけの要素を揃えたりして自尊心が高まっているとき、自分が弱く傷つきやすい面を持っているということに自覚がなくなる。でも、そのプライドが傷つけられると、すぐに自分の無能さを嘆きだす。極端から極端へと動くのよ。良い面と悪い面の両方が介在するという感覚が希薄だともいえるの。だからあなた自身に向けられた非難や批判には、すぐにかっとなり反撃するか、敗北感に浸っていじけるかのどちらかしかない。立ち直ろうとするとき、自分以外の誰かに褒めてもらったり、認めてもらったりしてもらうことが必要で、決して自分ひとりで自信を回復することができない」
「だからなによ!」夕子は泣き叫んだ。「認めてもらうためには努力が必要なのよ。あなたになにがわかるっていうの!」
「わたしのせいにするのは勝手だけど、あなたはいまひとかけらも反省の念を抱いてないでしょう? 責めているわけではなくて、あなたがそういうものだと理解してほしいの。自己愛性人格障害は、失敗しても真摯《しんし》に反省することがなく、敗北の痛みや辛《つら》さに気づきにくいっていう特徴もある。才能がないと、退行して子供っぽく振る舞うことで周囲の気をひこうとするけど、あなたの場合はいろんな才能に恵まれてる。だから周囲への優越感を手にいれるために、休む暇もなく努力しつづける。休息をとることはたちまち不安に変わるから、耐えられない。そうじゃない?」
「ええ、そうよ……。けれど、わたしは本当に素晴らしいの。それは否定できないでしょう? 現に、メフィスト・コンサルティングっていうこの世を超越した存在がわたしを迎えたがっている。岬美由紀がこんなに必死にわたしの身を案じてくれてる。それだけでもすごいことでしょ?」
「あなたはいつもそうやって、つきあう相手の価値で自分の価値も高まったと感じる。だから出会う相手をいつも理想化しては、意にそぐわないとたちまち軽蔑《けいべつ》するという行為を繰り返す。いつも相手が強い立場で、自分がその強い存在から愛され保護されるか弱い立場となることをまず望んで、それが果たされないと反撃して相手をやりこめて、自分の理想の相手はこの人ではなかったと自分を納得させるの。あなたにしろわたしにしろ、長所と短所の両方を持っている普通の人間なのよ」
「わたしには特別な人づきあいがある、それは間違ってないでしょ! あなたなんかより、もっと有名ですごい人とも知り合ったし、メール交換だってときどきするし……」
「あなたが他人と関係を持つとき、それは自尊心を支えるために誰かを利用しているにすぎない。本当に心から通じ合うことはない。なぜなら、人間はあなたひとりしかいないと錯覚してるから。周りはすべて、空想の世界か幻と変わらないと感じているからよ」
「……そうよ」夕子は声を震わせて泣いた。「その通りよ! 本当のことをいえば、人に共感することも、思いやりを持つことも、感謝することもできない。わがままなんかじゃないのよ。本当にできないの。そんな道徳観念は綺麗《きれい》ごとにすぎないと思ってたし、みんなうわべだけ調子を合わせてるんだと思ってた……。でもどうやら違うらしいってわかったのは、最近のこと。本気で共感したり、思いやりを持ったり、感謝する人もいるらしいってことが、薄々わかってきた……。そんなの馬鹿か単純な奴だなんて笑い飛ばすことはできても、内心悔しい。……わたしにはわからないよ。わからないんだって」
「夕子。失望しないで。あなたはそういう人間だとわかることで、次の一歩が踏みだせる。本能でわからなくても、他人は理解しているに違いないし、自分もジェスチャーだけでなく本気で理解するように努力しよう……そういう思いが芽生えてくれればいいの。決して諦《あきら》めないで。あなたの人生はまだこれから始まるのよ。自分だけが恵まれない立場でないとわかれば、善悪の区別もついてくる。あなたの才能は、詐欺なんかに費やすものじゃないわ……」
「だけど……わたし、もう契約しちゃったのよ。メフィスト・コンサルティングと。あなたのいう、詐欺師の集団に……」
「心配しないで。きっと助けに行く。わたしが助けだすから……。それまで自我を保って。自己愛性人格障害の悪い面に引きこまれないで。あなたがあって人格があるのよ。その逆では決してありえない」
夕子は大粒の涙を目から溢《あふ》れださせていた。「岬……美由紀。どうしてわたしに……そこまで……」
「あなたはわたしの娘よ」
「娘……? ひとつしか歳ちがわないのに」
「もう心に決めたの」
 岬歩美。いい名ね。母……。
そういって、阿諛子は息を引き取った。
あのときのことは忘れない。
誰にも、あんな不幸な人生を歩ませない。
夕子にも……。
 いきなり水柱が立ち昇った。
爆発のように水しぶきを飛び散らせ、渦巻きはいっそう激しくなった。
底部が近い。美由紀はそう悟った。
排水口がどれだけの大きさかは知らないが、その付近で生じる吸引力は想像を絶するものに違いない。
実際、水面はしきりに泡立ち、間歇《かんけつ》泉のごとく吹きあげる無数の水柱のせいで、視界がふさがれつつあった。
その霧の向こうで、夕子の悲鳴に似た声がしていた。「助けて! 美由紀ー!」
「流れに身をまかせて、逆らわないで!」美由紀は怒鳴りかえした。「信じて。あなたはきっと立ち直れる!」
意識を保つことができたのも、そこまでだった。
波しぶきが頭上に振りかかり、息ができなくなった。
視界がふさがれ、水を飲んでしまい激しくむせた。
意識が遠のいていく。
水中の気泡がフェードアウトし、美由紀は暗黒の世界に落ちていった。
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