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千里眼134

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:複雑性PTSD美由紀はジェニファーの愕然《がくぜん》とした表情を目にしたが、それも一瞬のことだった。ゴム製防護服で全身を
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複雑性PTSD

美由紀はジェニファーの愕然《がくぜん》とした表情を目にしたが、それも一瞬のことだった。
ゴム製防護服で全身を覆った四人が、両手に金属の棒を手にして襲いかかってきた。強風と煙、轟音のなかでも、美由紀はその四人との距離を瞬時に見て取り、身構えた。
振りあげられた金属棒が天井に接触したとき、火花が散った。電流か。こちらは素手だ、棒に接触することはできない。ゴム製品といえば、ブーツの靴底しかない。
そう思いついた瞬間、美由紀は八極拳の足技を繰りだした。軽い跳躍からの二段|蹴《げ》りで先頭の男の電極棒を弾《はじ》き飛ばし、真正面から顔面を蹴り飛ばす。宙に浮いた電極棒、その握り部分にゴムが巻きつけてあるのを確認し、右手で受けとめた。
迫りくる三人に、美由紀は電極棒を剣に見立て、居合の三方斬りに入った。右手の男を頭上に打ち抜き、左手の男を真っ向から斬り下ろし、正面の敵の顎《あご》に突きを浴びせる。
てのひらに痺れを感じるほどの強烈な手ごたえがあった。棒の先端から火花が散る。防護服に守られていても、打撃の衝撃からは逃れられない。三人はそれぞれ後方に飛び、壁に背中を打ち付けて、床にのびた。
ジェニファーは怯《おび》えたような呻《うめ》き声をあげて、身を凍りつかせている。
美由紀は棒を携えたまま、夕子のもとに駆け寄った。
倒れていた夕子は、あちこちの筋肉を断続的に痙攣《けいれん》させていた。顔面神経|麻痺《まひ》に陥っているらしく、表情がない。
「しっかりして、夕子」美由紀はその場にしゃがみ、夕子を抱き起こした。
「遅い……」夕子がつぶやいた。「助けるって言ってたくせに……。もっと早く来てよ。大嫌い」
だが、夕子の浮かべた涙を見たとき、美由紀はその言葉の真意を悟った。
夕子は、わたしを信頼してくれていた。だから甘えの心をのぞかせている。依存したい気持ちに充分に応《こた》えてくれない親に腹を立て、暴言を吐く。それが夕子の、わたしへの態度だ。
もっと早く気づいてあげればよかった。夕子は誰よりも強く、わたしの救いを求めていた。
そのことをわたしに伝えきれなかった夕子を、どうして責められるだろう。人との意志の疎通に難があるからこそ、人格障害と呼ばれているのに。
「ごめんね」美由紀は夕子を抱きしめた。「もう絶対に遅れたりしないから」
声を震わせて夕子は泣きだした。幼い子供が泣きじゃくるさまに似ていた。
そのとき、幸太郎が室内に入ってきた。
幸太郎は夕子に目を止めると、あわてたようすで駆け寄ってきた。
「夕子さん」幸太郎はひざまずいていった。「無事かい?」
「こ、幸太郎」夕子が泣きながらつぶやいた。「なにやってるの、こんなとこで?」
「なにって、助けに来たんだよ」
「キャラ違うじゃん……。凡人でワーキングプアのくせに……戦場に顔だすなんて」
幸太郎は戸惑いのいろを浮かべたが、すぐに微笑した。「岬先生に便乗しただけだよ。でも心配ない、まかせてよ」
「はあ? わたしがあなたに、なにをまかせるって?」
「そのう、ヘリまで担いでいくぐらいのことなら、できるからさ」
「やめてよ。ミサイル飛んできてるのに。あなたの好きなアニメじゃないんだよ」
「わかってるよ。だけどさ……全力で走るよ。絶対に怖い思いはさせない。約束するから」
「……どうしてそこまで……」
「やると心に決めたんだよ」幸太郎は真顔でじっと夕子を見つめた。「こんな気持ちになる日がくるなんて、思ってもみなかった。死んでるみたいにぼんやり生きるしかないと思ってたけど、もうそうじゃなくなった。真剣になれるものが見つかったから」
「なによその、しゃべり場みたいな青臭いセリフは。真剣になれるものって、なんのこと?」
「青臭さに上塗りするとね……。きみのことだよ。自覚しなくても、きみになら必死になれるんだ。なぜかはよくわからないけど……」
「……ばっかじゃないの?」夕子の目に涙が溢《あふ》れた。「夢見すぎじゃん……。わたし整形してんのよ。元の顔なんて、ひとかけらも残ってない。作られた人形みたいなものなの。男ってガキよ。女ってものが演じる生き物だってことも知らずに、まんまと騙《だま》される。自分の理想を重ねて、美化しちゃう」
「違うんだよ。最初に会ったときはそうだったけど……もういまは違う。ほんの数日で、大事なことに気づいた。僕が人であるように、きみも人だ。どんなに美人でも、浮世離れしてても、なにより女の人であっても……きみは人だよ。うまく言えないけど、前はそれがわからなかった。いまは、きみのことを考えられるんだ。ひとりの人間として」
轟音《ごうおん》とともに断続的な振動が襲う。この世の終わりのような揺れのなかで、夕子は穏やかな表情を浮かべ、幸太郎の顔を見あげていた。
「馬鹿。キモすぎ……」夕子はつぶやいて目を閉じた。大粒の涙のしずくが頬をしたたり落ちた。
そのとき、美由紀は視界の端になんらかの危険をとらえた。
すかさず跳ね起きて電極棒を振りあげる。
火花が散り、ジェニファーの手からオートマチック式の拳銃《けんじゆう》が飛んだ。
悲鳴をあげたジェニファーが、手をかばいながら後ずさる。
美由紀は油断なく歩み寄った。「不意打ちばかりする人ね。それも飛び道具にばかり頼ろうとする。米軍けしかけてイラクで戦争させたり、見えないミサイル使ったり、今度は人工地震を起こそうとしたり。どれも陳腐な計画ばかりで、あくびがでるわ」
ジェニファーは怒りに燃える目で美由紀をにらみつけた。「あなたにわたしの何がわかるっていうの」
「さあね。メフィスト・コンサルティングのなかではレベルの低い特別顧問だってことぐらいは察しがつくけど。上層部に操られてるだけの存在ね」
「な……なんですって? なにを根拠にわたしを愚弄《ぐろう》……」
「根拠ならあるわよ。あなたはトランス・オブ・ウォーを利用してイラクで戦争を起こす計画を立てたけど、メフィスト・コンサルティングはそれ以前に、ほとんど同じ方法で日中戦争を引き起こそうと画策した時期があった。わたしは中国人の好戦的な群衆からトランス状態が長く持続する人材のみを抽出して、彼らの心理状態を中国じゅうに知らしめることで、開戦を防いだ」
一瞬、ジェニファーのセルフマインド・プロテクションが解け、驚愕のいろがあらわになった。
「日中戦争!?」ジェニファーは目を見張った。「あれを防いだのもあなただっていうの?」
やはり。美由紀はジェニファーに告げた。「イラクにおける開戦も、まったく同じ方法で阻止できた。その計画の指揮官があなたと聞いて、メフィスト・コンサルティングにおけるあなたの立場もおのずから明らかになったのよ。日中間の危機の詳細を知らされなかったあなたは、グループから重要視されてない。少なくとも、信頼はされてはいない」
「嘘よ。わたしをメフィストから孤立させようとしても無駄なこと」
「わたしの表情が読めるでしょ、ジェニファー? 嘘をついていると思う? 忠告しておくわ。あなたは自分を全能だと思いすぎる。目に映ったものがすべてだと信じすぎてる。でもね、見えるものがすべてとは限らないのよ」
「わたしを見下す気なの!? 夕子の気の迷いでこの船の情報を知りえたぐらいで……」
「あれは気の迷いじゃないわ。ジェニファー。まだ気づかないのね。夕子と幸太郎さんは相思相愛だった。強い恋愛感情で結ばれていたのよ」
 美由紀はふたりをちらと振りかえった。幸太郎は真顔でこちらを見つめていた。その腕のなかで、夕子は眠るように静止していた。
しばらく沈黙があった。
「恋愛?」ジェニファーは憤りのいろを濃くした。「馬鹿をいわないで。自己愛性人格障害に、本物の恋愛など……」
「不可能だって言いたい? どうして? あなたがそうだから?」
「この……」
「あなたが誰も愛することができないから、夕子もそうだろうって? いいえ。みずからが自己愛性人格障害だと自覚が芽生えた時点で、本人は他の誰かによるサポートを必要としていると悟り、受けいれようとする。自分勝手で利己的、ナルシズムの塊である自分をありのままに愛してくれる男性を、拒む理由はない」
「そんな男、いるわけないでしょ」
「それがいたのよ。出会いって、数奇な運命よね。夕子の本質を知ったうえで彼女に好意を抱き、支えることに生きる意味をみいだす人がいた。それが幸太郎さんよ。夕子は真の愛を得た。だから人への信頼感を持つに至った。彼女自身、そんな心理状態は経験したことがなく、混乱した……。思いをどう伝えていいかわからなくなった」
その混乱のなかで、夕子はわたしにキスをし、ジェニファーに気づかれない暗号で情報を伝えようとしてきた。人に心を許すすべがわからず、彼女の行動は時に稚拙に、時に異様に見えた。
それでも、すべてには理由があった。夕子はわたしに心から期待を寄せていたのだ。
ジェニファーは歯軋《はぎし》りした。「夕子がわたしたちを裏切り、あなたを選んだっていうの? でまかせを言わないで。岬美由紀、あなたはメフィストの特別顧問並みに他人の感情を読み取る。けれども、恋愛感情だけは読めないはずよ」
「……ええ、そうね。その通りよ。だから真実に気づけなかった。夕子の幸太郎さんに対する気持ちも、幸太郎さんの夕子への想いも、わたしにはわからなかった。けれども、だからこそ確信してるのよ」
「わからないのに確信したですって?」
「そうよ」美由紀はうなずいた。「夕子がなぜ心変わりしたのか、わたしには理解できなかった。幸太郎さんが夕子のことを気にかける理由もね。本人の顔を見ても、わたしには理解できなかった。ということは、見抜くことができない唯一の感情がそこにある。恋愛よ」
落雷を思わせる地響きとともに、衝撃が船体を貫いた。
激しい縦揺れが襲い、爆発音が轟《とどろ》く。砕け散った窓の外、甲板に高波が打ち寄せていた。波しぶきは船上で砕け、室内に豪雨のごとく降り注いだ。
ジェニファーは、その嵐のなかで冷ややかな表情とともに立ち尽くした。
「気の毒に」ジェニファーはいった。「岬美由紀。なぜ恋愛感情だけがまったく読み取れないのか、その理由を考えたことはある?」
「ええ。最初は、わたしの経験が不足しているせいかと思ったわ。けれども、それだけが理由じゃないって気づいた」
「へえ。じゃあ何かしら」
「とぼけなくても、あなたたちは判ってるんでしょ。あの銀座の地下の竪穴でいちど思いださせて、またその記憶を呼びだせないようにしてくれたわね。なんなのか教えてくれる?」
「昨晩のことを覚えてるの?」
「断片的にね。ひどく取り乱したことは覚えてる。でもその理由は想起できない」
「じゃあ、思いださないほうがいいんじゃない? 本能的拒絶《インステインクテイブ・リジエクシヨン》が生じるきっかけになった過去の出来事なんて、忘れたままのほうが幸せでしょ」
「……わたしになにかトラウマでもあるって言いたいの?」
「まさか。トラウマ論なんてフロイト時代の悪しき伝説。あなたの心に暗い影を落としているのは、複雑性PTSDよ」
|心的外傷後ストレス障害《PTSD》……。それも複雑性PTSD。
美由紀は動揺するなと自分に言い聞かせた。
「ふうん」と美由紀はつぶやいた。「わたしが知らなくて、メフィスト・コンサルティングが知る事実ってわけね」
「あなたも薄々気づいていると思うけど。ファントム・クォーターから帰国したあと、あなたは日本の危機よりも水落香苗《みずおちかなえ》っていう娘を救うことを優先させたわね?」
「わたしは冷静な判断を下しただけよ」
「そうかしら。あの娘のことに心を奪われすぎて、一億三千万人が死滅するかもしれないって事実の重さに気づいてなかった、それだけのことでしょ」
「香苗さんと過去の因縁でもあったっていうの?」
「いいえ。あなたを必死にさせたのは、彼女が置かれた環境よ」
あのとき、水落香苗はPTSDに悩んでいると訴えてきた。その原因は……。
熟考すべきでない、美由紀はそう感じた。
ジェニファーが真実を語っている可能性などごくわずかだ。ミスリードの恐れもある。
自分のなかに残っている記憶の断片を問いただしたほうが、彼女の欺瞞《ぎまん》を防げる。
「相模原団地と関係ある?」と美由紀はきいた。
かすかな驚きのいろをジェニファーは浮かべた。「……どうやってそれを?」
「さあね。前にも頭に浮かんだ。メフィスト・コンサルティングに痛めつけられると、決まってその風景が浮かびあがってくる」
初めてメフィストなる組織の干渉を受け、赤坂支社のビルのなかに捕らえられたあのとき。電気ショックの拷問を受け、朦朧《もうろう》とする意識のなかで、たしかにまのあたりにした。
わたしは藤沢市の生まれだ、同じ神奈川でも相模原市には住んだことはない。それなのに、あの鉄筋コンクリートの公営住宅が、相模原団地だとわかっている。
不敵な微笑が、ジェニファーの顔に戻った。「記憶の一部を削りとったのが誰なのか、気になる?」
「いいえ。わたしはただ、失われたものを取り戻したいだけ」
「無くしたほうがいいものだってあるのに。あなたも昨晩は、そう望んだでしょう?」
美由紀は一瞬ひるんだ。
否定できない感情。なにかがわたしの心を引きとめようとしている。
それ以上、追及すべきでない。自制心がそう呼びかけてくる。
動揺は、自分で感じているより大きなものだったかもしれない。
窓の外に接近する人影に気づけなかった、そうわかったとき、美由紀は自分の注意力が散漫になっていることを自覚した。
ポアが自動小銃をフルオートで掃射した瞬間、美由紀は床の傾斜を滑り降りて遠ざかった。自分を狙い撃ちする弾が夕子たちに当たらないようにするためだった。
だが、そのせいでジェニファーとの距離が開いた。
間髪をいれず、ジェニファーは窓に向かって駆けた。
美由紀は身を翻して追おうとしたが、ポアは容赦なく掃射をつづける。壁ぎわを転がり、躱《かわ》すだけで精一杯だった。
ポアの援護射撃に助けられ、ジェニファーは跳躍して窓から外に逃れた。
銃撃がやんだ。美由紀が身体を起こすと、もうジェニファーとポアの姿はなかった。
すぐさま美由紀は夕子と幸太郎のもとに駆け寄った。
「無事?」と美由紀はきいた。
「ああ」幸太郎は怯《おび》えた顔でうなずいた。「だ、だけど……機関銃なんて初めて……」
「だいじょうぶ」美由紀は幸太郎の手を握った。「あいつらが狙っているのは、わたしだけだから。どうして姿を消したのか気になるけど……」
そのとき、夕子がつぶやいた。「地震よ」
「え?」
「地震だって。人工地震。ポアは活断層になんとかプラズマっていう爆弾を仕掛けにいったの」
「でも」幸太郎がおどおどしていった。「海上自衛隊が駆けつけたのに……。人工地震を隠蔽《いんぺい》する意味はもう……」
疲労しきった顔で、夕子はささやくようにいった。「ジェニファーたちは、東京じゅうの物件にかけてある地震保険で経費を回収するの。午後六時に爆発するってさ」
「六時!?」美由紀は息を呑《の》んで、腕時計を見た。「あと二分を切ってる!」
幸太郎もショックを受けたようすだった。「五時五十六分に呼びつけるなんて、ぎりぎりすぎるよ」
夕子はふくれっ面をした。「仕方ないじゃん。ケロロの幼|馴染《なじ》みの宇宙探偵|556《コゴロー》ぐらいしか思いつかなかったんだし」
「いいわ」美由紀は早口にいった。「わたしは爆弾の処理に向かう。幸太郎さん。夕子を運んで、ヘリポートまで行ける? 一分半以内に」
「ど、どうかな。わからないけど……」
だが、夕子に目を落としたとき、幸太郎の顔から動揺のいろは消えた。
夕子もじっと幸太郎を見返している。
しばらくその顔を見つめたのち、幸太郎は視線をあげた。「やるよ。やってみせる」
「その意気」美由紀は微笑みかけた。「じゃ、ハローワークで会える日を楽しみにしてる」
返事を待たず、美由紀は身を翻して窓辺に走った。
窓からバルコニーに飛びだしたとき、潮の香りとともに吹きつける風を全身で受けとめた。
非常階段を駆け降りながら、美由紀はジェニファーに揺さぶられた心を振り払おうとした。
いまもわたしは人々を救おうとしている。そのために全力を挙げている。決して自分の欲求を優先させたりはしない。そんな経験は、一度たりともない。
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