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千里眼146

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:後悔しない美由紀は、藍が住んでいる原宿近辺の盲点を知っていた。駅前には派出所があるものの、新宿や渋谷と違い夜の街ではない
(单词翻译:双击或拖选)
後悔しない

美由紀は、藍が住んでいる原宿近辺の盲点を知っていた。駅前には派出所があるものの、新宿や渋谷と違い夜の街ではないことから、警官の数が少ない。そして、住宅街はほとんどが二階建てに制限されていながら、建蔽率《けんぺいりつ》が高く設定されているために家と家の隙間が狭い。
すなわち、屋根を渡っていけば地上以外に道があるも同然だった。
アメリカでは逃亡犯の追跡にヘリが駆りだされ、屋根や裏路地もサーチライトで隈《くま》なく調べられるが、日本にその風潮はない。夜九時をまわった現在、警視庁のヘリはこの地域を低空で飛ぶことを許可されていない。
住人に気づかれないよう、家のなかに足音が響かない場所を選びながら、美由紀は屋根から屋根へと飛び移りながら藍のアパートを目指した。鉄筋コンクリートの建物を優先し、木造の場合は軒太を足場に選び、素早く駆け抜けた。
アパートのすぐ隣の民家の屋根まで来た。二階の藍の部屋には明かりが灯《とも》っているが、アパート前の路地に見張りの人影や車両は見当たらない。警察の手はまわっていないようだった。
跳躍して、二階のバルコニーの外側につかまった。藍の部屋のバルコニーまで横移動してから、静かに手すりを乗り越える。
カーテンは閉じているが、サッシの錠が外れているのを見てとった。
万が一に待ち伏せがいても対応できるように、一気にサッシを開け放った。
カーテンの向こうで、藍の悲鳴がした。ほかに、もうひとり誰かいるらしい。こちらに歩いてきて、カーテンを開けた。
嵯峨が面食らった顔で美由紀を見つめた。「美由紀さん!?」
美由紀は室内に目をやった。座っていた藍が、驚いたようすで立ちあがる。
「ふたりだけ?」と美由紀は油断なくきいた。
「ええ」と藍が戸惑いがちにうなずいた。
「そう。よかった」美由紀はスニーカーを脱ぐと、室内に歩を進めた。
「信用するのかい?」嵯峨がきいた。「警官がいないかどうか、たしかめないの?」
「もちろん。顔を見ればわかるもの。あ、嵯峨君。ひさしぶり。元気にしてた?」
ため息をついて嵯峨がいった。「やっと挨拶《あいさつ》してくれたね。それにしても、だいじょうぶかい? 怪我してるみたいだけど……」
「いつものことよ。ところで嵯峨君、ここでなにをしてるの?」
「きみ、雪村さんの相談に乗ってあげていたんだろ? 雪村さんからきみに連絡があったのに、不在のうえに大変な状況のようだったからね。代わりに僕が来たんだよ」
藍が美由紀に告げた。「今晩も眠れそうにないから、自律訓練法のコツだけでも教えてほしくて」
「ああ、そうね。ごめんなさい……。嵯峨君もありがとう。対処してくれて」
「それはいいんだけど、だいじょうぶ?」嵯峨は心配そうな目を向けてきた。「ずいぶん派手に暴れまわったみたいだけど」
「だから、よくあることよ」
「そうでもないだろう。今度は被害者女性ひとりの名誉のためだけに行動してるみたいじゃないか。しかも暴走だよ。捜査は警察にまかせたほうが……」
「悪いけど、迷ってる場合じゃないの。藍のことも、対症療法じゃなく原因療法に踏み切らなきゃ。ストーカー被害の元凶も判明しつつあるしね」
「え?」藍が目を丸くした。「それほんと?」
美由紀はうなずき、室内を見まわした。「あなたの個人情報が公にされてる。盗聴器が仕掛けられていないのだとすると……」
注意すべきものは、すぐに目にとまった。
デスクに歩み寄りながら、美由紀はきいた。「このノートパソコン、常時接続にしてるの?」
藍はうなずいた。「ええ。でも、セキュリティはばっちりよ。最新の対策ソフトをインストールしてあるし。ウィルスチェックも毎日のようにしてるけど、異常はないし」
嵯峨が美由紀にきいた。「ハッキングでもされてるのかな?」
「いえ……」美由紀はマウスを滑らせながらいった。「藍のいったとおり万全のセキュリティが施されてるみたいだし、無線LANでもないから侵入や覗《のぞ》き見は不可能ね。藍、このノートパソコンって、外に持ちだしたことある?」
「一回だけ。ええと、美由紀さんとも会った日じゃなかったっけ? セブン・エレメンツが来日して、由愛香さんと三人で喫茶店で落ち合って、チケット抽選《ちゆうせん》の応募ハガキを書いて……」
「ああ、あのときね」
「でも、いちどもパソコンを他人に預けたりしなかったし、なんにしたってパスワードなしにインストールされてるデータを見ることはできないしね。だいいち、趣味や予定をパソコンに記録してるわけでもないし……」
美由紀は無言でノートパソコンを見つめていた。
たしかに藍はこのパソコンを喫茶店に持ちこんでいた。まだ不潔恐怖症が治る前のことだった。わたしがファントム・クォーターに連れ去られる前日のことだったはずだ。
 あの日の昼すぎ、銀杏《いちよう》の並木道に面したカフェテラスで、わたしは由愛香、藍らとともに食事をとった。
三人は周囲の客にとって奇妙に思えたに違いない。運ばれてきたパスタやサラダをそっちのけにして、ハガキを書くことに集中していたからだ。
テーブルに置いたノートパソコンのキーを叩《たた》きながら藍が嘆いた。「あー。またつながんない。ちょっと。この店の無線LANってどうなってんの」
由愛香はハガキにペンを走らせながらいった。「無線LANのせいじゃなくて、サイトにアクセスが集中してるんじゃないの? セブン・エレメンツの公式サイトじゃ混んでるの当たり前だし」
「だけどさ、ほかのアドレスもつながりにくいよ? ったく、設備に金かけてないね、この店」
美由紀は、チケットよりも気になることがあった。ハンドバッグから携帯を取りだしてテーブルに置いた。
液晶表示板をテレビに切り替え、ニュースを放送しているチャンネルをさがす。ほとんどの局が株価暴落を解説する番組を放送中だった。
「へえ」藍がそれを覗きこんでいった。「きれいに映ってる。これ、ワンセグだよね?」
「そう。地上デジタル放送」
「いいなーワンセグ携帯。わたしも買おうかな」
やがて藍は席を立った。
「どこ行くの?」と美由紀はきいた。
「洗面所で手を洗ってくる」
「さっき洗ってきたばっかりなのに……」
「んー、でもハガキ書いてるうちに、なんか指先が汗ばんできちゃって。気持ち悪いから、洗ってくるね」
藍が立ち去っていくと、由愛香が美由紀に顔を近づけてきた。
「藍の住んでる部屋ってさ、塵《ちり》ひとつ落ちてないほど掃除が行き届いてるんだけど……、洗面所に山のように石鹸《せつけん》が置いてあるんだよね」
「知ってる。一個につき一回手を洗ったら捨てるのよね。前に使った石鹸は汚くて触る気がしないって」
「会社でも手を洗いすぎるって怒られてるみたいよ? 異常よね」
「由愛香……」
「冗談よ」由愛香は通りがかった若いウェイターに声をかけた。「ねえちょっと、このパソコンなんだけど……。店内の無線LAN、ちゃんと機能してる?」
失礼します、といってウェイターはパソコンのキーを操作し、接続状況を確かめだした。
だが、美由紀はそのようすを眺めてはいなかった。
ワンセグ携帯の画面に映しだされた折れ線グラフに衝撃を受けていたからだった。
市場はすでにあらゆる調整によって安定を取り戻しつつある。
ウェイターが告げた。「失礼しました、たしかに店の無線ルータが調子悪いのかも……。いま見てきます」
「早くしてね」と由愛香がいった。
 美由紀は思わず息を呑《の》んだ。
嵯峨がふしぎそうに見つめた。「どうかしたの?」
「あのときだわ」と美由紀はつぶやき、マウスを操作した。「藍。検索サイトはどこを使ってる?」
「たいていグーグルだけど。�お気に入り�に登録してあるでしょ?」
ブックマークの一覧からグーグルを探しだし、カーソルを合わせた。
その瞬間、美由紀はストーカーの情報入手経路のすべてを理解するに至った。
腕時計に目をやる。午後九時半すぎ。美由紀は藍にきいた。「あの喫茶店って何時まで営業してるかな?」
「ええと、夜遅くまでやってるよ。午後十時ぐらいまで……」
「じゃ、まだ間に合うわね」美由紀はノートパソコンからケーブルと電源コードを外し、折りたたんで携えた。「これ借りるわね」
「待ちなよ」嵯峨がいった。「どこかに行く気なら、僕も同行するよ」
「……どうして?」
「どうしてって、きみを独りにはしたくないからさ。心のなかで葛藤《かつとう》が生じてるだろう? 自分がなにをやっているのか、よくわからない。そうじゃないか?」
「わたしは冷静よ」
「僕はそうは思わない」
「嵯峨君。心配してくれるのはありがたいけど……」
そのとき、藍が告げた。「わたしも一緒にいく」
「藍。あなたまで……」
「美由紀さんが追われる身になってるのに、黙って見過ごすことなんかできないって。わたしなんかが助けになるとは思わないけど……。でもここでじっとしてなんかいられない」
藍の真摯《しんし》なまなざしが、まっすぐに美由紀をとらえていた。
心苦しかった。ふたりの真意は手にとるようにわかる。それだけに、余計につらかった。
これはわたし独自の問題解決法だ。ふたりを巻きこみたくない。
それでも、言い争っている暇はなかった。
「いいわ」美由紀は穏やかにいった。「けど、危険が及びそうになったら、わたしひとりで行方をくらますから。それ以降はもう、追ってこないで」
嵯峨は静かに告げてきた。「その前に悩みは打ち明けなよ。独りじゃ解決できないこともある。きみも臨床心理士ならわかるだろ?」
美由紀は黙って踵《きびす》をかえした。
彼のいうことは正論だった。葛藤が生じてないといえば嘘になる。それでも、いまは踏みとどまってはいられなかった。
ただし、わたしは冷静さを失ってなんかいない。正しくあるべき道をたどっているだけだ。その結果孤立無援になろうとも、決して後悔はしない。
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