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千里眼163

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:魂八木は低く咳《せき》ばらいをして、診療所の塚本紀久子を振り向かせた。紀久子は、ベッドの美由紀にすがって泣く藍をあとに残
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八木は低く咳《せき》ばらいをして、診療所の塚本紀久子を振り向かせた。
紀久子は、ベッドの美由紀にすがって泣く藍をあとに残し、八木のほうに近づいてきた。
廊下にでると、八木は紀久子に小声で問いかけた。「岬美由紀が死ぬまで何日かかる?」
「二、三日ってところかしら」紀久子は不満そうだった。「ねえ。こんな手間をかける必要があるの? あの友達の子ともども始末しちゃえばいいじゃない」
「駄目だ。ヒックス大尉の指示でな。基地のなかでふたりも事故死したとあっては、保安部の団地への立ち入り検査につながる。事故死は岬だけにして、雪村藍にその死を見取らせるんだ。自然に息を引き取ったのを見れば、死因にも説得力が生まれる。岬に身寄りはいないそうだから、それ以上追及されることもない」
「司法解剖すればバレるわよ」
「日本の警察に遺体を引き渡すのは、軍の嘱託医による検死がおこなわれてからだ。そこは大尉がうまく操作して、検死結果をでっちあげてくれる。日本側に遺体が渡ったらすぐに葬儀、そして火葬だ。証拠はどこにも残らない」
「いつもどおり、すべて灰ってわけね」
「そうさ。……紀久子。どうやって美由紀を脳|震盪《しんとう》に見せかけてる? 失神したまま放置してるのか?」
「まさか。それなら回復しちゃうかもしれないでしょ。ごく単純な方法よ。全身麻酔で動かなくしてある。と同時に、点滴に少しずつ砒素《ひそ》を混入してあるから、徐々に身体が弱っていき、死に至る」
「全身麻酔か。ということは、意識が戻ってる可能性もあるのか?」
「ええ。外見上、意識不明の重体を演出するには、そうするしかなくてね。でも安心して。文字どおり全身の筋肉が麻痺《まひ》してるわけだから、ぴくりとも動けない。声もだせないし、目を開くことも不可能なのよ」
「意識があるのに、それを友達に伝えることもできないまま、刻一刻と死が訪れるのを待つのか。残酷だな。気を失ったまま死ぬほうがよっぽど楽だ」
「こっちには関係のないことでしょ。わき腹の傷は縫合せざるをえなかったんだから、脳震盪に見せかけるしか事故死に至る道はないじゃない。文句ある?」
「いいや」と八木はいった。「完璧《かんぺき》だよ」
あいかわらず血も涙もない女。それだけに頼りがいがあると八木は思った。紀久子の家族は代々、この団地の薬剤師を務めてきた。選任の医師がいない団地で誰を生かすのも殺すのも、薬剤師の文字通りさじ加減ひとつにかかっている。
「診療室に戻れ」八木は指示した。「雪村藍から目を放すなよ。もし何らかの手違いで事実が発覚しそうになったら、そのときこそ躊躇《ちゆうちよ》せずにふたりとも殺せ」
「心配してくれてありがと。でも、ミスの可能性なんか万にひとつもないから」
紀久子はそれだけいうと、挨拶《あいさつ》ひとつせずに戸口のなかに消えていった。
八木はにやりとした。あの愛想のなさがたまらない。俺が団地のリーダーになったあかつきには、紀久子を娶《めと》るのも悪くないだろう。
 岬美由紀は暗闇の世界で怯《おび》えていた。
ここまで恐怖を覚える事態は、かつていちども経験したことがない。意識があるのに、身体が動かせない。目を開くどころか、瞼《まぶた》を痙攣《けいれん》させることさえ不可能だった。
それでも、聴覚は働いている。藍がこの部屋にいること、ベッドに寄り添って泣いていることもわかっている。
腕に点滴の針が刺さっている、その痛みも感じていた。きっとなんらかの毒素が混入してあるに違いない。もぎ取るか、振り払ってしまいたいが、腕は一ミリたりとも動かせなかった。
全身の関節が痺《しび》れに包まれている。強烈な麻酔の作用だった。麻酔が覚めてくるチャンスは与えられるだろうか。代々木公園でスタンガンによる失神がつづいているのを装ったように、裏をかく機会はやってくるのか。
「美由紀さん」藍の泣きじゃくる声がする。「返事して。起きてよ……。わたしを独りにしないで」
わたしは無事よ。脳震盪なんか起こしていない。そう伝えたい。けれども藍が、真相に気づく可能性は皆無だった。
息を荒くして、藍にメッセージを送りたい。美由紀はそう思ったが、実行できなかった。呼吸を変化させることができない。不随意筋を除いて、胸や腹の筋肉は麻酔によって動かせなくなっている。
すぐ間近にいる藍にさえ、物理的になんらかの変異を伝えられる手段が皆無とあっては、もうどうにもならない。
扉が開き、なかに入ってくる足音がした。
薬剤師の塚本紀久子の声がする。「雪村さん……っていうのね? 八木さんから名前聞いたわ。きょうはもう帰ったら? 岬さんのことは、わたしが片時も目を放さずにいるから」
藍が涙声で告げた。「帰りたくない。帰れないよ、こんな状況じゃ……」
「そうはいっても、あなたにも仕事があるでしょ?」
「会社なんか休みます。たとえクビになったってかまわない」
紀久子がため息をついた。「仕方ないわね。団地の空き部屋に泊まれるかどうか、聞いてあげる」
「ここにいる。美由紀さんのそばに……」
「そう。じゃ、簡易ベッドを用意するわね。わたしもここに泊まるけど、それでいい?」
「ええ。お願いします」
駄目よ。美由紀は心のなかで訴えた。
こんなところに留《とど》まるなんて、危険きわまりない。藍が団地の秘密にわずかでも気づくことがあったら、きっとわたしと同じ運命が待っている。
お願いだから逃げて。相模原住宅地区を出て、蒲生さんか嵯峨君にわたしの身に起きたことを知らせて。脳震盪だからといって、粗末な診療所に置き去りになっている不自然さに、彼らはきっと気づくはずよ。
だが、藍はまったく疑うようすもなかった。美由紀の右手を、そっと握ったのがわかる。
触覚も機能している。それなのに、何も伝えられない。
「雪村さん」紀久子は、さも申しわけなさそうな声でいった。「こんなことをいうのは心苦しいんだけど……。基地のドクターが脳の専門医だって話、さっきしたわよね? 岬さんの治療は彼の腕にかかってるの。ドクターを信じてくれる? そして、もし岬さんに万一のことがあったとしても、その後のことは……ドクターに一任してくれる?」
「はい。……すべておまかせします。だから美由紀さんを助けてください」
美由紀は焦りを禁じえなかった。藍は口車に乗せられている。紀久子は、美由紀の死後、日本側の司法解剖を逃れるための予防線を張っているのだ。
藍が気づいてくれなければ、なにもかも団地の人間の思いどおりになってしまう。
せめて、この全身麻酔さえ切れてくれれば……。
ところがそのとき、藍の声がきこえた。「その注射、なんのために打つんですか?」
「これはね、血流を円滑にするものなの。簡単にいうと、失神状態のまま身体が死んでいくのを防ぐためにおこなうのよね。これからも頻繁に身体のあちこちに打つけど、いいでしょ?」
「あ、はい。是非お願いします」
ちくりとする針の痛みを首すじに、肩に、腕に、脚にと、次々に感じた。
怒りとともに、絶望がこみあげる。
紀久子はこんなふうに、麻酔を絶やさないつもりだ。これでは、部分的にわずかな感覚が戻ることすらない。
藍が静かにいった。「美由紀さん。……早く良くなって」
「そうね」紀久子が告げた。「全身への注射を欠かさずおこなっていれば、脳の活性化にもつながるかも。意識が戻ることもあるかもしれないわね」
この女。美由紀は激しく憤った。
わたしに意識があると知っていて、わざと聞かせているのだ。手際のよさを考慮しても、こういう工作は初めてではないのだろう。すなわち、ミスをしでかす可能性はまずもってない。
美由紀は奇妙な感覚にとらわれていた。心のなかで、美由紀は泣きだしていた。だが、それは身体上には微塵《みじん》にも表れなかった。涙ひとつ流せない。声もでない。
真の意味での孤独が、美由紀を包んだ。わたしはもうこの世にいないも同然だ。身体は死んだように動かず、魂だけがかろうじて存在している。そして、その状況ももう永くはない。
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