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千里眼165

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:マリオ紀久子に怪しまれないように充分に時間をとって食事をした藍は、診療所をでて商店街に向かった。外にでて、すぐに気づいた
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マリオ

紀久子に怪しまれないように充分に時間をとって食事をした藍は、診療所をでて商店街に向かった。
外にでて、すぐに気づいたことがある。エントランスの前をうろついていた三人の男が、すぐ後ろをついてきた。商店街にでるとその三人は散っていったが、代わりに通行人が常にこちらに目を光らせている。
思い過ごしかと思ったが、そうでもない。たしかに何人かは、わたしに歩調を合わせている。
監視されている。誰も信用できないと美由紀は伝えてきた。ここにいる全員が怪しむべき存在に相違ない。
どうすればいいのだろう。わたしひとりで、美由紀を救うことができるだろうか。そもそも彼女はなぜここに囚《とら》われてしまったのか。
薬局を訪ねた。中央線沿いの駅前の商店街に見かけるような、狭い店内に薬のショーケースを設置し、カウンターがわりにしている間取りだった。薬剤師の紀久子が診療所にいるせいか、いまは留守で誰もいない。
店内に足を踏みいれる。奥に薬品棚を据えた小部屋があった。処方箋《しよほうせん》はそこで受けつけるらしい。白いタイル張りの床はきれいに磨かれ、清潔そのものだった。
藍はデジカメを取りだした。
ここでこのカメラを使う……。何をすればいいのだろう。
そのとき、戸口に足音がした。
「おはよう」八木が快活にいって店内に入ってきた。「朝からどうしたの? 頭痛薬でも探してるのかい?」
八木は、ふたりの男を連れていた。愛想のいい八木と比べて、ふたりはシャツをだらしなく着崩したチンピラのようないでたちで、むっつり顔で黙りこんでいる。
やはりわたしから片時も目を放さないつもりか。
とっさに藍はいった。「ちょうどよかった。八木さん、一緒に写真うつって」
「え? 俺?」
「そう。記念のツーショットってやつ」藍は八木の連れのひとりにデジカメを渡した。「撮って。わたしたちふたりの全身が入るように」
男は眉《まゆ》をひそめた。「写真なら外で撮ったほうが……」
「もう。わかってないなぁ。太陽の光の下だと顔に陰影がつくでしょ。そういう効果を狙いたいときにはいいけど、デジカメできれいに写るには光が均等でないと。これぐらい薄暗い場所で、赤外線で撮ったほうがいいの。ね、お願い。そこのシャッター押すだけでいいから。八木さんも早く、隣りに来て」
八木は迷惑そうな顔を浮かべた。「しょうがないな。女の子はなにかっていうと自分撮りをしたがる。そんなに自分の顔写真ばかりコレクションしたいものなのかね」
「そういうものなの。わからない? もてたいのなら彼女の写真を撮ることよ。これ恋愛の常識」
「へえ。勉強になるな」八木は苦笑に似た笑いを浮かべた。「わかった、つきあうよ。おい、池辺《いけべ》。早く撮れ」
池辺という男は仕方なさそうにカメラをかまえた。「いきますよ。チーズ」
シャッターが切られた。
藍はデジカメを受けとりながらいった。「ありがとう。いい記念になりそう」
写った画像を確認するため、液晶画面に表示する。
薬局の店内に立った男女。ただそれだけの画像でしかない。
だが、すぐに藍は妙なことに気づいた。
薬品棚のビンのひとつが、青白く発光しているように見える。
しかも、その棚のわきの壁に、文字のようなものが並んでいた。ぼんやりとだが、たしかに存在している。
実際の店内に目を移した。白い壁にはなにも書かれていない。棚のビンも発光してはいなかった。
そのビンのラベルをちらと見る。苛性《かせい》ソーダと記してあった。
これだ。美由紀が知らせたがっていたのは、このことだったのだ。
赤外線暗視撮影をすると白く浮かびあがるということは、苛性ソーダなる薬品にはそういう効果があるのだろう。美由紀はその苛性ソーダを使って、壁になにかを書いた。いま、その文字は肉眼では白い壁に溶けこんでいて見えない。
それでもメッセージは書かれている。ただ、この写真では角度的によく読みとれそうになかった。
八木が不審そうにきいた。「どうかしたのかい?」
「んー」藍は顔をしかめてみせた。「やっぱ男の人に写してもらうのって、なんか感じが違うんだよね。八木さん、もうちょっと寄ってくれる? カメラってのはさ、こうやって頭上からかざして撮るのがいいんだよね。で、被写体はカメラのレンズを見あげる。瞳《ひとみ》が大きく写るから、可愛いの」
「やれやれ……。しょうがないな。どうだって? もっとくっつくのか?」
「そう。もっとぴったりと」藍は片手でカメラを上方にかまえ、レンズを自分に向けた。
実際には、背後の壁を大きくおさめることに狙いがあった。液晶画面をこちらに向けたほうがフレームは正しく調整できるが、そうなると八木が文字に気づく恐れがある。勘で調整しなければならない。
シャッターを切った。チャイムの音がして、画像データが記録されたことがしめされる。
「オーケー」藍は笑った。「どうもありがと」
「あとで俺にもプリントしてくれや。まだここに用があるのかい?」
「いいえ。でも喉《のど》が渇いちゃった。どこかでお茶していこうかな」
「それなら向かいの喫茶店にいきなよ」
八木は戸口に立ってうながした。ほかの場所には行かせないという態度が見え隠れしている。
「わかった。じゃ、またね」藍は笑顔で手を振ると、商店街にでた。
早く画像をたしかめたいが、人目に触れるところでは怪しまれるかもしれない。
喫茶店の前まで来た。ここも良くいえばアンティーク、悪くいえば古臭い場末のテナントといった感じだ。
ドアを押し開けてなかに入るとき、背後を一瞥《いちべつ》した。八木たちは尾《つ》けてきてはいない。
店内のカウンターには白人の老婦がいた。「いらっしゃい」
「アイスコーヒーください」と藍は椅子に座った。
老婦は怪訝《けげん》そうな目で見やってきた。「あなた、診療所に泊まった人?」
「そうですけど……」
「さっき紀久子さんが朝食のテイクアウト注文してったんだけど」
「ああ、あれならいただきました。美味《おい》しかったです」
「うちでの支払いはドルよ。まあつけておくわ。あとで紀久子さんから精算してもらうから」
「すみません。お願いします」
冷蔵庫を開けながらも、老婦はこちらに背を向けようとはしない。常に半身になって、藍のようすをうかがっていた。
ここでも人目を避けることはできないのか。しかし、八木たちにじろじろ見られるよりは、老婦の監視にはまだ隙があった。
藍はなにげなくデジカメの画像のチェックに入った。この動作そのものが怪しまれることはないだろう。
さっきの上方からの画像。ばっちりだった。藍と八木の背後に、美由紀からのメッセージが写りこんでいる。
デジカメの画像は拡大が可能だった。ズームしていくと、文字が読みとれるサイズになった。よほど急いでいたのか、ひらがなと英文筆記体の走り書きだった。
 あいへ いぶきにでんわ がいむしょう なるせしろうつれてきて Trafficking
 そのメッセージを拡大した部分だけをトリミングし、データ量の小さい画像にしてデジカメ内のメモリーカードに保存する。そしてただちに、元の画像は消去した。
緊張とともに藍は思案した。いぶきにでんわ。伊吹。
美由紀に連れられて航空祭に行ったときの、あのハンサムな元カレを思いだした。たしか一等空尉のパイロットだったはずだ。
でもわたしは、彼の連絡先を知らない。百里基地に電話して呼びだしてもらうしかないのか。取り合ってくれるだろうか。
それに�がいむしょう�の�なるせしろう�については、まるで知らない人物だった。Traffickingとは交通という意味だが、これもどういうことかわからない。
老婦がアイスコーヒーをカウンターに置いた。なおも警戒するような目を向けてくる。
ストローを手にとりながら藍は考えた。警察に通報してはいけないと美由紀は意思表示した。伊吹でなければならない理由があるのだろう。
是が非でも連絡をとりたい。でも、逐一監視されている状況下では難しい。
と、そのとき、厨房《ちゆうぼう》から黒人の女の子が駆けだしてきた。
少女は藍の隣りの席にぴょんと飛び乗るように座り、手にしていた携帯電話でゲームに興じた。
やがて少女は藍の顔をじっと覗《のぞ》きこんできた。
「ねえ」少女は日本語できいた。「お姉さんもゲーム持ってる?」
「え?」
「ジュリア」老婦がたしなめるようにいった。「物をねだってばかりいるんじゃありません」
するとジュリアは不服そうにうつむいて、またゲームをつづけた。
藍はジュリアの手もとを見た。
見覚えのある携帯電話。そうだ、美由紀の持っていたものと同じだ。
少女の言葉から察するに、美由紀はこれをゲーム機がわりに貸し与えたのだろう。
美由紀の携帯電話なら、伊吹の電話番号も記録してあるかもしれない。
はやる気持ちを抑えながら、藍はポケットから電子手帳を取りだした。「ジュリアちゃん。実はね、お姉さんもゲーム持ってるのよ。ギャラガって知ってる?」
ゲーム画面を表示してジュリアに向けると、ジュリアは目を輝かせた。
「貸して!」とジュリアは乱暴に携帯電話を放りだし、電子手帳に飛びついた。
老婦が咎《とが》めるような口調でいう。「ジュリア」
「いいんですよ」と藍は笑顔を老婦に向けながら、なにげなく携帯電話を手にとった。「へえ、これ、ドンキーコングね。懐かしい。うちのお父さんがファミコン版やってるの見た覚えがある」
そういいながら、藍は膝《ひざ》の上でデジカメからメモリーカードを取りだすと、手に隠し持った。そして携帯電話をいじるふりをしながら、スロットにメモリーカードを差しこむ。メーカーは同じだから互換性があるはずだ。
ジュリアのほうは、ギャラガに夢中になっている。
藍はゲームに興じるジェスチャーを心がけながら、画面を電話帳データに切り替えた。五十音順、伊吹直哉の名はすぐに見つかった。表示してみると、電話番号だけでなく携帯のメールアドレスもあった。
それを選択して、メモリーカードの画像を添付ファイルにした。素早くメール本文を入力する。
 伊吹さんへ 航空祭で会った藍です。いま相模原団地にいるけど、美由紀さんが囚《とら》われてる。意識はあるけど動けないし話せない。彼女からのメッセージを画像で送るね。美由紀さんを助けて。
 老婦の目がこちらを見据えていることを、藍は視界の端にとらえた。
メールを送信しながら、藍はジュリアにいった。「ハシゴのてっぺんにマリオが手をかけてれば、樽が落ちてこないって知ってた?」
「知ってる」ジュリアはギャラガをつづけながらいった。「きのう十万点いった」
「十万点? すごいね」藍はメールの送信記録を消去してから、ゲーム画面に戻した。「残念。ゲームオーバーかぁ」
その携帯電話をカウンターに置く。老婦の目は、液晶画面を見ていた。ゲームが映っていることを確認すると、ようやく視線をほかに向けた。
冷や汗をかきながら、藍はアイスコーヒーをすすった。実際にはゲームはまだ終わっていない。助かるか否かは、現実のマリオがどう動くかにかかっている。
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