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千里眼170

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:歓迎すべき死診療室で、藍は後ろ手にゴムホースで縛られ、椅子に座らされた。室内の気温は上昇し、ひどく蒸し暑かった。隙間もな
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歓迎すべき死

診療室で、藍は後ろ手にゴムホースで縛られ、椅子に座らされた。
室内の気温は上昇し、ひどく蒸し暑かった。隙間もないほど大勢の人間がひしめきあっているせいだった。
薬剤師の紀久子、八木のほか、商店街で見た覚えのある顔が詰め掛けている。ほとんどが高齢の日本人だが、稀《まれ》にアメリカ人らしき者もいた。誰もが無表情のまま、藍と、すぐ近くのベッドに寝かされたままぴくりともしない美由紀を、かわるがわる見つめている。
八木たちがヒックス大尉と呼んだ男は、三十代半ばぐらいの白人で、この場では明らかに権力者らしく振る舞っていた。住民たちも大尉に反発するようすは見せない。むしろ従順たる僕《しもべ》と呼ぶにふさわしい態度をしめしている。
ヒックスは藍をしばし無言で眺めていたが、やがて美由紀に視線を移した。
仰向けに寝たまま人形のように動かなくなっている美由紀に、ヒックスは顔を近づけた。
犬のように鼻をひくつかせ、美由紀の全身のにおいを嗅《か》ぎまわるようなしぐさをした。
住民たちはそれを見て笑い声を漏らしている。下品で卑屈な笑い。それでもヒックスは、うけていると感じたのか、執拗にその動作をつづけた。
こんな男が軍人だなんて。藍は不快きわまりなく思った。
やがて、ヒックスは舌をだすと、美由紀の顔をべろべろと舐《な》めだした。
首すじから頬にかけて、鼻に、瞼《まぶた》の上に、ヒックスの唾液《だえき》が粘着性を帯びて糸をひく。
美由紀は無反応のままだった。実際には、美由紀には意識がある。悲鳴をあげて振り払いたいところだろうが、身体は痙攣《けいれん》ひとつ起こさない。
それをいいことに、ヒックスはベッドの上にあがり、美由紀の上に馬乗りになって、なおもしつこく顔を舐めつづけた。
この男が団地の悪事に手を貸しているのだとしても、住民のなかには身勝手な行為を不愉快に思う人間がいてもおかしくないはずだ。それなのに住民たちはなおも、つきあいのような笑い声をあげることを忘れない。老婦までもが、ひきつったように笑っている。
異常だ。藍は目をそむけた。ここの住民にまともな思考は働いていない。
ヒックスは、味わい尽くしたというように舌鼓を打った。
いまや美由紀の顔はべっとりと唾液にまみれている。
しばしその顔を眺めていたヒックスは、ぎょろりと目をむいたかと思うと、美由紀の唇を奪った。
藍は嘔吐《おうと》感を覚えた。
かなりの時間、ヒックスは無抵抗な美由紀の唇に吸いついていた。
やがて、満足そうな顔をあげたヒックスは、にやつきながら住民たちを眺め渡した。その歪《ゆが》んだ口もとに金歯がのぞいている。
住民たちにまた笑いが湧き起こる。拍手している者もいた。
ヒックスはふたたび美由紀の口にディープキスをした。下品な音を立てて周囲にアピールすると、住民たちが笑い転げる。
紀久子が心電図を指差した。「聞いてよ、この電子音。脈が速まってる。興奮してるのかもね」
げらげらという笑いが室内に響き渡る。
もう限界だった。藍は怒りとともに叫んだ。「やめてよ!」
ふいに周囲は静かになった。
冷ややかな視線が藍ひとりに注がれる。
それでも藍は物怖《ものお》じしなかった。こんな扱いを受けるいわれはない。
「やめてっていってるでしょ」藍は震える声で訴えた。「どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの。わたしたちは何も知らない」
静寂のなか、ヒックスは起きあがると、ベッドを降りて藍に歩み寄ってきた。
いきなり手を振りあげると、藍の頬を強く張った。
顔面の感覚が喪失したかと思えるほどの痛みと痺《しび》れが襲う。ヒックスは藍の胸ぐらをつかんできた。藍は椅子から引き立たせられた。
ヒックスは藍の腹に膝蹴《ひざげ》りを食らわせてきた。
胃の内容物が逆流し、吐きそうになる。酸っぱい味が口のなかを満たす。藍はげほげほとむせた。
後ろ手に縛られたまま、藍はヒックスに突き飛ばされた。
ふらふらと行き着いた先で、住民のひとりが唾《つば》を吐きかけてきた。
また周囲が湧きだした。笑い声や歓声、拍手が飛び交っている。
別の住民が藍の頬を張った。
その勢いで、よろめきながら部屋の反対側に向かうと、またその先にいた住民が髪をつかみ、投げ飛ばす。若い男がふざけたように、跳躍しながら体当たりを浴びせてきた。
藍は床に叩《たた》きつけられた。
全身の感覚が麻痺《まひ》し、意識が遠のきそうになる。
だが、その暇さえも与えられず、紀久子が藍の髪をつかんだ。
「ほら、立ちなさいよ」紀久子は指先に力をこめてきた。「岬美由紀が全身麻酔で動けなくなっているだけなのは知ってるわよね? 聴覚もちゃんと機能してる。悲鳴を聞かせてあげたら? さぞ辛《つら》いでしょうからね」
憤りがこみあげる。藍は、口をついて出そうになる嗚咽《おえつ》を押し殺した。
紀久子はにやりとした。「泣いているのをお友達に悟られないようにしようっての? いじらしいわね。でも馬鹿げた考えよ」
藍の髪をつかんだまま、紀久子は藍をベッドに向かわせた。前かがみになることを強制され、美由紀の顔が近づく。その状態で、紀久子の手に力が加わった。
「泣けよ」紀久子が怒鳴った。「泣き声を友達に聞かせな!」
こらえようとしても、自然に声が漏れる。藍は震える自分の嗚咽を聞いた。
住民たちの甲高い笑い声が響き渡るなか、藍はまた引き立てられた。
紀久子に羽交い絞めにされた藍に、ヒックスが前から近づいてきた。唾液を滴らせ、舌なめずりしている。
ヒックスの両手が、藍の首をつかんで締めあげた。
息ができない。指が気管を潰《つぶ》さんばかりに食いこんでくる。
たちまち思考が鈍り、意識が遠のいていくのを感じた。目に涙が溢《あふ》れ、視界はぼやけて何も見えなくなった。
「雪村藍」紀久子の声がする。「窒息死する原因は何かしら。首を絞められたから? それとも……」
言い終わらないうちに、ヒックスの顔が近づいてきて、藍の唇に吸いついた。
わずかな呼吸も塞《ふさ》がれ、肺に痛みが走る。つなぎとめていた意識も、潰《つい》えそうになっていた。
聞こえてくるのは、住民たちの笑い転げる声だけだった。
美由紀さん……。藍は心のなかでつぶやいた。
しばらく時間が過ぎた。
いや、意識を失ったせいで、そう感じただけかもしれない。
けたたましいブザーと、ベルの音が耳をつんざいた。
ヒックスの握力が緩んだのがわかる。藍は膝から崩れ落ちそうになった。
まだ意識が朦朧《もうろう》としている。涙のせいなのか、それとも視力が利かなくなっているのか、視界もおぼろげなものでしかない。
新たに住民が戸口から駆けこんできた。男の声はあわてていた。「アップルジャックだ。基地全域に発令されてる」
「アップルジャック!?」声を発しているのはヒックスのようだった。訛《なま》りのない日本語でヒックスがいった。「馬鹿いえ。警戒警報がどうして……」
「なんでも住宅区域に侵入者らしい。それもテロリストっていうか、北朝鮮の兵隊らしいんだ」
八木の怒鳴り声がする。「北朝鮮だと。確かか?」
「まだわからねえが、保安部は|キャンプ座間《ワン・オー・ワン》に無線でそう報告してる」
「まずいぞ」八木の声が近づいてきたのがわかる。「大尉。先日の再編で座間《ざま》には陸軍第一軍団が駐屯《ちゆうとん》してる。保安部だけじゃなく軍の正規部隊が来るとなると……」
ヒックスが大声で告げた。「カモフラージュしろ。全員、それぞれの仕事に戻って自然に振る舞うんだ。子供はひとり残らず部屋に閉じこめろ。決して外を出歩かすな」
紀久子がきいた。「この女は?」
「遊んでいる場合じゃなくなった。岬と同じく全身麻酔をきかせろ。一緒にクルマの事故で脳|震盪《しんとう》を起こしたと説明すればいい」
藍はベッドの上に放りだされた。
美由紀の身体の上に突っ伏したのを感じる。だが、もう全身に力が入らない。どうすることもできなかった。
あわただしい喧騒《けんそう》のなかで、藍の腕はつかみあげられ、ちくりとした注射の痛みを感じた。
わたしも身体の自由を奪われてしまう。美由紀と同じように、意識だけを内包する人形と化す。抵抗するなら今しかない。それなのに、力が入らない……。
泣くことしかできない自分が、情けなくて仕方がなかった。ほどなく痺れが腕にひろがり、さらに身体のあちこちに針の刺す痛みを感じる。身体は、藍のものではなくなっていった。
いっそのこと、意識を失ってしまいたい。何も感じることなく、死を迎えたい。
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