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千里眼171

时间: 2020-05-27    进入日语论坛
核心提示:攻防戦伊吹はヴェイロンのステアリングを右に左に切って、碁盤の目状の住宅地区を走りまわっていた。日本の住宅街とはまるで勝手
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攻防戦

伊吹はヴェイロンのステアリングを右に左に切って、碁盤の目状の住宅地区を走りまわっていた。
日本の住宅街とはまるで勝手が違う。塀のない開けた庭が広い歩道に面した北米式の住宅地は、運転しやすい反面、追っ手にも目がつけられやすくなる。保安部とおぼしき三台のジープを撒《ま》くこともできず、ただひたすら逃げまわるだけだった。
「きりがねえな」と伊吹は吐き捨てた。
助手席の成瀬は、顔面を蒼白《そうはく》にして声を張りあげた。「だからいったでしょう。こんな無謀な方法はとるべきじゃなかったんです」
「いまさら話し合いなんかできっこないぜ。腹をくくるんだな。ちょっと窓を開けて、AK47で撃つ構えでもしてくれないか」
「どうしてそんなことを。いたずらに相手を刺激するだけですよ」
「刺激したくてこういう恰好《かつこう》をしてるんだろうが。この手のスポーツカーは窓が小さくて、乗ってる人間が外からは見づらいんだよ。せっかくコスプレしてんのに、もったいないだろうが」
「無茶いわないでくださいよ! こんなことが職場に知れたら、部署の全員を巻きこむことに……」
目の前の角を折れて、ジープ一台が突進してきた。伊吹はとっさにステアリングを切ったが、最小限の角度に留《とど》め、アクセルも緩めなかった。
三人の迷彩服を乗せたジープはあわてたようすでステアリングを切りこみ、民家の庭に突っこんで、郵便受けにぶつかって停まった。
後方の追っ手とはまだ距離がある。伊吹はブレーキを踏みこみ、ヴェイロンをバックさせた。
成瀬の声は悲鳴に近かった。「なにするんです」
「だらしねえ保安部にお灸《きゆう》を据えてやるのさ」
伊吹は事故を起こして停車したジープのわきにヴェイロンを停めると、ドアを開け放って降りた。
ジープの三人はいずれも若く、衝突したことがショックだったらしく混乱状態だった。車両から降りてあたふたと駆けずりまわるばかりで、身近に迫った敵に気づいてもいない。
「おまえ!」と伊吹は朝鮮語で声をかけた。
ガスガンのAK47を構えて狙い済ますと、三人は怯《おび》えたようすで銃を手放し、両手を高々とあげた。
AK47の銃身を振って、さがるように合図する。三人は困惑の表情を浮かべたが、伊吹が撃つぞと脅すしぐさをしめすと、足ばやに引き下がっていった。
ヴェイロンの成瀬に、来いと合図する。
ドアが開いて、成瀬はよろめきながらでてきた。足がもつれているらしく、芝生の上に転倒した。
三人がとっさに動こうとしたところを、伊吹は銃口で威嚇《いかく》して押し留めた。
成瀬がジープの助手席に乗りこむ。伊吹は慎重に後ずさると、素早く運転席に乗りこみ、ギアを入れ替えてジープを発進させた。
ちょうど追っ手の二台が近づいてきた。伊吹はアクセルを踏みこんだ。さすがにヴェイロンに比べるとひどく鈍重だ。差を広げることは難しい。
「なぜです」成瀬がいった。「どうしてわざわざジープに乗り換えたんですか」
「屋根のないクルマじゃねえと俺たちの舞台衣装が見えねえっての。しかし保安部とはいえ、ヌルい追跡だな。発砲もしてきやしねえ」
「住宅街だから撃つのは控えているんでしょう」
「だろうな。成瀬、その肩からさげたRPG7を肩にかついでくれないか」
「こ、こうですか」と成瀬がいわれたとおりにした。
「そう。それで後ろを向け。シートのヘッドレストに顎《あご》をくっつけるようにしろ」
「はい……」
馬鹿正直に成瀬は伊吹の指示どおりのポーズをとってくれた。それはすなわち、対戦車砲で追っ手を狙い澄ます動作にほかならなかった。
さすがに追跡側も危機を感じたらしい。弾《はじ》けるような発砲音が響いてきた。
「撃ってきましたよ!」と成瀬は身をちぢこまらせた。
「そうだな。やっと面白くなってきた」
伊吹は何度か角を折れてジープをやりすごそうとしたが、距離は詰まる一方だった。アサルトライフルの発射音が響く。伊吹の乗る車体に着弾したらしく、裂けるような音とともに突き上げる振動が襲った。
タイヤを狙ってやがる。あいつらは生きるか死ぬかの勝負のつもりだろうが、こちらの装備は実はモデルガンばかりで丸腰同然だ。狙い撃ちされたらひとたまりもない。
前方に小さな人の姿を捉《とら》え、伊吹は反射的にブレーキを踏んだ。
ステアリングでわずかにかわした路上に、金髪にリボンを結んだ五、六歳の少女がいた。少女は恐怖に足がすくんだのか、ひきつった顔のまま立ちつくしている。
「ちょうどいい」と伊吹はジープを飛び降り、少女のもとに走った。
「伊吹さん!」成瀬が驚いたようにいった。「なにをするんです!」
「人さらいだ。このコスプレをしている以上、しっくりくる役づくりだ」
少女は凍りついたまま、伊吹に抱きあげられるにまかせていた。伊吹は少女をジープの後部座席に乗せると、ウィンクしてみせた。「俺たちゃ日本人だ。これは演習でね。一緒に遊ぼうや」
緊張の面持ちのまま無言で見返す少女に背を向け、伊吹はさっさと運転席に戻るとジープを走らせた。
追っ手がまた距離を詰めてきたが、発砲はなかった。人質がいることに気づいたらしい。保安部にどんなに血の気の多い輩《やから》がいたとしても、白人の子では見殺しにすることはできないだろう。
前方に別のジープが現れたため、伊吹は進路を変えてわき道に入った。保安部の車両はどんどん増えつつある。
だが、伊吹の求めている勢力はいまだ姿を現さない。
「陸軍はどうした」伊吹はつぶやいた。「本隊はいつになったら出てくるんだ?」
ゲート付近が見える道路に入ったときだった。保安部とは異なる迷彩服を着た兵士たちが、アサルトライフルをかまえて駆けこんできた。
伊吹はその人数に失望した。「たった五人かよ。がっかりさせやがる」
北朝鮮人民軍のコスプレも、たいした効果を挙げなかったか。
ところがその直後、伊吹は間違いに気づいた。
いきなり砂埃《すなぼこり》があがったかと思うと、金網のフェンスをなぎ倒し、二十台近くのストライカー装甲車が横一列になって突進してきた。
ダンプのように巨大な八輪のタイヤ、頑強な鉄製の装甲に、重機関銃を備えた走る凶器が、爆音とともに突き進んでくる。
恐るべきは装甲車だけではなかった。車両の隙間を埋め尽くすようにして、数百人の歩兵が雪崩れこんでくるではないか。
その歩兵たちの動きは、保安部の連中とはまるで異なっていた。まさに獲物に襲い掛かる豹《ひよう》そのものだ。第二歩兵師団第三旅団か、第二十五歩兵師団第一旅団と思われた。かつて日本の占領から朝鮮戦争と暴れまわった伝統の部隊の精鋭どもが、満を持して突撃してきた瞬間だった。
襲いかかる津波。伊吹はジープをUターンさせ、めいっぱいアクセルを踏みこんだ。
成瀬が悲痛な声をあげた。「伊吹さん! あまりにも作戦の効き目が大きすぎます!」
「いいじゃねえか。アメリカらしくてよ」伊吹は住宅地区の奥にみえる林めざして速度をあげた。
バックミラーをちらと見ると、後部座席の少女はひたすら凍りついている。
人質のおかげで発砲はない。だが、装甲車と歩兵は急速に追いあげてきて、包囲網はじりじりと狭まりつつあった。
路上に黒い影が走った。空を見あげたとき、伊吹は思わず息を呑《の》んだ。
上空はヘリで埋め尽くされていた。戦闘用アパッチが縦横に飛びまわるなか、そこかしこでUH60ブラックホークが低空に停止飛行《ホバーリング》し、垂らしたロープを歩兵が滑り降りてくる。
歩兵は住宅地区のあらゆる場所に展開し、市街戦の様相を呈しだした。
望むところだ。
伊吹は歩兵をかわしてジープを走らせ、前方の森に突っこんだ。
ところが、ミラーのなかに異変を見てとった。伊吹はブレーキを踏んで停車した。
成瀬が叫んだ。「今度は何です!?」
後方を振りかえる。
歩兵も装甲車も、林の入り口付近で静止していた。こちらを見据えてはいるが、前進してはこない。
舌打ちして伊吹はいった。「まずいな。団地に来てくれなきゃ意味がない」
「なぜ止まったんでしょう?」と成瀬がきいた。
「実戦だからさ。見通しの悪い雑木林には慎重にならざるをえない。それに、住宅地から俺たちを追いだした時点で、奴らにとっての危機の度合いは下がる。団地に住む貧しい日本人就労者たちはさして重視してないわけだ」
「米軍のそういう態度が、団地を犯罪の温床にしているというのに……」
「あいつらに説教でもするのか? 成瀬。いいか。連中によく見えるように、この女の子を降ろして遠ざかれ」
「……え?」
「女の子を連れてりゃ撃たれる心配はない」
「あなたはどうするんですか。米軍はいっせいに襲いかかってきますよ」
「そうでもない。まだ慎重な構えを崩さないからな。心配ないって。だいじょうぶ。ここは俺にまかせな」
成瀬は黙って伊吹をじっと見つめてきた。伊吹は視線を逸《そ》らした。
米軍が突撃をためらっているのは事実だ。成瀬が人質とともに降りたら、俺は将軍様《チヤングンニム》マンセーとでも叫んで、無理やりにでも歩兵を引き寄せてやる。
そして、たとえ銃撃されても、意地でも団地までたどり着いてやる。そうなったら、歩兵どもは団地に踏みこまざるをえなくなるだろう。
なぜか成瀬は無言のまま、伊吹を見つめつづけていた。
じれったくなって、伊吹は声を荒らげた。「早く行け!」
神妙な面持ちの成瀬は、少女を抱きあげると、ジープを降りた。
歩兵どもが緊張し、身構えたのがわかる。
成瀬が少女を抱いたまま、雑木林のなかに歩を進めた。
ジープからかなり距離を置いたところで、少女を地面に降ろした。そして身体を起こし、ゆっくり振りかえる。
いきなり、成瀬は歩兵に向かって叫んだ。「将軍様《チヤングンニム》マンセー!」
「ば」伊吹は驚いてつぶやいた。「馬鹿、あいつ……」
成瀬は少女のもとを離れ、ジープに駆け戻ってきた。
人質から距離を置いたとたん、重機関銃の掃射が始まった。鼓膜が破れそうなほどの銃撃音とともに、林のなかに小爆発のごとく弾幕が張られる。成瀬は、そのなかを必死に走ってくる。
助手席に成瀬が飛びこむのを待って、伊吹はジープを急発進させた。
「馬鹿野郎!」伊吹は怒鳴った。「なんて無茶するんだ。どうして戻ってきた!」
追っ手は、人質のいない北朝鮮兵士に手心を加えるつもりなど微塵《みじん》もないようだった。装甲車は木々をなぎ倒して前進してくる。歩兵の群れはアサルトライフルを乱射しながら林のなかに突っこんできた。
シートに座りなおした成瀬は、真顔でいった。「どうです。効果はあったでしょう? みんな追ってきましたよ」
「おい、成瀬……」
「あなただけ危険な目には遭わせられません。っていうより、伊吹さん。人質を降ろしたからには、死ぬつもりだったんでしょう?」
「……なんのことだよ、それ」
「とぼけないでください。あなたには婚約者がいるんでしょう? 死んじゃいけません」
「くさい話はそこまでにしときな。どうあっても俺の行いを美化したいのか?」
「命懸けで美由紀さんを助けたいのは、僕も同じです」成瀬は静かに告げた。「心から好きですから」
一瞬、時間が停まったかと思えるような瞬間だった。
頼りがいのない若造と思っていた成瀬が、そこまで真剣な思いを吐くなんて。
「言ったな」伊吹はアクセルを強く踏んだ。「覚悟をきめなよ、外務省。ちょっとばかり無茶するぞ」
「いつでもどうぞ。国家公務員である以上、命は国に預けてます」
伊吹は装甲車が背後に迫っているのに気づいていた。榴弾《りゆうだん》が発射される寸前、ブレーキペダルを強く踏みこむ。荷重がフロントにかかった瞬間、大きくステアリングを切った。
後輪がスライドして、ジープは横滑りしながら雑木林を抜けていった。直後に、本来の進路で爆発音とともに火柱があがった。砕け散った木の幹が破片を辺りに降り注がせる。
間一髪のブレーキングドリフトだった。だがそれも一時しのぎにすぎない。歩兵が側面に迫っている。
アクセルを踏みこんで速度をあげ、一気に林を抜けた。
目の前にひろがったのは、薄汚れた鉄筋コンクリートの建造物群だった。
これが相模原団地か。A1、A2と建物ごとに記されている。美由紀たちのいる診療所はB2だ。とすると、向こう側の建物か。
砂利道を駆け抜け、荒れ果てた庭を突っ切り、団地A2の向こう側にまわりこんだ。
驚いたことにそこはテナントの連なる商店街だった。住民たちが逃げ惑い、店のなかに飛びこんでいく。シャッターを閉める軒先もあった。
団地B1の前まで来たとき、いきなり前方から銃撃を食らい、ボンネットに火花が走った。
「伏せろ」伊吹は助手席の成瀬にいって、みずからもシートに浅く座って姿勢を低くした。
B1のエントランスの階段に身を潜め、自動|拳銃《けんじゆう》でこちらを銃撃する兵士がいる。第一軍団の歩兵ではなかった。基地勤務の大尉だ。
伊吹はステアリングを左右に揺らして蛇行運転しながら、容赦なく加速して大尉めがけて突進していった。
フロントガラスが銃撃に砕け散る。みるみるうちに大尉が目の前に迫った。目を大きく見開いたのがわかる。大尉は階段を昇って回避し、ジープはその階段に衝突した。
軍用ジープなのでエアバッグはない。伊吹はステアリングに顔を打ちつけそうになったが、のけぞることによってかろうじて胸部を当てるに留《とど》めた。
だが成瀬のほうはそうもいかなかった。ダッシュボードにもろに顔面を命中させたようだ。
「平気か?」と伊吹はきいた。
「ええ」成瀬はかなり痛そうにしながらも、身体を起こした。「年金をもらえない国民の痛みに比べれば、これぐらいは」
「公務員の鑑だよ、おまえってやつは」伊吹はドアを開け放ち、ガスガンのAK47を携えながら階段を昇った。
二階の廊下に入ると、大尉が走って逃げていくのが見えた。大尉もこちらに気づいたようすで、振りかえって拳銃を撃とうとしたが、弾切れだった。
扉を開け放ち、大尉はそのなかに逃げこんだ。その扉が閉められる寸前に、伊吹は駆け寄り、力ずくでこじ開けた。
鍵《かぎ》をかけようとしていた大尉はあわてた顔で後ずさった。伊吹は遠慮なく室内に踏みこんでいった。
そこはオフィスだった。団地内に作られた軍関係者用の部屋らしい、星条旗が壁にかかっている。机はひとつだけ、大尉以外には誰もいなかった。
大尉は必死で受話器をとり、電話をしようとしている。伊吹はAK47の銃床でその手をしたたかに打ち、さらに顎《あご》を殴った。大尉はもんどりうって倒れこんだ。
実際には殺傷力ゼロのAK47ガスガンの銃口を大尉に向けて、伊吹はきいた。「ふたりの日本人女性がいるはずだ。どこに隠した?」
戸口に駆けこんでくる足音があった。成瀬が息を弾ませながら入室してきた。
「伊吹さん。ご無事ですか」
「ば、馬鹿。日本語で喋《しやべ》るな」
大尉が妙な顔をした、そのときだった。
窓ガラスが割れ、ロープにしがみついた歩兵たちがいっせいに飛びこんできた。
と同時に、伊吹は後頭部に打撃を受けた。激しい痛みとともに、伊吹は床に突っ伏した。
あわただしい足音が室内にこだまする。脇を見やると、成瀬も同様に打ち倒されていた。
英語の怒鳴り声が飛び交ったあと、ふいに静寂が訪れた。
落ち着いた歩調の足音が近づいてくる。
「立て!」と歩兵がいった。
伊吹はそろそろと立ちあがった。AK47は手放さず、銃口を下に向けていた。
まっすぐにこちらを見つめているのは、迷彩ではない緑の制服をまとった陸軍の上級士官たちだった。その先頭の男は五十代後半ぐらい、胸には少佐の階級章をつけている。
「アルバート・エリクソン少佐だ」とその男はしかめっ面でいった。「貴様、北朝鮮のどの部隊の所属だ?」
「お待ちください」大尉が起きあがっていった。「そいつは日本人です」
眉間《みけん》に皺《しわ》を寄せたエリクソンは、伊吹をしげしげと見つめながら日本語でいった。「この国にも敵性国家に与《くみ》するゲリラがいたとはな」
「ふざけろよ」伊吹は吐き捨てた。「なわけねえじゃん。どこの工作員が軍服で乗りこむんだよ」
「何者だ」
「そう怖い顔すんなって。身分証明書なら胸ポケットに入ってる」
取りだそうとしたとき、歩兵がいっせいに銃口を突きつけてきた。「動くな! 手をあげろ!」
仕方がないな。伊吹はいわれたとおりにした。
歩兵が慎重に近づいてきて、伊吹の胸ポケットをまさぐり、パスケースを引き抜いた。
それがエリクソン少佐に手渡される。
エリクソンはパスケースを開いて目を落とした。眉間にはさらに深い縦じわが刻まれる。
「伊吹直哉一等空尉」エリクソンは読みあげた。「第七航空団第三〇五飛行隊……」
大尉が目を瞠《みは》った。「なんですって!?」
だが上級士官はさすがに肝が据わっているらしく、さほどの動揺を見せなかった。エリクソンは成瀬に視線を移した。「そっちは?」
「成瀬|史郎《しろう》といいます」成瀬は両手をあげたまま、こわばった笑顔でいった。「外務省、文化交流部、国際文化協力室です」
「……で」エリクソンは伊吹に目を戻した。「国家公務員のふたりが揃って、その酔狂な恰好《かつこう》で相模原住宅地区に押し入ってきた理由は?」
「あんたみたいな上級士官に会いたかったからさ。相模原団地の抱える問題を直訴するには、これしか方法がなかったんだよ。まともに言ったって取り合っちゃくれねえだろうしな」
「問題とはなんだ」
「人身売買と武器密輸。女ふたりを拉致《らち》監禁。わかってるのはそれぐらいだがな」
エリクソンは大尉を見た。「ヒックス。この団地の管理はおまえの担当だな?」
「イエス・サー」ヒックスはうわずった声でいった。「ですが、ご覧のとおりこの建物は、質素でつつましい生活を送る労働者とその家族の住居でしかありません。その伊吹という自衛官の申し立ては意味不明であり……」
「意味不明だと?」伊吹は声を荒らげた。「一九五〇年から三代にわたって住みこんでる連中は、日本人でありながら地位協定の恩恵を受けて大使館員みたいにやりたい放題だった。本来は軍が目を光らせるべきところだったんだが、事実上隔離されたこの施設には監視の目なんかないも同然で、しかも保安部の大尉殿が犯罪者どもに手を貸してやがったからな。いまどき暗黒街の顔役にでもなったつもりかよ、大尉さん」
「でたらめを言うな! エリクソン少佐。この男たちが基地に不法侵入し、破壊工作同然の行動をとったことは事実です。すぐに司令部に連行して取り調べを……」
伊吹は声高にいった。「取り調べなら受けてやるぜ、ここでな。ついでに団地を歩兵どもに調べてもらったらどうだい? 未就学児童をいっぱい抱えたこの団地に、親なしの子供たちが大勢見つかると思うけどな。銃器も隠してあるだろうよ。住民の部屋は和室か? じゃあ畳も引っ剥《ぺ》がさないとな」
ヒックスが表情を凍りつかせた。
エリクソンはなおも硬い顔で伊吹を見据えた。「きみはさっき、ほかにも妙なことを言っていたな。女性を拉致監禁とか」
「そう。俺の元彼女をね」
「馬鹿な」ヒックスは目をいからせた。「診療所にいるふたりのことなら、ゆうべガヤルドで事故を起こし、私たちが救助したんだぞ」
「救助? その結果どうなってる? 無事か?」
「……脳|震盪《しんとう》で意識不明だが……」
「どうしてキャンプ座間の医療施設に運ばない? 動かすと危険だとドクターに言われたとか? おまえも軍人なら脳震盪がどんな症状かぐらい知ってるよな? たぶんドクターにも連絡とってないだろ? それに、ふたりの職場にはなんの連絡もないみたいだが、なぜ対処しない?」
「それは……名前も連絡先も不明で……」
「おまえ、ふたりがガヤルドで事故ったって言ったじゃねえか。この敷地内で起きた事故なら、車両も回収してんだろ? 車検証見りゃ名前もわかるだろうし、ナンバーを陸運局に問い合わせる手だってある。運転免許証も不携帯だったわけじゃねえだろ? そうでなくとも、オレンジのガヤルドの登録台数なんてそう多くはない。判明するだろが、すぐに」
徐々に冷ややかな空気が室内にたちこめだした。
エリクソンはヒックスにきいた。「大尉。どういうことなのか説明したまえ」
「いえ……。この男のいうことは詭弁《きべん》ばかりです。事故を起こしたふたりの身元確認はこれからですし、病院の手配も行おうとしていたところです」
「おい」伊吹はヒックスをにらみつけた。「事故なんてほんとに起きたのかよ? 人身売買の本拠地だって気づかれて、口封じのために殺そうとしただけじゃねえのか?」
「伊吹君」エリクソンがじっと見つめてきた。「人身売買というが、なにか確証があって言っているのか?」
「調べりゃわかることです。ここも大尉が使ってるオフィスみたいだから、帳簿ぐらい隠してあるでしょう。子供や銃器の在庫リストも存在するでしょうね」
ところがその瞬間、ヒックスの表情に笑いが浮かんだ。
「なるほど、帳簿ね」ヒックスは無造作に机の引きだしを開けた。「どうぞ。心ゆくまで調べていただいて結構」
伊吹は黙りこんだ。
ようすが変だ。ヒックスの態度ががらりと変わった。
帳簿やリストはないのか。いや、あるにはあるのだろう。見つからないと確信しているのだ。
エリクソンがいった。「伊吹君。歩兵にここを調べさせたとして、その帳簿であるとか、人身売買に関わる物証が出てこなかったとしたら、どうする気かね」
尻馬《しりうま》に乗るかのようにヒックスが甲高い声をあげた。「悪質な名誉|毀損《きそん》ですよ。それも不法侵入のうえでね。日本政府にも厳重に抗議することになるでしょう」
まずいな、と伊吹は思った。
室内を眺め渡しても、怪しむべきところはない。帳簿ぐらいどこにも隠せるだろうし、データ化されていたら小さなメモリーカード一枚で済む。
いまこの場で物証をエリクソン少佐にしめさないかぎり、ヒックスの犯罪は永遠に証明できなくなるだろう。歩兵が引きあげたら、ヒックスは証拠隠滅を図るに決まっている。
隠し場所はヒックスしか知らない。
美由紀なら、表情を見て一瞬で見破るところだ。だが俺の場合はそうはいかない。
どうすれば、ヒックスに本音を吐かすことが……。
と、そのときだった。いきなり成瀬が前に躍りでた。
「将軍様マンセー!」と成瀬は叫ぶと、腰から四角い手榴弾《しゆりゆうだん》のイミテーションを引き抜いた。
伊吹は面食らった。いきなりなにをするんだ、こいつ。
歩兵たちがいっせいに身構えた。エリクソンが後ずさり、ヒックスもびくついていた。
成瀬は手榴弾のピンを外し、床に放り投げた。
次の瞬間、ヒックスは猛然と棚に駆け寄り、懐中時計をひったくると、戸口に駆けだそうとした。
だが、室内の異変に気づいたようすで、ヒックスの歩は緩んだ。
なにも起こらない。爆発は起きない。
さすがに第一軍団の歩兵たちは、手榴弾が床に転がった音を聞いた時点で偽物だと気づいたらしい。成瀬を銃撃しようとする者はいなかった。
しんと静まりかえった部屋のなかで、互いの視線が交錯しあう。
やがて、エリクソンの目がヒックスに向いた。
ナイス、アシスト。伊吹は成瀬の機転に感心した。
エリクソンの顔が険しくなる。「ヒックス大尉。その懐中時計はなんだ?」
「あのう……」ヒックスは焦燥感をあらわにした。「これは、陸軍士官学校《ウエストポイント》を卒業したときに貰《もら》ったもので……」
「とっさに持ちだそうとしたな。なぜだ。そんなに大事にしているのか?」
「いえ。まあ。過去の記念ですから……。すみません。動揺しまして、意味のない物を手にとってしまい……」
「見せろ」とエリクソンが手を差しだした。
歩兵で埋まった室内では、抵抗するのは無駄と悟ったらしい。ヒックスは表情をこわばらせながら、懐中時計を手渡した。
エリクソンは時計を両手のなかでいじりまわしていたが、やがて裏蓋《うらぶた》を開けた。
その表情が曇る。
裏蓋のなかに差しいれた指が、一枚のメモリーカードをつまみだした。
ざわっとした驚きが歩兵のあいだに広がった。
「大尉」エリクソンは冷めきった目でヒックスに告げた。「なにが記録してあるのかね?」
「……それは……その……」
「連行しろ」とエリクソンは歩兵に命じた。「それから、全員でただちにこの団地内の捜索にかかれ。すべての部屋の天井裏から床下まで調べるんだ。怪しい住民は拘束してかまわん」
歩兵のアサルトライフルがヒックスに向けられる。
ヒックスは苦い顔で立ち尽くし、伊吹を一瞥《いちべつ》したが、やがて仕方なさそうに歩きだした。
ほっとして、伊吹は成瀬を見た。
成瀬も伊吹を見かえし、笑顔を浮かべた。「やりましたね」
「ああ、そうだな。勲章ものだよ」
扉が開き、ヒックスが廊下にでていく。
ところがそのとき、突然、日本人の男が飛びこんできた。
男はヒックスと歩兵の間に割って入り、手にした自動小銃を乱射しはじめた。
けたたましい銃撃音が轟《とどろ》き、銃火が稲妻のような閃光《せんこう》を走らせる。
歩兵がいっせいに散り、壁ぎわに姿勢を低くして応戦を開始する。狭い室内はたちまち銃撃戦の地獄と化した。
「伏せてろ」伊吹は成瀬を床に引き倒した。
煙と埃《ほこり》がたちこめる室内で、ヒックスが男に怒鳴る声がする。「八木、いくぞ!」
八木と呼ばれた男はさらにひとしきり自動小銃を掃射すると、後ずさって廊下に消えた。
伊吹は起きあがり、戸口めがけて突進した。
廊下に転がりでると、八木は振り返りながら銃撃してきた。
床に伏せて応戦しようとした伊吹は、手にしているのがガスガンだと知り、歯ぎしりした。俺はいつまでこんな物を後生大事に持っているのだ。
だが伊吹は、しろうとの銃撃相手にすくみあがることはなかった。狭い場所に移動してもまだセミオートに切り替えないのが奴の運の尽きだ。フルオートで掃射していれば、数秒で弾は撃ちつくす。
予想どおり、銃撃はぴたりとやんだ。八木があわてたようすで弾倉《マガジン》を引き抜いている。
伊吹は跳ね起きて猛然と駆けていった。八木が身構えるより早く、AK47を水平にスイングして、その手から自動小銃を跳ね飛ばした。
八木が獣の咆哮《ほうこう》のような声をあげて襲いかかってきたが、伊吹は八木の首を抱えこんで窓ガラスに衝突させた。そこから反対方向の壁に投げて後頭部を打ちつけさせると、ふたたび割れたガラスに向かって飛ばし、八木の身体を窓の外に放りだした。
前方で階段を駆け降りる音がする。ヒックスは外にでたらしい。
すかさず伊吹は窓の外に身を躍らせた。二階の高さ、八木がのびて倒れている地面に転がり、すぐに起きあがってエントランスに向かう。
ヒックスはもう外にでていた。中庭を走っていき、B2のエントランスを入っていく。
美由紀と藍がいるという建物だ。診療所は一階のはずだった。
廊下に飛びこむと、行く手の扉が半開きになっていた。
まだAK47ガスガンを握りしめている。武器といえばいまのところこれしかない。
診療所の看板のかかったその扉に駆け寄る。
扉を大きく開け放って中に踏みいったとき、伊吹ははっとした。
ベッドに寝かされているふたりの女のうち、ひとりをヒックスが肩に持ちあげて、連れ去ろうとしている。
しかもそれが、ほかならぬ美由紀であることを、伊吹は一瞬で見てとった。
ヒックスが振りかえり、伊吹に目をとめた。「紀久子、そっちの女を始末しろ!」
命じられたのは、白衣を着た女だった。診療所に似つかわしくない巨大な刃を持つナイフを振りかざし、ベッドに向かう。
藍は無反応まま、目を閉じたまま横たわっている。
紀久子が藍の胸もとめがけて、ナイフを振りおろそうとしている。
伊吹はとっさにAK47を紀久子に投げつけた。紀久子の反射神経は発達していた。片手でAK47を受けとめた。
だが、弱点は思いもよらぬところで発覚した。紀久子はナイフよりも銃のほうが武器として有効と考えたらしく、ナイフを投げ捨ててAK47を構えた。
その隙を突いて伊吹は突進していった。紀久子はあわてたようすで藍に向かって引き金を引こうとした。
むろん、ガスガンに弾などこめてはいなかった。紀久子が本物の銃でないと気づく素振りをみせたころには、伊吹は容赦なく紀久子の両手首をつかみ、ダブルアーム・スープレックスの要領で後方に投げ飛ばした。紀久子の身体は風車のように回転しながら薬品棚に突っこみ、けたたましい音をあげてガラスの破片を飛び散らせた。
振り返ると、ヒックスは美由紀を抱えたまま、窓の外に飛びだしていた。
廊下には別の足音がある。伊吹は棚の影に身を潜めた。
駆けこんできたのは成瀬だった。苦しげに息を弾ませながら、室内を見まわしている。
伊吹は藍に近づいた。左の手首をつかむと、脈があるのがわかる。
ワゴンテーブルの上には無数の注射器が散らばっていた。伊吹はそのうち一本を手にとり、においをかいだ。
「麻酔だな」伊吹はそれを放りだした。「意識はあるけど動けないってのはこれのことか。可愛そうに……」
「眠ってはいないんですか」と成瀬がきいた。
「ああ。いまも耳は聞こえているだろう。心配すんなよ、藍ちゃん。頼りになる奴を置いていくからな」
「頼りって……?」
「きみだよ、外務省のエース。彼女を頼んだぞ」
「どこへ行くんですか」
「元カノを取り戻すんだよ。復縁するって意味じゃないぜ、文字どおり取り返すのさ」
伊吹は窓辺で跳躍し、外に飛びだした。
中庭にひとけはない。ヒックスも姿を消していた。
ところが、階上から悲鳴がした。それも複数だ。
声が聞こえるB3のエントランスに向かって走った。階段に飛びこむと、二階から子供たちが叫びながら駆け降りてきた。
粗末な服に痩《や》せた身体、まるで難民のような子供たちだ。たぶんこの子たちが……。
流れに逆らって伊吹は階段を昇っていった。
廊下を大勢の子供たちが逃げてくる。何人かは栄養失調のせいか、足をふらつかせていた。
伊吹はその子供を抱きかかえながらきいた。「しっかりしろ。どの部屋から来た?」
すると子供は、伊吹の知らない国の言語で喋《しやべ》りながら、廊下の先を指差した。
その差ししめされたほうに目を向けた、そのときだった。
開け放った扉から身を乗りだしたヒックスが、サブマシンガンでこちらを銃撃してきた。
とっさに伊吹は子供をかばって床に伏せた。弾丸は、耳もとをかすめ飛んで壁を砕き、石膏《せつこう》の破片を飛散させる。
ヒックスは片手にサブマシンガンを撃ち、反対の手で肩の上の美由紀を支えながら、廊下を逃走していった。
「ここにいろよ」と伊吹は子供に告げると、立ちあがって走りだした。
開いた扉のなかに入る。狭い和室、畳が引き剥《は》がされていた。その下におさまっていたのは、黒光りする銃器類だった。
伊吹は踏み入っていくと、それら闇市場の商品をざっと眺め渡した。すぐに使えそうなものが目に入る。日米合同訓練で撃たせてもらったベレッタM92と、そのマガジン数本をつかみとった。
弾丸のぎっしり詰まったマガジンをグリップに叩《たた》きこむと、遊底《スライド》を引いて弾丸を装填する。
ベレッタをかまえながら廊下にでた。もうヒックスの姿はない。反対側の出口から逃げおおせたようだ。
油断なく歩を進めていき、伊吹はまた中庭に戻った。
静寂がある。風の音さえも聞こえるほどだ。
ところがすぐに、その静けさを破って銃声が轟《とどろ》いた。
姿勢を低くして辺りを見まわしたが、人影はなかった。
銃撃音はさらに続いている。商店街のほうから聞こえるようだ。
伊吹は走りだした。いつ物陰から敵が姿を現しても反撃できるよう、両手で銃のグリップを握り、銃口を肩の高さに保ちながら走った。
商店街に近づくと、銃撃音はいっそう激しくなった。
歩兵がそこかしこに身を潜め、テナントの軒先に向けてアサルトライフルを発砲していた。
物陰に隠れてようすをうかがうと、喫茶店の窓から老婦が顔を覗《のぞ》かせ、拳銃で応戦している。
ヒックスはどこだ。伊吹は伸びあがって遠方を見やった。
エンジンのかかったフォルクスワーゲン・ビートルが停車している。ヒックスがその助手席に、ぐったりとした美由紀を運びこんでいた。
それだけ確認すると、もう伊吹には待っている理由などなくなった。
銃撃戦のなかにずかずかと踏みいり、歩を進めていく。弾丸が頭のまわりをかすめ飛んでいるのがわかる。避ける気などなかった。老婦の撃つ弾の命中率がどの程度のものか、すでに把握できていた。これで当たるのなら、ただ運が悪かったというだけだろう。
「おい!」後方で歩兵の怒鳴る声がする。「戻れ! 危険だぞ!」
エリート揃いの第一軍団歩兵はどんなときでも慎重だ。だが、ただ危険というだけでは、俺が踏みとどまる理由にはならない。
商店街を不敵に突っ切ろうとすると、喫茶店の老婦があんぐりと口を開けているのが見えた。予測不能の行動に驚いたのだろう。
しかしそれも数秒のことで、すぐに老婦は銃口を伊吹に向けて、狙い澄ましてきた。
互いにマッハの速度で飛びまわる戦闘機どうしの撃ち合いに比べると、老婦の動きなど緩慢すぎて、攻撃とは呼べないものだった。
伊吹は歩きながら老婦の肩を狙って二度、引き金を引いた。耳をつんざく銃声と、反動を二度手のなかに感じる。
老婦は悲鳴をあげて、窓のなかに引っこんだ。がちゃんと食器が割れる音がする。
気の毒に。もう店じまいだろう。
リサイクルショップのほうから四人ほどが駆けだしてきた。いかつい顔の男ばかりで、手にはそれぞれ異なった種類の銃器を携えていた。
だが、伊吹に向けられたそれらの銃口が火を噴くことはなかった。伊吹はつづけざまにベレッタを四発発砲し四人の膝《ひざ》を撃ち抜いた。苦痛の呻《うめ》き声の四重奏が響くなか、伊吹はビートルめざして突き進んだ。
ビートルが走りだした。砂埃《すなぼこり》をあげながら、逃走を図ろうとしている。
伊吹はベレッタで銃撃した。連射すると、ビートルのテールランプが砕け、ナンバープレートが傾いた。弾が切れ、マガジンを落として素早く次のマガジンを装填《そうてん》する。さらに撃つ。タイヤがパンクした。ビートルは蛇行しはじめた。
なおも銃撃をつづける。リアエンジンの空冷水平対向四気筒OHVの機能停止を狙ってひたすら撃つ。排気管から黒煙があがった。クルマの速度が落ちる。伊吹は撃ちつづけた。またマガジンがからになった。交換して、銃撃を浴びせつづける。
ついにビートルの後方で爆発が起き、ボディの尻《しり》の部分に火球が膨れあがった。轟音《ごうおん》とともに火柱が噴きあがると、ビートルは停車した。
まだ運転席まで火はまわっていない。古いといえどドイツ車だ、そのあたりの設計はしっかりしている。
運転席側のドアに近づき、開け放つと、ヒックスがびくついた顔を向けてきた。
「ま、待てよ」ヒックスはうわずった声をあげた。「自衛官だろ? 人を殺しちゃいけねえ。それも同盟国の人間をな。そうだろう?」
「……ああ。まあな」
伊吹はヒックスの襟首をつかみ、乱暴に引きずりだした。そのまま地面に転がす。
「なにしやがる」ヒックスは怒鳴った。「自衛隊は専守防衛が原則だろうが。先に手をだす気か」
「あいにくだな。最近じゃ武力攻撃事態法で、先制的自衛権も可能になってるんでな」
間髪をいれずに、伊吹はヒックスの両手両足に一発ずつ、計四発を撃ちこんだ。
断末魔のような悲鳴をあげ、ヒックスは転げまわった。悪態をついているようだが、英語のスラングはよくわからない。
車体を迂回《うかい》し、助手席側にまわる。ドアを開けると、眠ったように目を閉じたままの美由紀がそこにいた。
抱き起こそうとしたとき、美由紀の囁《ささや》く声がした。「伊吹……先輩……」
麻酔が切れてきたらしい。じきに、目も開くだろう。
伊吹は左の薬指から婚約指輪を抜き取り、ポケットにおさめた。
ため息をついて、美由紀の顔を見やる。
あどけない寝顔。それでも意識はある。いま何を考えているだろう。
「安心しろ。もうだいじょうぶだ」伊吹はつぶやいて、美由紀を抱きあげた。
クルマから歩き去ったとき、後方で激しい爆発が起きた。わずかに爆風と熱を背に感じたが、たいしたことはなかった。いまの伊吹にとっては、そよ風と同じだった。
そういえば、微風が心地いい。陽も傾きかけている。こんな夕方に、ふたりで歩いたこともあった。いまこの時間も、じきに過去の思い出のひとつになる。
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