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千里眼205

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:数値と漫画 五十嵐は第二本部、すなわち旧視聴覚教室に駆けつけた。そこには、いつもの行政庁の幹部らのほか、見慣れない下級生
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数値と漫画

 五十嵐は第二本部、すなわち旧視聴覚教室に駆けつけた。そこには、いつもの行政庁の幹部らのほか、見慣れない下級生がいた。
今中雄三というその生徒は、小柄でいかにもおとなしそうな性格の持ち主のようだった。緊張のせいか顔をこわばらせて、椅子に座ったままずっとうつむいている。
「なるほど」と菊池が手にした本を眺めながらいった。「漫画世界史か……」
「ええ」北原沙織がうなずいた。「今中君は世界史に関しては、大学受験の模擬試験問題でもかなりの成績なの。どうやって歴史の流れをつかんで暗記するかだけど、彼の場合はこの漫画を繰りかえし読んでいたのよ」
幡野雪絵も同意をしめした。「漫画なら気軽に何度でも読めるからね。絵やジョークとともに、そこに書かれていた情報を記憶するようになる。誰でも漫画のことならすぐに詳しくなるでしょ? 世界史も漫画なら頭に入るってことね」
「ただなぁ」菊池は唸《うな》った。「たしかに記憶はできるかもしれないが、歴史の本質っていうところまで思考が及ぶかどうか……。この漫画のキャラクターたちのセリフや動きを通して、模擬的な知識が得られるにすぎない」
「いいんじゃないの?」雪絵は笑った。「受験では思考の道筋までは見抜かれないんだから」
長島がにやつきながらいった。「幡野さんはいい家に育ってるお嬢さんだから、寛容だねえ。もともと頭がいいから、そんなものに頼らなくても勉強できるんだろうけど」
菊池が表情を険しくした。「おい。発言には気をつけろ」
「はいはい。ただね、俺もその本なら買ったんだよ。三冊出てるだろ? 世界史総合と、ヨーロッパ史と、中国・アジア史と。まあ画力はひと昔前の同人誌レベルで、しかも作者が女ときちゃ画風に馴染《なじ》むのも苦労するが、問題はもっとほかにあってね。テストに出るような暗記事項が、けっこう抜け落ちてしまってるわけよ」
沙織が本を長島に差しだした。「これ、見てみたら?」
「持ってるって言ったんだけどな。人の話聞いてる?」そういいながら本を開いた長島は、ふいに顔を硬くした。「こいつは……」
五十嵐は石森とともに、その本を覗《のぞ》きこんだ。
欄外や空白の部分などに、手書きの書きこみがある。フキダシを描きいれて、セリフにしているところもあった。
「わかる?」沙織がいった。「世界史の教科書で太字になっているような暗記事項のうち、その漫画に掲載されていない情報は、すべて今中君が自分で書き入れている。漫画のコマの進行を損なわないようなかたちでね」
菊池が今中にきいた。「書き加えた情報は、なにを基準にして選択した?」
「えっと……一問一答式の問題集です。それらの部分は、最初のうちは自分の書いたものだと感じるんですけど、読みかえすうちに自然に流れに溶けこんできて……。違和感なく頭に入るんです」
「これを生徒数ぶん、コピーして活用させてもらってもいいかな? 行政庁がきみの身柄を保証するよ。二度ときみはいじめられない。いじめをおこなうような連中は、絶対的権力による制裁には弱い。小賢《こざかし》く、表層だけでも改心したふりをする。こちらとしてはそれで充分。きみに危害を及ぼす者はいなくなる」
「それは……もちろん。うれしいです」
「では、塩津。彼の身辺警護を頼む」
大柄の塩津はにやりと笑った。「いいとも。任せな」
「それと、今中君。この漫画世界史のコピーについてだが、きみが創意工夫した書きこみを活用させてもらうわけだから、一部につき二から三ウジガミールの印税をきみに支払おうと思う」
「ちょっと」長島が口をとがらせた。「それは優遇しすぎじゃねえの? だいいち、この元の漫画家さんや版元さんの権利は? 無断コピーはいけないぜ」
「これは日本国の出版物だ。現在のところ、氏神高校国は日本国との正式な国交がない。よって、相手国の著作権も保護の対象とならない」
「ちぇっ。虫のいい話だな」
「異論があるのか」
「いや……そういうわけじゃないけど。でもさ、その漫画って教科書のぜんぶの章を網羅してないはずだぜ?」
今中が困惑したようにいった。「そうなんです……。始まりはギリシャ世界からですから、メソポタミア文明とか、その前の旧人とか原人とか、すっぽり抜け落ちてるんです。後の時代でも、東南アジアとかはなくて……。シャイレーンドラ朝とか、ボロブドゥールとか模擬試験に出たときには、さっぱり答えられませんでした」
雪絵が残念そうな顔になった。「そのあたりのことでさえ判らないの? それはちょっと……」
五十嵐の頭にふと考えが浮かんだ。「欠落してる章があるなら、描かせたらどうだろう? 一年B組の植谷翼っていう生徒が、漫画を描くのを得意としてるけど」
「ふうん」菊池は顎《あご》に手をやった。「それはいいな。後で連れてきてくれ」
「できれば、植谷にも身辺警護をお願いしたいんだけど。彼もいじめられっ子だったし」
「わかった。国益につながる人材を捨て置くことはない。通貨として使う紙幣も植谷に描かせてもいいだろう。他人に偽造できない複雑な絵を描いてもらい、コピー機で紙幣を発行しよう。複製できないように、いろいろ策を講じる必要はあるが」
「どうも……」つぶやきながら、五十嵐はほっと胸をなでおろした。きのう知り合ったばかりの下級生に、ようやく上級生らしい責任を果たしえた。
「ところで」菊池は雪絵を見た。「風紀委員のほうはひと晩がかりで巡回をおこなったと思うが、みんなのようすは?」
「疲れきっているせいか、すっかり寝静まってたわ。修学旅行みたいに男子が部屋を抜けだして女子に会いに行くっていう状況を想定してたけど、ほとんど起きなかった。独房送りっていう抑止力のせいかしら」
「まあな。性的衝動も暇だから起きる。きょうから通貨制度に入るから、労働の度合いによって所得格差が生じるようになる。異性の気を惹《ひ》くには豊かになる道を選ばざるをえないだろう。そこに競争が生まれ、社会は活気づく」
「でも」石森が不安そうにつぶやいた。「国内だけで通貨がまわっていても、インフレになるとしか……」
「そのとおりだ。国として維持するためには対外貿易が必要になる。電気、ガス、水道の料金も、いつまでも前学校組織の世話になっているわけにはいかない。日本国からの輸入品として、こちらは代価を払わなければならない」
塩津が肩をすくめた。「校長室のテレビでチェックした限りじゃ、外の世界はただ戸惑ってばかりで対話の準備さえ進んでないみたいだがな。総理大臣の記者会見もなかったし。警察を突入させるか否かで論争が起きてる。ニュースはそんなのばかりだ」
「だからこっちから貿易を始めて、外貨を稼ぐ」と菊池はいった。
「だけど、どんなものを売る? 工業高校だからそれなりに道具は揃ってるが、材料がなければなにも作れんだろ。農業科のほうの畑仕事も、収穫までには時間がかかるし……」
菊池は首を横に振った。「木彫りの民芸品や大根を売っていたんじゃ、まるで刑務所だ。もっと金になる無形物を売らなきゃならん。そこでだ、五十嵐」
「はい?」
雪絵が取りだした書類を、菊池が受けとりながらいった。「これはきみが古文の授業で提出した作文だな? 『源氏物語』についてだが」
「……そんなの、どこで見つけた?」
「職員室にあるものを片っ端から調べてる。人材探しの一環だ」
いい気分はしなかったが、この体制下では仕方がないのかもしれない。
「まあ……ね」と五十嵐はため息まじりにいった。「評価はDマイナス、書き直せっていわれたよ」
「僕の評価は違う。おまえは数学が得意なんだな、五十嵐? この作文でもユニークな分析がしてある。『源氏物語』のセンテンス百文につき、名詞が使用されている頻度の平均を数値化すると百十一、標準偏差は十二・一。ところが源氏が死んだあとの物語である『宇治十|帖《じよう》』の、ある部分以降は唐突に平均九十一、標準偏差六・五八に転ずるとある。つまりここで紫式部が死んで、他人が引き継いだと数学的に仮説を立てているわけだな?」
「仮説じゃなくて……事実だよ。紫式部自身が書いて、そんな変調が起きる可能性自体を計算すると〇・七一パーセント、つまり限りなくゼロに近いんだから」
「そしてきみは、こういう計算法を駆使すれば、誰が書いたかを探り当てることができると主張してるな」
「句読点の使用頻度とその割合とか、名詞と代名詞の頻度とか……。ぜんぶプログラム化して、テキストデータを読み取るようにすれば、ふたつの文章を同一人物が書いたか否かを判断するソフトぐらいは開発できるんじゃないかって……」
「面白い。きょうから取り掛かってもらおう。この部屋にあるパソコンを自由に使ってくれ」
「え……」
長島が眉《まゆ》をひそめた。「そのソフトが出来たとして、CD—ROMにでも焼いて販売するのかい?」
「いや」と菊池は首を横に振った。「それではコストがかかる。インターネットを通じて、シェアウェアでダウンロードできるようにする。氏神高校国の専用口座は日本国の銀行に作ってあるから、そこに振りこませる」
「そんなの、たいして需要ないんじゃない?」
「そうは思わない。現代は誰もがパソコンで文章を作っているから、筆跡鑑定なども過去のものになりつつあるという新聞記事を読んだ。数学的な算出法で当人か否かが判断できるソフトがあれば、欲しいと思う人も出てくるだろう。メールの差出人が本物かどうか鑑定したい場合に重宝する」
「待ってください」石森が口をはさんだ。「五十嵐はそんなに数学が得意じゃないですよ。たしかに計算は速いけど、成績は平均点を下まわることもあったし、それにパソコンもフリーズさせてばっかりだし……」
「学校での成績など参考にすぎない」
「でも……」
「石森。数の単位を言ってみろ。一、十、百、千、そのあとは?」
「あ、あの、万、億、兆……ええと、京……それから……」
菊池が目で五十嵐をうながしてきた。
五十嵐はいった。「垓《がい》、|※[#「禾+予」、unicode79ed]《し》、穣《じよう》、溝《こう》、澗《かん》、正《せい》、載《さい》、極《ごく》、恒河沙《ごうがしや》、阿僧祇《あそうぎ》、那由他《なゆた》、不可思議《ふかしぎ》、無量大数《むりようたいすう》」
「よし」菊池はさらにたずねた。「小数点以下は?」
「分《ぶ》、厘《りん》、毛《もう》、糸《し》、忽《こつ》、微《び》、繊《せん》、沙《しや》、塵《じん》、埃《あい》、渺《びよう》、漠《ばく》、模糊《もこ》、逡巡《しゆんじゆん》、須叟《しゆゆ》、瞬息《しゆんそく》、弾指《だんし》、刹那《せつな》、六徳《りつとく》、空虚《くうきよ》、清浄《せいじよう》……」
我慢ならないようすで石森が抗議した。「そんなの雑学みたいなもんじゃないか。受験に必要な数学は……」
「だまれ」と菊池がぴしゃりといった。「風変わりで独自性のある知識と考え方こそが求められてるんだ。きみも補佐に留《とど》まりたくなかったら、なにか提案してみることだな」
石森は不平そうな顔をしたが、なにも言えないらしく黙ってうつむいた。
彼がなにを不服に思ったか、五十嵐にはわかる気がした。賃金の格差が生まれようとしている。出世の競争も始まっている。後れをとりたくない、とっさにそう思ったのだろう。
これからは誰もが、油断ならないライバルとなりうる。生きていくためには、レースに参加するしかない。
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