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千里眼217

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:変異する伝言 夜の氏神高校、その校内に入ってから、美由紀は目に映るすべてのものに驚きを禁じえなかった。たしかに建物は校舎
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変異する伝言

 夜の氏神高校、その校内に入ってから、美由紀は目に映るすべてのものに驚きを禁じえなかった。
たしかに建物は校舎にすぎないが、この空間は完全に街そのものだ。
玄関を入って靴脱ぎ場から階段、廊下に至るまで、辺りは市街地の活気に満ちている。
教室の廊下の窓は取り外されて商店となっている。扱っている商品のジャンルも店それぞれで、文房具や教科書、参考書類から、おそらくは生徒らが持ちこんでいたiPodやニンテンドーDS、漫画本なども高額商品として取り扱われ、さらには学校の備品とおぼしきDVDプレイヤーやパソコン、その周辺機器までが並んでいた。
美由紀は歩きながらいった。「学校の備品を売買するなんて……」
「問題ねえんだよ」と長島がにやつきながら振りかえった。「校内で人から人に所有権が渡るだけだからさ。もともと校内で使用することに限られた品物なんだし、文句はねえだろ? いちおう、これらの物の国外への販売は禁止されてる。つまり学校の外に売り払って日本円を稼いじゃいけないってことだ」
なるほど、と美由紀は思った。校内のみ限定の売買か。
そういえば、往来する生徒たちは見慣れない紙幣を手にしている。コピー機で作ったものらしいが、図柄は複雑で、ずいぶん本格的だ。
人が多く群がっているのは、やはり食品店だった。長持ちするパンが中心だが、惣菜《そうざい》や弁当まで各種取り揃っている。ときおり羽振りのよさそうな生徒が弁当をまとめ買いしていくが、低所得者層は味気ない食パンを購入するのみらしい。
各店舗にはバットを手にした警備員が立っていて、万引きなどの犯罪に抑止効果を発揮している。万引きは裁判なしで禁固十日、罰金二百ウジガミール、そう書かれた貼り紙もあった。
商用地帯を過ぎると、フロアに連なる教室は住居棟の役割を果たしていた。
教室内には複雑に間仕切りがしてあって、一見したところではホームレスタウンを連想しなくもない。
ただし、ここの生徒たちの暮らしは、家を持たない大人たちよりずっと清潔で、優雅で、穏やかなものだった。手製のベッドで読書をしている女子生徒もいれば、廊下で遊びまわっている男子生徒もいる。国民のプライバシーについても行政庁が目を光らせているのか、風紀の乱れはないようだった。
掃除はさかんにおこなわれていた。これも仕事なのだろう。その熱心さは、学校で義務づけられる清掃の時間とはまるで趣を異にしていた。専業の清掃員としてのプロ意識を感じさせる彼らの作業は、終始てきぱきとしていて無駄がない。
こうした住宅街には独特の施設も存在する。二階の大教室のひとつは銀行になっていた。氏神銀行という手書きの表札がかかっている。労働で得られたウジガミール通貨は銀行振り込みで支払われるらしい。驚いたことに、振りこめ詐欺に注意という但し書きが壁に貼ってあった。すでにここでの経済は、美由紀の知る社会となんら変わりのないものになりつつある。
銀行の隣りは不動産屋だった。貼りだされた物件に生徒たちが群がっている。住居となっている教室は切り売りされていた。畳一畳ほどの寝床は、土地を買うことで広げていける。そういえば、教室ひとつを丸ごと自分の住処《すみか》にしているようすの生徒の姿も見かけた。あれは億万長者に等しいのだろう。
美由紀はきいた。「教室ひとつ買うと何ウジガミールなの?」
長島がせせら笑った。「一生かかっても無理だね。特別な仕事で爆発的に稼げるようにならなきゃさ」
「一般的な職業では、狭い間仕切りのなかで暮らすしかないわけね……」
「それもローンだよ。土地は高いからさ。特に銀行に近い二階は人気でね。間仕切りもタダじゃないよ。三階にエクステリア専門店があって、そこでいろいろ工夫した間仕切りを売ってる。一番高いのはもともと体育用品倉庫にあった本格的なパーティーションでさ、一枚五十ウジガミールもする」
「あるていど裕福そうな人が、間仕切りのないところで寝てたりもしてたけど」
「男子と女子の住居が隣接している部屋では、間仕切りは地区条例で禁止されてんの。見えないところで何やってるかわからねえってことがないようにね」
「ふうん……。考えてあるのね」
実際、校内のあらゆるシステムは計算し尽されていた。
以前に当直室だった部屋は、その浴室を生かして入浴施設となり、銭湯のように金を払えば利用できる。狭いので予約制らしく、同性どうしなら三名までが同時に入浴可能、異性どうしの利用は禁止。湯沸かし室も重宝されている。パンなどと抱き合わせて輸入したのか、レトルトのカップ麺《めん》を手にした生徒らが長い列をつくっていた。
クリーニングも、ここの設備が利用されている。三台ある洗濯機は常時稼働状態だった。かごのなかには制服が山積みになっている。おそらく、洗濯も金がかかるのだろう。払えない生徒は、流しに制服を持ちこんで手で洗うしかないに相違ない。
それにしても、どこに行こうとも生徒たちにじろじろ見られるのは、あまり気分のいいものではない。
ここは高校生の天国、あるいは地獄、もしくは普遍的社会と呼ぶべき空間にほかならなかった。制服を着ない大人は部外者、異端者以外のなにものでもない。美由紀はそういう奇異なものを見る視線を向けられざるをえなかった。
階段を昇って三階に行き着く。さすがに美由紀も閉口した。
大教室のひとつがパチンコ店に改装されている。トランプでカード賭博《とばく》をおこなうカジノ設備も併設してあった。詰め掛けた生徒らからは歓声があがっている。ゲームの結果に一喜一憂しているようだ。
「これはちょっと……」美由紀はつぶやいた。「未成年者にギャンブルを斡旋《あつせん》するなんて」
すると、雪絵が振りかえっていった。「ここは行政庁の閣僚も含めて全員が十代だから、未成年なのは当たり前なの。それに、ギャンブルは日本でも公然とおこなわれているのではなくて? 賭博は法律で禁止されてるはずなのに、競馬や宝くじもある」
「それはそうだけど……国の公営だし……」
「ここでもそうよ。胴元は常に行政庁で、一般人が賭博場を開くことはできないの。貧しい層に夢を与えるには、一攫《いつかく》千金のチャンスもなきゃね。締めつけすぎたのでは労働意欲が減退するわ」
美由紀は、雪絵がとんでもなく大人びた存在に思えてならなかった。
知性だけではない、さっき教育委員会の沢渡の前で動揺してみせたこと自体、ただ子供らしく振る舞うための演技だったのではないか。そうも思えてくる。大人たちには計算された子供らしさを演じて油断させ、内部では狡猾《こうかつ》なほどの政治手腕を発揮している。おそらく、リーダーの菊池もそうなのだろう。
まさしくここは異国だ。日本語が通じ、民族としては同一のものであっても、異なる文化圏が構成された外国。ここに比べたら、外の大人たちの詰め掛けた�待機所�など、なんと稚拙なことだろう。集団としての統合的機能や役割分担など、ここには遠く及ばない。ただ混乱しているだけだ。
呆気《あつけ》にとられていると、雪絵と長島が廊下の突き当たりで立ちどまった。
「どうぞ」と雪絵が、壁ぎわの戸口を指差す。
緊張しながら美由紀はその戸口のなかに入った。「失礼します」
会議室風に複数の机を付き合わせて作られたテーブルを、男女の生徒たち十人ほどが囲んでいた。
一見して、それらが行政庁なる機関の面々だとわかった。威厳が違う。顔つきも、ほかの生徒たちとは異なっていた。美由紀を見ても冷静で、ただ探るような鋭い視線を向けるにすぎない。
警察に見せられた写真で、菊池の顔は覚えていた。会議の中心にいるのは議長席の菊池だ。当初は殺害されたのではと考えられた北原沙織もいる。あとのメンバーは、知らない顔ばかりだった。
「このひとは?」と菊池が雪絵にきいた。
雪絵がいった。「日本国からの大使。正式には政府筋の人じゃないけど、いちおう民間の外交使節ってとこかな。岬美由紀先生。千里眼ってニックネームで有名よね」
菊池は眉《まゆ》ひとつ動かさなかった。雪絵がなぜ彼女を受けいれたのか、その理由をたずねようともしない。詮索《せんさく》するようすもない。ただ立ちあがって、一礼した。
「歓迎します」菊池は真顔でいった。「心ゆくまでご滞在をお楽しみください」
美由紀はおじぎをかえした。「恐縮です。お世話になります」
「ところで」雪絵が会議の面々にきいた。「いまはなんの話し合い?」
「ライフラインの運営費用だ」菊池が告げる。「高校に属していた光熱費はすべて、氏神高校国の口座からの引き落としに移行させることができた。これで名実ともにわれわれは自給自足の国家として機能することになった」
「それはよかったわね。五十嵐君のソフトのほうの売れ行きはどう?」
「現在も順調に推移している。近日中に3・1にバージョンアップする予定のようだし、新しいソフトも開発中らしい」
美由紀は戸惑った。
わたしの存在は半ば無視されているようでもある。子供ばかりの社会に大人が入ってきても、気にならないのだろうか。それとも、行政庁の生徒たちは、出会った大人が危険人物かどうかを見抜くほどの慧眼《けいがん》の持ち主だというのか。
雪絵が美由紀にきいてきた。「なにか気になります?」
「いえ。べつに……」
長島がにやついていった。「雪絵さんが一筆、念書をしたためたのを気にかけてるんだったらさ……」
「だいじょうぶ。それについては、わかってるから」
「へえ……さすが千里眼」
菊池が雪絵を見た。「念書?」
「ええ」雪絵はなおも落ち着いた口ぶりでいった。「そうしないと負傷者を引き取らないっていうから」
「国の代表者として公文書を発行するには、議会の許可を……」
長島が飄々《ひようひよう》としていった。「菊池君。だいじょうぶだって。なんなら、テレビつけてみたら?」
生徒のひとりが壁ぎわにあったテレビの電源をいれた。
ワイドショーのスタジオが映しだされている。司会者がこわばった顔で告げた。「たったいま入った情報ですが、氏神高校前で岐阜県教育委員会の代表者による記者会見がおこなわれているということです。現場から中継します」
画面が切り替わった。
待機所に詰め掛けた報道陣のフラッシュを浴びているのは、沢渡だった。
沢渡は、さっき雪絵から受け取った封筒をかざしながら熱弁を振るっている。「……ので、私は負傷者収容に同行し、その優等生として知られる女子生徒の説得にあたりました」
記者から質問が飛ぶ。「具体的に、どのような説得を?」
「ご両親がいかに心配しているかを申し伝え、悪ふざけをした仲間たちに加担することが、いかに罪深いことかを教えました。女子生徒は涙を流して、私の説得に耳を傾けてくれました」
美由紀は開いた口がふさがらなかった。沢渡は、念書を手に入れたことを自分の手柄のように吹聴《ふいちよう》している。
「そして」沢渡はいった。「その女子生徒は私に確約してくれました。生徒たちを説得し、改心させ、投降すると。これが、彼女による但し書きです」
報道陣にどよめきがひろがった。
別の記者がきいた。「氏神高校の生徒が初めて、自分の非を認めたということですか」
「そうです。教育委員会としましては、不安な日々を過ごされている保護者のみなさまと、この件に大きな関心を抱いている世論を考慮し、女子生徒のメッセージをここに公表するものです。ご覧ください」
ひときわカメラのフラッシュがあわただしく焚《た》かれるなか、沢渡は自信たっぷりに封筒から厚手の紙を取りだした。
ところが、大写しになったその文面は、雪絵の書いたものとは異なっていた。
「えー」沢渡が読みあげる。「アメリカ合衆国連邦議会で、性的または暴力的な表現を含んだゲームを……?」
沢渡はあわてたようすで、紙の表裏をたしかめた。裏は真っ白で、なにも書かれていない。封筒をのぞきこみ、びりびりに破いた。しかし、紙は沢渡が取りだした一枚きりで、ほかにはなにも入っていなかった。
記者の怪訝《けげん》な声が飛ぶ。「どうかされたんですか?」
「いや……あの……」
「その文面を見せてください」
ふたたび画面に大きく写しだされた文章。
『アメリカ合衆国連邦議会で、性的または暴力的な表現を含んだゲームを、未成年に販売すると罪になるという法案を提出した下院議員の名を、あなたに贈ります』
「な、なんでしょうか、これは……」沢渡はしどろもどろにいった。「どなたか、意味のわかる方、おられませんか」
しばしの沈黙のあと、記者のなかで手を挙げる者がいた。
「その議員の名ですね?」記者はいった。「バーカです。ジョー・バーカ下院議員……」
みるみるうちに沢渡の顔が真っ赤になった。文面をふたたび見つめて、さらにその顔は紅潮しつつある。
テレビを観る行政庁の生徒らは、いっせいに笑い転げた。
「バーカ!」長島がいった。「この言葉をおまえに贈るってんだ。どうだい、気の利いた一文だろ?」
菊池はほかの生徒ほど爆笑してはいなかったが、それでも口もとをゆがめていた。「あいかわらず皮肉屋だな、おまえは」
沙織が眉をひそめた。「雪絵さんが書いたはずの文章が変化したの? どうして?」
美由紀はいった。「変化したわけじゃないの。あれは水書き習字練習シートよね」
「そうとも」長島が得意げに胸を張った。「バーカ議員に関する文章は裏に油性ペンで書いてあったんだよ。そのうち悪戯《いたずら》に使おうって思ってね。で、表は白紙だけど、そこは水で書いても黒くなるんでね。インクを抜いて水だけ入ったサインペンで書くと、ちゃんとした文面になるんだけど、そんな状態はごく数分にすぎない。乾いたら真っ白。で、出てくるのは裏にあらかじめ書いてあったメッセージのみ」
甲高く笑いながら手を叩《たた》く生徒たちのはしゃぎっぷりは、大人びた行政庁統治官としての横顔とはまるで異なっていた。無邪気な高校生に戻り、心底この状況を楽しんでいる。
美由紀もつられて、くすりと笑った。呆《あき》れるほどの奸智《かんち》だ。これでは大人たちが翻弄《ほんろう》されるのも無理はない。
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