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千里眼216

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:たったひとりの使者 午後七時。校舎のチャイムが鳴った。美由紀は校舎裏の北門の前に立っていた。一緒に開門を待っているのは舎
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たったひとりの使者

 午後七時。校舎のチャイムが鳴った。
美由紀は校舎裏の北門の前に立っていた。
一緒に開門を待っているのは舎利弗と、教育委員会の沢渡幸雄だけだった。
日本国から氏神高校国に派遣される使節団。それがこの三人というわけだ。
少し後方に、救急車とふたりの救急救命士が控えているほかは、周辺はがらんとしていた。
警察の指示で、報道関係者らや保護者、教職員らは大きく後退させられ、遠くに人垣をつくって見守るだけになっている。
フェアな接触でないと門が開けられない可能性もある。そう踏んでのことだった。
すでに約束の時間には達している。ここからは超過するばかりだ。
そう思ったとき、門の扉が重苦しい音をたてて横にスライドしていった。
遠くで報道陣のカメラのシャッター音があわただしくなったのがわかる。
扉の向こうに立っていたのは、男女それぞれひとりずつの生徒だった。
美由紀は歩きだした。
門で待つふたりの生徒は対照的だった。女子生徒はきちんとした身だしなみをした優等生風、男子生徒のほうは学ランを着崩して、不良っぽく半身になってたたずんでいる。
こちらが門に達する寸前に、女子生徒がいった。「そこで止まってください」
静止せざるをえない。両者は、境界線をはさんで向かいあった。
「初めまして」美由紀は真顔で告げた。「日本国代表使節団として参りました」
女子生徒はちらと男子生徒と目を合わせてから、こちらに向き直っていった。「氏神高校国行政庁統治官、幡野雪絵です。彼は統治官補佐、長島高穂」
慇懃《いんぎん》丁寧な雪絵に対し、長島のほうは十代特有の気さくさをしめしてきた。「ま、よろしく」
舎利弗がきいた。「さっそくだが、怪我人は?」
雪絵が長島にうなずくと、長島が校舎を振りかえり、なにやら手話のような合図を送った。
その合図は、校舎の窓にいた生徒からほかの生徒へと伝達されていく。
やがて、玄関の扉が開き、医務用のストレッチャーのように車輪《キヤスター》がついたベッドが、数人の男子生徒によって運びだされてきた。その上にはひとりの生徒が寝ていて、シーツを被《かぶ》せられている。
よくみると、それらの道具は手製とわかる。ベッドは机やキャスター付きの椅子の部品などを組み合わせて作られ、シーツはカーテンの切れ端のようだ。
患者は門をはさんで向かい合う両者のあいだで止まった。
美由紀は近づいて、シーツをまくった。頭部に包帯を巻いた少年の姿がある。こめかみが紫いろにくすんでいた。内出血しているのだろう。
仰向《あおむ》けに寝ている男子生徒の瞼《まぶた》を開かせ、充血した目をしばし眺める。脳震盪《のうしんとう》を起こしているかもしれない。
「すぐに運んで」と美由紀はいった。
救急救命士がその指示に従おうと近づいてきた。
ところがそのとき、沢渡がベッドの前に立ちふさがるようにしていった。「怪我人を引き受けるには条件がある」
沢渡はじろりと幡野雪絵を見た。
雪絵は固唾《かたず》を飲んだようすで見かえした。
舎利弗が沢渡にきいた。「なにをしてる」
美由紀も抗議した。「一刻も早く運ばないといけないのよ。どいてよ」
「駄目です」沢渡はそういってから、雪絵に向き直った。「きみが出てきてくれたことは好都合だ。聡明なきみならわかるだろ? お父さんも心配してるよ」
雪絵の顔にあきらかな動揺のいろが広がった。
咳《せき》ばらいをして、沢渡はつづけた。「お父さんは、きみたちが今すぐ降参して外に出てくれれば、それほど厳しく叱るつもりはないといってる。お母さんも同様だ。お母さんは、きみがこの高校に入ることに反対してたな? たぶんきみが高校の悪友にそそのかされて一員に加わっただろうことは、ご両親とも察しがついているようだ」
美由紀は苛立《いらだ》ちを覚えた。「沢渡さん。いまは患者の引き取りが最優先です。そこをどいて」
沢渡は意に介さないようすでつづけた。「幡野雪絵さん。ご両親はきみのせいで世間に顔向けできないと悩んでおられる。辛《つら》い日々を送ってるんだよ。きみ自身の将来も非常に不安定なものになる」
長島が口をさしはさんだ。「おっさんの説教なんか聞きたかねえや。消えなよ」
「きみは黙ってろ」沢渡は雪絵に詰め寄った。「なあ、まずはきみが折れて、ほかの生徒に手本をしめしてくれ。きみが校舎を出て、馬鹿げた独立国ごっこをやめてくれれば、生徒たちも目を覚ますはずだ」
雪絵はしばらく黙っていた。戸惑いが生じているかのように、地面に目を落とした。
やがて雪絵は静かにつぶやいた。「それは……できません」
「おい。幡野さん……」
「この校舎に立て籠《こ》もる前から、両親とは意思の疎通などありませんでした。いまさら気に病んでいることなどありません」
「な……。するときみは、両親の顔に泥を塗ることを承知で、このまま籠城《ろうじよう》しつづけるつもりか」
「ええ。かまいません」
「それではこの患者は受け取れんよ。きみらは独立を宣言したんだろ? 自国の問題は自国で解決したまえ」
舎利弗が憤ったようすで沢渡に告げた。「なにをいってる。怪我を負った少年を見捨てるつもりか。相手の弱みを駆け引きに使うのはよせ」
「駆け引きしてきたのは生徒たちですよ、舎利弗先生。私は少年少女らに、自分たちが世間に対し何をやってきたのかを、受け身の側として痛感してほしいと思っているだけだ」
当惑のいろを浮かべていた雪絵が、重傷を負った男子生徒に目を向けた。その瞳《ひとみ》がかすかに潤んだように見えた。
「わたしは……。この学校を出るわけにはいきません」
沢渡は腕組みをした。「ほかの生徒たちの面目がつぶれることでも恐れてるのかね? 菊池君がきみに対して怒り、一生恨むとでも? ああ、そういう心配はわからないでもない。それならまず、世間に意志を公表したまえ。きみらは結局、私たちを頼った。大人を、そして日本の社会のシステムを。つまるところそれは子供の甘えでしかないのだが、まあいい。段階的に解決していこうじゃないか。きみの手で、一筆書きたまえ。この怪我人を引き取ってもらうかわりに、生徒たちを説得し、籠城をやめさせるべく努力すると」
籠城の主犯格メンバーとしては、雪絵がひどく生真面目な性格であることは、美由紀にも理解できた。
彼女は本気で悩んでいる。目の前の男子生徒を救いたい、それでも仲間たちは裏切れない。その両者の板ばさみになり、激しく葛藤《かつとう》している。
そのとき、長島があっさりといった。「いいじゃんか。幡野さん、一筆書きなよ」
「長島君!?」雪絵は驚いたように目を丸くした。
「どうせこの怪我人を校舎のなかに置いといても、足手まといになるだけだしさ。投降しろって言われたんじゃ承諾できねえが、手紙ぐらいなら安いもんだろ」
沢渡が釘《くぎ》を刺した。「幡野雪絵さんの書いたメッセージは、教育委員会からマスコミを通じて世間に公表するよ。そうでなくては意味がない。きみが生徒たちの代表として、皆を説得すると約束するわけだ。ご両親の顔も立つ。きみ自身も、籠城事件を内部から解決した功労者として評価されるだろう」
そんな説得がまったくの筋違いであることは明確だったが、沢渡は説き伏せられると自信を持っているようだった。
長島は校舎を振りかえり、また手でなにやら合図を送った。それから雪絵に向き直って告げる。「書くものを持ってこさせるよ。あとは幡野さん、頼むよ」
「正気なの、長島君?」と雪絵は泣きそうな顔でいった。「いままでみんなが努力してきたことを無にするつもり?」
小走りに駆けてきた男子生徒が、定形外の大きな封筒と、そこに折りたたまずに入るサイズの厚手の紙を携えてきた。それらとサインペンを雪絵に差しだす。
雪絵は困惑しながらも、ほかにどうすることもないようすで受け取った。
「こう書くんだ」と沢渡がつぶやいた。「わたしたちの不注意で怪我を負わせてしまった生徒を、引き受けていただき、心から感謝しています。わたしたちはまだ子供だということを思いだし、大人たちの支えを必要としていることを悟りました。校内の生徒たちはわたしから説得し、先生や両親と話し合うべく、みんなで揃って校舎を出ることを約束します。幡野雪絵」
そのとき、雪絵の表情に微妙な変化が生じたことを、美由紀は見てとった。
当惑のいろが消え、なんらかの揺るぎない決意を抱いたようにみえる。
なぜ瞬時にそんな感情が生じたのか、理由はわからない。ある意味で不自然な心境の変化だ。
沢渡はじれったそうに雪絵を急《せ》かした。「迷ってないで、早く書きたまえ。もう一度言おうか?」
「いえ。それには及びません」と雪絵は言って、白紙にペンを走らせた。
やがて、雪絵はその紙の表をこちらに向けてきた。
そこには、沢渡が告げたとおりの文面があった。わたしたちの不注意で怪我を負わせてしまった生徒を……。
いちど聞いただけの文章を頭に入れて、すんなりと記述した。やはり雪絵が頭のいい女子高校生であることは疑いの余地はない。
そんな彼女が、急に心変わりした。いまも揺るぎない自信に溢《あふ》れている。
美由紀はふと気づいた。
そうか。そういう手を使ったのか。たいした機転だ。
雪絵は紙を折りたたまずに封筒に滑りこませた。その封筒を沢渡に差しだす。
「たしかに」沢渡は満足そうに封筒を受け取った。「では、この怪我人を救急車に運ばせるとしよう。今回の約束事は、ここまでだな」
「まだよ」と美由紀がいった。「幡野さん。体育用品倉庫に閉じこめられてる生徒たちのなかにも怪我人がいるでしょ? バットで殴られて出血している人も何人かいるはずよ」
「へえ」長島がにやついた。「そこまで監視してたの?」
美由紀は雪絵をまっすぐに見つめた。「その男子生徒たちも一緒に治療するわ。こっちに引き渡して」
「……いいわ」雪絵はうなずいた。
今度は長島が面食らったように甲高い声をあげた。「おいおい、幡野さん。菊池君の意見聞かなくていいの?」
「かまわないわ。行政庁による治安維持とはいえ、怪我した彼らをそのままにしておくことはできない」雪絵は美由紀を見かえした。「いま連れてこさせます。彼らも一緒にお願いします」
「わかったわ。それと、頼まれついでに、もうひとつお願いしたいんだけど」
「なんですか」
「あなたたちが国家である以上、これを機会に日本との国交を樹立していくのも悪いことではないと思うけど。外貨を稼いでいる以上、永遠に鎖国というわけでもないんでしょ?」
沢渡が眉《まゆ》をひそめた。「なにを言いだすんです。岬先生。いま幡野さんは生徒を説得すると約束したばかり……」
だが雪絵は、沢渡の声が聞こえてもいないかのように、美由紀の問いに応じた。「国交樹立の可能性は否定しませんが、それには、まず日本が氏神高校国を国家として認め、意義や信念を理解していただかないと」
「国際理解ってことね。それも当然ね。提案なんだけど、その第一段階として、日本からの大使をひとり受け入れていただきたいの」
「大使?」
「そう。つまり外交官。あなたたちの国の実情や政治、経済を日本に理解してほしいと思うのなら、その大使の目を通じて伝えさせたほうが早いと思うわ」
「……大使は国家元首によって任ぜられるものと思いますけど。日本の総理か外務大臣が任命した人ってことでしょうか?」
「いえ。それではあなたたちが受け入れを拒否するでしょ。権力者の手先が乗りこんでくるとあってはね。だから国際法上の意味合いとは異なるけど、あなたたちにとって害がないと保証されている人間を送りこみたいと考えているの」
「そんな人がいるの?」
「ええ。わたしよ」
「あなたが……?」
「まだ名乗ってなかったわね。わたしは岬美由紀。臨床心理士なの」
「岬……さんですか。千里眼っていわれてる……」
「え」長島が仰天したようすで声を張りあげた。「マジ? 有名人じゃんか」
雪絵は頑《かたく》なな態度を崩さなかった。「表情から感情を正確に読みとることができて、嘘も見抜けるとか……。わたしたちが嘘をついているとお思いですか?」
「いいえ」美由紀は告げた。「あなたたちに隠しごとはない。だからこそ、わたしが赴いたほうがいいと思うの」
校舎のほうから、複数の怪我をした男子生徒らが運びだされてきた。とはいえ、罪人扱いのせいか、さっきの男子生徒とは違い、手製のストレッチャーには乗せられていない。全員が地面をひきずられてきた。
負傷者の手当てを急ぎたいと感じたのか、雪絵は早口に告げてきた。「わかりました。お引き受けします」
「いいのかい?」長島が不平そうにいった。「千里眼だぜ?」
美由紀は長島を見据えた。「見抜かれて困ることでもあるの?」
「いや……ま、まあ、どう考えようが勝手だけどさ。いいか、べっぴんさんだし。ただし、菊池君が承諾すればの話だけど」
「いいわよ。すぐに会わせてくれる?」
長島が雪絵に目でたずねる。雪絵は、複雑な表情を浮かべながらうなずいた。
周囲は、自然に動きだした。怪我をした生徒たちを、救急救命士らが運びはじめる。雪絵と長島は踵《きびす》をかえし、校舎に向かって歩きだした。
そして美由紀も、歩を踏みだした。
氏神高校の独立国家宣言以来、食糧などを搬入する業者以外で初めて、この門をくぐる立場になった。
ちらと門を振りかえると、舎利弗が立ち尽くしながら見送っている。教育委員会の沢渡も、腑《ふ》に落ちない顔をしながらそこに立っていた。
少なくとも氏神高校国は、日本の派遣使節団のひとりを受けいれた。生徒たちの心を開かせ、対話への道筋をつくる。それができるのは、わたししかいない。
なにをされるかわからない治外法権のエリアで、わたしは孤立無援だ。それでも、相互理解のための架け橋にならねば。
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