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千里眼229

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:偽りのゴール 津島循環器脳神経医科病院。五十嵐聡にとっては、過去にいちども訪ねたことのない父親の職場。きょう、初めて足を
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偽りのゴール

 津島循環器脳神経医科病院。
五十嵐聡にとっては、過去にいちども訪ねたことのない父親の職場。きょう、初めて足を踏みいれた。
その診察室は、ひっそりと静まりかえっていた。経営者である父が逮捕されたのを受けて、ずっと休診日がつづいている。逮捕は公に報道されてはいないが、職員や患者たちにはすでに広まっていることだろう。
いつでも来なさい、見せたいものがあるから。父はそういって、聡に病院の裏口の鍵《かぎ》を預けてきた。
その鍵があったおかげで、ここに入ることができた。そして、なにを見せたがっていたのかも明確になった。
病院にこんなものを隠しておくなんて。非常識だ。医師失格だ。
沙織が廊下から室内に入ってきた。「来たわよ」
複数の靴の音がする。
まず最初に入ってきたのは、長島だった。それから石森。そのあとにつづいて、岬美由紀に引き立てられた五十嵐哲治の、憔悴《しようすい》しきった姿があった。
聡は父の姿をじっと見つめた。
哲治は上目づかいにこちらを見たが、また床に視線を落とした。
菊池と雪絵が立ちあがった。菊池が声をかける。「五十嵐君のお父様ですね?」
「ほう」哲治はつぶやきながら、室内を見渡した。「行政庁の主要な面々が雁首《がんくび》を揃えてるじゃないか。学校を抜けだしていいのかね?」
「ご心配には及びません。塩津という統治官に、舵取《かじと》りを任せておきましたから。われわれが戻るまで、国家はきちんと維持され、運営されます」
「なるほど。さすがは元生徒会長、言葉もしっかりしたものだ。聡。おまえ、こんな立派な人たちに囲まれて、幸せだな。私のアドバイスどおりに実践して、それなりに成功してるじゃないか」
聡はかちんときた。
「アドバイスだって? 僕はなにも助言を受けちゃいない。いきなり学校で孤立無援になって、生きる道を探しただけのことだよ」
「その結果、私の教えたベルヌーイの法則の応用や、ソフト開発の知識で切り抜けたじゃないか」
「たまたま知ってたことを生かしただけだよ。お父さんの世話になったわけじゃない」
「聡……。まだそんなことをいうのか」
美由紀が口をさしはさんだ。「五十嵐先生。わたしたちが出向いてきたのは、あなたに説明を聞くためです。病院に似つかわしくない、この物騒なしろものについて説明していただけますか」
床に置かれた一個の球体。体育館で見つかった爆発済みの物質と、同質のものであることは疑いようがなかった。
「ほう」と哲治は感心したようにいった。「よく見つけたな」
「爆発物探知機を交わすために放射線科に隠すなんて、テロリストのあいだでは常識よ」
「間抜けな警察は家宅捜索でも発見できずにいたわけだ。きみは真の意味で千里眼だな」
「で、これは何なの?」
ふんと哲治は鼻を鳴らした。「聞くまでもないだろう。きみが私を追いまわしてまで探していた爆弾さ。予備にもうひとつ、購入してあった」
「あっさりお認めになるんですね」
「いまやきみも追われる身だろうからな。警察の手から私を奪い去ったからには、私の共犯とみられてもおかしくあるまいよ」
「もとより覚悟のうえです。ねえ、五十嵐先生。テオクタギバシンとセンニトリンの混合物は、発火させることにより燃焼し空気中の酸素を数パーセント失わせる。あなたが時限式発火装置と一緒にそれらを購入した事実だけ見れば、酸素欠乏症を引き起こすための爆弾を製造したと警察が信じたのも無理はない。わたしもそう思ってたしね」
「真実は違ったのかな?」
「ええ。先生、そのふたつの物質をおさめるケースの製造に、酸化チタンを採用しましたね? 爆発の熱でテオクタギバシンとセンニトリンが過酸化水素水を精製したあと、強い光を当てることによってケースが触媒がわりとなり、高濃度の酸素を発生させる」
「ほほう。面白い。よく知ってるな。しかし、そんな爆弾がなんの役に立つ?」
「どこの病院にもある、高気圧酸素治療用のカプセルと同じ効果を得ることができるはずよ。高い気圧環境に収容した患者に高濃度酸素を吸入させて、増量した血液中の酸素を利用して患者の酸素欠乏症を治療する。あなたが体育館でおこなったことは、まさにそれだった。全校生徒たちへの、酸素欠乏症の治療。この爆弾は、大気中の酸素を奪うのではなく、増量させるためのものだったのよ」
「じゃあ、生徒たちは以前、みんな酸素欠乏症だったってことかね?」
「そうよ」美由紀は新聞をとりだし、哲治にしめした。「いまから五十七日前、日本列島を取り巻く海のほとんどに赤潮が発生した。プランクトンの異常繁殖で海水が赤褐色に染まった。これほど大規模な赤潮はそのときが初めてで、気象学者たちは温暖化と降雨の多さのせいで河川水が大量に海に流入、塩分が急激に低下したことが原因だとみてる。プランクトンの酸素消費量の増大によって、海ばかりか大気中の酸素まで、数分間にわたり濃度を三パーセントほど低下させた」
「その通りだとも!」だしぬけに哲治は声を張りあげた。「私は全国民規模での酸素欠乏症が、軽度ではあっても発症していると学会に訴えたが、一笑に付された。まるで、あらゆることをプラズマのせいにしたがる物理学者と同じように、私が酸素と口にしただけで、連中は笑い声をあげる。始末におえん奴らだ」
「お気の毒ね。けれど、人が自然の一部である以上、環境には絶えず微量ながらも影響を受けているのはたしかなこと」
「どうやってきみは気づいた?」
「偶然よ」美由紀はため息とともにつぶやいた。「何か月か前、わたしは誤って活性酸素を発生させる薬品を、目薬として点眼してしまった」
「そりゃ大変だな。細胞膜の脂質が酸化して、細胞が死んでしまうだろう。悪くすると失明だぞ」
「ところが、そうはならなかった。治るはずのないものが治った。活性酸素が消滅したとしか思えない。理由は……」
「なるほどな。そもそも活性酸素は、酸素原子から電子だけがペアになってできる酸素分子の、そのまた電子が複数組み合わさって生じる。人体内で少量ではあっても急激に酸素が欠乏すると、酸素分子が電子分解されるというハーズマンの学説もある。分解した電子は、きみの体内で酸素原子を再構築した」
「発生した酸素を吸ったわたしは酸素欠乏症に陥らなかった。一瞬、それもわずかな酸素量の違いでしかないけど、その事態がわたしとほかの人々を分け隔てた。稀《まれ》なことだけど、それ以外には考えられない」
「すごいな、きみは。身体にトラブルを抱えていたがゆえに、国民すべてを襲った異変をまぬがれたか」
「国民全員じゃないでしょ。でも、大多数の人々は、あなたが論文で指摘したとおりの症状に陥った。前頭葉の神経細胞が連絡機能を失ったことで、理性の意識水準を低下させ、動物的本能に頼りがちになった。動物……群れをなして、ボスに従い、弱者を痛めつけて力を誇示する。悪しき平等主義。それがこの二か月弱で、急激に日本じゅうに広がった」
「おお! ようやくわかってくれたようだな。そうとも、悪しき平等主義だ。突出する人間は忌み嫌われ、みんな横並びの生活に安堵《あんど》を覚える。こんな世の中がどうなると思う? まるでひと昔前の社会主義、共産主義じゃないか。中国やロシアが衰退したように、無個性な人々の群れなど無力に等しい。競争を是としない仲良しクラブ。馴《な》れ合いのなかで、国力は衰退の一途をたどるだけだ」
美由紀はうなずいた。「日本はそうなりつつある。いえ、もうなっていたのよ。国民総中流階級なんて呼ばれる時代に戻ってたし、小牧基地の警備が異常なほど手薄で、岐阜基地も無許可着陸に対しほとんど無防備だった……。犯罪は現に減少してる。社会の常識から外れることを極端に恐れる風潮が蔓延《まんえん》しているから」
雪絵がいった。「そこだけ考えれば、理想の世の中といえなくもないけど……」
「そうね。でも、人と人との信頼によって犯罪が駆逐されたわけじゃないの。悪しき平等主義は、無目的の画一化された集団社会を余儀なくされる。当然、不満が生じて、スケープゴートを仕立てて卑下することで、集団の結束を保とうとする。……世にいう、いじめのことね」
「喜ばしい!」五十嵐哲治は両手を広げた。「ついに完璧《かんぺき》に理解してくれたな。この二か月の、学校および職場でのいじめ件数の増大を見たまえ。すべては全国規模の酸素欠乏症によって引き起こされたんだ!」
「五十嵐先生。あなたは重大な発見をしていたんです。それにも関わらず、あなたのとった手段は、科学者の使命とはほど遠いものだった。あなたは自分の息子さんだけを症状から回復させることで、いまは誰にとっても難しくなっている個性的で独創的な考えによって出世できる道を与えようとした」
「聡だけじゃないぞ。息子ひとりでは頼りないからな、高校の全校生徒を対象にした。案の定、リーダーになったのは聡じゃなく、菊池君のように聡明《そうめい》な生徒だった」
聡は怒りがこみあげるのを感じた。
「大きなお世話だよ」聡は吐き捨てた。「僕がいつ出世させてくれなんて頼んだ?」
「おい、聡……」
「それも、世間が脳の病気にかかってるっていう混乱に乗じて、ひとりまともになって優位に立とうなんてさ。汚いったらありゃしないよ。医者ならみんなを助けたらどうなんだ? 放っておくばかりか、利用しようとするなんて。最低じゃないか」
「聡。軽度の酸素欠乏症は、しばらくすれば自然に治っていく。あと半年もすれば快復するだろう。こうしたことは歴史上、過去にも何度かあったと考えられる。かつてはそのことに気づきうるほどに科学は発達していなかったし、社会も未熟だったから、ささいな変化が問題にはならなかったんだ。私はな、利用できるチャンスを捨て置くのは愚か者がやることと……」
「そこが嫌なんだよ! なにがチャンスだよ。人の弱みにつけこむなんて卑怯者《ひきようもの》のやることだ。だからお父さんは、お母さんに逃げられたんだ。自分の出世のために他人の気持ちを踏みにじることを厭《いと》わない、そんな姿勢だから嫌われたんだ!」
「な、なんだと……この……」
そのとき美由紀が、穏やかな口調で哲治に告げた。「五十嵐先生。前に会ったとき『うさぎとカメ』の話をしたでしょう?」
「あん……? ああ」
「うさぎとカメが競走をして、うさぎがリードした。余裕を持ったうさぎは、道端で居眠り。そこにカメが追いついて……それからどうなりましたか?」
「追い抜いて先にゴールした。私が聡に教えたいと思うのはそこだ」
「それはちがいます」
「……なに?」
「レースというからには、一本道ですよね? カメはうさぎに追いついた時点で、そこで寝ているうさぎに気づいたはず……。黙って通り過ぎるべきだったんでしょうか。カメは、うさぎを起こしてあげるべきだったのでは?」
「そんなことをしたら、うさぎはたちまち疾走してゴールに一直線……」
「そうかもしれません。でも、勝者はカメでしょう? ……そうは思いませんか?」
「……いわんとしていることはわかる。だが、世間はそんなふうには思わん。愚かなうさぎは、自分こそレースの勝者だと触れまわるだけだ」
「けれども真実は違う。重要なのは真実よ。うさぎ自身がいちばんよくわかってる。自分は、本当は勝ってはいなかったんだって」
五十嵐哲治は、困惑したように黙りこくった。
「あのう」菊池が哲治に告げた。「そのうさぎの心境なら、私がいま味わっているところです」
「なんだと?」哲治は目を見張った。「どうしてだね? きみは立派にリーダーを務めあげたじゃないか」
「孤立無援の生徒たちを、なんとか統率せねばならないという使命感があったからです。……みんなで国家権力に打ち勝たねばならないという目標もあった。けれども、いまは虚《むな》しいだけです。勝利したはずの全国模試は……勝てて当然だったんです。世間は病に侵されていた。われわれは健康体だった。それだけの差でしかなかったんです」
「そうでもない。世間の高校生の思考が完全に鈍っていたわけじゃないんだ。学力はさほど変わらなかったはずだ」
「でも、悪しき平等主義に支配されていた。そうですよね? 突出することを好まないから、学習に身も入らない。……僕らは、そんな眠りこけたうさぎを打ち負かして喜んでたんです。ライバルたちが眠っていることに気づいていれば、起こしてやる道を選んだでしょう」
「なぜだ。理解不能だよ。菊池君、きみは名門の私立高校に入れるだけの学力がありながら、地域性と過疎の犠牲になって、あの複数の学校が合併した工業高校に通う羽目になった。大学に入る前に、結果をしめしておきたいだろう? 模擬試験で全国一位だった記録は永遠に残る。勝利は結果としてでてるじゃないか」
「偽りのゴールです」菊池の声は震えていた。「僕が望んでいるものじゃありません……」
哲治は、ひたすら戸惑ったようすで周りを見まわした。
同意を求めるときの、おどおどとした態度。離婚を間近に控えたころの家庭での顔を思いだす。聡は、忌まわしい記憶とともにそう思った。
やがて、誰もが菊池同様に毅然《きぜん》たる態度を崩さないと知ったらしく、哲治はがっくりとうなだれた。
「私は」哲治はぼそりとつぶやいた。「間違ってたんだろうか……」
美由紀はきいた。「聡君のことを、本当に心から思ってのことでしたか? それとも、聡君を自分の代理に仕立てて、世に打ち勝つ人間に育てようとしただけじゃないんですか? それではただのゲームですよ。お子さんは、あなたの操り人形じゃないんです」
しばらく時間が過ぎた。長い沈黙があった。
父、哲治は、聡のほうをじっと見つめた。
やがて、小さな声で、ささやくように告げた。「すまん」
聡はなにもいわなかった。
どんな言葉も意味を持たない、そう感じたからだった。
父が本心をのぞかせているかどうかなんて、まだわからない。そもそも、自分の将来を思ってやってくれたことかどうか、そこさえもあきらかでない。
理解しあえるまでには、時間がかかるだろう。
でも、ひょっとしたら、きょうがその始まりの日になるかもしれない。そんなふうにも思える。
うなだれた父。そんな姿を見るのは初めてだった。
診察室には、静寂だけが流れていた。
どれだけ時間が過ぎたか。携帯電話の着信音によって、沈黙は破られた。
沙織が携帯を取りだし、耳にあてた。「はい。……ああ、塩津君。……なんですって?」
菊池がきいた。「どうかしたか」
「警察が強行突入を開始したって……」
「なんだと!? それを貸してくれ」
血相を変えて電話にでる菊池を、行政庁の面々が緊張の面持ちで眺めている。
五十嵐聡も息を呑《の》んでいた。
強行突入。知世が……。
わかった、といって菊池が電話を切った。「戻らねば。機動隊による突入が開始されたらしい。非常時のマニュアルどおりに女子生徒は階上に避難し、男子生徒らがバリケードを組んで抵抗しているが……陥落は時間の問題だ」
雪絵がひきつった顔でいった。「事前の警告もなく突入だなんて。民主主義国家にあるまじき行為よ」
そのとき、五十嵐哲治が真顔で告げた。「いまや日本の国家権力は、社会主義国と同様ととらえたほうがいい。中国の天安門事件と同じ弾圧があるものと考えたほうがいいぞ」
室内の温度が下がったように感じられる。そんな寒気が襲った。
弾圧……。
聡は身を震わせた。これが悪しき平等主義、その極みか……。
石森が弱気な声をあげた。「いまさらいったところで、どうにも……」
長島は動きだしていた。「俺はいくぜ。みんなにゃ黙っていたが、彼女ができてたんでな。放っておくわけにゃいかねえ」
菊池がうなずいた。「いこう」
聡も歩を踏みだした。知世の顔が浮かぶ。無事でいてくれ。そう信じるしかない。
そのとき、美由紀がいった。「待って」
全員の足がとまる。聡は振りかえった。
美由紀は鋭い目つきで生徒たちの顔を順に見やった。「防衛戦はただやみくもに行えばいいってもんでもないの。物量で負けていても精神力で勝てるなんてのは非常識。世界史で習ったでしょ?」
「どうすればいいんです?」菊池がきいた。「武力行使が始まったんでは、われわれに勝ち目はない」
「そうでもないわよ」美由紀は不敵にいった。「国を守るのは得意なの」
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