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千里眼232

时间: 2020-05-28    进入日语论坛
核心提示:卒業証書 武力衝突から四日が過ぎた。降りつづいていた雨はあがり、空気は澄みきっていた。氏神高校の校庭に、やわらかい午後の
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卒業証書

 武力衝突から四日が過ぎた。
降りつづいていた雨はあがり、空気は澄みきっていた。氏神高校の校庭に、やわらかい午後の陽射しが降り注いでいる。
美由紀はその校庭に立っていた。
門の外には、まだ報道陣が詰め掛けている。警察車両も数多くある。
それでも、混乱はない。辺りはきわめて静かだった。
怪我を負った生徒たちは病院に運ばれ、それ以外の生徒らも夜間の帰宅の自由があった。両親に再会できた喜びから涙を流す生徒の姿があちこちで見られたのが、もうずいぶん前のことのように思える。
それだけ、生徒たちが籠城《ろうじよう》していたあいだは激動の日々だった。緊張が解けたいま、時間はひたすらゆっくりと流れている。
門は開放され、籠城は終焉《しゆうえん》を迎えた。それでも、生徒たちはまだ一日の始まりとともに、氏神高校国のなかに入っていき、国民として過ごす生活を選んでいる。
教職員たちは、依然として本来の仕事に戻ってはいない。ときおり校庭に足を踏みいれ、生徒たちと言葉を交わすことはあっても、校舎には立ちいらない。待機所で生徒たちのようすを見守るだけだった。
刺々《とげとげ》しい対立の構図が解かれたのに、まだ歩み寄りには時間がかかる。そんな奇妙な空白の時間が、ここには流れている。
しかしそれも、ようやく決着をみる手筈《てはず》が整った。
美由紀の呼びかけに応じて、学校長の弘前と、生徒会長の菊池の話し合いが持たれることになったからだ。
校門から、弘前が歩いて入ってくる。門の外に陣取っているマスコミが、さかんにカメラのフラッシュを閃《ひらめ》かせている。
対する菊池のほうも、玄関からでてきた。行政庁統治官の面々は、その玄関先に横並びに整列している。
菊池は、その統治官のなかから、五十嵐聡だけを従えて歩いてきた。
校舎では、状況を見守る生徒たちが三階の窓まで鈴なりになっている。誰もが固唾《かたず》を飲んで、話し合いの結着を待っているに違いなかった。
美由紀の前で、弘前、菊池、五十嵐が顔を合わせた。
弘前はまず、美由紀に頭をさげてきた。「このたびは、どうも……」
「いえ」美由紀もおじぎをかえしてからいった。「どうですか、校舎が前と違って見えますか?」
「……そうですね」弘前は緊張の面持ちながらも、かすかに笑いを浮かべた。「はっきりしたことはわからないが、病院に行ってから、考えが変わった。見えていなかったものが見えてきた。いや、見えてはいたのに、意味のわからなかったものが理解できるようになったというか……」
「おっしゃることはわかります。巷《ちまた》でよく聞く話ですし」
武力衝突の翌日、五十嵐哲治の論文は学会で再検討され、脳神経医学の研究団体がその重要性を認める声明をだした。サーモグラフィーによる詳細な調査で、いままで見逃されていた前頭葉の細胞の連絡機能が、わずかに減退している国民が多数存在することが確認された。
全国の病院は連日超満員で、高気圧酸素治療の患者に対応していて、ほどなく誰もがその効果を実感できるようになっていた。
日本国民を取り巻く悪しき平等主義は払拭《ふつしよく》され、自由主義が戻ってきた。人々が希望を持ち、努力し、将来に反映しうる社会が還《かえ》ってきた。
「ふしぎなものですね」弘前はいった。「あれほどの変化に、誰も気づきえなかったなんて……」
美由紀はうなずいた。「室内のガス漏れ事故も、なぜ当人がその匂いに気づかなかったのか、訝《いぶか》しく思われがちです。徐々に進行したことは、当事者たちにはわからない。結果として、恐ろしいほどの変化があっても、その場にいた人は気づくことができない」
「……格差を生む世の中は、完成された社会にはほど遠いが……。それでも、時代に逆行するよりはましだな」
「校長先生。日本国民の誰もが正常でなくなっていた状況下で、唯一、人間らしくあろうとしていたのが、ほかならぬ生徒たちです。氏神高校国の国民です」
弘前はようやく、菊池に目を向けた。
菊池は直立不動のまま、弘前を見かえしていた。
「学校長」菊池はいった。「氏神高校国行政庁最高統治官として、ご報告申しあげます」
「……聞こう」
しばし菊池は、空を仰いだ。かすかにその目が潤んでいる。
吸いこんだ息を一気に吐きだしながら、菊池は告げた。「ここに氏神高校国の解散を宣言し、校内のすべてのものをご返却いたします」
美由紀は、弘前が複雑ないろを浮かべているのに気づいていた。
籠城を是とするような発言をしていいものかどうか、迷っているのだろう。
「菊池君」弘前は喉《のど》にからむ声でいった。「私は、生徒たちが籠城した事件について、それを国と認めるようなことはできない。きみらは、私たち教職員の生徒だ。以前からそうだし、いまもそうだ」
菊池は黙りこくっていた。
五十嵐がいった。「でもそれは、あなたがたが教師にふさわしければの話だ」
咎《とが》めるように菊池がささやいた。「よせ、五十嵐」
「いえ。言わせてもらいます。世界史の履修不足を隠蔽《いんぺい》し、いじめを隠し通し、なにも認めようとしなかった。僕らは路頭に迷ったんです。なにもしなくても、このまま卒業を迎えて、社会に追いだされてしまう……。僕たちは、自分たちの手で将来を見つけようとしたんです」
弘前は困惑ぎみにつぶやいた。「それは……わかっとるよ。よくわかっとる。そうはいっても、きみらは家庭裁判所での審判を待つ身だろ?」
菊池と五十嵐は顔を見合わせ、戸惑いがちにうつむいた。
「いや」弘前はいった。「きみらを困らせようというんじゃない。国全体が異常ななかで、まともであったがゆえに反抗せざるをえなかった。きみらは、そんな立場にあった……。勇気ある行動だったよ。それに、われわれ教職員は、決してすべてを酸素欠乏症のせいになどできん……。われわれが、そのう、隠蔽というか、責められるべきことをしてきたのは……二か月などよりはるかに前からだった。きみらがどれだけ苦しんでいたか、いまになってようやく理解できた気がする」
「校長……」菊池がささやいた。
「今回のことでは、いろいろ教えられたよ。……五十嵐君。きみのお父さんがやったことは、決して正しかったわけではないのだが……。彼をそこまで追い詰めた世間にも責任があるだろう。世間は、彼の訴えに耳を貸さなかった。突飛に思えることでも、可能性を考えてみるべきだった」
五十嵐は首を振った。「父は偏屈者ですから……。人の気持ちもわからないし、身勝手な人物です。理解されないのも当然です」
「そうはいうが……考えてみてくれ、五十嵐君。そもそもお父さんがああいう研究に手を染めたのは、きみがいじめを受けていたからじゃなかったのか? きみをいじめから救いたいと思ったからじゃないのか?」
「……でも、校舎の酸素欠乏症だけが、いじめの原因じゃないはずですけど」
「それはそのとおりだ。しかし五十嵐哲治院長は、可能性の一例をしめしたかったのだろう。いじめっ子も家庭に問題を抱えているとか、心が病んでいるとか、そんな抽象論でなく、脳の物理的な欠陥も疑ってみるべきだと、そういいたかったんじゃないのか。彼は脳の専門家だった。その切り口で考えたことも、あながち突飛ではなかったはずだよ。そうでしょう、岬先生」
「ええ」美由紀はうなずいた。「聡君のために自分ができることは何なのか、お父さんは必死に考えたんだと思います。人格障害も、脳の障害に理由をみいだそうとするのが昨今の医学界の方針ですから……。臨床心理学の見地からも、お父さんの着目した点は間違っていない。いじめという問題をなくすために、いままで踏みこまなかった科学の領域にまで視野を広げていかねばならない。その使命感は、まぎれもなく科学者として正しいものなのよ」
「……そうかな」五十嵐はため息とともに視線を落とした。「まだ判りあっているわけじゃないけど……。少しずつ話しあいをしていきます。父には僕のことも判ってもらいたいけど、僕も父の内面を把握しきれているわけじゃないので……」
「そうね。言葉を交わすことで、その人の真実は見えてくるはずよ。まして親子なんだから……」
「しかし」弘前がいった。「籠城《ろうじよう》の最中、きみら生徒は心神喪失状態ということにされていた。だから必要な単位数を満たしていなくても、卒業できる法的解釈があった。けれども、きみらが正常な判断力を以《も》って籠城していたとわかったいま……」
「そうです」菊池は首を縦に振った。「僕らは、卒業できないでしょう」
「え?」五十嵐が驚いた顔をした。
「でも」菊池は辛《つら》そうな表情を浮かべた。「あのう……。籠城を働きかけた僕らは、罪に問われても仕方がない。いや、言いだしたのは実質上、僕だけです。この五十嵐も、幡野さんも、北原さんも……みんな必要に迫られてついてきただけのことです。僕は落第してもかまわないが、ほかの生徒たちは……」
「菊池君」五十嵐が穏やかに告げた。「そんなこと、いわなくてもいいよ」
「五十嵐……」
「きのう、みんなとも話した。みんな、もう一年同じ学年をやってもかまわないって、そういってたよ。氏神高校国で過ごした日々は、社会人としての毎日を前倒しにして経験したようなものさ。高校生としての三年間は、まだ満了してない。だから、もう一年やってもいいんじゃないかなって、みんなそういってた」
「……そうなのか?」
「うん。だから気にすることないって」
菊池は、校舎を振りかえった。
こちらを見守る生徒たちの表情が、穏やかなものになっていた。なにを話し合っているか、誰もが理解できているかのようだ。
美由紀はつぶやいた。「菊池君。いい友達を持ったわね」
「……はい」菊池は、一瞬泣きそうな顔を浮かべたが、すぐに真顔に戻って姿勢を正した。「仲間ですから……」
「深刻にならないで。家庭裁判所では、きっと情状も酌量される。それに、卒業だって心配いらない」
「え?」菊池は驚きのいろを浮かべた。「どういうことですか?」
美由紀は、弘前を目でうながした。
弘前はうなずき、菊池に告げた。「私が認めるといったんだ。きみらの卒業を……」
「でも……校長先生」五十嵐が戸惑いながらいった。「文部科学省が認める授業の出席日数や、単位数を満たさないと……」
「いいのよ」美由紀はいった。「文部科学省の『高等学校生徒指導要録』にこういう記述があるの。非常変災等、生徒|若《も》しくは保護者の責任に帰すことのできない事由で欠席した場合などで、校長が出席しなくてもよいと認めた日数は、出席に必要な日数から除外される」
「それって……」
「そう。校長先生の裁量で、単位はどうとでもなるの」
弘前は懐から紙片を取りだした。「さっき、そこであわてて書いてきた。用紙もプリンターも校内なんで、必要な設備がないんでな……。こんな薄っぺらい紙と筆ペンで恐縮だが、あとでしっかりした証書を作って交換させてもらうよ。まだ時期が早いが、確約事項として、前もって渡しておきたい。生徒の代表として、受け取ってくれ」
まだ呆然《ぼうぜん》としている菊池の前で、弘前は紙片を広げ、両手でささげ持った。
「卒業証書」弘前は、校内の隅々にまで響き渡る声でいった。「氏神工業高校第三学年。代表。菊池克幸」
菊池は直立不動の姿勢をとった。
喜びに目が輝き、その口もとも自然に緩んでいる。
校舎の窓を埋め尽くす生徒たちから、いっせいに歓声と拍手が沸き起こった。
どの生徒の顔にも笑いがある。勝利を勝ち取った瞬間の喜び。それが全校生徒を包みこんでいる。
どうやらもう、仲裁は必要なさそうだ。美由紀は背を向け、立ち去りかけた。
「岬先生」五十嵐が呼びかけた。
美由紀は足をとめ、振りかえった。
五十嵐は、目に浮かびかけた涙を指先でさっとぬぐって、微笑みとともにいった。「ありがとう。世間が正気に戻ったいまじゃ、僕も二度とトップをとるようなことはないだろうけど……。これで僕らは、自信を持って社会に歩を踏みだせるよ」
「ええ」美由紀も笑いかえした。「うさぎを起こしてレースに負けても、勝者はあなたたちよ。それを忘れないでね。真の勝者には、必ずなれるから」
美由紀はそう告げると、今度こそ踵《きびす》をかえし、氏神高校をあとにした。
立ち去る美由紀の背に、全校生徒の声援がいっせいに飛んだ。感謝を告げる叫び、別れを惜しむため息。それらが混然一体となって、校門へと送りだしていく。
美由紀は空を見あげた。
暖冬のせいか、もう桜が咲き誇ろうとしている。あの生徒たちが世に花を咲かせる日まで、そう遠くもないだろう。
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