私は、とってもいそがしいのだ。仕事だけではない、家事も遊ぶのもいそがしい。シメキリすぎた原稿を自分で伊丹の空港まではこび、帰ってすぐ、娘の学校へ進学相談の個人面接父兄会にいったりしちゃって。そしてまた帰ってすぐ、晩と翌日の昼の献立を書き、それに要する材料の品々を書き出して、おカネを渡して家政婦サンに買いにいってもらったりする。晩、すこし仕事しようと思っていると、小松左京サンあたりが電話してきて、
「あーそびーましょ」
なんていったりして、飲みにいくと、あとは「すべておぼろ、酔い心のみ美しく」あっという間に朝になり、一方、お話かわってこちらは東京の編集者、
「まだですかァ!」
なんてあたまにきた声で督促する。その上、しかも、亭主は、私の仕事なんか自分に関係ないと思ってるから、どんどん私を追い使う。私は、かねてこのため、亭主に二号はんを斡旋《あつせん》しようかとカモカのおっちゃんに相談したが、それはあかん、という人が多かったので、更に、別の試案を用意した。
おっちゃんがきたので、私は、勢い込んでいった。
「ねえ、おっちゃん、二夫二婦制度ってどうかしら」
「何ですか、ニフニフとは」
「つまり一夫一婦の不便不合理を補うもので、二人の夫に二人の妻で、四人一組、一単位の夫婦にするのです。お互いに助け合うの」
「夫婦のスペアですか」
「どういうかな、四人でワンセットですから、一夫一婦が二組寄ったんじゃないの、あくまで夫が二人、妻が二人。だから寝るときの組合せも、その範囲内でとっかえられるのだド」
私は、いってるうちに自分でもうれしくなってきちゃったんだ。どうも、二夫二婦が最高の結婚形態に思えるなあ。
「麻雀するときも便利やし、ゴルフも、すぐメンバーそろう。食事のときも、テーブルにきちんと四人坐れて上座下座なし」
「そのときテレビみてたら、中の一人は背中向けになる」
テレビ好きのおっちゃんは心配した。
「何も、食事するときまでテレビみることないわよ。四人ワンセットだと、話題はつきません。メシ、フロ、ネル、しかいうことない一夫一婦とちがい、四人もそろうと世間の見聞が広まって、議論百出だァ。たのしいな」
「その代り、四人がみな夫婦ゲンカすると、これはえらい大さわぎで、収拾つかんことになりまへんか」
おっちゃんは秋も深まったため、冷たい水割りはやめて、熱燗の酒を傾けつついう。それも心配そうにいう。おっちゃんは中年男であるから、もはや新しい体験、新体制、新説、新品、新生活、新機軸、新知識、などには、はじめからアレルギーをおこすようになってる。
「四人とも、組んずほぐれつしてたらプロレスですよ、そんなことないと思うわ。一人二人は冷静に、マアマアと止め男、止め女になるね、これは。これもし、一夫一婦だと、うぬ! コンチキメ! というのでケンカのうらみは骨髄に徹する。しまいに切ったはったとなり、忘《わすれ》鬼一郎サンの名刀、出羽|月山《がつさん》でも借りて、スパーッ、ガッ、と切りおろしたくなると思うよ」
「いや、おせいさんも、よくマメによんでるねえ。それではシメキリにおくれるのも当り前や」
「エ? なあに?」
「いや、こっちの話」
「ゴハンの支度も、奥サンが二人いると交代できて便利。片方の奥サンが病気になっても、たちまちお手上げという惨状はまぬかれる。大掃除、ひっこし、共に人手が多くて便利でございます。旅行も、四人がけの席がとれて快適ですねえ」
「しかし、一たん奇禍にあうと、四人ともおだぶつで、被害は倍になりますな」
おっちゃんは懐疑的である。
「もしそれ、そういうときはしかたありませんが、誰か生き残る、そうするとあと始末、又は、遺児の養育にも便利です。はたまた、奥さんの一人がお産する、その間も、家事はつつがなく進行します。かつ、男にありがちな、お産のときの浮気というのも、関係ありません。どうダ! うまい考えやろ」
「しかし」
とおっちゃんはなおも気づかわしげに、
「二人の奥さんが、二人とも、同時にお産したら、混乱は倍加し、浮気は倍増するわけですが」
うるさい! いちいち、イチャモンつけるな。
「そこは、互いちがいにお産するように、時差出勤させる。奥さんが働きたければ、どちらか一人、働くとか、一人は家にいるとか。こうやると、カギッ子はできなくて、子供の教育にもたいそうよろしい」
「その子供は、どちらかの親の子ですな? それは、問わないのですか?」
「いや、母親はわかってます」
「当り前や。しかし、父親はわからんわけですな?」
「原則として、それは、同じ夫婦の間ですから問わないことにします。できた子は、平等に、四人の子です。偏頗《へんぱ》な教育でなくて、公平に教育できて、子供にはよろしいでしょう。かつ、妻のお産のときと同じく、旦那の出張などがあるとき、もしかりに、片方が長期出張となりましても、片方がおります限りは、妻の浮気、蒸発などの悲劇は防げるのでございます」
「ウーム、そこや、問題は」
とおっちゃんは深刻に考えこみ、
「その、一人の妻のお産のあいだ、も一人の妻が亭主二人を引きうける、これは有無《うむ》相通じて妥当ですが、一人の亭主が出張の間、あとへ残った亭主が二人の女房を引きうけるというのは……これは考えるだに恐ろしいことです」
と身を震わせていった。酒を含んでしばし沈思黙考、おっちゃんは口をひらき、
「しかも、うまいこといった時はよろしいが、一たん物の役に立たんとなってみなさい、女房にどやされるのも、二倍どやされるわけ、あなおそろしや。まあやっぱり不便でも不合理でも、僕は一夫一婦がよろしおますわ」