例によって一瓢《いつぴよう》を携えてコンバンワー、とやってきたカモカのおっちゃん、私と二人、酒をちょうだいしつつ話し進むうちに、アノ時の快感は、男と女、どちらがより強いか、という議論になった。尤も、おっちゃんはともかく、私の方は退役してこれ久しく、すべて想像であるが。
「そら、男の方や思いますわ」
私はそう主張する。
「いやしかし、男はすべて一回こっきりですぞ。乾坤一擲《けんこんいつてき》、いや、一滴というのか、最後の、ウン、で終りですワ。しかるにどうですか、女の方は、……」
「女だってそうよ。いや、そうらしいわよ」
「いやー、そうとは見えん。はじめからしまいまで、のべつつづいているように見える。途中何べんか、見せ場もある。どうも女の方が、強いようです」
おっちゃんは重々しく断定する。
「そんなこと、あるはずないわよ。それはヒガミってもんよ。神サマが同じ人間作りはるねんさかい、男女公平に、そこは、あんばいしたはる思うわ」
「そう女は思いますやろ、ところがこれが不公平。すべて女は男の三倍は快感があります。——僕はこれにつき、ちょっとためしたろ、思うことがあるねん。おせいちゃんとこも、一ぺんやってみ」
「何ですか」
「貯金です」
「貯金なんかさせられるほどわるいことしてへん」
「いや、これは紳士淑女のおたのしみ貯金です。つまり、たのしい一ときのあと、快感を感じた方が、貯金箱ヘチャリンと入れる。その貯金箱も一つではあきまへん。男と女と二つ用意して、それぞれの枕元へおいとく」
「フーン」
「そうして、一回でも快感があるたびに、相手の箱へ入れる」
「相手の方へ」
「当り前でっしゃないか。快感は相手のおかげですからな。感謝の意味をこめて入れる。ありがとう貯金ですな」
「すると互いに相手の箱へ、つまり女は男の箱ヘチャリン、男は女の箱ヘチャリン——」
「それが、女の貯金箱にはチャリン、と入るだけですが、男の貯金箱には、チャリン、チャリン、チャリン、男が一個入れる間に、女は三個入れるであろう、というのが僕の予測です」
「そうかなあ、それはちょっと……」
「いや、見てみなはれ、きっと、そないなります、て」
「しかし、その代り、男のはごく深いかもしれない。女の方は浅いのを数多く、というのかもしれへん」
「この際、質は問わぬことにします。もっぱら量でいく」
「自分で、感じたら、相手の方へ入れるわけですね」
「そやから、われとわが心に問うてみて、正直に入れな、あきまへん」
とおっちゃんは私の顔をじーっと見て、
「うそついたら、あかん。自分は三回、たしかに感じたのに、うそをついて一回にしたり、してはいかんわけです。ゴルフと同じです。誰も見ていなくてもフェアにせねばならん。そこが紳士淑女です」
私はお酒をすすりながら、枕元の貯金箱を思い浮かべてみた。
どう考えても、私がチャリンチャリンチャリンと景気よく相手のへ入れ、相手が私の方へ、チャリンと一回、これでは不景気で不公平な気がする。
「いや、不公平でも不景気でも、それが真実やからしょうがおまへん」
とカモカのおっちゃんはいう。
「女性によっては、五回、六回と抛りこむ人もあるかもしれまへん。しかし男性はいかなる場合にも、一回こっきりですぞ」
「それはホント?」
私は力を入れて聞いた。
「紳士の約束です」
とおっちゃんはいう。
「すると、ご婦人によっては五回、六回どころか七回、八回になるというのもあり得ますか?」
「僕はそういう、結構なのにまだ当ったことはありませんが、たぶん、あり得るでしょうな、広い世の中にゃ。——すると、ご婦人はしまいにもう、うれし涙にくれ、ありがとう貯金に励む」
「くやし涙ではありませんか」
「くやし涙でもよろしい。くやしくても、いまいましくても、腹が立っても、それは快感を感じた自分がわるい、くやし涙にくれつつ、男の貯金箱へ入れる。じつにええゲームやおまへんか、たのしみながら貯金がふえる。なんでこのアイデア、郵便局採用せえへんのんか、全世界に拡めたろ、思《おも》てますねん、僕——」
「しかし、不感症の女を相手にすると、男の人はソンですわね、女は一回も入れへんのに、男ばかり入れるハメになる……」
「その代り、そういう相手とは一回こっきりでやめますがな」
「年代にもよりましょうね」
と私は気取っていった。
「中年やったら、それは、男は一回貯金する前に、女は三回入れるかもしれません。けど、若い人たちやったら、男の人の方がぽんぽん、抛りこむのやないかしら? 私のよんだ本の中には『抜かずの何とか』などというのがありました」
「もっとええ本、よみなはれ、毎日一たい何しとんねん」
「ともかく、若い内だと、女の方はよくわかりません。あやふやで、首かしげて、オズオズと、チャリン……と心細げに一回抛りこんでいますが、その間男は威勢よく、チャリンチャリンチャリン……四、五回になる人もあるかもしれません」
おっちゃんは馬鹿にしたような顔で私を見、
「大体、そんな阿呆なゲーム、若いもんがやりますか。中年しか、そんなバカなことせえへん」