わが友、カモカのおっちゃんは、下らぬことにかけては、泉のごとくアイデアの湧き出る男である。前回の快感貯金もそうであるが、今夜は、酒を飲みながら、こんな提案をのべた。
「結婚制度のひずみ、というか、一夫一婦制度のマヤカシというか、そういうことに疑問をもっている人が多いようですが、これにつき、一つの試案があります。これは片方で人間の幸福をはかり、片方で国家財政がうるおう、という、一石二鳥の名案でありますが」
おっちゃんの話はつねに、金にまつわるようである。
「かんたんにいうと、一種の契約結婚ですな」
「でも結婚いうたら、みな性格は契約から成り立ってるのとちがいますか。夫婦、貞潔を守るとか、遺棄しない、とか」
と私は意見をのべた。
「いや、僕の案のミソは、本質の契約でなく、国家が法律で規制する期間契約結婚。つまり、結婚する、役場へ届け出る、ここまでは一緒、しかしそれを、二年間に限定する」
「二年間しか結婚でけへんの?」
「そうです。いま、おせいさんは二年間|しか《ヽヽ》、というた。はしなくも、お前さんの結婚生活が露呈されましたな。かなり幸福な結婚生活であるらしい」
「ちゃう、ちゃう!」
「何がちがうか、今更あわててもおそい。気に入らん相手と、やむなくくっついている奴は、『二年間も結婚してるの?』と心外そうにいうもんです。——ところで、この二年間はどうしても結婚を継続しておらねばならん。気が合わんからというて別れることはでけへん」
「もし別れたらどうなりますか」
「二年以内に離婚すると罪になる。多額の罰金もとられる。その代り、二年たったら、別れられる。というより、法律で別れな、いかんようにきめられてる。仲のわるい夫婦は、二年たつと大喜びで別れる。何しろ国家の規制やさかい、別れ話にまつわる面倒もないわけ」
「でも、仲のええ夫婦は、別れたくない、というでしょう?」
「そういう夫婦は、契約を更新して、さらに延長する。しかしこの場合、同じ相手と再契約するというのは、税金が高うなる。なるべくちがう相手が好ましい。であるが、それでもなお、同じ相手と契約したいという熱烈なる希求を持ってるもんは、高い税金を払《はろ》てでも、結婚しますやろなあ」
「高うつきますね、すると」
「まあ、幸福税とでもいうもんやろうなあ。その代り、値打ちある結婚になりまっせ」
「すると、税金払う資力のない人は、泣き泣き別れると」
「まあ、そこまではなりまへんやろ。その代り、二年たったら別れなあかんのや、と思うと、夫も妻も、一日一日が貴重になります。少々仲のわるい夫婦でも、二年しか結婚でけへんと思うと、お互い、相手をいたわりかばい、慕いつつ、仲ようなります。ケンカなんか、する奴おらへんやろ」
それはそうであろうけれど、かなり気忙《きぜわ》しい結婚である。
私のようなノンビリ屋では、二年間ごとに相手をとりかえるというのは、忙しくて目が舞う。
「その、二年間というのはどこを基準にしていうのですか」
「これはやはり、ボロの出ない期間ですからな。——一年間では、まだ人間一人を理解しつくせない。顔と名がむすびつくのが、せい一ぱい、かつ、夫婦の道も十分、意をつくして探究しがたい。三年となると、これは長すぎてボロが出る。不仲の夫婦にとっては拷問にひとしい長さ、中には思いあまって、自殺する気の弱い夫や妻が出るかもしれぬ。となると、やっぱり、二年ぐらいが妥当でっしゃろな」
「もし、うまいこと気の合うのにぶつかった人は、これは大変ですね。ほかのととりかえるのがいやだとなると、一生、高い税金を払いつづけて……」
「チャリン、チャリン、チャリン、と一回ごとに国家へ収める勘定ですな」
「またか」
「本人が好きでえらんだ道やから、誰に文句いうこともできまへん」
「ウーム、では子供はどうなるんでしょ、お父ちゃんが二年ごとにかわると、めまぐるしくて困っちゃわないかなあ」
「子供! そんなもんいちいち作るから、ややこしい。子供なんか作らんでもよろし。大の男や大の女が、子供たのしみに生きてることおまへんやろ。世の中にゃ子供よりおもしろいもん一ぱいある。もし強いて作るとすれば、高い税金を払わなければ生めない。子供一人生むたびに、金を払う」
また、金の話か。
「子供はええとして、おっちゃんなら、どうしますか? 高い税金を一生払いつづけて同じ奥さんと終生、暮らしたいですか、それとも、二年ごとに新品ととりかえたいですか」
「それはむろん、二年ごとに契約破棄して、あらてと契約したいですな。しかしそうなると、敵味方入り乱れての白兵戦、男も女もウカウカしておられんようになります」
「そうかしら」
「そらそうです、ええのんはすぐ人にとられてしまう、ボンヤリしてると目星つけたんもさらわれてしまう、さながら戦国乱世といった趣の男と女の仲、こないおちついて酒なんか飲んでおられまへん。結婚したとたん、二年先の相手をよりより心積りして物色したりして、餅がのどへつまったようなあんばい、中年になるとしんどいですな。——やっぱり、高い金払うて古女房で持ちこたえますか」
いい出した本人がこのざまでは、あまりいいアイデアでもなさそう。