私はなんべんもいうけれど、カモカのおっちゃんは私の亭主ソノ人ではありません。永六輔サンはそう思ってるらしく、「こんな作家(私をホメてるのだ)を女房にしているカモカのおっちゃんを尊敬する」などといい、カモカのおっちゃんをおだてて喜ばせているが、あんなオッサン、わしゃかなわんよ。亭主はこれはべつ、人格清廉、識見|高邁《こうまい》、「女房と酒飲んで、何がおもろい」とうそぶくような御仁であります。
今日は、カモカのおっちゃんヌキの話にいたしましょう。
カモカのおっちゃんがいると、女同士の打ち明け話ができぬ。すぐ、つまらぬ口を出して、風紀をみだす。おっちゃんがいないので、私の客間に、女同士うち群れて(こんな言葉あるかしら? うちつどうて、というのはあるけれど)酒を汲みかわしつつしゃべる。
今日の議題は、実に高潔な、深遠なテーマなのだ。
女は、恍惚《うつとり》となったとき、どうなるか、ということ。集まるめんめんは、女子大生、四十なかばのうばざくらの美人記者、二十代の短気で陽気なホステス、五十くらいのバーのママ(尤も、彼女のバーはごくごく小さくて、蚊の眼玉ぐらいのもの)、それに私。しかし私は、こういうテーマでは、キャリア不足で、口出しする資格なし。ただし、問題提起だけする。
「よく小説に、『彼女は濡れた』とあるけど、あれは、そのことの表現でしょうね。目が濡れるわけやないやろ、しかるべき所が濡れるんやろ?」
「ヌレタ、というのは、男が一ばんよく使う。従って男の作家はみな、そう書くわね。男という男、いい気分のときは女が濡れると思ってんのね」
と美人記者がいった。もっとも、いい気分といっても、接しているときではないのだ。それはヌレルなり、オボレルなり、どっちでもよい。
女が独居のとき。いい本をよんだり、結構な絵を見たり、ぐっとくる音楽を聞いたり、夢想したり、たとえばまた、男と対していて、おしゃべりしているあいだ、とてもいい感じになったり、そのときに適応してうっとりくる。その女の状態を、男は一律に、「濡れた」と表現するが、これはごく雑駁な表現であって、男は、みな、女が、極楽のような気分になったら、ヌラスものだと思うらしい。しかし、それはちがう、と女たちは口々にいう。
「濡れた、なんて男がいちいち、触ってたしかめてんのかなあ」
とホステスがいった。
「あたしは濡れても、外へ出たりせえへんわ。うるおう感じになるだけよ。濡れるなんて、よっぽど、ユルイ女に触ったんやないかしら。女のは、そうそう外まで流れ出したりしませんよ。きちっとしまってるもんよ」
「そうね、それともオシッコをちびたか、ね」
と五十のママがいい、みなみな、大笑いとなる。
「男ってバカやから、オシッコも何も混同するのやない」
それは可哀そうだなあ。オシッコとまちがえて喜んでるなんて、男が気の毒やないの。
「なーに、女って極まるとオシッコちびるわよ。どっちがどうでも、まあ、最後には変りないわよ」
とママがいい、彼女がいうと、さすが街道筋の大親分の貫禄で、ちょっとすごい。
「ともかく、濡れる、なんて大げさなこといわんと、うるおう、にしてほしい」
とホステスはいい、女子大生は、
「うるおってるか、濡れてるか、あたしにはまだ、ようわからへんわ。ともかく、すごい映画なんかみると、冷えのぼせしたみたいに、背中は寒いのに、あたま、熱うなって、胸がどきどきするわ」
という。うばざくらの美人記者は、
「濡れる、うるおう、なんて末端的なことですよ。そういう幼稚なこというてるから、男はそう思いこむのよ」
「ふーん」
「あたまどきどきも、ええかげんな子供ねえ。そういうコドモを相手にするから男たちがそんなもんかと思ってしまう。それで、世の中に、思いちがいが横行する」
「ほんなら、どないなるのん」
女子大生はかなり熱心である。
「もっと範囲が広いわね。女がどきッとくると、下半身全部、もっと限定すると、子宮のあたりがじーんときて、しびれますねえ」
「うーん」
と女子大生、胸を押えて、深刻に考える。
「ばか、子宮が胸にあると思ってるの、物知らず。押えるところがまちごうてる」
「しかし、そんな所がじーんとくる、なんて感覚、まだ想像つかへん」
「精進と修行あるのみよ」
「そうかなあ、子宮ねえ」
五十ママは、にたりと打ち笑い、
「子宮がしびれる、というのも、範囲が広いわよ。ほんとうは、しまるのよ」
「閉《し》まる?」
「ちがう、緊まる、あそこが、じわーっと緊まるのがわかる。昂奮すると、緊まりますねえ」
「ひとりでしまるわけ?」
ホステスが叫んだ。
「何かはまって緊まるのは、これは老いも若きも同じよ。ちがうちがう、あたしぐらいの年になると、ひとりであれこれ考えてても、結構な心もちになると、じわーっときて緊まるのがわかるのよ」
「ふーん」
と一同、感に堪えて彼女を見、
「そうかなあ、そんなことがわかるの?」
「うるおう、濡れる、胸がどきどき、子宮がしびれる、みんなまだ初級、中級クラスですよ。上級になると、じわーっと緊まる」
「で、どうすんの?」
「そうなりゃ、もう、男は要らないわよ」
とママはにんまり、笑った。